第24話

「あれ?珍しいね暇なの?そんなワケないか」

アハハと笑いながらラファエルはサマエルに椅子を勧めた。

「んん??嬉しそうだね」

いつもの無表情なサマエルだが、心なしか目尻が下っている。

「キオに会った」

「良かったねー。魏杏国に来てるのー?ルインも一緒?」

頷きながら「風門国へ行った」と言ったきりサマエルは黙り込んでしまった。

「どうしたの?」

「キオに何か起こりそうな予感がする」

「風門国は今ゴタゴタしているらしいからねー。心配ならキオの傍についてたら?でもサマエル暇あるの?」

「ある。暁の輝きが何かを探している」

「?探し物に必死で前線まで攻めてきてないんだ?ルキフェルも暇だねー。そんな大事なものを失くすってマヌケだねー」

アハハハハーとラファエルは大声で笑った。


強い風が吹いている。風を巻き込みながら允王国聖騎士団一同が王宮の前に揃った。

「では。参ろうか」

グラウリルを先頭に一同は謁見の間へと足を進めた。

謁見の間では風門国王、ジルス王子、ノアール王女が鎮座していた。

昨夜腹心から耳にした情報にジルスの胸は騒いでいた。

允の王子と共に召喚士在りと。

世界唯一となった召喚士をついにこの目で見ることができると逸る気持ちを押さえている。

允の脅威は召喚士を召し抱えている。それだけだ。

ニヤけるジルスの顔をノアールは暗い目で盗み見していた。

扉が開き、允王国聖騎士団一同が目の前で整列する。

ジルスの瞳はある人物に釘付けになっていた。

毛先までが輝く漆黒の髪。透き通る白い肌。高貴な鼻梁と紅を塗ったような紅い唇。長い手足にほっそりとした長身。宝玉の様に輝く紫の瞳。滲み出る優雅さ。

允の王子……

ジルスは琉韻を凝視している。それこそ穴が開きそうな位に。

風門国王もゴクリと喉を鳴らす。ノアールだけは瞳を伏せたままだった。

「ご挨拶が遅れて申し訳ない。允王国聖騎士団団長グラウリルと申します」

よく通るグラウリルの声で風門国王は我に返った。

グラウリルの隣で琉韻も微笑んだ。

「初めまして国王陛下。允の琉韻と申します。お見知りおきを」

鮮やかな微笑みに再び風門国王は呆然自失となる。ジルスも口を開けて琉韻を見つめている。

琉韻の涼やかな声にノアールが目を上げた。紫色の瞳と視線がぶつかる。

赤い視線はその隣の小さい子供の姿に移った。

顔は正面の玉座に向いているが、視線が物珍しそうに左右に揺れている。

小さな子供の隣には暗緑色の髪でニヤニヤした顔の男が気怠そうに立っていた。

再び視線が琉韻に戻る。吸い寄せられる様に美しい男を見つめてしまっていた。

風門国王がやっと口を開いた。

「ようこそ我が国へ。姫の為に忝い。別室に宴の用意があるのでそちらへ」

一同は隣の間へと移動した。


「殿下」

呼び止められて足を止める。

「如何されますか?」

「召喚士だ。奴を殺す。允の脅威は召喚士だけだ」

「畏まりました」

「首尾よく。な」

「御意」

従者は足音も立てずに去っていった。


「ハイラ」

呼び止められて足を止める。

声を掛けてきた男を待って、並んで歩き出した。

「招集だ」

ハイラと呼ばれた男は片眉を上げて視線だけ隣に流した。

「どちらの?」

「裏だ。今回は遣り甲斐がありそうだ。狙いは允の召喚士」

「ほう。召喚士が我が国へ来ているのか?」

「あぁ、允の王子と共に入国したらしい。まさか生きている内に伝説の召喚士をこの目で拝めるとはな!!長生きはするものだ」

「たかだか20数年しか生きていないくせに生意気な。元帥はもう準備されているのか?」

「直接参加はされない。公務でお忙しいらしいから僕が指揮をとる」

「そうか。宜しくなバザラ」

バザラは重厚な扉を開けて中に入った。

2人の男が中で待っていた。バザラとハイラは2人の正面に腰掛ける。

「ショウトラとマコラか。元帥はよほど迅速に済ませたいらしい」

ハイラが笑いながら2人と握手を交わす。

「常に完遂確実が信条だからだ。この件には大いなる協力者もいることだしな」

「協力者?」

「モノノベだ」



「おいしーい」

満面の笑みで肉を頬張っている季緒に蟻は呆れていた。

「緊張感ねーなぁ。バカみてー」

「変態にバカって言われる筋合いは無い!!」

口から肉片を飛ばして季緒は抗議する。

汚ねーなーと蟻は季緒の額を指で弾いた。痛いと季緒は蹲る。

傍らに高値が付きそうな靴があることに気付いた季緒が見上げると風門国の王子が立っていた。

「召喚士様初めまして。風門国王子のジルスです」

ジルスは笑みを浮かべて前髪を掻き上げ乍ら蟻に手を差し出している。

「あ~…そうだよな。普通そう考えるよな。実力が滲み出ちゃってるか~」

蟻の大きな独り言にジルスは首を傾げた。

「召喚士はこっち。このガキ」

「えぇ?!」

ジルスは蹲って頬を膨らませている季緒を見下ろした。

勢いよく季緒が立ち上がり「召喚士です」と胸を張る。

ジルスは微笑みながら片膝を付いた。

「この様な可愛らしい方とは思わず失礼しました召喚士様」

季緒の手を取り口付けしようとした瞬間、季緒が勢いよく後退った。

その様子に蟻は大笑いする。

変な動きをする季緒と笑い続けている蟻を離れた場所から琉韻は眺めていた。グラウリルと風門国王、重臣との話の輪の中である。

早く行け!!と地団太を踏む思いで口論している季緒と蟻を睨む。

宴の途中で季緒の具合が悪くなり、蟻と共に別室へ移動しつつ姫探索に出動。頃合いを見て季緒の様子を見に行った琉韻も合流する計画である。

早く行け!!

しきりに第二王女との婚姻を勧めてくる風門国王を笑顔で躱すのも限界が近づいてきている。

きーおー!!早く行け!!!

琉韻の念が通じたのか、季緒が俯きながら蟻と共に従者に案内され退席した。

ジルスが輪の中へ加わり琉韻の隣をキープする。

「あの小さい方が召喚士様とは驚きましたよ」

「何だと!!召喚士様もいらしているのか!!」

風門国王と共にグラウリルと琉韻も驚いた。

「ジルス王子殿下、どこでその様な話を?召喚士様の件は口外しておりません」

グラウリルの問いにジルスは少々バツの悪そうな表情を浮かべる。

「私からもお聞きしたい。召喚士が同行している件は団でも一部しか知りません」

突き刺すような視線にも関わらず、ジルスは紫色の瞳に見惚れてしまった。

「お答え下さいジルス王子殿下!!」

グラウリルの咎めるような大声にジルスは我に返った。

「あ、ああ。召喚士様に興味があったんでね。情報は常に集めている」

「そうですか。情報源はどちらからですか?」

「王族のネットワークとでも言おうかな。詳しくは教えられない」

グラウリルは隣の琉韻に囁いた。

「危険です」

「ああ。危険だ」


季緒は不機嫌そうに歩いていた。その後ろをニヤニヤしながら蟻が付いてくる。

「召喚士と認識されなかった上に、少女と間違えられるなんてな~面白れ~」

「ウルサイなぁ!!」

「お前が王子様にいつまでも甘えてるから男らしく見られねーんだぜ。王子様に迷惑かけてるって分かってんのか?」

「ウルサイ!!」

「バカヤロー静かにしろよ」

唇を尖らせながら黙って季緒は歩いた。

蟻の集中天眼で王宮の見取り図は頭に入っている。2人が向かっているのは北塔にある地下牢と物見塔だった。地下牢は言わずもがなだが、今は使われていない物見塔も怪しいと蟻は睨んでいた。

新しい物見塔が南側にできているって事は、北の物見塔は立ち入り禁止か。

怪しいぜ。

物見塔だけ天眼が働かなかったのが益々怪しいぜ。

とっとと姫を見つけて、ついでに何とか隊長も見つけて早く王子を喜ばせてやらねーと。

ん?まてよ。

天眼でうまく見えなかったってことは…術か?!

この国にお抱え術師なんか居ねーハズだ。募集した勇者の中からスカウトでもしたのか?

「おい」

蟻の呼び止めは無視して季緒は進む。

「テメー殴るぞ」

後頭部に拳を当てられた季緒は涙目で振り向いた。

「もう殴ってるじゃないか!!嘘吐き!!」

「いいから静かにしろ。物見塔を天眼してみろ」

「……」

「……」

「……」

「まさか…できないのか?」

「できる!!」

季緒は涙目のまま横を向いた。蟻は大袈裟な溜息を吐く。

「しょーがねーから教えてやるよ。目を閉じて意識を背骨に集中しろ。息を吐け。吸え。吐け。吐け。吐け。」

「く、苦し……」

「根性ねーなぁ。はいもう一回。集中しろ集中!!」

一糸乱れぬ靴音が響いてきた。季緒と蟻は目を見合わせる。

「とてつもなく嫌な予感がするぜ」

「こっちに近づいてる…」

蟻は季緒の手首を掴んで空間移動をしようとしたが、何も起きなかった。

「嘘だろ。術が消される…この城に結構な術の遣い手がいるぜ」

「えぇぇー?!どうするんだよ」

「逃げる」

走り出そうとした瞬間、「発見した!!」「いたぞ!!」「当たった!!」等の声が交差した。

咄嗟に蟻は季緒を小脇に抱え全力疾走する。

頭に王宮の見取り図を浮かべながら走る。

こ、この壁のどこかが、壁の…

縺れる足を必死に動かしながら、空いている右手で壁を叩きながら走っていると、いきなり腕が壁に吸い込まれた。

外れた壁の内側へ2人は落ちていく。

「うわぁぁぁーーー!!」

「落ちるー!!!」

「このパターン、前もあったぜぇぇぇ…」

外れた壁は追手が通る前に元の位置へ嵌っていたので兵士達はそのまま通り過ぎた。

季緒と蟻は相手を下敷きにしようと空中で何度も身体を入れ替えもがいている。

3階分は落下したであろうか、重力の圧を感じなくなった。

「浮遊が効いたぜ」

蟻が発動させた空中浮遊で2人は衝撃もなく着地した。

「最悪!!お前が乗ったらオレ潰れちゃうだろう!!」

「こういう時は年上を敬うってもんだぜバーカ!!」

ギャンギャン文句を言う季緒は無視して、蟻は落ちた距離を見取り図で計った。

「さっきの会場が王宮の1階だろ。ここが地下3階分として…この隠し通路は地下牢にでも通じているのかもしれないぜ」

地下牢と聞いて季緒が怯えた表情になる。それを見て蟻が呆れた顔をした。

「お前なー。天下の召喚士様だろうよ。その気になれば幻獣だしてパパパッってできるだろう」

パパパッて何だよ。と季緒は膨れている。

幻獣!?と季緒はポケットに手を忍ばせた。規則正しく上下する腹に触れた。

良かった。無事だったみたい。

「よし、取りあえず進むぞ。こっちだ」

集中点眼で位置を確認した蟻は前方へ歩き出そうとしたが季緒の一言で足が止まる。

「地下でしか術が遣えなかったら、琉韻とどうやって合流するんだ?」


琉韻は手持ち無沙汰にバルコニーから月を眺めていた。

囁くように降り注ぐ月光を浴びる姿は、見る者がいたら称賛の嵐が起こっていただろう。

琉韻の心の中は大荒れだった。

蟻め!!何をしているんだ!!

琉韻が宴の間を脱出したら蟻が迎えにくる手はずになっていたハズだった。

扉の前でいつまで待っても何も起こらないので、ひとまず人気のない暗がりのバルコニーへ移動した。

「女神も逃げ出す様な美しさですね」

声がした方に振り向くと近衛兵2人が立っていた。

「好い月です」

嫣然な琉韻の姿に近衛兵の息が詰まる。

「月ではなく貴方様のことです。允王国の琉韻王太子殿下」

「恐れ入ります。もしかしてここは立ち入り禁止でしたか?」

「いいえ。ごゆるりとお過ごし下さいませ」

「わざわざ近衛兵の方々が気配を消して近づいてくるとは、少々解せませんね」

「貴方の美しさについ、声を掛けてしまいました。美し過ぎるのは罪ですね」

微笑みながら冷徹な目をしている近衛兵の動きに琉韻は集中した。

ただの近衛兵ではない…2人相手はキツイな。

琉韻はバルコニーを越えて中庭へと走り出した。


「あぁぁぁあああぁ!!王子様が襲われてるぅぅ!!!」

「琉韻が!!どういうことだよ!!」

「俺が助けにいかねーと!!」

蟻の姿が消えて、数秒も経たないうちにまた姿を現した。

「嘘だろーーー!!術が跳ね返されるってどうなってんだよこの城は!!」

蟻は頭を抱えてうろたえている。

ポケットからウロとトワが顔を出して前方を指している。季緒は前へ駆けた。

兎に角前へ進んだ。後ろから蟻が「バカヤロー」と喚き乍ら追いかけてくる。

行き止まりは大きな扉だった。季緒は躊躇なく扉を開けた。

「ようこそ召喚士様」

白い髪に白い装束の小さな子供が両手を広げて微笑んでいた。

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