第21話

一緒に夕食を誘ったが琉韻に「寝る」と断わられたので季緒は一人で聖祈塔へ戻った。

着替えをし懐にウロとトワを仕舞う。二人は熟睡中なので起こさないようにそっと梔子の私室へ向かった。

ドアを叩くと梔子が迎え入れてくれた。

「この子達血蝶だったんです!!」

興奮した口調で開口一番に梔子に告げた。

「血蝶ですか?それは地上には現れないモノのはずです」

「ラファエルもそう言ってました。この子達の血蝶は青いんです。最も高貴な色って言ってました」

琉韻と魏杏国へ行った事を少々怒られた。

「青い血蝶…これは由々しき事態になりそうですね」

梔子は鹿爪な顔で考え込んでしまった。

「ラファエルは攻撃してもダメージがないって言ってました」

「そうですね。私も実際の血蝶は見たことがありませんが、血蝶は必ず体内に戻るそうですから再生不能なまでに焼き尽くさないことには死に繋がることはないでしょう」

「焼き尽くす…」

季緒の頭にサラマンダー焼きならぬウロトワ焼きが浮かんだ。

「この子達が攻撃されましたか?」

「マンティコアに襲われたんです。それでオレを二人が庇ってくれてウロの腕が食いちぎられてそこから青い蝶が…」

「季緒を庇ったんですか?!」

驚いた梔子に季緒は肯首する。

庇った… 卵から生まれた… 初めて目にしたのは季緒… 

ガーディアンなのか?!

物凄いスピードで梔子の思考が回転する。しかしウロとトワの正体は不明である。取り敢えずは季緒に危害を加えるつもりはないらしい。一安心である。

「そろそろ夕食ですね。食堂へ行きましょう」

揃って階下へ向かった。


琉韻はベッドに腰掛けてドラゴンスレイヤーの手入れをしていた。

どんなに激しく打ち合っても刃こぼれ一つしない屈強な剣だが手入れは剣士の心得である。

男に盗まれて不覚を取ってしまったことを反省していた。

これからは手を離さないようにしなければ。

正直言ってドラゴンスレイヤーと言われても術に強くなった剣としか認識をしていなかった。

世界的な価値を殆ど考えていなかったが今日身をもって実感したのである。

ドラゴンスレイヤーに見合う人物にならなくては。

允の為、季緒の為、レイの為、自分の為。

護るべきモノを心に刻み、琉韻は一心に剣を磨いていた。



「魏杏国が大変な事態になってるそうですが、どう感じましたか?」

夕食の後梔子の部屋に促された季緒は肯首した。

「勇者って言うんですか?鎧兜の武者が多かったです。幻獣も出てきて襲われました」

大きな身振り手振りで、多少話を盛って季緒は語った。

「魏杏国は魔術の国ですから幻獣が現れるのは不思議ではないのですが、人間を襲うとなると由々しき事態ですね」

「そうなんですか?」

「季緒が出会ったマンティコアは街中で人間を襲っていたのですね?魏杏国の術師、主に桔梗院ですが、桔梗院は滅多に街中で幻獣を召喚しないのですよ。国の調和を乱しますから。その勇者と名乗っている者が曲者ですね」

「勇者って名乗ってる人達も召喚できるんですか?」

「できます。勇者の中には優秀な術師もいるんですよ」

「へー」

季緒の頭の中には琉韻が浮かんでいた。

聖騎士団だし、ドラゴンスレイヤーを持っているし、王子だし。勇者って琉韻のことなんじゃないか?

「魏杏国に勇者が多いのは隣の国のお姫様が誘拐されたからって言ってたけど、誘拐したのは蟻の一味らしいです」

「アマリリスですか。彼は相変わらず問題児ですね」

琉韻にしつこく迫ってくるしアイツ嫌いですと季緒は愚痴る。

梔子からしばらくの間は魏杏国に近づいてはならないと厳命されて季緒は私室へ戻った。

懐からウロとトワを取り出してテーブルの上に置いた。

話しかけると二人は大きくなった。

二人の頭を撫でながら、ありがとうと呟く。

「守ってくれたんだよね。痛かっただろ?」

「ウロ痛くないよー」

「トワ強いよー」

ニコニコ笑う二人を季緒は両腕で抱き締めた。

「お腹空いてないのか?夕食もお菓子も食べなかったし。何食べるんだ?」

二人は季緒の首筋に唇を這わせた。

「くすぐったいよ。何やってんだよ」

笑う季緒につられて二人も楽しそうに首筋を吸っている。

「ウロお腹いっぱい」

「トワお腹いっぱい」

満足そうな二人は小さくなってそのままテーブルの上で寝てしまった。

ベッドで一緒に寝たら潰しそうなので、二人をお菓子の箱の中に仕舞って枕元へ置いた。

「正体は謎のまま。…血蝶かー。綺麗な青だったなー。触ったら指青くなるのか気になる…アル卿に血蝶のこと教えないとなー。でも魏杏国にはしばらく行っちゃダメだし…」

伝達方法を考えても良い案は浮かばないので溜息が出た。

二人の頬が目についた。指先でプクプクした頬を突くと幸せな気持ちになってくる。

ニヤニヤしながら柔らかい頬をしつこく突いていたらトワに指先を噛まれた。


梔子とメシドは血蝶について意見を交わしていた。

地上には現れないと言われている血蝶。卵から生まれた生物。伸縮自在の身体。

「神官の間でもただならぬ空気を感じると不安がっている者が多いです」

「今のところは我々に攻撃をするでもないので問題ないとは思いますが、正体が分からないことには不安は解消されないでしょうね」

「血蝶を持つ者は底なしの生命力に突き動かされています。私達の想像を遥かに超える存在かもしれません」

「季緒の話を信じるならば、あの子達は季緒をマンティコアから守ったそうです。案外ガーディアンになる為に生まれてきたのかもしれませんよ」

言いながら梔子は確信していた。生まれた目的は不明だが、あの子達は召喚士のガーディアンになったのだと。

王太子殿下にウロとトワ。世界唯一の召喚士はガーディアンに恵まれている。

梔子が口端を上げてうっすらと笑っていた。


たっぷり寝たので目覚めはスッキリしていた。

交代の時間になり訓練場へ向かう途中に那鳴に声を掛けられた。

「これから忙しくなりそうですわよ殿下」

「遠征でもあるのか?」

「えぇ。風門国から依頼が来ていましたもの」

「王女誘拐か?!」

「あら。お耳が早いですわね。その通りです。誘拐された第一王女を連れ戻して欲しいそうです。なるべく無事な姿で」

「……」

「誘拐されてからかなりの日数が経っているので大半は王女はもう生きていないと考えているようです。風門国はこれまでに勇者を集めたり、近隣国に依頼をしていたようですが埒があかずに、ついに聖騎士団にも依頼したようですわ」

琉韻の頭にニヤニヤしている男の顔が浮かんだ。

あの男に尋ねれば王女の行方もすぐ分かるだろう… 

しかし…あの男に借りを作ってしまう。それだけは避けたい。しかし…

「風門国は武芸の国ですから団長が張り切って国王陛下に遠征の許可を求めに行っています。どうしました殿下?」

那鳴の琥珀色の瞳と目が合った。

あの男はもっと薄い琥珀色だったな。借りは作りたくない…しかし…

眉間に皺を寄せている姿も絵になると那鳴は感心していた。

どうしてこれ程までに美しい男が存在するのだろうか。それが一国の王子なのだから神の依怙贔屓も甚だしい。

美しく、強く、優しい男。

この男はどの様な伴侶を選ぶのか。結婚適齢期と言われている王子に国中の女性が関心を寄せているのだ。

「何でもない。行こう。時間に遅れてしまう」

純白の制服の裾を翻し、二人は訓練場へ向かった。


魏杏国の隣にある風門国には現国王の子供が3人いる。

第一位王位継承者であるララカナ王女、第二位王位継承者ノアール王女、第三位王位継承者ジルス王子の三名である。

ララカナ王女が誘拐され真っ先に疑われたのはジルス王子だった。事あるごとに王位に相応しいのは自分しかいないと吹聴していたのだから当然の成り行きだが、本人が誘拐関与を否定している以上、臣下達はそれ以上王子に問い詰めることはできなかった。

術は魏杏、武は風門、歴は允と誰もが口にする。術、武、歴を允が兼ね備えていた時代を知るものは最早存在しない。

「国王陛下はついに聖騎士団にも依頼されたそうです」

「そうか。今更戻ってきても姉上は王位継承権を剥奪されるだろう」

「貴方様の野望にまた一歩近づきましたか」

月明かりに照らされたバルコニーで二つの影が向き合っている。

「聖騎士団には允の王子も在籍しているそうだな」

「人類の至宝と呼ばれている大層美しい王子だそうです。興味がおありですか?」

「どれ程価値のある宝なのかは気になる。だが噂は、噂以上にはならん」

「来週にも聖騎士団が到着するようです。歓迎の宴は必要ないと、到着したらすぐに姫の捜索にあたるそうです」

「真面目だな。姉上が無事に見つかるといいがな」

二つの影は持っていたグラスを掲げ飲み干した。

「徒労に終わるだろうに」

密かな呟きが闇に溶けて消えた。

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