第20話
季緒は準備をする為自室へ戻った。神官の装束は目立つからと琉韻が貸してくれた服に着替えたがサイズが合わないので、魏杏国で蟻が購入した服に着替えた。お菓子とウロとトワをポケットに忍ばせる。
麻袋に何冊かの魔術書を入れて背中に背負った時に梔子の言葉を思い出したが、話を聞くだけなので夕食前には戻れるだろうと部屋を出た。
密会場所の木の下で座って待っていると目元までフードを被った琉韻が現れた。
ポケットから顔を出したウロとトワを指先で撫でる。
「よーしっ!!先ずはアル卿に会う手順を踏むぞ!!行くぞ!!」
意気揚々と手を差し出す季緒に琉韻は笑顔で手を握る。僅かな空間の揺らぎを感じた。
次に琉韻が目を開けると大神殿の前だった。
こっちだよと季緒に手を引かれ儀式の間へと入る。天使像の羽根に季緒が何かをしている間、祭壇に近づき鳥籠を眺めた。小さな人型が仰臥している。
ウロとトワよりサイズが小さいなと手を触れそうになったが「行くよー」と声を掛けられ、儀式の間を後にする。
歩きたいという琉韻と並んで季緒も辺りを見回しながら宿屋まで歩く。
以前来たときよりも甲冑姿が多く見受けられ、雰囲気が忙しなく感じられた。
「術師の姿より、鎧兜の方が多いな」
「ホント。何だろうトーナメントでもあるのか?」
魔術大国で剣技の大会??と二人は首を捻った。
「トーナメントがあるとしたら隣の風門国だろう。あそこは武芸が達者だと聞いている」
「風門国?聞いたことあるような…何だっけ?思い出せない…」
思い出そうと考え込んで注意力が散漫になった季緒の肩を抱き、人混みを縫って宿屋に到着した。琉韻が扉を開けると
「琉韻様!!」
喜悦の声を上げてアルグレスが飛び出してきた。文字通り地に足が付いていない。
「アル卿―!!」
琉韻の横でアルグレスと季緒が抱き合って再会を喜んでいた。中へと促され部屋に入る。
フードを脱いだ琉韻をアルグレスは頬を染めて眺めた。
「アルグレス卿、再びお世話になります」
差し出された手をがっちりと握りしめる。
「本日は?どうされたので?」
「あぁ、季緒が召喚したモノが幻獣なのか知りたいんだ」
季緒はポケットからウロとトワを取り出した。二人は胸を上下させて気持ちよさそうに寝ていた。そっとテーブルの上に置く。
「何と!!人型の幻獣ですか?」
琉韻と季緒は顔を見合わせた。
「幻獣か天使か梔子様でも分からないそうだ」
「そうなんだ。熾天使を召喚しようとしたら卵が出てきて二人が生まれた」
「卵?」
「そう。ウロとトワは大きくなるし羽も生えてくるんだよ」
「羽ですか?大きくなるとは?」
えーっと、と季緒は指で突いてウロとトワを起こした。
「ウロ、トワ、大きくなって」
目をこすりながら二人は大きくなりテーブルに腰掛ける姿勢を取った。
「凄い!!これが成体か?」
驚嘆し目を輝かせているアルグレスを二人は不思議そうに眺めている。
季緒が「羽羽」と言うと二人の背中から無色の翼が出現した。
「さっきは桃色だったのに」
琉韻の呟きに季緒も「なんでー?」と同調する。
「色が変わっているのですか?」
「何でだろう。琉韻の部屋では薄いピンクだったのに、今は向こうが透けて見える」
「ほう。ピンクでしたか…」
アルグレスは顎に手を当てて考え込んでしまった。
「幻獣マニアのアル卿でも分からないか?」
「そうですねぇ。思い当たる幻獣はいないですね~。天使や悪魔とも違う、妖精?いや、神霊か?」
大きな瞳に見つめられてアルグレスは思わず笑みを漏らした。輝く銀色と黒色の瞳を覗き込んでいると吸い込まれそうになってしまう。
悪魔はいとけない姿で良心を雁字搦めにし誘惑する。そんな台詞が頭を巡っていた。
しかし、悪魔が纏う雰囲気は微塵も感じられない。かといって幻獣という一括りにするには、何かが違う…
「私も初めて逢う子達なので色々調べてみようと思います。何か解りましたら召喚士様にご連絡差し上げますよ」
アルグレスと季緒は連絡方法を練っていた。琉韻はせがまれるままウロとトワの頭を撫でている。
美の極致ともいえる青年とあどけない子供達が触れ合う場面にアルグレスは心の中で感泣していた。生きてて良かった!!
「お帰りはどうされるんですか?」
「このままトビト山に向かうよ」
「女王ですね。早く目覚めるといいですね」
琉韻の横にミューレイジアムロイヤルファムエトが寄り添う姿を想像し、絵になる二人だなーとアルグレスは感服した。
「このところ魏杏国は隣国のせいで少々物騒になっているのでどうかお気を付けて。召喚士様と琉韻様がいらっしゃるなら大事ないと思われますが、お二人とも唯一無二の身でございますからね」
「確かに、武者が多かったな」
「風門国の姫がまだ行方不明なんだそうです。褒美を求めてならず者共も大勢この国に流れ込んでいます。桔梗院へも結界を張ってくれという依頼が多いんですよ」
「大変だねアル卿。じゃあ、何か解ったら連絡してね」
大きく手を振る季緒達とはそのまま部屋で別れた。
宿屋を出ると琉韻は再びフードを深く被った。ブラブラと周りの店を冷やかしながらトビト山へ向かって歩く。
「風門国の誘拐って蟻の一味がやったって言ってたぞ」
「蟻か。会わないことを願おう」
その時、路地の奥から「幻獣だ」との悲鳴が聞こえた。
走り出した琉韻を追って、季緒も右側の路地に入る。血臭が漂ってきて足が速くなる。追いついた琉韻の背中にしがみ付いた。
所々に血溜まりができていた。一際大きな血溜まりの脇で蒼白な顔で腰を抜かしている人物がおり、何人かは琉韻の脇を走り逃げていく。
琉韻を追い越し「幻獣はどこだ?」と息せきかける集団もいた。
季緒は血の臭いに鼻を摘まみ琉韻の背中から辺りを見回した。
「どこにいる?分かるか季緒」
「えーっと、どこだろ?」
「あそこだ!!木の上だ!!」
指さされた先には獅子の姿が口元を血で濡らし次の獲物を狙っている。
「獅子?顔は人間だぞ。あれは何だ?分かるか季緒」
「えーっと、えーっと、獅子と人間の顔で、えーっと」
「あれはマンティコアだ」
脇から物知り顔の黒いローブ姿の男が話しかけてきた。
「獅子の体に人間に顔。尾には毒がある。人間を食らう幻獣だ」
「はぁ…」
突然の解説に琉韻は無意識に気の抜けた声が出てしまった。
「あの大きな体躯に関わらず俊敏な動きをする。遠くの獲物も毒針で狙うことができるのだ」
解説の間にマンティコアが動いた。木の上から消えている。血溜まりで腰を抜かしていた人物が居た場所に左足が落ちていた。
「どこだ!!」
琉韻は360度見回す。姿が見えない。
「上だ!!」
マンティコアは蝙蝠の様な羽で空中に浮かんでいる。口元からは鮮血が滴り降りていた。
「ぎゃぁぁぁーーー!!」
「騒ぐな季緒!!結界だ!!」
「わ、分かった」
琉韻は風の動きに気付き無意識にドラゴンスレイヤー目の前に掲げる。
「ギャウゥン」
琉韻を目指し下降していたマンティコアが何かに弾かれた様に地面に転がった。
「そっか。ドラゴンの方が上位だ。琉韻、地面に刺してみて」
地面に刺されたドラゴンスレイヤーは3重の円を創り琉韻と季緒、それに解説男を囲い込んだ。
「結界ができた!!皆!!早くこの中へ」
季緒の呼びかけに何人か円の中へ走り出す。マンティコアは前脚を低くし唸り声を上げている。
解説男は珍しそうな目で剣を見ている。
「もしかしてコレはドラゴンスレイヤーか?」
琉韻は無言でマンティコアを睨んでいる。
「マジかよ?伝説のドラゴンスレイヤー?」
「本物?初めてみた?この剣は結界も張れるのかよ?!」
琉韻とマンティコアの睨み合いは続いている。
「!!!!」
琉韻が振り返る。男がドラゴンスレイヤーを引き抜き走り出していた。
「結界が消えたぞ」
解説男の叫びに琉韻が視線を正面に戻すとマンティコアは消えていた。
「何するんだよ!!」
季緒が男を追いかける。
「季緒!!ダメだ!!」
小さな季緒の後ろ姿を黒い影が覆った。
首筋に鳥肌が立ち、季緒が振り返ると鋭い爪と大きな牙が迫っていた。
「季緒――!!!」
あおい。
青い。
蒼い。
碧い。
瑠璃。紺碧。藍色。紺青。青藍。天色。コバルトブルー。セルリアンブルー。
ありとあらゆる、世界中の青色が目の前に展開する。
その青はヒラヒラと宙を舞う。
美しい蝶だった。
腰が抜けた季緒の前に大きくなったウロとトワが立ちはだかっている。
背中に季緒を庇い、ウロの右腕はマンティコアに噛みちぎられていた。抉り食われた右腕とマンティコアの口からは青い蝶が飛び立っている。
蝶の大軍は大きな渦を作りだし、ウロの右腕に戻っていた。みるみる内に右腕が再生する。
「蝶?」
「あれは…血蝶だ。この世で血蝶を見られるとは」
解説男はウロとトワを拝み始めた。
「季緒!!しっかりしろ!!」
琉韻の声に季緒は立ち上がった。マンティコアが後脚を蹴り空中に飛び出し季緒を飛び越えて走っている男の背中を襲う。
駆け寄って琉韻は季緒とウロとトワを抱き締めた。
男を食い終えたマンティコアが振り向く。
マダラが炎の壁を作り出していた。
咆哮を上げてマンティコアは前に向き直り天を駆けて消えた。
空を見上げながら季緒は大きく息を吐いた。
「こ、怖かった…!!あ!!琉韻の剣!!」
季緒がドラゴンスレイヤーを抱えて戻ってくる。
「怪我はないか?ウロもトワも大丈夫か?」
季緒から剣を受け取り琉韻はウロの右腕を撫でまわす。
「トワ平気―」
「ウロ平気―」
「オレも平気―。ウロトワありがとう」
無事を確認し合っていると周りに人が集まっていた。
「ドラゴンスレイヤーだ」
「あれは金になるんだぞ」
「血蝶ってなんだ?」
「あの子供も幻獣か?」
好奇な視線を寄せられて琉韻が季緒に「移動できるか?」と小さな声で聞いた。
「大丈夫。ウロとトワは小さくなって」
縮んだ2人をポケットに入れ季緒達はその場から消えた。
鬼眼の店の前だった。
咄嗟に思いついたのがこの店だったのである。
琉韻は剣を奪われたことで落ち込んでいる。結界の代わりに用いていたとはいえ、簡単に奪われてしまった。うなだれる姿を見て、早く女王に会わせてあげたいと季緒は思った。
そうだ!!サマエルなら連れて行ってくれる!!
「呼んだか」
いきなり声を掛けられて季緒は飛び上がった。
「ビックリしたー。サマエル久しぶり。元気だった」
頷くサマエルは季緒のポケットを凝視する。
「奇妙なモノを連れている」
「ウロとトワのこと?この二人何者か知ってるか?」
「天使ではない」
「そうなのか。悪魔なのか?」
「違う。まだ何者でもない」
「?どういう意味?」
これ以上サマエルは口を開く気はなさそうだ。
ラファエルの小屋へ行きたい!!とトビト山へ運んでもらう。
「ラファエルいるー?」
ドアを叩くとラファエルが笑顔で出てきた。
「キオ!それにルインも!!ついでにサマエルと……何その子達」
ラファエルも季緒のポケットを凝視する。
琉韻は挨拶を済ませ女王の間へ向かった。
ラファエルが出してくれたお茶とお菓子を頬張りながら季緒は二人をテーブルの上に載せた。
「ウロとトワっていうんだ。召喚してたら卵が出てきてウロとトワが生まれた」
「卵?」
と天使達は首を傾げる。
「この子達は不思議だね」
「何者でもないってサマエルが言った」
「その表現が正しい気がする。不思議だなー」
季緒はお菓子の欠片をウロとトワに与えた。匂いを嗅いだが二人は顔を背ける。
「そうだ。血蝶って知ってる?」
「地上でその名前を初めて聞いたよー。体外に血が出ると蝶になるんだよ。蝶は体内に戻ろうとするから自己再生能力が高いんだ。殆どダメージを受けないんじゃなかったっけ?」
サマエルが頷くのを確認してラファエルが話を続ける。
「蝶は身体からどんなに離れても必ず体内に戻ってくる。蝶の色は大体赤が多いけど最も高貴なのは青い蝶って聞いたなー」
サマエルも頷く。
「青い蝶、さっき見た」
「この子達?!そうか、青い蝶なのかー凄いねこの子達。生まれたのはいつ?」
「今日」
「今日?!生まれたて?!」
ラファエルは頤を解き悶えている。
「面白いなー。キオといると退屈しないなー」
腹を抱えるラファエルは何故笑っているのか季緒には分からなかった。
「でも血蝶となると厄介だよ」
ラファエルの言葉に季緒は首を傾げた。
「血蝶を持つモノは地上には現れないはずだ。…はずだったかな?血蝶が身体に戻ろうとするからダメージがない。攻撃しても血蝶は分裂するだけで無くならないんだよ」
「じゃあ、死なないってことか?」
「そう!この子達を殺すには血蝶を分裂も再生もさせないように業火で焼き尽くしつつ身体を攻撃しないと死なないよ」
「へー不思議」
「そう!!不思議なんだよ!!」
こんなにカワイイのにねーとラファエルは指先でウロとトワの頬を突く。
琉韻が戻って一緒にテーブルを囲む。
「ミューレイジアムロイヤルファムエトの様子はどう?」
「特に変化は見られない。早く目覚めて欲しい…」
どうなの?と季緒はラファエルに質した。
「時々瞼が動くようになったから前進はしてるよ!心配ないよ」
「ありがとう」
琉韻の笑顔にラファエルはうっすらと頬を染めて「どういたしまして」と呟く。
ウロとトワは琉韻の指先に絡みついてじゃれている。
「キオは能力が向上した」
サマエルの言葉に季緒は立ち上がった。
「分かる?!やっぱり分かる?!オレ滅茶苦茶頑張ったもん!!」
「そう言われると、前はオレと一緒に空間移動できなかったな」
思い出したように琉韻は感心した。
「やっと気づいたかー!!人を運べるようになったんだよー凄いだろー」
スゴイスゴイと琉韻は季緒にお菓子を食べさせている。
餌付けだ。とラファエルは思った。
夕食も誘われたが、丁寧に断りサマエルに麓まで送ってもらった。
天空に消えるサマエルに手を振り、琉韻の部屋へ移動する。
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