第26話

「出逢ってはいけない」

出逢ってはいけないよ。しかし今生必ず会ってしまう。ならば、出逢いの時間を少しでも遅くした方が貴方の為だよ。

真っ白い占い師はそう告げた。白髪に白い頬。瞳だけが深い青色だった。

「出逢ってしまえばその胸にずっと燻る炎となって貴方の身を焦がしてしまうだろう。そう、彼は正義を振りかざしながら見る者を虜にしてしまう魔性の者だ。正と悪は表裏一体。木は明るみへ高みへ登れば登るほどその根は強く地中へ、暗い方へ向かう」

その占い師が何を言っているのか理解不能だった。

「出逢ってはいけないが必ず会ってしまう運命だ。可哀想に」

何を言っているか分からなかったが最後の一言だけは癪に障ったので小さい頭を殴って大人しくさせた。

占い師の言葉がやっと今解った。胸の熱い鼓動がその意味を教えてくれた。

その男の流れるような動きを目で追うのがやっとだった。舞うように派手に見えるがしっかりと最速最短の動きを行っている。これは天性のものだ。感覚で身に着いているのだろう。

月光を反射した男の剣が振り下ろされマコラの手首を捕らえたと思ったのに、剣はマコラの左肩から右腹を裂いていた。

「影抜きか?!」

傍らのバザラの呟きに「影抜き?」と反応する。

「はい。影抜きという技です。脳の錯覚を利用した技ですが、これを成功させるにはスピードと経験値が必要です。彼は優れた剣士です」

そうか。と踵を返すと後ろからバザラの声が掛かった。

「どちらへ?」

「敗者に用はない。お前は首尾よく、な。バザラ」

「この命に代えましても」

ゆっくりと歩いているとショウトラの絶叫が響いてきた。

「強いな、あの男」

その呟きは夜の闇が溶かしてくれた。

王女の行方は今夜のうちに発覚するだろう。国王は第一位の王位継承権を誰に与えるのか。

なんだか全てが虚しくなってきた。この胸の高鳴りの前では。

「…出逢ってはいけないか…」

始まる前から終わっているではないか。自嘲の笑みが口から零れた。それも夜の闇が溶かしてくれた。



近衛兵に囲まれて季緒とフクタオは身体を縮めていた。

「こうなる事ちゃんと教えろよ!!」

「これはさっきの取引とは別物だもん。それに依頼以外は僕は視ないの」

「何だとー!!これはどう見ても危険な状況なんだぞー!!あ!!那鳴様の居場所もまだ聞いてなかった。早く教えろよ!!」

「はぁ?!それは今回の用件とは別件だよ。払う物ちゃんと払ってよね!!」

「那鳴様がどうなってもいいって言うのかー!!」

「そんな人の事なんて知らないよ!!」

罵り合う子供達をバザラが無表情に値踏みしている。

これが世界唯一の貴重な召喚士。ほんの子供じゃないか…賢そうでもない。

召喚士というイメージに気負っていたところがあったらしい。バザラは深呼吸して目の前の子供を見据えた。

「災いの芽は早く摘まなくてはならない」

構えられた剣の音に気付き季緒が身構えた。途端に足元から力が抜けていく感覚が全身を駆け巡る。立っていられず季緒が膝をつき倒れ込まないように両手で身体を支えた。

「どうしたの?召喚士様」

フクタオが季緒の身体に縋りつく。季緒に触れた掌から力が抜けていってフクタオも跪いた。季緒は喉が痺れて声すらもあげられない。

「こ、これは…魔法円?」

フクタオの問いにバザラは僅かに口角を上げた。

「武力を誇る我が国にも優秀な術師は大勢います。冥途の土産に教えてあげましょう。これは不可視の蠱縛陣。囚われたら逃げられぬ」

季緒とフクタオが倒れ込んだ。

「召喚士はこのままでよい。モノノベは生け捕りの予定だったが、仕方ない」

中に入って捕らえようとする兵士をバザラが止める。

蠱縛陣の中に入ってしまえば木乃伊取りが木乃伊になってしまう。モノノベは幽閉して宣言を続けさせるつもりだったが、この状態では諦めるしかなさそうだ。

「死んだら召喚士は首を切り離せ。万が一という場合がある」

部下が剣を構える。

月光が翳り、皆が視線を上げる。

月の光を反射し黒銀に輝く翼と黄金に輝く長い髪が目に入った。全身を黒衣で包んでいるのでやけに整った美しい顔と金色の髪が空中に浮かんでいる様に見える。

「幻獣?!」

「羽があるぞ!!悪魔か?!」

「悪魔だと…」

バザラが剣を握り直すと別な羽音が聞こえてきた。

月の光を反射し白銀に輝く12枚の翼と燃えるような赤い髪が目に入った。赤い眼は怒りを孕んだかのように燃えている。

兵士達は突然現れた天使と悪魔に挙措を失い「落ち着け」とバザラが叱咤する。

サマエルはルキフェルに目もくれず地上に降りて、季緒とついでにフクタオも抱きかかえる。

「待て赤き龍。その中のモノは僕の物だ」

ルキフェルの言葉は無視してサマエルは飛び立った。ルキフェルは肩を竦めて上昇する。

バザラと兵士達はその場から一歩も動かず目を瞬かせていただけだった。

月が翼の影を映したままだったので、視線を上げたら意識が消滅した。



同じ頃。宴は混乱を極めていた。

「たのもーー」

と勢いよく扉が開かれ、允の王子と聖騎士団の一人が何かを抱えて広間の中央へ進んできた。広間に居たすべての者の視線が集中する。

蟻は王女を床へ投げ捨てた。その行為を琉韻が咎める。

「一国の王女に手荒な真似はするな」

「王女ねぇ。ただのボロボロの物だぜ。コイツに魂は存在しない」

鼻で嗤った蟻が国王に向かって叫んだ。

「依頼通り、第一王女は連れ戻してきてやったぜ」

広間が一気にざわめきを取り戻した。

真っ先に王女に駆け寄ったのはジルス王子だった。

「姉上?まさか…こんなことが…姉上!!」

グラウリル達も駆け寄ってきた。国王はその場から動かずに側近の者達と何か話し始めた。

「本当にララカナ王女なのか?よく発見できたな」

労うグラウリルに琉韻は発見の経緯を報告する。

「術が?」

「はい。かなり高位な術師がいると思われます」

「召喚士様は一緒じゃないのか?」

「季緒は行きがかりの人助けの最中です。すぐに戻るか宿で待っているはずです。それよりもこの誘拐の首謀者が…」

琉韻は広間を見回し目的の人物の姿を探した。

「首謀者が判明しているのか!!」

グラウリルの大きな声が城内に響く。

蟻も辺りを見回して「居ねーな」と呟く。

「逃亡したかもしれねーぜ」

「王族がそんな真似をするか。城内にいるだろう」

「王族?首謀者とは、まさか」

グラウリルの大きな声にジルスが反応した。

「もしかして、父上が?僕に王位を継承させるために…?」

「はあぁ??」

蟻は危うくジルスの頭に手刀をお見舞いする所だった。

「我が国の王位は第一位の者しか継げない。第一位だった姉上がいなくなれば、王位継承権は他の王の子供に渡る…それが、僕!!」

胸に手を当て感じ入っているジルスを蟻は睥睨して琉韻の腰に手を回した。

琉韻が多いっきり蟻の手首を捻る。

「痛ってぇぇぇ!!容赦ねーな王子様」

手首を擦り乍らもニヤニヤと嬉しそうな蟻を無視して、琉韻はグラウリルに念の為「首謀者はノアール王女殿下です」と告げる。

グラウリルは風門国王の前で礼を取り、「ララカナ王女殿下をお連れ申した。我が騎士団の任務は遂行されました。これより国へ戻る次第です。失礼仕ります」

挨拶を済ませ「戻るぞ」と広間を出る。

城外へ出ようとする一団を蟻が止めた。

「待ちな。十二神将やら術師やらここにはヤベー奴等がウジャウジャいるんだぜ。このまま允へ送ってやるよ。王子様の身の安全を一番に考えねーとな。俺一人じゃ疲れるから…あ?ガキはどーした?」

「季緒は先に宿へ戻っているはずだ。那鳴の件もモノノベに確認した方がいいからな。宿へ送ってくれ」

琉韻に言われて仕方なく蟻は一団を宿へ空間移動させた。

宿に残っていた団員に迎えられながら琉韻は季緒の姿を探した。

「季緒を知らないか?」

「召喚士様ならまだお戻りではないですよ」

どこに行ったんだ?まさか空間移動を失敗したのか?

首を捻っている流韻の後ろから蟻が声を掛けた。

「居ねーな。一応さっき城内も視てみたけどガキはいなかったぜ」

「何かあったのだろうか…」

「もしかして十二神将に捕まってたりしてな」

「……」

琉韻が外へ出たので蟻も後を追った。

宿屋の前で蟻が立ち止まって琉韻を止める。

「さっきは直接部屋に移動したから気付かなかったが、僅かに術の痕跡が残ってるぜ。こりゃあ、相当エグイ術だ」

振り返った琉韻の顔色がいつも以上に蒼白だった。

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