第18話
隣で座る季緒は寝息をたてている。琉韻は本から目を離し大きく伸びをした。
誰も知らない書ならば判りやすい所に置かないな。オレだったら隠すぞ。
史学の教師に問い合わせてみたが、教師も知らない大昔の話であった。
触れてはいけない事柄なのだろうか。
立ち上がり書庫の奥へと向かう。本棚や壁、床に怪しい所はないか確認しながら歩き回る。
允は魔術大国…
ドラゴンスレイヤーを抜いて壁に当てながらつたい歩いていると、急に剣が輝きだした。
「ここか!」
光が消え、壁に手を添えると内側に開き地下へと続く階段が現れた。
息を呑み込み琉韻は一歩、また一歩と進んでいく。途中で光が届かくなったので急いで戻り無理矢理季緒を起こして連れてきた。
火球を飛ばしながら地下へ降りる。
3階分は降りたであろうか、地下道を道なりに進む。
「この方向は、聖祈塔だろうな」
「えー!!塔に地下なんてないぞ」
「神の座と関係があるかもしれない」
「寒いなー。どこまで続くんだろうこの道」
先が二股に分かれていた。どちらに進むか考えた挙句、右側の道を進むことにした。
またラニーニャに着いたりしてと話していると唐突に身体が宙に浮いた。
「何だ!!」
「浮いてる!!」
空中でもがいているといきなり重力を感じて身体が地面に叩きつけられた。
衝撃に目を閉じて耐えていると瞼に明るさを感じてゆっくりと目を開ける。
「どこだ?ここは?」
琉韻が季緒に手を貸し立ち上がらせる。季緒は辺りを見回して
「ここ、聖祈塔の裏庭だ」
天気の良い日にここでゴハンを食べることがあると琉韻を見上げて言った。
確かに、塔の先端が木々の上に覗いている。
「よし、戻るぞ」
琉韻と季緒は城に向かって走り出した。
先程の別れ道。
「今度は左に進むぞ」
季緒も頷いて一緒に左道に進む。歩いていると再び浮遊と重力を感じ、裏庭に立っていた。
「どういうことだ?」
二人は首を捻る。
再び別れ道。
嫌だと反対する季緒を押し切って、琉韻は左道、季緒は右道を進む。
裏庭で顔を見合わせて再び首を捻る。
「何故だ?」
琉韻に問われても、季緒は首を捻るだけである。
ブラブラと聖祈塔へ向かって歩き出す。
「あの道にも術がかけられているんだろうね」
「そうだな。どうして裏庭にしか着かないんだろうか」
歩きながら琉韻は考え込んでいる。
「神の座と関係があるかもね」
季緒の言葉に琉韻は弾かれた様に顔を上げた。
そうか!神の座だ!!
いきなり走り出した琉韻を「待ってー」と必死で追いかける。
開かずの扉の前に立った琉韻は片手で扉を押した。
思った通りビクともしない。
ドラゴンスレイヤーを手に取り扉に翳す。
「る、琉…韻…ひ、開いた?」
必死に息を整えながら季緒が尋ねるが、琉韻は首を振る。
「よっぽど強力な術がかけられているのだろう」
肩を落とす琉韻の姿を見て、季緒は決心した。
「オレがやる!!琉韻、ちょっとだけ時間をくれ!!オレが解呪を取得する!!」
胸を張る季緒の姿をみて琉韻は微笑んだ。
片手で頭を撫でる。
「期待してるぞ」
「まかせろ」
その日の夜から季緒は古今東西新旧問わず術書を読み漁った。
今は幻となった古の呪文から最近発見された呪文まで。幸い魔術書は梔子が大量に所蔵しているので一生かけても読破できない位である。術師の寿命は長いのだ。
元々熱中しやすく真面目な性格なので数々の術を恐るべきスピードで会得していく。
「裏庭で召喚してみませんか?」
梔子に誘われて一緒に聖祈塔の裏庭へ連れ立った。今日も良い天気である。
昼食前だったので空腹を覚える時間帯である。
「最近の頑張りは素晴らしいですね。そろそろ上級の召喚も可能だと思います。今日は熾天使を召喚してみませんか?」
「熾天使?」
「ミカエルはどうでしょう」
ミカエルのイメージが沸かなかったが、同じ天使だからラファエルと同じイメージでよいだろうと季緒は目を閉じた。
熾天使、熾天使。
足元が揺れて、地鳴りの轟音が轟いた。晴天の空からは一条の光が身体が二人の居場所に注いでいる。
「何だ?」
「地鳴りと閃光?これは一体…」
地面が揺れると共にハレーションが二人の周りに炸裂する。眩しさに目を閉じていると一際大きな光の爆発が起きた。
眼球を刺激する痛みに耐えながら薄目を開けると、目の前に光の渦ができていた。煌めく渦巻の中には小さな物体が浮かんでいた。
それは丸くキラキラと光っていたので季緒は思わず手を伸ばして掴み取った。
季緒の指が触れると、それは重力を思い出したかのように掌に落ちてきた。煌めく渦も消えてしまった。いつの間にか地鳴りの音も止んでいた。
「卵?」
季緒の掌には虹色に光る卵があった。
美味しそうと季緒の腹が鳴る。
卵に亀裂が走った。
ピリピリと割れる殻の中から小さな手が出てきた。その手は殻を割りながら外へ出ようともがいている。その手が4本になった。
「子供?」
殻を割って、中から小さな小さな身体が掌に飛び出してきた。
季緒の人差し指の大きさしかない身体が二つ。
一人は黒髪でもう一人は銀髪だった。目の色はお互いの髪の色を取り換えたような黒瞳と銀瞳で真っ白い肌は何も纏っていなかった。卵の中の成分なのかヌルヌルとした液体まみれである。
「可愛い。小っちゃいなー」
笑いかける季緒の顔を不思議そうに二人は見上げて笑った。
その無垢な笑顔が季緒の心臓に刺さる。
「かーわいいー可愛い!!」
指で頭を撫でると気持ちよさそうに目を閉じた。
可愛い可愛いと季緒がじゃれていると背後から梔子が覗き込んできた。
「子供?何故子供が?先程卵から生まれてましたね」
「そうなんです。パカッと出てきました。コラ、齧るな」
指を甘噛みされても季緒は楽しそうに笑っていた。
「この子たちも天使ですか?」
「分かりません。熾天使を召喚していたので天使なのかもしれませんが…卵?」
首を傾げる梔子に
「じゃあ幻獣ですか?」
と問うと「幻獣かもしれませんが、天使かもしれません」という答えが返ってきた。
「梔子様でも知らないことがあるんですね」
「世の中は奥深いですからね。日々勉強です」
「この子達に名前つけてもいいかなー」
季緒の言葉に反応したかの様に二人は口を開いた。
「ウロ」
「トワ」
季緒と梔子は顔を見合わせた。
「ウロ!ウロ!」
「トワ!トワ!」
銀髪がウロで黒髪がトワという名前らしい。
身体を洗ってあげましょうと梔子が言うので聖祈塔へ戻る。
台所で深さのある丸皿にお湯を張り、二人の身体を沈めてやった。ウロとトワは気持ちよさそうに目を細めて浸かっている。
「この子たち女の子ですか?」
「どちらでもないでしょうね」
へーと季緒は下半身に注目した。
「何か着られる物を準備しましょう。溺れないように見ててあげて下さいね」
はーいと返事をしながら指でウロとトワの頭を撫でる。その指をトワが両手で掴み小さい舌で舐め始めた。
「くすぐったいよー」
ウロは器用に泳いでいる。
「泳げるんだ。スゴイなーこんなに小さいのに。お前達何者?天使なのか?」
天使は卵から生まれるのだろうか?と考えていたら梔子が布を手に戻ってきた。
「これを身体に巻きましょう。後で服をメシド様が縫って下さるそうです」
「えっ?!大神官様が!!」
「お裁縫が趣味だそうで張り切ってらっしゃいました」
「知らなかった」
梔子が両手で2人を掬いタオルで全身を拭いて布を巻きつけて即席で服を作る。
「梔子様も手先が器用ですねー」
「季緒は何事ももっと落ち着いて行動すればいいんです」
はーい。と季緒は頭を掻いた。
二人は季緒の両腕をよじ登り、両肩に座って髪の毛を弄って遊んでいる。
「懐かれましたね」
「くすぐったい」
「この子達は一体何者でしょうね。卵から成体で生まれるとは…」
「せいたい?せいたいって何ですか?」
「この子達はこれ以上成長しないと思いますよ。身体がほぼ出来上がっている」
へーと季緒は左右に首を振るとウロとトワが頬を舐める。
「お前達これ以上大きくならないのか?」
季緒の言葉に反応してウロが肩から飛び降りた。
着地する瞬間身体が大きくなる。
季緒の目の前に身長120cm程の銀髪の子供が笑顔で立っていた。
「ウロ大きくなるよ」
「喋ったーーーー!!!!」
右肩に乗っていたトワも飛び降りて大きくなる。
黒髪と銀髪の大きな瞳の目尻が上がった双子の様な子供が二人並んで立っている。
「僕たち大きくなるよ」
「こっちも喋ったーーー!!!」
「身体のサイズを自由に変えられるとは。このサイズなら服がありそうですね。探してきますね」
冷静な梔子は台所から出ようとして入ってこようとしたメシドとかち合った。
「子供達は?」
「大きくなりました。このサイズなら服がありそうです。メシド様は小さいサイズをお願い致します」
メシドは二人の子供達に目を向けて「可愛い子達ですね」と微笑んだ。
「小さくなるとはどういった事ですか?」
メシドに問われ季緒は二人に「おいで」と両手を差し出した。季緒の手に向かって二人は飛び込んだ。小さい身体が両手に収まる。
「可愛いサイズですね」
「大神官様はこの二人が何なのか知ってますか?」
「貴方が召喚したんですか?」
「そうです。熾天使を召喚しようとしたら卵が出てきてこの二人が生まれたんです」
「卵ですか?卵から生まれたなら幻獣かもしれませんね」
「幻獣かー。何だろう妖精なのか?」
手の中の二人を季緒とメシドは目を凝らして観察した。
「また小さくなったのですか?」
両手に服を抱えた梔子が戻ってきた。また大きくなってと季緒が頼むと二人は大きくなった。梔子とメシドが服を着せる。
ウロとトワは季緒の両腕に絡み離れなくなった。
「懐かれてますね。卵から生まれたばかりなら貴方を親だと思っているかもしれませんよ」
「初めて目にしたのが季緒でしたからね。それはありそうですね」
「オレ、頑張って育てます!!」
「もう成体ですからその必要はありません」
バッサリと梔子に言われて季緒は少々ガッカリした。
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