第29話
極東王国は島国である。
船乗り場からフクタオが允王国へ向けての船へ乗り込もうとした瞬間、声を掛けられた。
「若!!俺も允へ行くぞ」
振り返らずともフクタオには声の主が解っていた。振り返ったならば顔を見る為に見上げなければならない。面倒なのでそのまま船に乗り込んだ。
「待てよ!!おい!!若!!」
肩を掴まれ無理矢理振り向かされたので仕方なく見上げて「一緒に来なくていいよ」と応えたら悲しそうな顔をする。
「お、俺は、若を、護る為に生きているのに、あの時、置き去りにされて…」
肩を震わせて泣き出したので、フクタオは手を払って船内へ進んだ。
「待ってくれ若!!」
「泣くな!!泣くなら船を降りろ」
「泣かない!!」
小さな船は乗客が5人もいたら身動きが取れない位だが、乗客は2人だけだった。フクタオは付いてきた男と向かい合って座る。
「ムタタイ」
フクタオが男の名を呼ぶと「はい」と嬉しそうな返事が返ってきた。
「允へ行ったことがあるの?」
「恐れながら申し上げますと、国から出るのは今回が初めてだ」
開いた口が塞がらないフクタオが「ダメダメ役立たず!!別な人にしてよー」と叫んでも船は陸を離れていくのであった。
乗船して二日目。何もすることがないので寝そべってフクタオは雲の流れを観察していた。
波も激しくないし、順調に進んでいるし、平和だなーと大欠伸をした。
「若!!見てください。デカイ魚釣りました!!」
ハイハイ、と気の無い返事も気にせずにムタタイは針を海に投げ込んで釣りを続けている。
允王国へは海路を辿り芭荻王国を通り抜けて向かう。それが無難な道程と言われていた。
世界の始まりの国、允王国。金城湯池、難攻不落の王国。万世一系が約束された王国。
滅びることの無い、永遠の国。
雲を眺めながら允についての噂話を次々に思い浮かべていた。心地よい船の揺れで自然と瞼が下ってきている。
瞼を閉じた途端美しい男の顔が浮かぶ。煌めきを閉じ込めた様な紫色の瞳。艶やかな黒髪に長い手足。蕩けるような微笑みは少し胸が苦しくなった。
「それで王子様なんて、出来過ぎてるなー」
「何がです?」
これ以上は詰め込めない位魚を釣ったので、ムタタイはフクタオの横に一緒になって寝そべった。
「さっきのデカイ独り言何?」
「何でもないよ。ムタタイはさー、允についてどの位知ってるの?」
「うーん、允かぁ…そもそも若は何の為に允に行くんだ?」
「それも知らずに着いてきたの?ヤダなー無計画な行動って」
「それは若にそのまま言いたい。散歩にでも行くみたいにフラッと国を出て行ったくせに」
「ウルサイなー。もうお昼寝するから黙ってて!!」
「あ!!何で允に行くのか聞いてないぞ!若!!」
「ウルサイってば!!寝る!!」
フクタオが目を閉じてしまったのでムタタイも目を閉じて速攻で眠りに着いた。
「国へ帰る時は誰かが送ってくれるはずだから心配ないよ」
バイバーイと遠ざかる船頭に手を振り、2人は岸から離れた。今は魏杏国の装束に着替えフードを被っている。
「ここが芭荻国かぁ~。殺風景だね」
「緑が少ない。大地が目立つ」
ムタタイは先を歩くフクタオに追いついて隣に並んだ。目を閉じたまま進む小さな姿をさり気無くサポートする。
「……あー、着いた。うん、うん。誰?この人?」
目を大きく開けて立ち止まったフクタオを数歩置き去りにして振り向いたムタタイは首を傾げた。
「誰って誰?」
「僕達と一緒に女の子がいた」
「可愛い子?」
「うーん。性格悪そう」
「ヤダー。性格悪いのは若だけで充分だ」
「僕のどこが性格悪いんだよ!!自分に正直なだけなの」
ハイハイとテキトウに返事をし、ムタタイはさっさと先へ進む。が、立ち止まり「どっちに進む?」と首を傾げた。道が二股に分かれている。少し考えてフクタオは左の道へ進んだ。
腹が減った等と雑談しながら歩いていると甲高い悲鳴が聞こえてきた。
「女の悲鳴だ!!若はここで待て」
「バカ!!弱いくせに」
突風の様に駆けていく後ろ姿を追ったが、股下が違い過ぎるのでフクタオは息を整えながらゆっくり歩くことにした。
蹲る小さな姿に跪いて話しかけているムタタイが見えた。
「おーい。どうなったの」
「若」
立ち上がったムタタイにつられて泣いている女も視線を上げた。近づいてくるフクタオに値踏みするような目を向けている。
「この女の子が荷物を全部盗られたそうです。ここら辺って盗賊団いるのかなーヤダー」
「早くこの国を抜けよう!!」
フクタオはムタタイが肩に駆けている荷物の中から麻袋を取り出して中身を何枚か女に渡した。
「じゃ、お互い気を付けて。行くぞ」
まだまだ女と話したそうなムタタイの袖を引っ張り強引に歩き出す。文句を言いながらも並んであるいたムタタイは「あの子じゃないのか」と訊ねた。
「全然違う。あの子の髪は緑色だったけど視た子は金色だったもん」
「なーんだ。目が大きくて可愛い子だった」
肩を落とすムタタイに足音が聞こえてきた。
「待って下さい」
追いついた女の息が整うのを二人は待った。
「こんなにお金頂けません」
「だって荷物盗まれちゃったんでしょ。お金無いと困るでしょ」
フクタオの言葉にムタタイも頷いている。
「でも…。貴方達はどちらへ行かれますか?私は允王国へ向かうのですが、もし良かったら途中まででも同道して下さいませんか」
心細いですし、と瞳を潤わせる姿にフクタオは「そんなに隙だらけだとまた盗られちゃうよ」と言い放ち先へ進もうとしたが、3人の男達に前を塞がれた。
「若、危機的状況だ」
「分かってるよそんなこと」
見るからに悪そうな顔をした男達は体格の良いムタタイをニヤニヤと眺めている。
「荷物を盗ったのはこの人達です」
声を震わせながら女がムタタイの腕に縋る。
「返しに来てくれた雰囲気じゃないね。困った。僕達強くないのに」
「でも、術師様達ならば…」
女の言葉にフクタオ達は巡礼服を着ていたことを思い出した。
「それに、若と呼ばれている方なら高位な術師様ではないのですか」
「……」
「……」
ムタタイは男達から顔を逸らさずに小声でフクタオと相談した。
「ここは俺が食い止める。若は先へ進んで下さい」
「弱いくせに。速攻でやられて速攻で追いつかれて身ぐるみはがされる」
「視たのか」
「視なくても分かる。ここは平和的解決を迎えるしかない」
フクタオは一歩前へ進んだ。
「何の用かは知らないが僕達は允へ急ぐんだ。どいてもらおうか」
後ろからムタタイが「その言い方は良くない」とケチを付けた。
「ここを通りたかったら荷物を全部下へ置いていきな」
荷物を下そうとしたムタタイをフクタオは怒鳴った。
「若が平和的解決って」
「一文無しでどうやって允へ行くの?バーカ!!」
2人の不毛なやり取りを見ていた女は乱暴にムタタイの袖を引っ張った。
「グダグダ言ってないで術を遣いなさいよ!!あんたら術師でしょうが!!」
物凄い剣幕で怒鳴られて2人は硬直する。
「女の尻に敷かれてんのかよ。術を遣おうとしても無駄だぜ。こっちには護符があるんだ」
男達が胸に手を当てる。女は「チッ」と吐き捨てて、どこからか短刀を取り出し真ん中の男に向かって投げつけた。短刀が額に突き刺さった男が後ろ向きに倒れた。両脇の男が動揺する隙に女はこれまたどこからか取り出した短刀を両手に持ち、華麗に的に当てた。勿論的は額である。これら一連の流れがものの数秒で終わった。
フクタオとムタタイは抱き合いながら真っ青な顔をしている。女は男達から短刀を回収しフトモモに仕舞いながら呆然と突っ立っている2人を睨みつけた。
「あんた達術師じゃないワケ?」
声を出せずムタタイが頷く。
「何者?若って呼ばれるからにはどこかの国の王子?」
フクタオが首を振る。
「何で巡礼服なんか着てるのよ。答えなさいよ」
女がフクタオの足を蹴った。
「若に何するんだ」
フクタオを背中に庇ったが強烈な眼光に睨まれたムタタイは「ひぃ」と情けない悲鳴を上げる。
「使えない男ね」と吐き捨てて女は先へ進んだ。
2人はただただ見送っていた。しっかりと手を握り合って。
「こ、怖かった」
両手をお茶で温めながらフクタオは呟いた。目の前に座っているムタタイも肯首する。
「一瞬で3人殺したぞ。あの女も盗賊か殺し屋か忍者か?でもそのお蔭で荷物も盗られず町へ着いた。考えたらラッキー。」
熱っとお茶を啜る呑気な姿に、実は大物かもとフクタオは思った。
あの後しばらく呆然と立ち尽くしていたが、我に返り我武者羅に走り続けたら町へ到着した。意外と近くに町があり、拍子抜けしたらとんでもない疲労感に襲われて目に入った茶屋に飛び込んだのであった。
「よし、落ち着いたから買い物しながら先へ進もう」
外に出て賑わっている広場に向かう。宿から広場へは一本道で舗装もされているがあまり人が歩いていない。
「人が少ない。允の隣国だからもっと賑わっているかと思った」
「確かこの国と允が大戦争したんじゃなかった?元々資源も少ない国だし、秀でてるとしたら海軍かな。こんなもんだよ」
「…若が頭良く見える」
何度も目を擦るムタタイの脇腹をフクタオは小突いた。
「伊達に武者修行してないよ」
「そうか。国を渡り歩いてたんだ。若スゲー」
渡り歩くほどでもないフクタオは曖昧に微笑んだ。
極東王国から出発し先ずは允へ向かおうとしたが潮の流れで魏杏国へ流れ着いてしまった。そこから陀或国へ行こうとしたら囚われたのである。
追加で食料も購入し、允へ向かうなら馬で2日かかると説明されたので馬も手配した。極東王国では移動は専ら馬なので2人共扱いは慣れている。夜通し馬を駆けるつもりだが念のため野営の準備も忘れない。
「いざ允へ!!」
ムタタイは颯爽と馬に乗る。この姿だけ見たなら屈強な若者だが、ムタタイは見掛け倒しだ。
日が暮れても二人は馬を進めた。允までは真っ直ぐな一本道と聞いていたのでひたすら馬を駆けている。もちろん先程の様な災難を避ける為である。
赤茶けた大地が目立つ景観から緑に覆われた大地が目立つようになってきた。
「若。もしかして允に入ったんですかね?」
「そうかもねー」
2人は横並びになりゆっくりと馬を進めた。小川を見つけ休憩する。
冷たい川の水で顔を洗いながら「疲れたー」と大声で叫ぶムタタイに「ウルサーイ」とフクタオも大声で文句を言う。
大の字で寝転んで空を見上げた。
「若が視た女の子ってどこで出会うんだ?」
「知らない。城下町みたいな騒がしい場所で一緒に居ただけなの」
「金髪の可愛い子なんだろ?」
「可愛いかどうかは個人の主観だから僕には解らない」
「でも可愛い子なんだろ?」
「お前は目が大きかったら誰だって可愛いんだろ」
「そう言うなら若は最高級に可愛いってことになるぞ」
「………」
心底嫌そうな顔をしているフクタオを横目にムタタイは大声で笑った。
「昨日の女の子は可愛かったけど二度と会いたくない」
「同感だ」
2人は疲れていたのだ。青い空に快適な気候と疲労感。そのまま2人は寝てしまった。
「最悪だ」
悪態をつきながらフクタオは暗い道を速足で歩いている。その後ろから大量の荷物を背負ったムタタイも追いかける。
うっかり寝てしまい、繋がずにいた馬はどこかへ行ってしまった。早々に捜索は諦めて一本道を辿ることにしたが歩いても歩いても町の明かりが見えない。月明かりを頼りに愚痴を吐き散らし進む。
「この状況で盗賊に襲われたら、もう諦めましょう。有り金全部差し出しましょう」
「国境を越えているならばそんな心配ない。允は治安がしっかりしているはずだし聖騎士団がいる」
「聖騎士団って王子が入隊したって随分前に話題になってたけど、今も騎士団にいるのか」
「そうだよ。騎士団として風門国に来ていたの」
夜空に輝く星よりも美しい瞳を思い出したらついでに小生意気な子供も思い出してしまった。
「お前の基準なら王子より召喚士かな」
「うん?どういう意味」
「会えば分かるよ。急ぐぞ」
「待って、若!!荷物が重い」
フクタオの足が止まった。荷物を持つ為ではない。道の先に何かが倒れている。月光に金色の髪が輝いて見えた。
「罠かな?」
「若が視た女の子だろうな」
2人は首を傾げて考えた。考えている間に倒れている何かが消失した。
「消えた…」
「術?」
「幻獣?」
「そうかも!!何ってったって召喚士様が居る国だ!!」
「幻獣の方がよっぽど大変だよ。お金も効果無いだろうし、ワタ様に護符を貰っておけばよかった」
ムタタイは無言で懐から小さな袋を取り出した。
「ワタ様が持たせてくれた。若はどうせ忘れていくだろうからって」
フクタオが袋を開けたら中から守獣が飛び出してきた。獏である。
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