第23話

那鳴は4名の隊員を連れ地図を片手に城下町を歩いている。

聖騎士団の純白の制服が珍しいのか常に注目の的であった。隊員達は面映ゆそうに落ち着かない様子だが、那鳴は慣れた様子で注がれる視線を振り切っている。

「パーティーが多いわね。世界中の勇者が集まっているみたいだわ」

「大したことない奴等ばかりです。琉韻王子の方が何億倍も勇者っぽいですよ」

あぁ、どうして王子も同行されなかったのだろうか、と隣で嘆くハルトを那鳴は横目で睨んだ。

「殿下はお忙しいのです」

「そうだぞハルト。私は那鳴様とご一緒出来て嬉しいです」

さり気無くマロートが隣にやってきた。

ハルトとマロートの双子に挟まれたまま那鳴は歩き続けた。

那鳴直属の部下を自負しているハルトとマロートは一卵性双生児なので見た目は同じである。金色の髪を目の上で切り揃えているので幼く見えるが、手足が長く長身なのでアンバランスな印象が残ってしまう。

「那鳴様。正直な所、団長と琉韻王子はどっちが強いと思いますか?」

僕もそれを聞いてみたかった、とマロートもどう思います?と問う。

「経験値の差で団長です」

断言する那鳴に「なるほどー」と双子は声を揃える。

右に曲がろうとする那鳴に双子が逆ですよと引き留める。立ち止まりしばし考えてから那鳴は別行動を隊員に指示した。


「本当にいいんですか?僕達捕まったりはしませんか?」

「これは使命故の捜索範囲内です。怪しい人物を追っていたら辿り着きました」

「那鳴様と一緒ならどこまでだってお供しますよ僕は」

僕だってと声を上げるハルトを那鳴が制する。

遠くから硬い靴音が響いてきた。3人は身を屈め暗闇に紛れる。


何かに呼ばれた。

誰かに呼ばれている。

ここではない何処かから。

呼ばれている。

ここは、

、そう。

此処は。


目を開けると銀色と黒色の瞳が覗き込んでいた。

「ここは?…あれ?」

起き上がり両目を擦る。辺りを見回すと、見慣れた自分の部屋だった。

季緒は大きく息を吐いた。何か夢を見ていたような気もするし、何も考えずに熟睡していた気もする。ウロとトワがフトモモに乗って心配そうな顔をしている。

指先で二人の頭を撫でて「朝かな?」と呟く。

二人をポケットに入れて階下へ降りていくと食卓の香りに当たった。フラフラと食堂へ入ると夕食の支度の真っ最中だった。

「なんだぁ、夜だったのかー」

暇なら手伝えと言われて季緒も夕食を作り始めた。

夕食を終えたら梔子に声を掛けられて、私室へ招かれた。

お菓子とお茶をご馳走になりながらメシドお手製の服をウロとトワに着せて楽しんだ。



「まだ連絡が取れないのか」

落ち着いているが端々に苛立ちを感じさせるグラウリルの声色に隊員達は冷や汗を掻く。

町角で別れてから那鳴一行とは全く連絡が取れなくなっていた。

「そんなに心配しなくても良いのでは?双子も一緒なのでしょう?」

チームリーダの一人に問われ、隊員達は肯首した。

「那鳴の単独行動は今更です。女性特有の勘の鋭さで我々とは違う視点から任務を遂行していると思います」

「そうだな」

冷静なチームリーダーの一言に、グラウリルは再度チーム編成を考え始めていた。


「殿下。お耳に入れたい事が」

呼び止められて琉韻は足を止める。呼び止めた男は一礼をした。

「部屋で聞こう」

一緒に来いと促し黒い宮廷服を翻し再び歩き出す。

部屋に入り椅子を勧められ「このままで結構です」と雅樂は断った。「真面目だな」と笑う琉韻に雅樂は一礼する。

近衛兵兼騎士団員の雅樂は琉韻と一緒に聖騎士団へ入団した。年は琉韻の五つ上である。団員からは「お付きの人」と呼ばれる事が多い。団では常に琉韻に寄り添いあらゆる障害を撥ね退けていた。勿論琉韻の目に触れないようにである。現役王位後継者を狙う者は内でも外でも大勢いる。ましてやこの美貌なのだ。雅樂は純粋な王子が道を外れないように監視する役目も担っているのである。

今日は雅樂も官服を纏っている。

琉韻は表情に乏しい雅樂を見る度に睡蓮を思い出してしまう。実は兄弟なんじゃないかと密かに考えているのであった。

クドクドとした小言をネチネチ言う特技も睡蓮と似ている。

「とある筋からの情報です。ソースは明かせませんが確実な情報です」

「前置きが長い!!本題は!!」

「那鳴様含め三名の団員が音信不通です」

「いつからだ」

「3日前からです。那鳴様と双子が予定外の行動をとった為に行方がしれません」

「双子も一緒か。それならまだ考える余地はある。できる限り情報を集めろ」

ドアノブに手を掛けると「どちらへ?」と雅樂が声を掛ける。

「聖祈塔だ」


「季緒!!風門国へ行くぞ!!」

勢いよくドアを開けられて大声で宣言されて、季緒は食べていたお菓子を喉に詰まらせそうになった。

涙目になった所を琉韻が背中を叩いてくれた。

「な、何?」

「那鳴が風門国で行方不明になった」

「行こう!!」

「私もお供致します」

開けっ放しの扉から雅樂も入ってきた。

「あ、こんばんは」

季緒と雅樂は軽く挨拶を交わす。

「琉韻、準備はできてるのか」

「万全だ」

よく見ると雅樂は大きな麻袋を背負っていた。

「オレ、風門国に行ったことないから直接は行けないぞ」

「先ずは魏杏国へ。姫探しを終わらせる」

「そうか、蟻か。分かった」

蟻?と雅樂が首を傾げている内に季緒も準備を整え、テーブルの上に書置きも残した。


空気の流れが変わったので目を開けると鬼眼の店の前だった。

「徐々に違和感がなくなってきている。エライぞ季緒」

グリグリと頭を撫でられ、「痛いなー」と言いながらも季緒は嬉しそうである。

「ところで、蟻という人物に対面する手段はあるのですか」

雅樂の冷静な声に季緒は琉韻を見上げた。

「大丈夫だ。考えがある」

万人を虜にするような笑顔を琉韻は浮かべた。


空を見上げた男は口を開いたままだった。

つられて何人か見上げては悲鳴を上げる者もあった。

ざわめきが人波を走り抜ける。広場には今までどこに居たんだと思う位の術師達が集まっていた。

「12枚だ…」

「天使がどうして?!」

雅樂も無表情に空中に浮かんでいるサマエルを見上げていた。

「天使…」

「そうだよー。サマエルって言うんだ。仲良いんだよ」

両手を振っている季緒の隣で琉韻も大きく手を振っている。

「何だ何だ。天使のお出ましかと思ったら人類の至宝までいるじゃねーか」

いつの間にか背後に蟻が立っていた。

「出たー!!」

振り向いた季緒と琉韻は声を揃えて叫んだ。

「デカイ声だな。こんな所で何してんだ?もしかして俺に会いたくなっちゃったワケ?」

ニヤニヤしながら蟻の手が琉韻に触れようとするのを、季緒が叩き落とす。

「お前に話がある。落ち着ける場所はないか?」

真っ直ぐに紫色の瞳に見つめられて蟻の胸は自分でも驚くほど高鳴った。

「…なら、着いて来い」

案内された場所は大神殿の目と鼻の先にある豪奢な住宅だった。

「何でサマエルも着いてくるんだよ!!」

季緒の後ろにピッタリと寄り添っているサマエルに蟻は文句を付けた。羽は仕舞っているが逞しい上半身を露出した姿と真っ赤な髪が妙な威圧感を醸し出している。

「サマエルのお蔭で合流できたんだからな!これくらいいいじゃないか蟻のケチ」

ケチケチ言いながら蹴ってくる子供は無視して、蟻は琉韻を家の中へエスコートした。

そのまま隠し扉で地下3階へ降りる。火球で辺りを照らしながら進むと重そうな扉が現れた。蟻が手を翳すと扉が開いた。

「ここが俺のアジト。誰も知らねーけど、王子様ならいつでも大歓迎だぜ」

「お前の商売柄そう簡単に他人を信用していいのか?」

「アンタだからだよ」

視線を外さない蟻と琉韻の間に季緒が割って入った。

「早く本題に入ろうよ!!」

3人は椅子に座り、天使は季緒の後ろに立っている。蟻はテーブルを挟んだ向かい側に腰掛ける。

「で?何の用?」

琥珀色の瞳は琉韻だけを見つめていた。

「風門国の姫君の行方を知りたい」

琉韻の口から出た言葉は予め予想がついていた。允の聖騎士団が風門国に入ったと耳にした時から近々王子に会える予感があったのである。

「いくら出せる?」

雅樂は麻袋から金を取り出しテーブルに広げた。季緒は金の山に目を見開いて驚いている。

「30000極では不服か?」

琉韻の問いかけに蟻はニヤニヤと笑ったままだった。

「今なら王宮絵師が欲望の赴くまま描いた王子殿下のプライベート絵画も付けましょう」

雅樂の単調な声がとんでもない発言をまろやかに包んだので琉韻はしばらく無反応だった。

「王女は城に居る」

目をギラつかせて即答する蟻に琉韻は怪訝な顔をした。

「城だと?…おい、プライベート絵画って何だ?」

「絵を見せてくれ」

雅樂は麻袋を持って蟻と一緒に部屋を出て行った。直後に蟻の絶叫が響いた。

琉韻が不愉快そうに立ち上がった所で2人は戻ってきて着席する。

「おい!プライベート絵画とは何だ」

「その名の通り絵師が趣味で描いているものですので市場には出回っていません」

「だから!!どんな絵なんだ!!」

「見てみたーい。他に持ってきてないの?」

季緒が麻袋を探ったが、金と非常食しか入っていなかった。

「交渉は成立しました。城とは風門城のことですね?」

話はまだ終わってないぞと詰め寄る琉韻を横目に雅樂は蟻と話を続けた。

「詳しくは言えねーけど、あの絵に免じて教えてやるよ。依頼は王族からだぜ」

「何だって?!」

「王子様驚き過ぎだぜ。俺はあの兄妹のどっちかだと思ってるんだけどさ、依頼があったんだよ。第一位王位継承者を街中で誘拐して行方不明にした後に城に届けてくれってな」

「王族と接触はありましたか?」

驚いているだろうが雅樂の声はいつでも冷静である。

「直接動いていたのは部下だが、王族の代理ってヤツと会ったって言ってたな。料金ケチられたんだぜ、金持ち程財布の紐が固いよな。だから金が溜まるのか。俺なんて面倒見がいいから金なんてすぐなくなっちまうぜ。部下に慕われるのも楽じゃねーよな。これも人徳ってもんで」

「王女は城ですか…。王族へアプローチは問題ですね。殿下が表立って訪問しますと外交になってしまいます」

「聖騎士団員として行けば問題ない」

「そうですね。先ずは団長と合流しましょう」

「よし!!行こう!!」

元気よく立ち上がった季緒を、まだ早いと琉韻が座らせた。

「詳しく知りたい。王族の代理とはどんな奴だ?」

「王子様になら一晩中話してやるよ」

「……」

「そう睨むなよ。教えてやるからさ。ちょっと待ってな」

蟻は目を閉じて動かなくなった。まるで瞑想しているかのような静けさだ。

「代理のヤツは巨体の男。身長は高い若くない。身形からすれば結構な地位のヤローだな。話し方が厭味ったらしくて髪のカールがキザったらしい俺の嫌いなタイプだわ~。分かったことはこれくらいだな」

一気にまくし立てて蟻は目を開けた。これって体力が要るんだよなーと肩と首を回して身体をほぐしている。

「今の術か?」

季緒が興味深そうな顔で尋ねる。

「あぁ。話さない奴と会話するのは精神力使うぜ。王族の代理と接触していた部下は殺されたからな仕方ねーけど」

「えー!!殺されたの!!死んだ人と会話してたのか?!」

「まぁ、俺くらいのレベルじゃねーとなかなかできねーな」

「殺された…。急がないと那鳴達も危険だな。行くぞ」

立ち上がった流韻の腕を蟻が掴んだ。

「王女の行方なんて王子様には関係ねーだろ」

「聖騎士団員としての使命だ」

「なら俺も手伝ってやろう。高位な術師が居た方がいいだろう?サマエルもどっか行ったし」

いつの間にかサマエルが消えていた。

「結構だ。お前が一緒だと悪目立ちする」

腕を振り払い琉韻は部屋を出て行った。待ってーと季緒も小走りで続く。

雅樂はのっそりと立ち上がって蟻と会話を始めた。

「いいのかい?王子様を追いかけなくて」

「行き先は分かっています。団員の宿屋へ向かう事でしょう」

「アンタって落ち着いてるな~。王子様の何?」

「私は世話役です。貴女こそ殿下とどのようなお知り合いなんですか?」

「俺は、運命の相手だよ」

蟻は目を閉じて自分の言葉を噛みしめているようだった。

「はぁ…」

珍しく雅樂は気の抜けた声を発した。

風門国への入国手段を考えながら琉韻と季緒は道端へ座り込んでいた。勢いよく出てきたはいいが、方向が分からなかったのである。

「雅樂が来るまで待つしかないな」

「騎士団の人たちが何処に泊まるのか聞いてなかったのか?」

「オレは見送りに行っただけだ。選抜チームは団内でも完全別行動をしていた」

豪華な装飾の扉から雅樂と蟻が談笑しながら出てきた。

「仲良くなってるね」

「変人同士気が合うんだろう。おい雅樂!!」

「殿下。蟻殿も同行されますので、恙なくお願いしますよ」

えええぇーーーー。と琉韻と季緒は嫌な顔をした。素直じゃねーな。と蟻は嬉しそうな顔をしている。

「よっし!行こうか風門国」

蟻は琉韻に手を差し出した。勢いで手を握ってしまった。

「何故お前までが?」

「部下を殺されて、黙ってる俺じゃねーからな」

珍しく蟻にしては爽やかな笑顔だと思ってしまった。


「たのもーーー!!!」

勢いよく扉が明けられてグラウリルは腰の剣に手をかけ身構えた。

「道場破りじゃないんだぞ。どこで覚えたんだそんな言葉」

「殿下!!」

「琉韻様!!何故ここに!!」

「召喚士様も!!」

団員は琉韻と季緒を囲みながら続いて入ってきた雅樂と謎の人物に視線を向けている。

「団長。話が」

「分かった」

琉韻とグラウリルと雅樂は席を外す。残された季緒と蟻は勧められた椅子に腰かけた。

皆の視線が蟻に向いているので、仕方なく季緒は紹介した。

「コイツは蟻って言って一応術師」

「どうも。高位な術師です以後お見知りおきを」

後ろ手で扉を閉めて、雅樂はグラウリルにこれまでの経緯を説明した。

「那鳴と連絡は未だに取れていない。もしかしたら城へ潜って何かあったのかもしれない」

「充分に考えられます。那鳴様は弓の腕も確か乍勘も鋭い方でしたから」

「双子が一緒なら大抵の事はやり過ごせると思うが、3日も音信不通だと最悪の場合も考えられる」

「国王陛下に報告がてら挨拶がしたいと謁見を申し入れよう。殿下が一緒なら陛下も無下にはしないだろう」

「それで何人かが城内で迷ってはぐれてしまうのだな」

「王女が誘拐された治安の悪い国ですから、殿下の護衛も兼ねていると申し出れば風門国も文句を言わないでしょう」

「姫君が城内に囚われていたとは灯台下暗しってヤツだ」

「兄弟が多いと面倒だな」

唯一の王位継承者である琉韻は呆れて口にする。

「殿下も。ご自身の身がどれだけ貴重なのかしっかりと自覚してください。殿下の代わりは存在しないのです」

いつものお小言にハイハイと琉韻は軽い返事をする。

捜索に出ていたチームも合流した夕食前にグラウリルが新たなチーム編成を発表した。

グラウリルと琉韻、雅樂、季緒、蟻と団員5名は捜索から外れ明日、城へ向かうこととなった。

季緒と琉韻は同室になり寝る準備をしていた。

「那鳴様早く見つかるといいね」

「那鳴なら大丈夫だ悪運強いからな」

「誘拐された姫って、うわっ!ビックリしたぁ~」

ポケットからウロとトワが顔を出した。

「危ない危ない。入れたまま寝る所だった。潰しちゃうから出しておかないと」

二人をベッドの脇のテーブルに置いた。眠そうに目を擦っている。

「ずっと寝てたのにまだ眠いのか?可愛いな~」

指先で頬を突く。琉韻も頭を撫でている。

「雅樂さんと蟻が仲良くなるって意外」

「変な者同士気が合うんだろう。団長が蟻を気に入っていたのが謎だな。あんなチャラチャラしたふざけた奴は嫌いだと思ってた」

「団長って結構不思議な人だよね。よく祈りに来るけど毎回泣いてるし」

「ぶぇっくしっ!!」

グラウリルが盛大なくしゃみをしたので向かいに座っていた雅樂と蟻は華麗に避けた。

「風邪引いたか?この国意外と寒いんだ」

豪快に鼻をかむグラウリルに雅樂が「温かいお茶を淹れましょう」と立ち上がった。

「もう寝るから大丈夫だ。明日は今の作戦で頼んだぞ」

「はい。無事に謁見が取り付けられて良かったです」

「団長おやすみぃ~」

ベッドに入ったグラウリルはすぐさま鼾をかき始めた。

「面白いヤツだな~」

「憎めない方です。団員にも国民にも人気があります」

「1番は王子様だろ」

「勿論です」

雅樂は請われるまま琉韻の昔話を蟻に話し尽くし、いつの間にか夜が明けていた。

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