第22話

早朝の混じり気のない爽やかな空気が聖祈塔を包み込んでいた。

聖騎士団の選抜隊が大聖堂に揃っている。純白の制服に身を包んだ23名は団長グラウリルを先頭に副隊長の那鳴、各チームリーダー3名が6名ずつ団員を抱えている。

大神官メシドが祝福を選抜隊に与えた。メシドの後ろには梔子と季緒が控えている。

季緒は向かい側に立つ琉韻に微笑んだ。琉韻も頷き応える。

「聖騎士団の名に懸けて、風門国へ助力致します。行って参ります」

グラウリルの宣誓に梔子と季緒は揃って前へ出た。

「皆さん手をお繋ぎ下さい。これから風門国までお送り致します」

梔子と季緒を中心に選抜隊が一連の輪を作る。

「皆様に御武運を」

一瞬にして選抜隊の姿が消えた。

「梔子様、風門国に行ったことがあるんですね」

「えぇ。30年程前に招かれたことがありました。とは言っても一気に20名以上を移動させるとなると疲れますね。あの方達はお帰りはどうされるかご存知ですか?」

季緒は首を傾げ、メシドも「そう言われてみれば、出立の依頼しか頂いていません」と鹿爪な顔をする。

「大丈夫だろう。団の選ばれたメンバーなんだから歩いてでも帰って来れるさ」

琉韻の言葉に「そうですね」とメシドと梔子は大聖堂を後にした。

「何でオレが見送らなきゃならないんだ!!剣の腕はアイツ等に負けないのに」

「だって国から国への正式な依頼なんだから王族が見送るのは当たり前だろ。それに明後日からお城の行事で忙しくなるんだろ」

早足で聖祈塔を出て行く後ろ姿を駆け足で季緒は追う。

選ばれなかった琉韻は王族代表として、選抜隊の見送りに来ていたのだ。

ゆっくりとした歩調に変わった流韻の隣に並んで季緒も通常速度で歩く。

「お腹空いた」

「朝が早かったからな。聖祈塔へ戻るのか?一緒にオレの部屋で食べるか?」

「一緒に行くーー!!」

豪勢な食卓を思い浮かべた季緒の腹の虫が鳴る。その音に驚いたのかポケットからウロとトワが顔を出した。

「おはよう。相変わらず可愛いなウロとトワは」

琉韻が指先で二人の頭を撫でる。欠伸をしながらも気持ちよさそうに笑っている。その指を伝い二人が琉韻の腕を這い上がっていく。両肩に乗り首筋を舐める。

「くすぐったい」

「ウロとトワも琉韻が大好きだもんねー」

「……オレも急に腹が減ってきた。ウロとトワは何を食べるんだ?」

「何も食べないよ。昨日もオレの首をそんな風に吸ってお腹一杯って言ってた」

「………。もしかしたら気を取り込んでいるかもしれない。ウロとトワの分も季緒が栄養をつけないとだ。本当に母親みたいだな」

「だから最近凄くお腹空くのかー」

成長期だと思い張り切っていた季緒はガッカリしたが、じゃれるように琉韻の首筋を吸っているウロとトワに庇護欲を掻き立てられ俄然闘志が沸いてきた。

「よーし!!食べて食べて食べまくるぞーーーー!!」

拳を上げる姿を琉韻は笑って見ていた。


「あ~あ、イケメン三銃士から2人も遠征しちゃうなんてぇ。つまらないわぁ」

「いいじゃない。トップがいるんだから」

「そのトップは高嶺の花過ぎるじゃないの!滅多にお姿を見られないしぃつまんないわぁ」

「トップが結婚するって噂よ」

「なんですってぇ!!ウチの王子様に手ェ出すなんてどこの女よ!!」

「睡蓮様が相手の女の情報を仕入れに奔走してるって聞いたわ」

「許せない!!王子より美しい女じゃないと許さないわ!!」

「トップはあんたのものじゃないでしょ。国民皆のものよ。王子より美しい女なんてこの世にいるはずないじゃない。結婚なんてただの噂よ」

「そうよねぇ。王子が結婚なんて想像もできない!!」

近道をしようと中庭を歩いていたらメイド達のお喋りが聞こえてきて、何となく琉韻と季緒は柱の陰に身を隠した。

メイド達が通り過ぎてから再び歩き出す。

イケメン三銃士…と季緒は笑いを堪えている。その頭を軽く小突く。

「結婚が噂になってるんだな」

「睡蓮のヤツ…余計な事を」

「ミューレイジアムロイヤルファムエトって教えたの?」

「いや、父上にしか伝えていない」

「そうだよね。天塔圏の女王じゃなくて芭荻国の王女として結婚するんだもんね」

「早く一緒に暮らしたい」

遠い目をする琉韻が寂しそうなので季緒は話題を変えた。

「ウロとトワ羽があるから飛べるとおもうんだけどな。今ここで飛ばせてみてもいい?」

「ここでは人目があるから部屋でやるんだな」

ポケットからウロとトワが飛び出して空中を漂う。背中から純白の羽が生えていた。

「飛んだー」

「本当に天使のようだ」

陽の光を浴びながら旋回する姿は可愛らしく尊くもあり慈愛に満ちていた。

うっとりと眺めていると前方から「ギャァァーー!!幻獣――!!」と叫び声が響いたので琉韻は二人を鷲掴みにして部屋へ急いだ。

「怖くないよー」とメイドに声を掛け季緒も走り去る。

「召喚士様でしたか」とメイドは胸を撫で下ろした。


食事を終えて睡蓮が用意したお茶を飲みながら琉韻は溜息を吐いた。

「風門国には強いヤツが大勢いるんだろうなぁ。那鳴が羨ましい」

「まだそんな事言ってるのか。戦いに行くんじゃなくて人探しなんだからな」

「……人探しは……アイツが知ってるだろう?」

睡蓮は作業をしながらも聞き耳を立てていた。

「あぁ。アイツね。でも騎士団は優秀なんだからすぐ見つかるよ」

「そうだなー。すぐ戻ってくるだろうなー」

「琉韻様」

睡蓮がソファの傍らに寄ってきた。

「賓客を迎える準備が明日から始まりますからね。くれぐれも身勝手な行動は慎み下さい」

「分かってる。今回は父上の名代だからな勝手に消えたりしない」

「季緒も。琉韻様を連れまわさない事」

「はーい。そうだ!!イケメン三銃士って誰と誰か知ってる?」

「イケメン三銃士?」

琉韻が咽乍ら季緒の頭を叩いた。


イケメン三銃士の一人、グラウリルは風門国王と対面していた。

勿論本人はその呼び名を知らない。

謁見の間の外扉では那鳴が待機している。グラウリルが出てきて二人は歩き出す。

「どうも思わしくないようだな」

「国王陛下は何と?」

「虱潰しに国中探されたらしい。外国から勇者を集い今も探させているが一向に行方が掴めないと。近隣国からも目撃情報すらないようだ」

「難しいですわね。人ひとりが消えるのは結構手間が掛かりますのに。目撃情報もないとすると…」

考え込む那鳴に、グラウリルは頷いた。

「そうだ。それも考えられる」

「不穏ですわ」

「不穏だな」

団長と副団長はゆっくりと宿泊施設へ向かって歩く。

施設へ戻ると沢山の花が飾られていた。空気を読まない歓迎の仕方に那鳴が呆れていると「失礼する」と高貴な身なりの男女が入ってきた。

「初めまして。風門国のジルスとノアールです」

髪を掻き上げて挨拶する男にグラウリルは無言のままだったので、那鳴は「第二位王位継承者のノアール王女と第三位王位継承者のジルス王子です」と囁いた。

グラウリルは姿勢を正し礼をする。

「わざわざお越しいただきまして申し訳ない。本来ならば私共から伺わなければなりませんのに」

「いえいえ。姉上捜索に助力下さる方々に御足労をかけるなどとんでもない。姉上をお願いします。兄弟三人でまた助け合っていければ良いと思っています」

涙ぐむ姿がワザとらしいと那鳴は感じたが静かに頭を下げた。

ジルス王子は中肉中背でカールした前髪が目にかかるのを何度も掻き上げている。髪色は琉韻と同じだが、気品が天と地ほど差があるとグラウリルは思っていた。

口角が狡賢そうに上がっている。

その隣に立つ王女は一言で表すなら「地味」だった。赤い髪は目立つハズなのに俯いているので表情が良く見えない。ジルス王子より背も高いのに猫背なので同じくらいの背丈に見えている。主張されない存在感で薄い印象しか与えない。

「ノアール王女殿下」

那鳴の呼びかけに王女は顔を上げた。

思いがけず端正な顔立ちに那鳴は一瞬息を呑んだ。スッキリとした顎のラインに肩にかかる赤い髪。何よりも目を魅かれたのは真っ直ぐに見つめられた赤い瞳だった。王女と呼ぶより王子と呼んだ方がその瞳の印象を裏切らない。

王女は直ぐに目を伏せてしまった。

「ノアール王女殿下。貴女様とララカナ王女殿下はよくお話しされました?」

王女は俯いたまま首を振る。

「いや、女共は仲が良かったハズだぞ。我々は其々に城に住んでいるがよく行き来していたと聞くぞ」

ジルス王子に王女は何の反応も示さず俯いたままだった。

「そうですか。私共は直ぐにでもララカナ王女殿下の捜索へ向かいたいと思います。歓迎いただきましてありがたく存じます」

那鳴が礼をするとグラウリルも一緒に礼をする。

「姉上を宜しく頼む」と王子と王女は出て行った。

閉まった扉にグラウリルは呟いた。

「怪しいな」

「ええ。あの方、足音がしませんわ」

「王子はチャラチャラしているし王女は暗いし、ウチの王子様の気品を分けてやりたい位だな」

「団長。それは心の中で呟く言葉です。人は己に見合った器になるものですわ」

「……お前の方が毒を吐いている」

フフッと笑って那鳴は与えられた部屋へ向かう。

部屋に入った瞬間空気の密度が濃厚になった。目の前の空間が歪む。

「まぁ、貴方ですか」

晴れやかな笑顔で那鳴は椅子を勧める。


聖祈塔へ戻る途中、季緒はイケメン三銃士なる者について考えていた。

琉韻と、後は…可能性があるのは団長でしょー。後は、後はー……

絽玖を思い浮かべたが、決定的な何かが違う気がする。

後一人、誰だろう?

時々お菓子をくれる副団長?いつも琉韻の傍にいる近衛兵兼騎士団の人?

考えていたら聖祈塔へ着いたので梔子の部屋へ向かった。

中から返答があり入室する。

「ウロとトワはどうしました?」

お菓子がのったテーブルに着いた季緒はポケットからウロとトワを取り出した。満腹なのか二人は熟睡している。

「梔子様、イケメン三銃士って誰のことか知ってますか?」

ウロとトワの膨れた腹を撫でていた梔子は噴き出して声を出さずに笑っている。

「聖騎士団のイケメン三銃士ということですか?」

「そうなんです。琉韻と後二人誰か分からなくて。誰だと思いますか?」

「私はあまり聖騎士団の皆様とは面識がないので、頻繁にお話しさせていただく王太子殿下と団長様しか思い浮かびませんね」

「オレも団長は怪しいと思うんですけどー。後一人が思い浮かばなくて。皆に聞いてきます。ウロとトワをお願いします」

季緒が勢いよく出て行ったらウロとトワが目を覚ました。小さな口で大きな欠伸をしながら辺りを見回して季緒の姿を探している。途端にグレーの羽が出現し飛んで部屋を出ようとするがドアに激突する。頭を押さえて痛がる姿も微笑ましい。

「開けてあげましょう」

梔子が開けると勢いよく二人は階段の下へ消えて行った。

やはりガーディアン。

階下からは「幻獣だー」と悲鳴が聞こえてきた。

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