第17話
「琉韻!!」
勢いよく小屋のドアを開けると多種多様な驚愕の表情が目に入った。
「季緒!!」
真っ先に琉韻が立ち上がり抱き締める。
「良かった!!無事だったんだな」
「無事だったよー」
「……臭いぞ」
「えぇっ!!嘘!!嫌だぁぁ」
遅れて蟻も中へ入ってきた。
「ナイトウォーカーの臭いが移ったんだろうよ。マキシムの中にダイヴしてたもんなー」
ニヤニヤと笑う蟻に「そっちだって臭い」と季緒は唇を尖らせている。
アルグレスは細い目をさらに細めて笑っていた。
「お二人が無事でよかった。探しにいったラファエルが早く戻ってくればいいんですけどね」
「ラファエルが?」
「お前達が消えて探しに行ってくれているんだぞ。戻ってきたら礼を伝えて謝罪しろ」
「分かった。ごめんね」
「お前も」
紫色の瞳が蟻の目を捕らえた。
「季緒を連れ戻してくれてありがとう」
「あ、あぁ…」
素直な言葉に蟻の胸が射貫かれた。動揺して声が掠れてしまった。
蟻は乱暴だったという季緒の抗議を琉韻はハイハイと子供をあやす様に聞いていた。
「戻ってこないね」
「そうですねぇ」
「そろそろ時間だな」
「允に戻ろうぜ。ジジィ後は頼んだ」
「私はまだ気持ちは充分若いです。琉韻様達はどうぞお帰り下さい。私がここでラファエルを待ちますから。梔子卿も心配されていることでしょう」
「任せてもいいのか?」
「はい。琉韻様また是非お会いしましょう」
差し出された手を握るとアルグレスの頬が赤くなった。
外へ出ようとする季緒の首根っこを蟻が掴んで止めた。
「いいか。絶対道を外れるなよ。余所見するな寄り道するな食い意地張るな」
「分かってるってば。ウルサイなー」
「分かってない。お前は全然分かってない。お前の迂闊な行動で王子にまで塁が及ぶんだからな。肝に銘じろクソガキ!!」
ミューレイジアムロイヤルファムエトの顔を見てくると言っていた琉韻が女王の間から戻り、3人はアルグレスに別れを告げた。
「はいっ!今制限時間が過ぎましたー。悪いのはお前だからな」
山道を下りながら蟻は隣の季緒を睨みつける。
「琉韻は悪くないから、オレと蟻が梔子様に精一杯謝るよ」
季緒は蟻を無視して隣の琉韻に話しかけた。
「俺は全く悪くないだろー。お前を連れ戻したんだから寧ろ褒められるだろうよ」
「季緒、蟻にきちんと礼を言ったのか?お前一人だったら戻ってこれなかっただろう?」
琉韻の言葉に季緒は俯いた。蟻はニヤニヤしながら季緒の旋毛を見ている。
「…あ、あ…ありがと」
絞りだすような声に琉韻は苦笑しながら季緒の頭を撫でた。
「ストーップ!!王子様がそうやって甘やかすからコイツはいつまでも甘ったれなんだよ。もっと厳しくしないとコイツはいつまでもクズだぜクズ!!」
「そこまで言わなくても。確かに(少しバカで)世間知らずだが」
「はいはい。不用意な接触禁止。離れろ離れろ」
蟻が二人の間に割って入ろうとするのを季緒が全力で阻止する。
上空に雷鳴が轟き雲行きが怪しくなってきた。3人は顔を見合わせ、麓を目指し全力疾走を始めた。
荒い息のまま麓に着いて即座に蟻は空間移動を発動させる。目的地は聖祈塔。
紺碧の光が瞬く空間が目の前に広がっている。聖祈塔の大聖堂だ。その中央に負のオーラを纏う人物が立っていた。
「た、只今帰りました…」
いつも朗らかな梔子が能面のような顔で立っているので琉韻は尻込みした。季緒と蟻は琉韻の後ろに隠れている。
「お帰りなさいませ。御無事で何より」
一瞬で笑顔に切り替わった梔子に琉韻は胸を下した。
「さぁ、食堂へ。お茶の準備をしています。トビト山で何があったが詳しくお聞かせ下さい」
いつもの笑顔だったが目が笑っていないことに琉韻は気付き背筋を凍らせた。
食堂にはお茶と食事が用意されていた。そろそろ昼時である。空腹を覚えた琉韻は向かいのテーブルを眺めながら食事を始めた。蟻も愉快そうに眺めている。向かいのテーブルで季緒は梔子に説教されて小さい体が一回りも小さくなっていた。
「貴方は気高き召喚士なんですからね!!食べ物に釣られるなんて恥を知りなさい」
「反省しています。でもヴォルクとセエレを召喚できました!!」
「それを言うなら俺はアモンを召喚したぜ」
蟻の言葉に梔子が反応した。
「アモンですか。それはそれは。流石アマリリス」
蟻が飲んでいたお茶を吹き出し梔子を睨む。
「シェオルに行って無事に生還できたのは二人が力を合わせた結果だと思います。一人の力では不可能でも誰かと力を合わせるとできなかったこともできるようになるのです。季緒は力を合わせてくれる誰かが居た幸運に感謝しなさい。そして自分が引き起こした事態を反省しなさい」
「はい。反省します」
うなだれた季緒の頭を撫でで「お腹が空いたでしょう」と食事のテーブルに着かせる。
ここにも居たぜ。甘やかしのダメな大人が!!
蟻は心の中で毒づいた。
口一杯に食べ物を入れながら、そういえばと季緒が口を開く。
「琉韻知ってたか?ラファエルが大昔から允には結界があるから入れないって言ってたぞ。
梔子様も知ってましたか?」
食べ終わってから言え!と琉韻が注意しながら、知らないなぁと首を傾げる。
「結界ですか?全く心当たりがありませんねぇ」
梔子は初めて允に足を踏み入れた日を思い出していた。抵抗感など全く感じなかった。
まさか、人間が感知できない高度な結界が張られているとでも?
神の座と関係があるのだろうか。允王国奥深し。
「俺が感じたのは梔子卿が張った王子様対策の結界だけだぜ。それ以外にも何かあるのか?天使が入れない結界なんて大層なもんだぜ」
「もしかすると幻獣対策の結界かもしれませんね。允は大昔は魔術大国でしたし色々と歴史が深いのでしょう」
「魔術大国かー。全く想像できないな」
琉韻と季緒は笑いながら地下通路を思い出していた。
「国王なら結界について知ってるだろう?王子様聞いてみればいいじゃねーか」
「あぁ…父上とはあまり会話をしないんだ。年に1、2回直接会うぐらいで公式では全く言葉を交わさない」
「そんなに希薄な親子関係なのか?!」
「王族のしきたりだ。会いに行くこともあるが重要な事柄がないと会いに行かないな」
「へー!!」
蟻ばかりか季緒も嘆息した。
王子であっても王の臣下に変わりない。国王出席の儀式であっても王が直接臣下に声をかけることはない。書状や侍従が王の言葉を代弁するのである。しかも王の姿は御簾に隠れて霞みがかった程度にしか目視できないのである。允の王は幻と言われる所以である。
「琉韻が王になったら分かるよ。ね!」
笑う季緒につられて琉韻も微笑む。
蟻は目尻を赤くして琉韻に見惚れている。梔子は眉間に皺を寄せて考え込んでいた。
私が召喚士に魅かれ允国民になったのも何かのお導きなのでしょうか。
始まりの国允王国。知られざる部分はまだまだ闇に隠されているのであった。
その夜、琉韻も聖祈塔で神官と共に夕食の席に着いていた。
神官に大神官は王太子の同席に緊張を隠せないでいたが、季緒と蟻の冒険譚に耳を傾けている内にすっかり琉韻とも打ち解けた。大神官が「今日は特別です」と解放した酒の勢いも影響している。
「ドラゴンスレイヤーには術が効かないって本当ですか?恐れながら術かけてもいいスか?」
「いいぞ」
神官の一人が琉韻に自縛の術をかけたが何事もなかったように琉韻は酒を飲み続ける。
「ビビッてないで早くかけろよ」
「いや、もうかけた…」
「えぇっ!!」
冷やかした周りの神官ばかりか琉韻も驚愕する。
「何も感じなかった」
琉韻の言葉に術をかけた神官は大きく落ち込んでいる。その様子を蟻は落ち着かない様子で見守っていた。
王子様!!フレンドリー過ぎるぜ!!気安く術かけさせるんじゃねーよ!!
梔子が蟻の隣に座った。
「季緒のお守りご苦労様でした」
「ホントにクソガキだったぜ。一体しか召喚できねーなんて致命的だ」
「まだまだ伸び代がありますから長い目で見てあげて下さい」
「伸び代の前に根性を叩き直した方がいい。あッ!!」
蟻がグラスをテーブルに乱暴に置き、琉韻の手に触れた神官を睨んでいる。
「王太子殿下の騎士に立候補でもする気ですか?」
面白そうに笑いながら梔子は蟻がこぼした酒を拭き出した。
「ウルセーな」
「契約遂行の代価を与えます。私の部屋へ」
梔子と蟻が連れ立って退出したのを琉韻は目に留めた。珍しい組み合わせだと気にせず酒を飲んだ。季緒がマダラを頭に乗せていたので、今度こそと掴んで大騒ぎになった。
いつもは早く寝静まる聖祈塔もこの夜は夜更けまで煌々と明かりが点いていた。
翌朝。
琉韻は二日酔いで頭痛が酷い頭を抱えて雅羅南城の私室へ戻った。
大聖堂では神官達が早朝から何事もなかったように祈りを捧げており、職業意識に感嘆したのであった。
季緒はまだ自室で寝ており、梔子と蟻の姿もなかったので大神官に挨拶をして城へ戻った。
睡蓮の小言を聞きながら宮廷服に着替える。世界にこの一本だけとアルグレスに言われたので宮廷服の時もドラゴンスレイヤーを帯剣することにした。
「睡蓮は結婚しないのか」
「……」
いつもでも黙ったままなので「どうした?」と畳みかける。
「意外なお言葉で驚いております」
全くの無表情のまま睡蓮は「琉韻様が先です」答えた。
「早く相手を見つけるんだな。オレは結婚するぞ!!」
「……」
動かなくなった睡蓮に「また驚いているのか?」と問い掛けた。
「驚いています。さんざん姫君達とお会いするのを断っていた琉韻様から結婚の言葉を耳にするとは」
「父上の了承も得ているぞ」
「それは宜しゅうございました。おめでとう存じます」
「次は睡蓮だな」
「琉韻様が無事ご結婚されたら恋人にプロポーズいたします」
「えぇぇっ!!相手が居たのか!!」
「はい」
睡蓮が軽く微笑んだ。
重い瞼を開けると天井が廻っていたので再び瞼を閉じた。
頭が重いが腹が減っている。このまま眠ろうとしたが腹が鳴ったので季緒はベッドから起き出した。
「気持ち悪い」
部屋の空気が酒臭い。酒気を飛ばしてもらおうと梔子の私室へ向かう。
ノックをしても返答がない。この時間なら大聖堂だろうと重い身体を引き摺り階段を下りる。今日はやけに大聖堂の扉が重いと感じる。
静寂に包まれた大聖堂に一人の男が立っていた。祈るでもなく祭壇の上の鳳凰とグリフォンを眺めていた。
長身の暗緑色の髪に懐かしさを感じて季緒は自分がまだ酔っていると思った。
「やっと起きたかクソガキ」
振り返った蟻の顔はすがすがしくあった。爽やかな雰囲気を纏っていて季緒は自分がまだ夢を見ていると思った。
両目を擦っている季緒に近づき「酒臭いな」と酒気を飛ばしてやった。
「嘘だ。蟻が優しい」
頭と身体がスッキリした季緒が目を見開いて驚いている。
「バーカ。俺はいつでも優しんだよ」
脛を蹴られて、やっぱりいつもの蟻だと安心した。
お腹空いたなーと食堂に向かう季緒の後ろ姿を蟻は笑って眺めていた。
食堂にも梔子の姿はなかった。季緒は何人かの神官に寝坊を叱られながら食事を済ませる。
「梔子様はどこ行ったの?」
「メシド様と一緒に城へ向かったよ。打ち合わせとか何とか言ってた」
一緒に寝ていた琉韻もいなかったので東塔へ行ってみようと季緒は席を立った。
季緒くんと声を掛けられ振り向くと那鳴が手を上げていた。
「那鳴様」
「様は止めてって言ってるでしょう」
笑いながら頭を撫でてくる那鳴に季緒は考えて
「那鳴隊長」
と答えると那鳴は譲歩したらしく、それでいいわと微笑んだ。
「殿下と魏杏国へ行っていたんですってね」
「うん。アシッドと交流してきたの。変な人が多かったよ」
「聖祈塔に客人がいない?」
「蟻のこと?もうすぐ帰るよ魏杏国に」
「魏杏国の方なのね。やはり術師なのかしら」
「元桔梗院だよ。結構術も遣えるみたい。もしかして蟻が不審者なのが話題になってるのか?」
「不審者?そうは感じなったわよ。聖祈塔が客人を招くのは珍しいことだわ」
「そうか。允って他国と交流があまり無いよね」
そうねぇと歩きながら那鳴も考え込んだ。
「聖騎士の祝典には他国からも允に集まるけれども、言われてみれば交流が少ないわね。今まで気にしたことがなかったわ」
騎士団には他国から聖騎士志願者が訪れるので交流していた気になっていた。
騎士塔へ向かう那鳴と別れ東塔を目指す。
顔パス状態で琉韻の私室へ向かうが部屋のドアが開かなかった。
琉韻と梔子の行き先に心当たりがなかったので聖祈塔へ戻ることにした。
東塔を抜けた所で睡蓮と出会い、こんにちはと季緒が頭を下げたら睡蓮に呼び止められた。
「琉韻様のお相手を知っていますか?」
「お相手って?」
「結婚相手です。今朝方琉韻様が結婚すると宣言されました」
「もう言っちゃったんだ。見つかって嬉しかったんだろうなー」
「知っているんですね?!どなたですか!!」
女王と言うか第一王女と言うか季緒は迷って迷った後、へへッと笑った。
「琉韻様に口止めされているんですか?もしかして禁断の愛?いや、しかし陛下の許可があるならば…」
考え込んだ睡蓮を振り切る様に聖祈塔へ一目散に走った。
息を切らしながら聖祈塔の扉を開けると大聖堂に琉韻の姿があった。黒い宮廷服が紺碧の光に浮かび上がっている。祭壇に向かい跪いて祈りを捧げていた。
女王の為の祈りを邪魔しないように静かに扉を閉めた。そっと流韻に近づいていく。
気配を感じて立ち上がり琉韻が振り向いた。紺碧の光の中、白い肌と漆黒の髪、黒い宮廷服に輝く瞳が浮かび上がる。見慣れた大聖堂が幻想的な空間に変わっていた。ふとした時に強烈に美しさに気付かされる美しい男。
琉韻は今日も綺麗だなーと季緒は幸せな気持ちになった。
「やっと起きたのか。下っ端のくせに寝坊するなんてダメだぞ」
片手を腰に当て琉韻が近づいてきた。
「琉韻は二日酔いにならなかったの?スゴイねー」
「二日酔いだったが蟻が何かしてくれたんだ」
「オレも酒気飛ばしてくれたよ。蟻が優しいなんておかしいよね」
変だなと2人は囁き合った。
奥の扉から梔子と蟻が出てきた。
「季緒も一緒でしたか。寝坊を許すのは今日だけですからね」
「梔子卿もクソガキに甘過ぎるぜ」
蟻が優しいのは幻だったと季緒は思った。
「彼が魏杏国へ帰るのでお別れを」
「せいせいします」
と季緒はそっぽを向いて梔子に怒られたので「さよなら」と呟いた。
蟻は琉韻の前に移動する。
「世話になった。感謝する」
「王子様がピンチになったら俺を呼べ。絶対に助けてやる」
「オレや梔子様がいるから蟻なんて呼ばないぞ」
横で牙をむく季緒を無視して蟻は琉韻を見つめていた。
「じゃーな」
と蟻はあっけなく消えた。
琉韻に誘われて季緒は一緒に書庫へ向かう。
「ラファエルの言ってた結界って何だろうね」
「大昔からあるとしたら大戦の時もあったという事だな。我が国のことながら知らないことが多すぎるな」
歴史書を探しながら琉韻は溜息を吐いた。
王になれば知ることができるのだろうか。
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