第16話

琉韻を女王の間に残し、ラファエルお手製のお菓子とお茶をご馳走になった。

「ミューレイジアムロイヤルファムエトが目覚めるのはまだまだ先?」

「そうだねー。まだ魂が戻らないからねー。後はタイミングかなー」

「このまま允に連れていけないのか?」

「ダメダメ。今無理に動かしたら魂が迷子になっちゃうよ。危険危険」

「そうか」

「王子様ならここに通うって言い出すだろうな」

「ルインなら大歓迎だよ!!」

「バーカ。允が許すわけないだろ。ここは魏杏国だぜ」

「それでしたら、桔梗院に留学なんてのは」

「ふざけんなよ!!その桔梗院が危ないっつーのに!!色ボケジジィ!!」

「貴方本当に口が悪いですねぇ。桔梗院としての品格を疑ってしまいますよ」

「俺はもう桔梗院じゃねーからいいんだよ」

「ハッ!!もしかして貴方の一味ですか?最近隣国の王女を誘拐しましたね」

「俺は直接手を下してないぜ。仲間がやってんだろ」

「迷惑してるんですよ。この国に勇者が大量発生してるんですからね!!」

話の方向が逸れたので季緒は目の前のお菓子に集中した。

デコレーションが美しく食べるのが勿体ない位である。歯が痺れる程甘くて季緒好みだ。

お茶をお代わりすると

「キオは食べっぷりがいいから作り甲斐があるなー」

と褒められた。

「ラファエルが上手だからだよ。美味しいよ」

口の端にお菓子の欠片が付いている。隣に座っていたサマエルがそれを舐め取った。

「天使は食べないんじゃないのか?」

「食べない」

「……今食べた」

無表情で嚥下するサマエルの代わりにラファエルが答えた。

「食べられないことはないんだよー。ただ食べないだけー」

「そうなんだ。お世話になったから今度はオレがご馳走するよ。琉韻も料理上手なんだよ」

琉韻は器用だから何でもできるんだと楽しそうに話す。

「ありがとうキオ。でも僕たち允には入れないんだよー。あそこの結界強いから」

「え?結界?梔子様の?」

「クチナシサマかどうかは知らないけど、昔から允は大仰な結界があるんだよー。知らなかった?」

「知らなかった」

知ってた?と聞くとサマエルは首を横に振る。

「僕は地上に住んでいるから色々詳しいんだよー」

「そうなのか。帰ったら梔子様に訊いてみる。そろそろ時間かな?」

勇者論で言い合いしている二人に「時間は?」と聞くと、「帰り道は徒歩ですからそろそろ帰りましょう」とアルグレスは腰を上げた。

季緒は琉韻を呼びに女王の間へ向かう。

「なんだよ。帰りも送ってくれねーのかよ。ケチだな」

「貴方天使を足に使う気ですか!!甚だしい!!迎えに来てくれただけでも破格の待遇ですよ」

ハイハイと蟻は気の無い返事をする。全員が揃った所で「僕は戻る」とサマエルが消えた。ラファエルは「変化があったらすぐ知らせるけど、頻繁に様子を見に来てもいいよ」と琉韻を誘っていた。別れを告げて4人で下山する。

「魔術でよく使われる物は杖、杯、剣、ペンタクルです。其々に叡智と言葉、理解と惰性、理論的思考と理性、万能を象徴しています」

季緒と琉韻はアルグレスの即席魔術講座を聞きながら横並びで歩いている。

その後ろで蟻は琉韻の後ろ姿だけを見つめてニヤニヤしていた。

「琉韻はドラゴンスレイヤーを持っているから琉韻も術を遣えるってことですよね?」

「確かに。ドラゴンスレイヤーは魔剣です。それを手にしている間はどんな術も跳ね返すでしょう」

「跳ね返すだけですか?」

「貴方自身が術師なら術が強化されるでしょうが」

「オレは魔術のセンスがないらしい」

爽やかに笑う姿につられてアルグレスも微笑んだ。一国の王子なのに気負ったところがない気持ちのいい態度にアルグレスは大いに好感を寄せている。

「その分琉韻は強いもんね!!允で一番強いんだよ」

「一番は言い過ぎだ。今はな」

若き王子の自身に満ちた眼差しは若かりし頃を思い出させ甘酸っぱい気分にさせてくれる。

若いっていいなぁ。

アルグレスの頭の中では青春の思い出が走馬灯になっていた。

青春の思い出。そう、それは厳しい厳しい修行の連続だった。明けても暮れても修行修行。起きている時は勿論、寝ている時も修行。

数多の修行を思い出してアルグレスは涙目になってしまった。

我ながら、よく耐えた。

感無量の想いに浸って鼻を啜っていると、妙な気配が流れてきた。

後ろに居た蟻もいつの間にか王子の隣に立っている。

「ヤベー気がするぜ。早く下山して允に戻ろうぜ」

さり気無く繋がれた手を払い琉韻は色とりどりの花が咲く山道を見渡した。

「?いい匂いがするよ」

フラフラと季緒が山道を逸れて行った。香ばしく食欲を誘う香りがどこからともなく漂ってきた。

「どこへ行く?!季緒!!戻ってこい!!」

追いかけようとする琉韻の腕を蟻が掴む。

「王子様はジジィの傍に居ろ。俺が行く」

「あ、ああ…」

思いの外逞しい背中を見送る琉韻は複雑な表情をしていた。一瞬だけだが蟻が頼れる男に見えてしまったことを猛省する。

蟻は久しぶりに全力で走った。酩酊したかのような足取りで歩く季緒の肩を掴み停止させる。

「どこまで食い意地張ってるんだよ全く」

ン?

季緒の異変に気付く。目の焦点が合わず口が開きっぱなしになっている。

「何事だ?ここは術が遣えないはずだぞ」

季緒の顔を覗き込んだら景色が一転した。

刹那、気を失っていたらしい。我に返ると落下している途中だった。

「うぁぁぁ!!落ちてるーーーー!!!」

腕の中には季緒が居た。肩を離さなかったのは我ながらプロ意識が高いと自画自賛する。

空中浮遊をかけたら落下速度が緩くなった。

術が遣えるってことはトビト山じゃないのか。どこに落ちてるんだ。

確かラファエルが地獄に繋がる路もあるって言ってたな。

墜ちるのか?地獄へ。


中々戻ってこない二人を心配して琉韻は落ち着かなくなった。あの香ばしい香りも消えている。

「戻ってこないなんて、何かあったに違いない」

「辺りを探してみましょう。琉韻様私から離れないで下さいね。と言いたいところですが、ここは術が遣えないので琉韻様の腕が頼りですよ」

琉韻はいつでも抜けるようにドラゴンスレイヤーに手をかけた。

季緒が進んだ方向に歩き出したが、二人の姿は見えない。

「これ以上は止めましょう。一旦ラファエルの所に戻るのが賢明です。彼なら何か知っているかもしれません」

「そうですね。闇雲に歩き回るのも良くないですね」

琉韻は大きく深呼吸して気を落ち着かせた。進行方向を山頂に変えて歩き続ける。

ラファエルの小屋が見えてきた。ドアを叩くと驚いた顔のラファエルが出てきた。

「忘れ物?」

「季緒と蟻が消えた。いなくなってしまった」

「え!!どこで??」

「湖の手前位の距離でした。何やら香ばしい香りが漂ってきて召喚士様がフラフラ~と」

「あそこか!!誘いの罠に嵌ったのかもしれない。冥界に墜ちた可能性が高い」

冥界?と首を傾げる琉韻に、黄泉の領域ですとアルグレスが説明する。

「エデンやヴァルハラの可能性は?」

「この時間なら無い。ちょっと行ってくる」

とラファエルが姿を消した。

「季緒……」

琉韻の呟きが悲しく響いた。


地面にフワリと降り立つ。目を閉じて眠っている季緒の頬を思いっきり叩いた。

「いっ!!痛いーーー!!!」

「お?目が覚めたかクソガキ」

「痛いよー!!あれ?ここどこ?」

霧がかった暗闇に季緒は目を凝らした。ぼんやりとしか前が見えない。目の前の影に手を伸ばしたら気味悪い感触が残った。

「うぇぇぇー!!気持ち悪いブヨブヨしてる!!ここ何処?!」

「お前が食い意地が張ってるせいで王子様とはぐれたんだよ。恐らく地獄に近い所だ」

「えーーーーー!!!!」

季緒の大声に目の前の影が反応する。ジリジリと影が寄ってくる。

「ぎゃーーー!!」

季緒は蟻の手を払い走り出した。

「バカ!!勝手に行くな!!待て!!」

季緒の動きが止まる。蟻が自縄自縛をかけたのだった。

術が生きている!!やぱりここは地獄かよー。最悪だー。

動けなくなった季緒の隣で蟻は嘆いた。

このまま允に帰って王子様と祝杯をあげて、胸の刺青を消してもらって大手を振って魏杏国を歩けるはずだったのに…地獄かよ!!

解呪をした季緒が大きく息を吐く。

「急に術をかけるなんて酷い!!やるなら言ってからやってよ」

「ウルセーな。お前が勝手に走るからだろうが!!」

「だって影が迫ってきたんだもん!!気持ち悪いよ!!」

「影…」

死後の世界と呼ばれる場所はいくつもあるが、影が彷徨っている場所と言えば。

「シェオルか。ここは」

「シェオル?」

神の救いはシェオルまで降りてこない、忘却の国と呼ばれている死後の世界シェオル。

肉体的な死を迎えた魂が影の様な状態で彷徨っている。ここから先へは進めない。戻ることもできない滅びの場所。

「ヤベー。これはヤベーぞ。地獄の方がまだマシだったな」

「何で?」

「地獄にはお前と仲良いアスタロト大公がいるだろ。大公なら何とかしてくれそうだけどよ。ここシェオルの統治者は誰か分からん。ここに居る魂の影はずーっとここに居るんだ。ここで彷徨うしかない」

「え!!じゃあオレ等もここに居るしかないのか!!」

「その可能性は高いぜ。シェオルから戻ってきた人間なんて聞いたことねーよ。そもそもシェオルなんて文献でしかお見えにかかったことねーレア地だぜ」

レア地と言われても、暗闇で霧の様な影しか見えない。

季緒はマダラを召喚した。周囲が一気に明るくなる。マダラの炎に浮かび上がった景色はアビスと似たような殺風景だった。影のせいで歪んでみえるが、岩場と枯れ木が目立つ。

「王子様が待ってるんだ。何としてでもトビト山に帰るぞ」

「おう!!」

元気よくガッツボーズをする季緒の姿に蟻は大きな不安に襲われた。

本当に理解しているのかこの状況を……

王子様って面倒見がいいんだな。と琉韻に同情した。

暫くは影を避けながら歩いていたが、次第に面倒になり気にせず突っ切るようになった。

気持ち悪い感触も慣れてしまえば実害がないので気にしないことにした。

アスタロト公とは仲良くないと季緒は文句を言いながら歩いている。

「暗いなー。怖いなー」

「しがみ付くな!!俺にしがみ付いていいのは王子様だけだ!!」

「そんなに心が狭いと琉韻に嫌われるぞ」

元から嫌われてるけど。と笑う季緒の頭を小突く。季緒の肩に留まっているマダラが小さな炎を吐いた。

「琉韻とアル卿無事かなー」

「そっちは心配ないだろう。ジジィは現役だし王子様は腕っぷし強いからな。今頃ラファエルの小屋に戻っているだろうよ」

「琉韻が無事ならいいんだけど」

季緒は蟻の腕にしがみ付いたまま歩いている。歩いても歩いても目に入る景色は変わらなかった。影だけである。

「埒が明かねーな。強行突破だ」

蟻は空中浮遊でどんどん上昇する。

「うわぁぁーー!!飛ぶなら飛ぶって言ってよーー!!」

「落とすぞクソガキ。黙れ」

季緒は目を閉じて、しがみ付いている腕に一層力を込めた。

流石に上空までは影は迫って来ないが、どこまでも暗闇なのは変わらない。曇雲を抜けると何故か地面に立っていた。

「??」

「??」

季緒と蟻は顔を見合わせ再び上昇する。

曇雲を抜けると地面に立っている。

再び顔を見合わせ、無言で歩き始める。

季緒の顔周りで浮かんでいたマダラが大きな炎を吐いた。

「どうしたんだマダ…、臭い!!」

「酷い腐臭だ。…音がする。何だこの音は?」

重い物を引き摺るような長引く音が聞こえてくる。季緒は鼻をつまみ霧がかっている暗闇に目を凝らした。ゆらゆらと揺れる影が見えてきた。影が近づくにつれて腐臭も強くなってくる。

「おいおいおい。こりゃあナイトウォーカーか?!タキシムの大軍だぜ」

「ナイトウォーカーって、歩く死体?!」

足を引き摺りながら歩くタキシム、匍匐前進で近づいてくるタキシム、下半身だけで進むタキシム、歩きながら体が崩れて散っていくタキシムと多種多様のタキシムが迫ってきている。

「タキシムの大軍の後ろには操っているリッチがいるはずだ。アンデッドだから死なねー。逃げるが勝ちだ。飛ぶぞ」

蟻は季緒の二の腕を掴み、空間移動を発動する。

足元が柔らかい物を踏んだ。

「ぎゃあああああーーー!!!」

「足がぁぁああーーー!!!」

移動した先はタキシム大軍に囲まれていた。勿論踏んでいるのはタキシムの体だ。四方八方タキシムの壁である。

蟻は光の速さでその場から上昇した。見下ろすと地表をタキシムが覆っている。

「気持ち悪い。臭い」

「コイツ等無限に増殖するのか?ヤベーぞ。このまま空中にいるにも限度がある」

季緒の肩に留まっているマダラと目が合った。

「コイツだ!!サラマンダーが焼き尽くせばいい」

「え?こんな大勢を?マダラが疲れちゃうよ」

「精霊は疲れない」

と言い切って蟻はマダラを掴みタキシムに向かって投げつけた。

「あーーーー!!マダラぁぁぁあああーーー!!」

熱ちーと、火傷をした右手に治癒をかける蟻を季緒は睨み上げる。

マダラが落ちた場所に火炎が発生しタキシムが焼き尽くされているが、火に群がるのは本能なのかタキシムが火炎に群がってきた。火炎の真上にいる二人に物凄い悪臭と灰が襲う。

「終わりが見えねーな。大元を倒さないとダメかー?リッチの弱点は…」

蟻は桔梗院に居た頃読んだ文献を必死に思い出していた。

アレだよアレ!!アレ!!あの黒表紙に銀文字の…アレだーー!!

「リッチは自分の魂を聖句箱に封じて隠している。その箱を破壊だ。箱を探すぞ」

「え?箱ってどこにあるんだ?」

「それを探すんだろ。下に降りるしかないか。俺等も燃やすぞ」

蟻は火球を何個か出現させタキシムに向かって投げつけた。季緒も真似をする。

しかし焼け石に水である。

「コイツらウゼー無限に出てくる。サラマンダーだけじゃ地表が見えてこねーな。おい、何か召喚しろ」

「……」

顔を伏せた季緒のつむじが見えた。

「まさか、一体しか召喚できねーのか」

「できる!!一回はできたぞ」

確かにマダラと666獣を召喚したが、その一回きりであった。その後何度か試してみたが一体が精一杯だったのだ。

何でだろう。あの時は梔子様が一緒に居たから?琉韻を探すのに必死だったから?

「一回できても毎回できなきゃ意味ねーんだよ。分かってんのか召喚士様?」

目を閉じて季緒は炎をイメージした。熱い、赤い、風吹、焼き尽くす、灼熱、業火、灰塵。

蟻は地表を見下ろしていたが、変化が起こらない。季緒に聞こえるように大袈裟に溜息を吐いて空中に素早く魔法円を描く。

「深淵の闇、混沌の門より来たれ、地獄の業火で三千世界を焼き尽くす者よ。召喚請願。出でよ地獄の侯爵アモン!!」

大気の濃度が増した。圧縮された大気が身に迫ってくる感覚に襲われる。曇雲から雷が落ちる。

「上か?!」

蟻と季緒が暗い上空を見上げていると、地表のタキシム大軍が炎の波に包まれ次々と灰になっていく。灰塵が舞う中、異形な姿が地中から現れた。梟の頭部、狼の体躯に蛇の尾。鋭い歯の間から炎を吐き出し続ける地獄の侯爵アモン。

「で、出たーーーー!!」

召喚者が一番驚いていた。

スゲー俺!!アモンを召喚しちゃったぜ。まさか召喚できるとは思わなかったぜ。

「タキシムを焼き尽くせアモン」

地獄の業火を吐きながら俊敏な動きでアモンはタキシムを灰にしている。

「熱くて臭い」

「文句言うなら何か召喚しろ」

瞬きを3回する間に地表は火の海となった。陽炎の向こうから黒いローブ姿が近づいてくる。

「出やがった大元が」

「あれがリッチ?」

生ける屍の名が現す通り、フードの中に顔はなく眼があったであろう場所が二つ鈍く光っているだけであった。アモンの炎をフードで躱す。

「よし、お前箱を探しに行ってこい」

「えーー!!オレが?!蟻が行けよ!!」

「俺は魔法円から出られない。不用意に出るとアモンも消えるし俺も下手したら消えちまう。オラ行けよ」

蟻が地表めがけて季緒を投げ捨てた。

「ぎゃああーーーー!!」

まだ燃えていないタキシムの上に落ちる。下で潰れたタキシムは嫌な感触と強烈な腐臭がした。

「ぎゃあーーーーー!!」

タキシムの腐った肉片を振り払いながら季緒は走り出した。マダラも付いてくる。

我武者羅に走っていたので足が縺れて転んでしまった。起き上がりながら振り返ると炎の柱が何本も立っていた。タキシムはここまでは出現していないようだった。

擦りむいた膝を撫でながら立ち上がる。

「マダラ、箱、探そうか…」

ブヨブヨしていて近づいてくる影もマキシムに比べれば可愛い物である。影を気にせず取り敢えず前へ進む。

「箱を探して、その後どうすればいいんだ?トビト山に帰る方法ってあるのかなー」

心細い為ついつい独り言が口を出てしまう。

「大体蟻の普段の行いが悪いからリッチとかタキシムに襲われる酷い目に合うんだよ」

自らが招いた行為を棚に上げて蟻を非難する。

「もー!!箱って何なんだー!!誰か見つけてくれたらいいのにー!!」

そう。誰か、探し物が得意な者が見つけたら早いのである。

季緒はマダラを還した。辺りが暗くなったので火球を浮かべる。

集中して目を閉じて歩いていると何かにぶつかったので目を開ける。

天使の羽根を持つ小さな子供だった。子供は双頭のドラゴンに騎乗しており、視線の高さが季緒と同じだった。しばし無言で見つめ合う。

「誰?」

「召喚しておいて誰とは」

「探し物得意?」

「得意と答えれば満足か?」

不敵な笑みが幼い顔に浮かんでいた。


蟻は上空でリッチとアモンの戦いを見守っていた。

アモンが吐き出す炎でリッチが焼き尽くされてもすぐに再生されてしまう。それの繰り返しだった。出現したマキシムはすべてアモンが焼き尽くしてある。

蟻は集中天眼で付近に聖句箱がないか視ていた。岩の下、枯れ木の根元や枝の間。

脂汗が浮いてきた。このままアモンを召喚し続ければ精神的にも体力的にも限界を迎えてしまう。力尽きる前にアモンを送り還さねば生命の保証はない。

箱は見つからない。

蟻の集中力が途切れ、右手が魔法円から飛び出してしまった。即座にアモンが反応する。

「ヤベッ!!」

慌てて体制を立て直し魔法円の中で集中する。

召喚できたからって完全な味方じゃねーもんな。危ねー。

額の冷たい汗を拭う。

召喚士様。早く聖句箱を見つけてくれよー。


季緒は双頭のドラゴンの背に揺られていた。目の前には騎乗する小さな子供。

翼に触ると怒られた。

「ねー、名前は?名前教えてよ」

「名も知らずに召喚したのか?呆る」

「探し物が得意なんだろ?そう願ったんだ」

「我が名はヴォラク。召喚者の希むモノを与えよう」

指をさされた方向に目を向けた季緒はドラゴンから飛び降りて走り出した。

「あったー!!!」

枯れ木の枝の間に黒くて小さい箱があった。よじ登ろうと挑戦するが全く木に登れていない。ヴォルクは翼を広げてドラゴンから飛び上がる。

季緒は見上げながら男の子と呟いた。

箱を両手で抱えて季緒の前にヴォルクは降り立った。

「よーし!!カッコよく破壊するぞ」

季緒は炎球を纏めて丸めて投げつけた。炎は箱を包みしばらくして消えた。箱は無事である。蹴ってみたが頑丈で足が痛くなった。思いっきり投げつけたが傷すらつかなかった。

「壊したいのか?」

ヴォルクに頷くと、ドラゴンが箱を踏みつけた。箱がバラバラに破壊された。

「ありがと」

季緒の言葉にヴォルクは片頬を上げた。


業火に焼かれていたリッチが消えた。

「消えた。消えたぞ。よし!!」

蟻は再び集中し魔法円を空中で切り消した。アモンの姿も消えた。

ゆっくりと下降して座り込み息を整える。

「疲れた。しばらく動けねーや」

大の字になって寝そべった。


空間移動で季緒は蟻が居る場所へ戻ってきた。寝ている蟻を覗き込む。気配に気づいた蟻が片手を上げた。横に季緒が座り込む。

「良く見つけたな。こんなに早く見つけられるとは思ってなかったぜ」

「実はぁ、ヴォルクが見つけてくれたんだ」

「ふーん。ヴォルクねぇ」

「箱は見つけてくれたけど、どうやってトビト山に行くか分からないって」

「そうかぁ。俺達のことも誰かが召喚してくれりゃあ簡単なのにな」

「そうだねー。ここから連れ出してくれたらいいのにねー」

蟻が逞しい腹筋を使って起き上がる。

「それだ!!」

「どれ?」

「悪魔の中には運搬能力に長けているヤツがいたはずだ。召喚者を伴って世界中に出現できるヤツ。名前が思い出せねー!!」

「えーっと、運搬能力に長けて世界中に出現できるってことか?」

「そうだよ。名前なんだっけー」

「我が名はセエレ」

翼の生えた天馬に跨った美しい男が目の前に立っていた。

「お前、名前知らなくても召喚できるのか?」

「そうだよ。ヴォルクもあっちから名前教えてくれてんだ」

「スゲーな召喚士って」

蟻が驚く意味は分からなかったが褒められているようなので季緒はそうだよと嬉しそうに答えた。

「ここから出てトビト山へ行きたいんだ。連れてってお願い」

「トビト山とは。あぁ、路が通じている山だね」

「路?」

「あの山は色々な世界に通じているんだよ。そして時々罠に嵌る人間がいる」

「俺等は罠に嵌ったってワケか。嵌ったのはコイツが悪い」

「オレは悪くない。蟻の普段の行いが悪いんだ」

「テメーが食い意地張ってフラフラしたからだろーが!!」

蟻の拳を季緒が軽いフットワークで避ける。疲労困憊な蟻に比べて季緒はまだまだ元気だった。

「行こうか。私の天馬に乗りなさい」

「はーい」

元気よく返事をして季緒が跨る。蟻はセエレが手を貸し引き上げた。

天馬が翼を広げ飛翔を始めた。曇雲を一気に突き抜ける。

重力を感じる中

「また地面に戻ったりしてー」

と叫ぶ季緒に

「喋ると舌を噛むよ」

とセエレが注意した。大気の圧力を感じて目を閉じる。

身体が軽くなった気がして目を明けると、季緒が道を逸れた山道だった。

「着いた!!トビト山に着いたーー!!」

二人を天馬から降ろしセエレは消えた。

「るいーん!!」

季緒が山頂に向かって駆け出した。走る気力がない蟻は、お子様は元気だぜとゆっくりと歩き出した。

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