第19話

「オレは季緒だよ。きーおー」

「きいおお」

「違う。き、お」

「き、お」

「そうそう。季緒」

「キオ」

「キオ」

「そうそう。偉い偉いウロとトワすごいよー」

「エライエライ」

季緒は両手で黒髪と銀髪を撫でると二人は嬉しそうに目を細めていた。

とても可愛い。

その姿を梔子とメシドは目を細めて眺めていた。

「幻獣だと思われますか?」

「そうですねぇ。梔子様はどう思われますか?」

「目の前で卵から孵ったので驚きました。季緒は熾天使を召喚しようとしていたので天使かもしれませんが、天使が卵から孵るなど聞いたことがありません」

「卵から生まれたなら幻獣の可能性が高いと思いますが、何と言うのでしょうか、気配が違います」

「えぇ解ります。気配と言うか纏っている空気が何とも言えませんね」

うーん、と大人たちは考え込んでしまった。

「琉韻に紹介するよ。おいで」

台所から出ようとする季緒をウロとトワが追おうとするが、2、3歩進んでその場に崩れ落ちた。

「えぇ?!もしかして歩けないのか!!」

二人はそのまま縮んでしまった。仕方がないので季緒は二人を摘まみ懐に入れた。

「生まれたてなので足腰がまだ弱いのか、歩くのが苦手なんでしょうね。季緒、王太子殿下の所へ行くにはまだ早いですよ。もう一度召喚をしてみましょう」

「はーい」

「熾天使を召喚するのですね?大したものです」

メシドは嬉しそうに季緒の姿を見つめた。

「いきます」

意気込んだ季緒が目を閉じる。懐からウロとトワも何事かと顔をのぞかせている。

「……」

特に変化もないまま時間だけが無作為に過ぎていく。

メシドは欠伸を噛み殺した。

「では、次の機会に致しましょう。季緒、夕食前までには戻ってらっしゃい」

梔子の言葉に目を開けた季緒は、はーいと返事をし聖祈塔を出て行った。

「熾天使はまだ早かった?」

「そうでもないと思ったのですが。先程までの雰囲気ですと召喚できたはずですが、あの卵の影響でしょうかねぇ」

お茶でも飲みますか、と2人はお湯を沸かした。


いつもの待ち合わせ場所に行くか、騎士塔へ様子を見に行くか迷いながらゆっくりと歩いていたら後ろから声を掛けられた。

「季緒」

振り向くと同じ神官の装束を纏ったルサラとマナーティが神妙な顔で立っていた。

ルサラのその日の朝は最悪だった。

寝坊し、朝の礼拝に遅れ兄弟子に叱られ沈みながら朝食を取った。

マナーティのその日の朝は最高だった。

小鳥の囀りで目覚め、礼拝には一番乗りで大神官の話が良く聞こえる席に着くことができた。しかも隣には憧れの梔子が着席した。「今日は良いお天気ですね」と声を掛けることにも成功した。

昼過ぎになってルサラは背中に悪寒を覚えた。

何か良くないことが起こりそうな気がする。日常の些細な予感は時々当たることがある。この道を曲がると誰かにぶつかるだろう。今の言葉は言い過ぎて傷つけたかもしれない。懐かしい人物が夢に出てきたから近々会えそうな気がする。

しかしコレは些細な予感などではなく大いなる確信だった。聖祈塔にとっての悪夢が始まる。

昼過ぎになってマナーティはある予感を覚えた。

心が躍るような、陽気な歌を口ずさみたくなるような高揚感。暖かい空気に包まれているような気がする。これから何かが起こる。それは聖祈塔にとってとてつもない僥倖である。

午後の礼拝の時間は過ぎたが、ルサラは大聖堂へ向かった。胸の中が不安で押しつぶされそうになっている。扉の前でマナーティと会った。

マナーティは悲壮な顔のルサラを見て、腹でも壊したかと心配した。

「こんな良き日にどうしたのだ?食あたりか?」

「禍々しい空気に包まれた日に、おめでたい人ですね貴方は」

マナーティは首を傾げる。

「何を言っている。今日は素晴らしい」

その時、扉の中から物凄い重力と圧倒的な圧力を感じて二人はしゃがみこんだ。

ビリビリと空気が身体を刺してくる。圧縮された空気に呼吸がままならない。

「こ、これは…」

「召喚だ!!季緒か梔子様が召喚を…」

ルサラとマナーティは同時に理解した。

あの予感はコレだったのだ!!

あの最も不幸な予感、あの最も幸福な予感はこの瞬間の為のものだった!!

身体の震えが収まり、ルサラは扉を開けた。

中には誰もいない。

「どこだ?!塔の中ではないのか?」

「3階へ行ってみよう」

マナーティの後に続き、階段を上る。

3階はひっそりとしており人が居た気配がなかった。

「どうしたんだ…。確かに、召喚が行われたはずだが…」

「他の者が召喚した可能性は?」

「ない。あの濃度は高位の術師しか達成できない。例え大神官様でも難しいだろう」

「そうだな。考えられるのは梔子様か季緒だけだ」

「大変なことになるぞ、恐ろしいモノを召喚している…」

「何を言っている。召喚されたのは大天使の部類だろうに」

ルサラは眉根を寄せてマナーティを睨んだ。

「違う。サタンに匹敵する存在を召喚したんだ」

「サタンとは…存在も確認されていない幻想の魔物だろう。召喚されたのは光を与える者だ」

「光だと?!闇の眷属に向かって光だと?!」

「………お前は何を言っているんだ。勉強し過ぎて疲れているのか?やっぱり腹が痛いのか?」

「貴方こそ神官のくせにこの悪気を感じないのか!!」

険悪な空気が流れたが、二人は深呼吸して心を沈めた。

「季緒か梔子様を探してみよう。中にいないなら裏庭だ」

聖祈塔の扉を開けて外に出たら、城へ向かって歩いている小さな後ろ姿を見つけたのだった。


「2人とも揃ってどうしたの?」

「お前、何を召喚した?」

「そうだ!二人なら分かるかなー?」

季緒は懐からウロとトワを取り出して掌に載せた。

「ウロとトワだよー」

小さくて弱々しい人型に二人は瞠目する。

ルサラとマナーティの視線を不思議そうに銀色と黒色の瞳が見返している。

「凄い、輝いている…」

「恐ろしい、闇の気配だ…」

ルサラとマナーティの対照的な顔色を見比べた季緒は

「分からないならいいや。じゃーねー」

と再び歩き出した。早く琉韻に紹介したいと空間移動でその場から消えた。


騎士塔の琉韻の部屋には何度か遊びに行ったことがあるので、思い浮かべるのは造作もなかった。外壁に備わっている螺旋階段を使って3階へ行けるが、一刻も早く紹介したかったのだ。

「るいーん!!」

物置部屋を改造した琉韻の部屋はベッドと本棚とテーブルセットと、質素な空間だった。

シンプルな部屋の主はベッドで熟睡中だった。

「琉韻!!おーい!!琉韻」

頭上で呼びかけたが反応がなかった。懐からウロとトワも顔を出して寝ている流韻を眺めている。

「夜勤だったのかな?起きるまで待つかー」

ウロとトワが飛び出してベッドに着地し琉韻の顔をマジマジと見つめている。

「琉韻って言うんだよ。仲良くなってね」

季緒は本棚から允歴史書を取り出して読み始めた。

15ページほど読み進めた所で、ベッドから「なんだ…」と声が聞こえてきた。

「おはよう」

「………ぅ…」

長い髪をウロとトワに引っ張られながら琉韻は上半身を起こした。

「裸で寝てると風邪ひくぞ」

「あぁ……何だ?人形?」

「違うよー。ウロとトワだよー可愛いでしょ」

「あぁ、かわいい…」

ウロとトワは両手を伸ばし琉韻の腕にじゃれている。

「幻獣か?」

「分かんない。本当は天使を召喚してたんだけど卵が出てきてウロとトワが生まれた」

「卵か。天使は卵から生まれるのか?」

「違うって。だから天使か幻獣か分かんない」

「ふーん。形はこのままなのか?」

琉韻の言葉に反応して、いきなり二人が大きくなりベッドの上が手狭になった。

「ウロ大きくなるよー」

「トワ大きくなるよー」

大きくなったなと驚く琉韻に二人が天使のような笑顔ではしゃいでいる。

琉韻に頭を撫でられて二人は心地よさそうに目を閉じた。

「本当に可愛いな。これで羽が生えていたら本当に天使だろうな」

「ウロ出るよー」

二人の背中から一対の翼が出現した。それは淡い桃色に輝いている。

「すごーい!!ウロとトワに羽が生えたー」

驚く季緒に二人は得意げな顔を向けた。

「身体の大きさも変化できて羽も生えるとは、天使じゃないのか?」

「オレもそう思ってきた。天使かもしれない」

「梔子様も分からないのか?」

「うん。大神官様も知らないみたい。誰か知ってそうな人…あ!!」

季緒と琉韻の頭にある人物が浮かんだ。

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