第27話
サマエルは季緒の頭を撫でていた。隣でラファエルも心配そうに覗き込んでいる。
「一応呼吸はしているから死ぬことはないと思うよ。この子供も大丈夫だと思う。でも…」
季緒の瞼が動いて黒い瞳が見えてきた。
「キオ!!」
サマエルとラファエルの声が重なる。すかさずラファエルが治癒を与えた。
「…あ、あー…声出た!!ありがとうラファエル。オレどうしたの?」
起き上がった季緒の頬をラファエルが優しく撫でる。見慣れたラファエルの小屋だった。
「サマエルがキオを助けたんだよ。結界の中で倒れていたのをここまで連れてきたんだ。無事で良かったよ~」
「結界…?あーー!!そうだ!!思い出した!!死ぬかと思った!!助けてくれてありがとう!!」
季緒の全開の笑顔にサマエルは頷く。
「コイツも無事だったんだ」
隣で寝ているフクタオに視線を向けた。
「その子供は大丈夫だけど…この子達は…」
ベッド脇のテーブルには石化したウロとトワが置かれていた。
「どうして?ウロ!!トワ!!」
「キオを護る為に術を一身に受けとめようとしたんだと思う。この子達、キオを護ろうと頑張ったんだよ」
ラファエルの言葉に季緒の目から涙が零れた。ウロとトワを両手で持ち上げる。
「そんな…ヤダよ…」
ボロボロと零れる涙が石化した体に落ち、染み入って色濃く変わる。
「ここで埋葬しようか?」
ラファエルの悲し気な声が季緒の耳に届いたが大きく頭を振る。
「聖祈塔に持ってく」
石化したウロとトワをポケットに入れて季緒は涙を拭った。サマエルの長い指も涙を掬ってくれる。逞しい胸に抱き着いて季緒は号泣した。
「何?ここ?!どこ?ここ?!」
目を覚ましたフクタオがラファエルとサマエルを目で捕らえて「天使――?!」と絶叫した。
「この子キオの友達?面白い波動しているね~。中々珍しいよ人間としては」
「やっぱり!!天使には違いが分かるんだ!!僕はモノノベだよ!!」
「……ハハハ」
天使も愛想笑いするんだ、と季緒はラファエルを眺めていた。
「サマエル、ラファエルありがとう。琉韻が心配していると思うからオレ戻る」
「もう大丈夫?ルインに宜しくね。サマエルが送ってくれると思うよ」
「うん。ありがとう。あ!戻る前に様子見てくる」
小走りで奥の部屋へ消えた季緒を見ながら「大丈夫そうだね」とラファエルは微笑んだ。
飛翔するサマエルの脇に抱えられながら季緒はポケットを撫でていた。硬い感触に否応にも目頭が熱くなる。
琉韻に何て言えばいいんだろう……あんなに可愛がってたのに…
急に琉韻の安否が気になった。無事にあの地下から脱出したのだろうか?
「琉韻に早く会いたいな…」
呟きは風の音に掻き消された。
ふいに耳を切る風音が穏やかになり飛翔スピードが減速した。見上げると無表情なままサマエルが口を開いた。
「寄りたい場所がある。いいか?」
「う…うん。いいけど、どこ行くの?」
「天使の気配はよく分かる」
「え?どういう意味?」
そのままサマエルは45度方向転換をして飛翔を続ける。季緒は気付かなかったが国境を越えて風門国へ入っていた。心地よい揺れ具合に季緒の瞼が上下し始めた頃「いたぞ」と相変わらず感情の読めない声が響いて季緒が目を見開く。
「あれ?ここどこ?あ、あーーー!!!!」
視界の隅に白い物を捕らえた。だんだんと形を作っていく。白い純白の。
聖騎士団の制服。
「騎士団の人達だーーーー!!」
季緒の大声にうたた寝をしていたフクタオが目を覚ました。
「何事?」
フクタオの声は無視して季緒は「おーい」と大きく手を振る。
地上に深い穴が開いていた。その中に固まっている純白の制服。
「サマエルだ!おーい!!」
「あれって…召喚士様じゃん!!」
地上からの声に季緒が身を乗り出して落下しそうになった。サマエルがゆっくりと穴の傍に着陸した。季緒は穴を覗き込んで「那鳴様――!!」と叫ぶ。
「季緒くん!どうしてここに?!」
穴の底から那鳴が大声で叫ぶ。いつもと変わらぬ毅然とした姿に季緒の胸は熱くなった。
季緒は穴の中に手を伸ばしたが届くはずがない。フクタオも両手を淵にかけ覗き込む。
「深い穴だね。10Mはあるかなぁ。この人達落ちちゃったの?」
「お願いサマエル。どうにかして」
フクタオを無視して季緒はサマエルに懇願した。サマエルは躊躇なく穴に落ちて那鳴を抱えて浮上する。
「ありがとう」
サマエルの逞しい上半身に那鳴の頬がうっすら赤くなっていた。地上に足を付けた那鳴に季緒が抱き着いた。
「無事で良かった那鳴様」
「心配をかけてしまってごめんなさいね」
那鳴は季緒の頭を優しく撫でた。続いてサマエルがハルトとマロートを両脇に抱えて浮上してきた。ハルトとフロートは大の字で寝そべって深呼吸をする。
「やっと日の目を見られたー」
「サマエルありがとな。どうせなら気付いた時に助けてくれよな」
無表情のサマエルに「知り合い?」と季緒が首を傾げる。
「天使の気配はよく分かる」
「うん?どういう意味?」
「貴方達…」
琥珀色の瞳が見つめる先にはバツが悪そうな顔をした双子が起き上がって頭を掻いていた。
「何?何?どういう事?」
那鳴と双子に何度も視線を往復させながら季緒は頭を捻る。静まり返った空気をフクタオが切り裂いた。
「ここって風門城の近くでしょう?後数分もしないうちに異変を感じた兵士たちが駆けつけてくるよ。天使の気配は尋常じゃないからね」
「場所を変えましょう」
ハルトの言葉にフロートも「そうだ」と頷く。
まだ那鳴の腕に抱かれている季緒にフクタオが毒づく。
「召喚士の出番はここぐらいしかないんじゃないの?さっさと空間移動してよね」
「ウルサイなぁ」
額に青筋を立てながらも季緒は全員輪になって手を繋ぐように指示する。その姿を見届けてサマエルが飛翔した。
「サマエル!!ありがとーー!!」
季緒の声にサマエルは頷いて青空に消えた。
「どこに行こう…聖祈塔はまだ早いかな。えーっと、えーっと」
「宿舎でしょう!!元々そこに僕を送るって話だったのに。覚えてないのかよバーカ」
「バカって何だよ。でもあそこで術に囚われたんだから、どうしよう…」
躊躇する季緒にフクタオが大声で叫んだ。
「もう大丈夫だって!!王子様とか皆揃ってるから早くしてよ!!」
季緒はフクタオを睨みながら術を発動させた。
グラウリルの部屋には琉韻、雅樂、蟻、2人のチームリーダーが揃っていた。
「風門国王からの依頼は完遂した。王族間に不穏な動きがあるのを皆も感じているだろう。早々に允へ戻る」
聖騎士団長の冷静な声色に琉韻が声を上げた。
「那鳴がまだ見つかってはいません。季緒の行方も不明です」
「心配される気持ちも分かりますが、殿下は允へお戻り下さい。那鳴と召喚士様はこの2人のチームで捜索を続けます」
「オレも残る」
「これは団長としての命令です。允へお戻り下さい」
琉韻がきつく拳を握りしめる。
「王子様は国へ戻りな。ガキは俺が見つけてやるよ。その隊員はあんたらが探せばいい」
さり気無く蟻が琉韻の腰に手を回す。さり気無く琉韻がその手を叩き払う。
「お前が残るのか?何故だ?」
季緒と仲悪いのに、とは口に出さなかった。
「部下の落とし前がついてないんでね。首謀者も判明したことだし迷惑料ぐらいはせしめねーとアイツが浮かばれねー。って事でさよなら王子様。…んん?」
蟻が辺りを見回す。その様子に「敵襲か?」と琉韻がドラゴンスレイヤーに手をかけた。
「るいーーん!!」
勢いよくドアが開いて季緒が入り込んできた。
「季緒!!」
ガッシリと二人は抱き合った。
季緒の後ろから那鳴、ハルト、マロート、フクタオも入室する。
「那鳴!!」
「ご迷惑とご心配をお掛けして申し訳ありません。只今戻りました」
礼をする那鳴にハルトとマロートも倣う。
グラウリルは那鳴の前に立ち「怪我はなさそうだな」と笑顔を向けた。
「ハイハイ、全員集合か?」
蟻が手を叩きながら場を仕切り始めた。
「これで皆允へ帰れるな?感動の再会は允でゆっくりやってくれ。高位な術師の俺とこのガキがいれば全員を允へ渡せるだろうぜ」
今は王子様の安全が第一だからな。と蟻はウィンクする。
「お前はこの国に残るのか?」
蟻の視線を躱しながら琉韻が尋ねた。
「オトシマエつけなきゃ男じゃねー」
胸を張る蟻の横でマロートが
「ずっと気になっていたんですけど、この子誰ですか?」
とフクタオを指さした。
指をさすんじゃありません。と那鳴が窘める。
「僕はフクタオ。モノノ」「そんなのどーでもいい。団員ここに集めてこい」
蟻に遮られたフクタオが頬を膨らませる横で、「はい」と隊長達が部屋を出て行く。
「フクタオはこの後どうするんだろうな」
「自分の国に戻るんじゃないの」
季緒と琉韻は囁き合った。
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