第28話
季緒が目を開けると紺碧に輝く光の下に居た。聖祈塔の大聖堂だ。
「お帰りなさいませ」
目の前に梔子とメキドが立っていた。
「只今戻りました」
グラウリルの礼に騎士団員が倣う。
「書置きだけで勝手に留守にするとは。罰を与えます」
メキドに睨まれて季緒はごめんなさいと俯いた。聖騎士団は城へ戻り、季緒はメキドからこっぴどく叱られた。
その夜、琉韻が季緒の部屋を訪ねた。
「どうしたの?何かあった?」
「季緒。何か話したい事があるんじゃないか?」
一緒にベッドに腰掛けて、季緒はポケットからウロとトワを取り出した。
石化したウロとトワを見て琉韻は絶句している。
「何故だ……」
「フクタオと先に宿に戻った時に魔法円に囚われちゃって、助けてくれたのはサマエルだけどウロとトワが護ってくれたんだって…」
泣き出した季緒の頭を琉韻が引き寄せた。
「ウロとトワは立派だ」
「うん」
「可愛かったな」
「うん」
膝の上に置かれた物言わぬ塊を琉韻はゆっくりと撫でている。ついでに季緒の頭も撫でた。
「このままでいいわけがない。方法がないか調べよう。きっと何かあるはずだ」
「うん。絶対に生き返らせてやる!!…あれ?血蝶って死なないんじゃなかったっけ?」
「それは直接攻撃を食らった場合だろうな」
2人で冷たい塊を撫で続けた。
翌日、聖祈塔の大聖堂で季緒と琉韻は祈りを捧げていた。2人の前には石化したウロとトワが置かれている。琉韻は立ち上がったが季緒はまだ頭を下げている。
「季緒」
琉韻に肩を叩かれ、季緒も立ち上がる。ウロとトワをポケットに入れて聖祈塔を出て騎士塔へ戻る琉韻を見送った。
速足で歩きながら琉韻は溜息を吐いた。風門国の依頼は解決したが何とも後味の悪い結果だと思っている。これから風門国は相続問題で荒れるであろう。変わり果てたララカナ王女の姿に十二神将。親族が多いと大変だな、と考えていたら、允の後継者に兄弟がいた話は聞いたことがないと気付いた。
後で史学の教師にでも聞いてみるか。一緒に石化について知っていないか尋ねよう。
途中で那鳴に「殿下」と声を掛けられた。振り返ると那鳴の後ろにハルトとマロートが控えている。
「お前達」
「お忙しい殿下にまで御足労かけてしまいまして申し訳ありませんでした」
礼をする那鳴に後ろの2人も従っている。
「お前達は天使なのか?」
双子は顔を見合わせて「そうです」と答える。
「僕達グリゴリで時々下界に降りてきていました」
「グリゴリとは?」
「えーっと、何っていうか、人間の監視です。定期的な様子見というか何というか」
「ふーん。お前たちも羽が12枚あるのか?」
「いやいやいや、1対だけですよ。6対なんて珍しいんですよ。殿下と召喚士様がサマエルと顔見知りなんて驚きました!!流石ですね!!」
「ふーん。人間の監視の為か。何故騎士団に允に居るんだ?」
「それが…」
「そのぉ~…」
「どうした?」
「実は、那鳴様に一目惚れしちゃって」
はにかみながら告白した双子に那鳴は目を見開いた。
「ふーん。で?お前達と那鳴はどうにかなるのか?」
琉韻の直球な質問に双子は微笑んだ。
「いや~、僕達は天使ですから人間とどうなるとかは無いです」
「それに那鳴様には、な」
双子が顔を合わせると那鳴はフフフと笑った。琉韻は首を傾げた。
琉韻と那鳴は並んで騎士塔へ向かう。
「風門国は相続争いだろうな」
「そうですわね。それに比べて允は殿下がいらっしゃるので安心ですわね」
「そう…だよな。オレだけなんだよな…」
前方を向いたまま無言になった琉韻に那鳴は「どうかされました?」と尋ねると「何でもない」と振り向いた。
「天使だったら、飛べるだろう?何故すぐに脱出しなかったんだ?」
「あの国ってちょっと変なんですよね。強烈な術が張ってあって力が出なかったんです」
「そうなんですよ。武術の国って聞いていたのに呪術特有の禍々しい空気が漂っていました」
「お前達は落ちたのか?それとも迷っていたのか?」
「えーっと、それは」
4人の隊員と別行動をとり、風門城の裏門へ回ろうとしたら見回りの兵士の足音が聞こえてきたので、王女探索の名の下に裏門へ入り込もうとしたら城門の一部が抜けてあれよあれよと息も吐かせぬままに地下へ落ちてしまった。退路を求めて(3日程)彷徨っていたら前方に光が見えたので向かってみたら、地上が遠く、この先どうしようかと思案に暮れていた所にサマエルの姿が見えたのだった。
「白い髪をした子供に会わなかったか?」
「いいえ。地下は人の気配が皆無でした」
そうか、と琉韻は前を向いた。風門国は変な国だったからもう関わりたくないな。
「タオ様お帰りなさいませ」
ここは世界の果てにあると言われている極東王国。地図には載っているがこの島国を見つけ出すことは非常に困難だろう。
フクタオは出迎えた者に「ただいまー」と声を掛け屋敷の中へと入っていった。
「ヒメは?」
「奥のお部屋におわします。タオ様がお帰りになられたらヒメ様も喜ばれることでしょう」
長い廊下をペタペタと音を立てながら進み、最奥の部屋の襖を開けた。
明かりの灯っていない部屋の中央に大きな柩が安置されている。フクタオは透明な柩を覗き込み「ただいま」と声を掛ける。
「僕風門国で珍しい種類と会ったよ!!召喚士ってまだいたんだよ!!世間一般の召喚士のイメージと違って生意気な子供だったのはガッカリ。それと人類の至宝と言われている王子様とも会ったよ!!本当に宝石の様に美しい人だったな~。ヒメにも会わせてあげたかったの。天使とも会ったよ!!ラファエルとサマエルに、えーっと名前忘れたけど双子の天使。サマエルは羽がいっぱいあって迫力あったな~。ラファエルは優しくて……」
ラファエル、ラファエル…とフクタオは繰り返す。
ラファエル!!癒す者!!
「これだーーーー!!!」
大声で叫んだフクタオは拳を掲げていた。
が、すぐに拳を下す。
「……ダメだ。天使ともう一度会う方法なんて…」
小生意気でうるさく騒ぐガッカリな姿が浮かんだ。
世界唯一の。
全くイメージと違う。
「…召喚士」
フクタオは長い廊下を駆けた。全力で。
襖を開け転がりながら部屋へ入り込むと中でお茶を飲んでいた者達の苦情に迎えられた。
「ハッ、これが我が国一の視鬼とは情けない」
「天は二物を与えずだよ」
「お前が居ない間は静かで暮らしやすかったのに」
「お帰りフクタオ」
乱れた髪を整えながら優しく迎えてくれた長老の隣に座る。極東王国には知恵者と呼ばれる長老が4人いる。彼等はいつも同じ部屋でお茶を飲んでいる。何時眠るのか、何時食事をとるのか、果たしてこの部屋から出たことがあるのか。誰も知らない。
「只今戻りました。ラファエルです!!」
「らふぁえる?」
長老たちは首を傾げて話を促した。
「僕、ラファエルに会ったんです!!癒しの天使ラファエル!!ラファエルならやってくれると思うんです。でも天使を召喚するのは至難の業って聞いています。だから召喚士に頼もうと思って!!ワタ様ならアイツをここに呼べます!!アイツをこの国に呼んでもいいですか?」
「もっと端的に言いなさい」
「召喚士にラファエルを召喚して貰います!!この国で」
曲がっていた長老たちの首の角度が戻った。
「それは召喚士様を国に招待するという事か?」
「いやいや、それは無理だろう。世界唯一の召喚士様だぞ允国がそうそう派遣して下さらないだろう」
「我が国は他と国交は皆無だから無理だな」
でも、とフクタオは言い返す。
「ラファエルを召喚してもらう僅かな時間だけ召喚士をこっちに連れてきて、すぐに允に返せばいいじゃないですか!!ワタ様なら術でチョイチョイと」
長老たちがフクタオに冷たい眼を向けている。
「その行為は誘拐と呼ばれるのではないか?」
「違う!!少しの間召喚士を借りるだけ!!」
「しかしな~。允に術は効果ないぞ。あの国には術で手を出せないぞ」
「え?何で?」
「昔むかしから脈々と守護がかかっているのじゃ」
「いるのじゃって、何その言い方」
「お前が直接允国へ行って召喚士様にお頼みするのじゃ」
「だからその言い方」
「直接行く者を允国は拒まないと言われているのじゃ」
ハイハイとフクタオは空返事をして部屋を後にした。
長老たちは一息ついてお茶を飲んでいる。
「今度は天使か」
「少名毘古那命は気紛れだった」
「そうじゃそうじゃ」
「允国とは関わりたくなかったんだがなぁ」
「仕方ないこれも宿命」
「お!!久々に視たのか?」
「違うわい。夢に出てきたんじゃよ。宝石の様な瞳の美しい人物が」
「それは人類の至宝じゃ。人類の至宝と唯一の召喚士様が同じ国に居るとは災難じゃなぁ」
「その言い方気に入ってんだろ」
長老たちは笑いながらお茶をすする。
フクタオは廊下を乱暴な足取りで進んでいる。
召喚士を召喚って良い考えだと思ったのに。あれ?召喚士も人だから召喚じゃなくて…ワタ様と一緒に空間移動か!そうだそうだ。
フクタオは地下へ続く階段を下りて行った。
「ワタ様いますかー」
重厚な扉を叩くと音が周りに鈍く響いた。耳障りな音を立てながら扉がゆっくりと開く。
「おや珍しいフクタオじゃないか」
「お久しぶりです。中に入ってもいいですか」
招かれてフクタオは部屋の中央に置いてある椅子に腰かける。
「お前、修行に出たと聞いているぞ。もう根を上げたのかい」
「ちーがーうー。話せば長くなるから話さないけど、召喚士をここに呼びたいんだ。1番呼びたいのはラファエルなんだ」
「……」
「どうかした?」
「……つまり…ラファエルを召喚したいが難しい。ラファエルを召喚する為に召喚士を連れて来たい。それでお前が允へ行くのかい?」
「ワタ様に召喚士を召喚してもらたいの!!あれ?召喚じゃなかった。召喚士をここに空間移動させるのってできるの」
「できない。そもそも私は高度な術は遣えない。少しだけ術の才能があっただけに過ぎないのだよ。本職は視鬼だからね。ついでに言うとラファエルも召喚できないぞ。上級天使は我儘なのだ」
「ここで召喚士にラファエルを召んでもらおうと思ったのにぃ。僕頭いいでしょ」
「その召喚士様をお前が連れて来るのかい?」
「えーー!!やっぱり僕が允に行かなきゃダメかな~。ヤダな~アイツに借りを作りたくないな~」
ラファエル召喚は十二分な借りでは?と思ったがワタは黙っていた。
ワタは目の前で頬を膨らませている子供の頭を撫でた。
「お前が治癒者を探すために修行に出たことは知っているよ。優しい子だね。しかし允国に関わる事は感心しないな。止めておきなさい」
「何で?!長老たちは行く者は拒まないって言ってたよ」
「允国に積極的に関わることを我が一族は避けてきた。この意味が解るかい」
フクタオは首を振る。
「長老たちは行ってこいって言うのにワタ様は行くなって言うの?どうして?」
円らな瞳に涙を溜めて見上げる姿がいじらしくてワタは思わず目尻が緩む。
どうしてとせがまれてワタは大きく溜息を吐いた。
一人旅から無事に戻ってきた、我が国一の視鬼の実力もある、今が成長の時期なのかもしれない。
ワタは屈んで両手でフクタオの柔らかい頬を挟む。
「私から理由は話さない。自分で確かめておいで。ちゃんと召喚士様もお連れするんだよ」
フクタオは大きな瞳を瞬かせながら勢いよく肯首した。
「守獣を一緒に連れて行きなさい。長老たちには私から話しておこう」
「いいの?!やったーー!!」
ワタは目を瞑り深く深呼吸する。
「うん。大丈夫だね。無事に戻ってくる」
「ありがとうワタ様!!いってきまーす」
勢いよくドアが閉められ軽快な足音が遠ざかっていった。
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