第25話

「誰?」

「僕?僕は」

「うおりゃあぁぁ!!どこ行ってんだクソガキぃぃぃいい!!」

追いかけてきた蟻が季緒に体当たりしてきた。崩れるように部屋の中へ押し込まれる。

そこは両壁に注連縄が張られ中央に小さな祭壇があり炎が焚かれていた。

清涼感漂う香りが鼻をくすぐった。

季緒は蟻の下敷きになりながら顔を上げて自分よりも小さな子供を見上げた。

神官や術師が着る様な装束で裸足だった。

「祭壇か!!お前は…そうか!!」

呟いた蟻が消えた。

「あー!!先越された」

琉韻の元へ移動しようとする季緒の肩を子供が押さえつけた。

「何するんだよ!!」

睨みつける視線を子供は笑顔で受け流して微笑む。「君を待っていた」


目の前で流れるように攻守が転換する争いを蟻は呼吸を忘れて魅入っていた。

「す、すげー」

振られる剣と受け流す剣。払う剣と突き立てる剣。

王子様ってこんなに強かったのか!!

2人の近衛兵を相手に剣を振っている流韻は踊る様に華麗な身のこなしだった。

近衛兵の一人が息を切らしながら琉韻を睨んだ。

「噂と随分違うな王太子。そんな顔して強いな」

「そっちこそ。ただの近衛兵ではないだろう。噂に聞く裏か」

「フン、王族ネットワークってヤツか。そうとも俺は十二神将のマコラ。本当は斧の方が得意なんだぜ」

おい。ともう一人の近衛兵が責めるように詰め寄った。

「ベラベラ喋りやがってふざけるなよ。自己紹介してやるよ俺はショウトラだ」

名乗った男が剣を収めた。

「サシの勝負が見たくなった。お前に任せたマコラ」

「剣より斧が得意って言っているだろうが。人使いが荒い奴だぜ」

文句を言いながらもマコラは琉韻と向き合い剣を中段に構える。

「王子様!!」

暗闇から近づいてきた蟻に、琉韻はマコラから目を離さずに怒鳴りつけた。

「今頃来たのか遅いぞ!!季緒はどうした?」

「忘れた」

「何ぃぃぃ!!」

「多分無事だ。心配すんな。こっちの方が危機的状況に近いんじゃねーの?こいつらただの衛兵には見えねーぜ」

琉韻の隣に立ち、蟻はさり気無く攻撃回避の術を発動させる。

「お前にも分かるか。彼らは裏だ」

「うらぁ?!」

「世界一とも言われる武力を誇る風門国の軍隊の、選ばれし者達が居ると聞いている。非公式なので表立って活動はせずに、あらゆる条件を飲んで遂行させているそうだな」

睨みつける琉韻の視線をマコラは受けとめて笑う。

「美しいな。人類の至宝とはよく言ったものだ」

マコラに頷きながら

「それに強い。ここで死なせるのが惜しい位だ」

心底残念そうな顔をするショウトラに蟻が怒りだした。

「死なせるだと!!俺がそんなことさせねーよ。大体なんだよ十二神将ってふざけた名称はよ!!」

「裏の軍隊は12人いると聞いている。指揮は王族に近い者が執っているそうだな」

琉韻の言葉にマコラは頷いた。

「冥途の土産に教えてやりたいが、俺達にも鉄の結束って理由がある。ここで死んでもらうぞ王太子」



「オレは琉韻の所へ行くの!!離せよ」

「ヤダ!!君は僕を助けてくれるんだからね!!離さない」

「正確に伝えると、君と、この世で最も美しい王子様が助けてくれるんだ」

「?琉韻が?ここに琉韻がくるのか?」

「そうだよ」

「……お前、何なの」

「僕?僕はフクタオ。モノノベだよ」

「……どっちが名前?」

「フクタオが名前なの。モノノベは僕ら一族の呼び方」

「……モノノベって何?」

フクタオは大袈裟に溜息を吐いた。

「モノノベの名前もまだまだ広がってないんだね。ちょっとショックぅ~。もっと頑張らなきゃ」

両手でガッツポーズをする姿を季緒は冷ややかな目でみていた。

コイツ、ヤバイ奴だ。モノノベなんて聞いたことないよ。

気付かれないようにジリジリと尻を擦りながら距離をとる。

「だからぁ、逃げないでここで一緒に待ってようよ」

空けた分だけフクタオが距離を詰めてきた。目の前にフクタオが座ったので同じ目線となる。

白い髪に艶の良い肌で、海の底の様な青い目をしている。血蝶を思い出して季緒はポケットに手を添えた。中からウロとトワが顔を出した。

「うわぁ!!すっごいのを連れてるねぇ~。さすが召喚士様。サタンじゃん」

「はぁ??サタン??サタンって悪魔だろ。違うよ!!」

「悪魔だよ。この子達元は一つで成長してサタンになるハズだったんだよ。それを君が召喚しちゃったから君の力不足で分裂しちゃったんだね」

力不足と断言されて季緒は眉根を寄せてフクタオを睨む。

「こわ~い、睨まないでよ」

茶化したように笑うフクタオに季緒は益々不機嫌になった。

ウロとトワは大きくなって季緒の両腕にしがみ付く。

「デッカクなったー!!凄いスゴイ!!」

手を叩いて喜ぶフクタオに毒気を抜かれたように季緒は大きく息を吐いた。

鳥肌が立って身体が違和感を覚えた。

来た。

目の前の空間が歪み影を作る。二つの影が交差しながら人型へと変形していく。

「ルイン!!」

「ルインルイン!!」

両側ではしゃぐウロとトワに季緒も笑顔になった。琉韻は目の前に座っているフクタオを見て首を傾げる。誰だ?と問われ季緒は返答に困る。

「僕はフクタオ。モノノベだよ」

「やっぱりお前モノノベか!!滅多にお目にかかれないレア中のレア民族だぜ」

蟻の言葉にフクタオは満足そうに口角を上げた。全員が車座になり蟻のモノノベ講座に耳を傾けた。

世界の果てに極東王国という小さな島国がある。あると言われているだけで誰も見たことはないらしい。世界の果てだぜ?わざわざ行く物好きはいねーよな。一応地図には載ってるらしーけど。その島国はモノノベっていう一族しか住んでねーらしい。そうだよ皆モノノベだよ(フクタオ)。国を率いるのは女王で女王は国から出ちゃいけねーらしい。僕達はヒメって呼んでる(フクタオ)。モノノベは簡単に言ったら占い師だ。先読みの力がハンパねー。モノノベの占いは絶対に外れないと言われている。そうだよ(フクタオ)。そこのNo.1占い師の名前が…何っつったけ?

「はーい!!僕フクタオでーす」

挙手して立ち上がったフクタオに皆の視線は集中する。

「何だったかなー。待ってろ今名前思い出すから」

フクタオを無視して蟻は思い出そうとしている。蟻を無視して琉韻はフクタオに尋ねた。

「何故この城に居るんだ?」

「武者修行の途中なの。この国に立ち寄ったら捕まっちゃった。僕ここに囚われてるの」

全く緊張感もないフクタオの言葉に「本当かよ」と季緒が反応する。

「あー!!!絶対外れないなら誘拐された王女の居場所も那鳴様の居場所も分かるってことだ!!」

目を輝かせながら問う季緒に「分かるよ」とフクタオは笑顔を返した。

「だったら話が早いな。早く救出して国へ帰ろう」

琉韻の言葉に季緒とウロトワも頷く。蟻だけが悲しそうな顔をしていた。

「いくら出す?」

「????」

視線がフクタオに集中した。

「まさかタダで僕に占えって言わないよね。モノノベの宣言は絶対当たるから高いの」

「……」

琉韻と季緒は難しい顔をして俯いてしまった。両脇から心配そうにウロトワが季緒の顔を覗き込む。

「ここに囚われてるんだろ?テメーをここから連れ出してやるよ。その報酬だ」

こうなったら売れる分だけ琉韻に恩を売ってやろうと思考を切り替えた蟻が居場所を吐けとフクタオの襟ぐりを掴み持ち上げる。

その手があったか、と琉韻は感心して蟻を見上げた。

「オレと琉韻があいつを救うって言ってたぞ」

「そうか。では救ってやろう」

蟻からフクタオを引き離し、「ここから出たいか?」と問う。「そういう運命なの」

この部屋は祭壇があるおかげで術が効果があるが、一歩出ると効力がない。フクタオは琉韻のドラゴンスレイヤーで結界を張るよう指示し、季緒には聖騎士団の宿に移動するよう指示した。

「行ってきまーす」

フクタオと手を繋いだ季緒の姿は消えた。蟻は琉韻の傍で周辺に目を光らせていた。

「この結界は何の意味があるんだ?」

「囚われの者の姿を見えなくする為だ。中のヤツが居なくなったら術師ならすぐ分かるからな。アイツ等行ったから俺等も早く宴へ戻ろうぜ」

「その前に物見塔だ。王女を見つける」

フクタオから女王は北の物見塔の最上階と教えられていた。

蟻の空間移動で中庭へ移り、2人はそこから歩いて物見塔へ移動した。物見塔までは木が生い茂った鬱蒼とした外庭を渡り切らなければならない。

「それにしても王子様強えーのな。惚れ直したぜ」

「……」

蟻の台詞を無視して琉韻は先を急ぐ。照れちゃってと蟻も続く。

「王子様が簡単に十二神将の奴等をヤッちまったからな。残りの奴らが物見塔に集まってたりしてな」

「物騒なことを言うんじゃない。早く王女と那鳴を救出して宴に戻らなけらば。長時間不在にすると心配するだろから」

特に口煩い雅樂が…とは声に出さなかった。

琉韻の足が止まり、蟻はワザと背中にぶつかった。気を付けろと琉韻が睨む。その肩越しに物見塔らしき12階建ての細長い塔が見えていた。入口と思われる扉の付近に人影が見える。樹齢100年位はありそうな木の陰に身を隠す。

「5人か…。一度に相手はできないな」

「あいつ等十二神将だろうな。王子様ひとり相手に5人なんて大人気ねー。それ程王子様が強かったってことか」

蟻の言葉に「当然だ」と琉韻は口角を上げる。そんな仕草に蟻の胸は高鳴った。

可愛らしいぜチクショウ。素直だけど素直じゃねー。

蟻が鼻の下を伸ばしている間に十二神将が動いた。2-3に分かれて2人が王宮の方向へ向かって行った。

「残ったのは3人か。厳しいな」

考え込む琉韻の肩を蟻が抱きかかえ耳元に囁く。

「俺を誰だと思っているんだ?高位な術師だぜ?」

琉韻は思いっ切り蟻の手を叩き落とした。

「痛ってぇ!!」

「誰だ!!」

声がした大樹の方向へ十二神将の一人が向かって行った。

琉韻は大樹から飛び出しドラゴンスレイヤーを構えた。

「あいつはオレが倒す。お前は2人を足止めしろ」

「仰せのままに王子様」

十二神将2人が目視できる位置に移動し素早く足元に魔法円を描く。拘束と琉韻への守護を同時に発動させるためだ。

その動作を見た十二神将達から「術師か?!」と声が上がる。

「だーいせーいかーい。お二人さん大人しくしてろよ」

蟻が十二神将達の足元に蟻地獄を出現させた。砂にのまれそうになったが2人は這い上がり態勢を立て直す。途端に蟻地獄が消え失せた。

「あーあ…術が破れちまったぜ」

蟻の独り言が聞こえたかのように十二神将達は声を張り上げる。

「私達に術は効かない!!我が国にも術師は大勢いる」

「守護札でも身に着けてるって言いたいんだろうけど、そんなん意味ねーぜ」

蟻が右手を上げた瞬間、落雷が十二神将達を貫いた。満月を巨大な鳥の影が横切る。

「サンキュー!サンダーバード」

焦げ付いた臭いと共に倒れた2人を満足そうに眺め、蟻は琉韻の加勢をしようと琉韻に目を向けると、十二神将が琉韻の足元に倒れていた。

「王子様ってホントに強えーな。見た目と全然違うぜ」

「おい、今の派手な雷音はどこにでも聞こえていただろうな」

額に青筋を立てながら琉韻が妙に冷静な声で放った。

「ヤベッ!!見回りに行った奴等戻ってきちまう。俺の召喚の力が強過ぎたせいで」

「行くぞ。王女の居る最上階だ」

魔法円を払い消し物見塔へと琉韻の後を追う。蟻が扉の鍵を壊し、琉韻の腰を抱き寄せ、中央の螺旋階段を一気に最上階へ浮上する。

錆び付いて動かない扉を蟻が開ける。月明かりが射しこむ暗い最上階の部屋の隅に大きなベッドがあり横たわっている人物がいた。蟻が火球を灯す。

近寄って琉韻は静かに話しかけた。

「ララカナ王女殿下」

折れそうな程に痩せ細った両手足をベッドの四隅に縛り付けられ仰向けで微動だにしない人物は虚ろな目を天井に向けたままだった。琉韻は顔を覗き込んだ。痩せこけた頬に青白い肌。真っ黒な目は何も映していなかった。

「こんな状態じゃまともに喋れもしねーな」

蟻が右手を王女の額に載せて記憶を読み取る。

「何をした?」

「ちょっと王女の記憶を探らせて貰った。俺の部下の敵も探さねーとならねーし」

「そうだったな」

階下が騒がしくなった。

「よし。ズラかろーぜ王子様。ここからなら城内へ戻れる。どこへ行く?」

「国王の元だ」

蟻が王女の拘束を破り、肩に抱える。もう一方の手で琉韻の腰を抱きその場から消えた。


「ん?んん??何で?」

宿舎の部屋の中へ移動したつもりだったのに、季緒とフクタオは建物の外に出現した。

「召喚士様移動上手だねー。下手な人だと気持ち悪くなっちゃうのに大丈夫だった」

フクタオに「中に入ろうよ」と促されても季緒は動かなかった。

「どうしたの?」

「オレ、ちゃんと部屋の中をイメージしてたのに、何でだ?」

ポケットからウロとトワが顔を出した。鳥肌が立ち嫌な気配に辺りを見回すと、近衛兵の姿の者達に囲まれていた。

「先回りされてたみたい。この人達お城に居た人達だ」

「えーーーーー!!!!嘘だろーーーーー!!!!」

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