第14話
ゴツゴツとした岩場は微妙な段差があり歩き辛い。季緒はヨタヨタとバランスを崩しながら進んでいるが蟻はヒョイヒョイと軽快に歩いている。
暗いぜ。と蟻は炎球を周りに何個か灯す。季緒もやってみようと挑んだが何も起きなかった。試しにマダラを召喚したらボワッと小さい炎を吐きながら頭の上に乗っかってきた。
「マダラ!!ここだと召喚できるんだ」
「ほう、火の精霊は魔界寄りか?お前さぁレリエル召んでみろよ。すっげー美人らしいからよ」
「………」
「………」
「ダメだ。疲れる」
「根性ねーな」
と後頭部を小突かれた。
季緒の技量が不足しているのか、真っ当な天使は召喚できないのか。恐らくは前者だろう。
2人は無言のまま歩き続ける。果てしなく続くと思われていた岩場の路の先に眩しい明かりが見えてきた。
「こんな所に明かりがある。何だろう」
「悪魔や幻獣たちが宴会でもしてるんじゃねーのか。ヤダね~節操がなさそうだぜ」
慎重に進もうとする蟻を無視して季緒は足早に駆け出した。
「おい!!バカ!!待て!!」
舌打ちをして蟻も後を追う。光に吸い込まれるように駆ける後ろ姿が光と一体化した。
遅れて蟻も光の中へ飛び込む。
眩しさに眩んでいた目が光に慣れたら想像を絶する空間が広がっていた。
呆気にとられて言葉が出てこない。
「うわースゴイスゴイ」
隣では子供がはしゃいでいた。
真紅の毛深い絨毯が敷かれ、猫足のテーブルと椅子が4脚。横になって休めそうな大きなソファに、テーブルの上にはお菓子が置いてあり大きな花瓶に百合と薔薇の花が飾られ芳香を楽しめる。上空には炎球を集めたシャンデリが浮かんでいて光源となっていた。
「アビスでこんな所業ができるのは…女王しか思いつかねーぜ」
「この花本物だー」
「女王はどこにいったんだ?仕方ねーからここで待ってるか」
蟻はソファーに腰掛けた。季緒はお菓子に手を出すか出すまいか焦巡していた。
「食べていいわよ」
上空から涼やかな声が聞こえてきた。
「ミューレイジアムロイヤルファムエトだ。やっと見つけた!!」
上空からミューレイジアムロイヤルファムエトと見覚えない男が降りてきた。男は天使とは違う2枚の羽を折り畳む。
「季緒どうしたの?もしかして探しに来てくれたのかしら?」
「そうだよー!琉韻が心配してるよー。一緒に允に行こうよ允で暮らそう」
「それってプロポーズみたいね可笑しいわ」
上品にミューレイジアムロイヤルファムエトは微笑んだ。その様子を蟻は大口を開けて見ている。
こ、この女がミューレイジアムロイヤルファムエト?!
す、すげぇ…
生きた伝説と化している女王を初めて目の当たりにした蟻の身体は震えていた。500年以上生きている女が美しいだなんて盲信者の好意的な解釈でしかないと思っていたのだった。
この美貌と華麗な姿は何だ!!どう見てもうら若き少女にしか見えねーぞ!!
「琉韻は一緒じゃないのね。その人は?」
翠色の瞳に見つめられ蟻の心臓が高鳴った。
「見た目が違うけど蟻っていうんだよ。悪行三昧の悪いヤツだよ」
「聞いたことがあるわ。悪どい商売をして稼いでいるんでしょう」
「そっちの男の人は誰だ?」
「紹介するわ昨日仲良くなったの。ヘレン・ベン・サハル」
男は誰もが目を奪われる極上の笑みを季緒に向けた。ゆるくウェーブがかった金色の髪は腰まで伸ばされ、金色の睫毛に縁どられた灰色の瞳。身体の線が分かる黒い衣装にピッタリと身を包んでいる。同じく金髪のミューレイジアムロイヤルファムエトと並ぶ姿の迫力は壮絶だった。
「ヘレン・ベン・サハルだと!!獄界の皇帝ルキフェル!!」
「よく御存知ね。元桔梗院だから当然かしら」
「御存知も何も!!かつて熾天使の、更に上位の唯一の天使だったヤツだろうよ。天界から堕とされて獄界の底に氷漬けで繋がれているんじゃねーのかよ!!」
どうなの?とミューレイジアムロイヤルファムエトはルキフェルを見上げた。
「僕の本体は氷漬けになっているよ今でもね」
「声がサマエルと同じだ」
目を見開いて驚いている季緒に灰色の瞳が向けられた。全てを見通す様な目線に季緒の背中が冷える。ルキフェルは妖艶に微笑んでいるのに季緒は身体の芯が冷えていくのを感じた。頭上で小さな炎を吐いてマダラが消えた。
この子は?とミューレイジアムロイヤルファムエトに尋ねる。
「季緒よ。私の恋人の弟なの可愛い子でしょ。召喚士なのよねー」
ぎこちなく季緒が肯首する。
「サマエルって私をここに放り込んだ赤毛の天使ね!!ちょっとイイ身体しているからって女性を放り投げるなんてふざけた天使よね失礼しちゃうわよ。季緒が来たってことはここから出られるのかしら?」
扉はあるけど全然開かないのよとミューレイジアムロイヤルファムエトは愚痴る。
「サマエルの言い方だと開けたヤツじゃないと扉は開かねーみたいだぞ。ガキが開けば問題ないだろうよ。早く戻らねーとヤバイからな。女王はここに来て2日目だ明日には溶けちまうからな」
「溶ける?初耳だわ早く戻りましょう」
貴方はどうするの?と問われルキフェルは首を横に振った。
「扉はエデンの園に開かれている。僕がその扉から出たらサマエルや他の天使たちと戦わなければならない。ここで別れよう。美しい君と別れるのは心が引き裂かれるように辛い。君の恋人に羨望してしまう」
ミューレイジアムロイヤルファムエトの手を取り口付けた。
浮気だ!と季緒は目の色を変えた。
優雅に手を振るルキフェルに背を向けて季緒は元来た道を歩き出した。
ここに来ることは2度とないから景色を楽しんでいきましょうと提案されたのだ。
ミューレイジアムロイヤルファムエトが手を繋いでくれているので不安定な足元でもバランスを崩さず歩けている。
「失踪したって言われて琉韻が凄く心配してるぞ」
「そうなのよねー。騙し討ちにあったのよ酷くなーい?」
約300年振りに天塔圏の術師たちの前に姿を現したミューレイジアムロイヤルファムエトは解体宣言をし術師たちを驚かせた。中には生きた伝説となっている女王の生身の姿を拝めて泣きながら祈っている術師も大勢存在した。解体宣言の翌日、召喚士が存在する允王国に呪術を施すとの噂を聞きつけ止めさせようと集会所に侵入したら罠に墜ちてしまった。
允王国の後継者を捕縛したと聞きつけてミューレイジアムロイヤルファムエトは真相を確認しようと允へ空間移動をしようとしたら迷宮空間が先回りで張られており捕らわれたのだった。
「天塔圏の地獄耳を甘くみていたわ。琉韻とのことを勘ぐられていたようなのよね」
「2人が恋人同士になったのってほんの最近なのにか!!」
「まだまだ清い関係なのに邪魔するなんてふざけてるわよね。戻ったら殲滅よ殲滅!!」
よう喋る女だな。ウリエルと口喧嘩で勝ったのは嘘じゃねーな。
蟻は半ば呆れ感心しながら爆発的に喋り続ける女王の後ろ姿を眺めていた。
もっと気位が高く気難しい女だと思っていた。季緒と手を繋ぎ歩く姿は姉妹のようだ。
まてよ、清い関係って言ったな。王子様はまだ童貞か!!
蟻の心に大きな炎が燃え盛った。それはウリエルよりも激しく燃えている。
梔子卿との契約はガキを安全に允へ戻したらコレが消える。
蟻は胸の刺青に手を添えた。忌々しい墜落の証。
俺もルキフェルと同じか。立場と知名度は天と地ほど違うけどなと自嘲する。
前を歩くミューレイジアムロイヤルファムエトの姿が揺れて突然倒れた。
「うわぁぁぁあ!!どうしたの?!」
「触るな!動かすんじゃねー!!してはいけない音がしたぞ今」
「頭打ったのか?!」
倒れたミューレイジアムロイヤルファムエトは完全に意識を失っていた。蟻は治癒術をかけるが手ごたえを感じない。まるで水に術を与えているようだ。
「無駄だと思うがラファエルを召べ!!」
「分かった」
何事も起こらないまま蟻は治癒を与え続ける。
「もしかしたら溶ける前兆かもしれねー。動かすななんて言ってらんねーな急ぐぞ」
動かない身体を横抱きにして蟻は走り出した。季緒も必死に後を追う。扉が見えてきた。横腹が痛みを我慢し必死に足を前に出して季緒が扉に手をかけるが、勢いが相殺されないまま扉に激突する羽目になった。
「ぐふっ」
顔面を強打し涙目で悶える季緒に全身で息をしている蟻が目を丸くする。
「何でだ…お前が開けたよな。お前が開けたよな!!」
「う、うん。開けた」
「開けろよ早く!!」
「あ、開かない…開かないよぉ」
季緒の泣き言に尻を蹴って返事をし、蟻は扉も蹴った。埒が明かないので女王を下ろし扉に体当たりする。
羽ばたく音が聞こえてきた。目を上げ輝ける姿を捕らえた。
「まだここに居たの?」
ゆっくりと下降しながら灰色の視線を女王から逸らさない。
「魂の輝きが弱い。彼女は僕が思った以上に長生きだね美しくこのまま朽ちていく」
「ダメだよ!!允に連れて帰らないと!!琉韻が待ってる!!」
「恋人の元へ帰す位なら、このまま彼女の魂を僕が貰い受けるよ」
「ダメダメダメ!!」
「勝手な事言ってんじゃねーよ。お前なら扉を開けられるのか?開けられないのか?」
「アビスで僕ができないことはない」
「じゃあ開けろ」
「僕が?何故?」
そっくりな声を聞いていると脳裏にサマエルの言葉が浮かんできた。
『開けた者が強く祈るのだ』
目を閉じて開けと強く祈りながら扉に手をかけた。来た時と同様重さを感じさせずゆっくりと扉が開いていく。
目の前に広がった平原に赤い色が見える。
蟻は女王を抱えるといち早くエデンに移った。季緒も駆け足で扉を超える。
サマエルは扉の向こうを睨んでいた。
「赤き龍。久しぶり」
「暁の輝き。再会はどちらかが倒れる日と決まっている」
サマエルとルキフェルは同時に羽を広げ臨戦態勢を取りお互い視線を外さない。
睨み合う視線の火花が可視化するかのように緊張感が否応なく高まっていく。肌を刺す緊迫の重圧に蟻は鳥肌が立っていた。重圧に全く身動きが取れない。
獄界の皇帝と12枚の羽根の能天使の戦いが今ここに!!俺、生きて地上に帰れないかも…
季緒が勢いよく扉を閉めてその緊張感を断ち切った。
「ラファエルを召んで」
「キオ」
無表情な天使が大変珍しく驚いている。
「ラファエル召んでよ!!」
蟻も驚いている。
「エデンを下りた方が早い。トビト山へ行こう」
サマエルが季緒を抱えて飛び上がり蟻も女王を抱えたまま続く。蟻はサマエルの腕の中の季緒に話しかけた。
「あの緊迫した空気でよく動けたな。お前実はスゲーな」
「ミューレイジアムロイヤルファムエトが死んだら琉韻が泣く」
紫色の瞳から零れる涙はどんな宝玉よりも美しいだろうと想像して蟻は身体が震えた。
王子様って愛されてるよなー。
この召喚士のガキ幻獣王がそうだろう、人類最強の術師天塔圏の女王がそうだろう。
まてよ。このガキには桔梗院次期頭領とまで言われた梔子卿が付いてるだろう、サマエルとラファエルも好意的だ中級天使が2人も。特にサマエル。
梔子卿のバックには細目のそこそこの術師(アルグレス)を筆頭にかなりの数の桔梗院が慕っているだろうし。女王にも崇拝する天塔圏の術師や獄界の皇帝ルキフェルがいる。そういえばアスタロト大公もあのガキを気に入ってたな。と、色々な繋がりを考えると王子様が最強なんじゃね?
究極の結論を導き蟻はしばし呆然と空中を漂っていた。
「いくぞ」
サマエルに声をかけられて気を引き締め一気に下降する。重力を感じて血管が引き締まる。
腕の女王を落とさないように力を込めて風圧に耐える。つま先が大地を踏んだ瞬間に安堵の息が漏れる。湖の畔からはサマエルが片腕に蟻を掴み舞い上がり頂上を目指す。
トビト山の小さな小屋の前にサマエルが降り立った。そこへどこからかラファエルもやってきた。
「ミューレイジアムロイヤルファムエトが見つかったんだ。良かったね」
「全然目を覚まさないんだ!!このまま溶けちゃうのか?」
「うーん。とにかく中へ運ぼう。アビスから生還した人間は初めてだから詳しく診てみないと分からないよ」
小屋は簡素な作りで中には部屋が2つしかなかった。奥の部屋の毛布が重なっている部分い女王を寝かす。
「ここで寝てるの?」
「天使は寝ないんだよ。ねぇサマエル」
「休息はとるが寝ない」
「へー。眠くならないっていいね」
「これから治療するからこの家は立ち入り禁止ね。何人たりとも入らないでよ」
「オレも手伝うよ」
「人間が居ても気が散るだけだから、目途が付いたらちゃんとキオに知らせるよ」
それまでイイ子にしててと頭を撫でられ季緒は唇をとがらせている。
「邪魔はするなよ。アシッドの館に戻るぞ」
小屋の中にラファエルとサマエルを残し、二人は山を下る。
「大丈夫かなー?元気になるかなー?」
「天使は人間にできないことができる。俺らが心配するだけ無駄だ。女王も見つかったし今日は祝い酒だ!!」
浮かれた足取りで蟻は歩を早める。季緒も小走りで追っていく。
2人はピンクの絨毯の上に立ちながら説教を食らっていた。
「もう少しで指名手配するとこだったんだ!!前回の分まずは耳を揃えて払ってもらうよ」
「あれは緊急事態だったんだ。今日の分とまとめてちゃんと払うっつーの」
「先に前回の分を払いな。払わないなら飲ませないよ」
うるせぇババァだなと言いながら蟻は前回の飲食代を払い、やっと席に着くことが許された。注文した酒を待っていると奥のテーブルが揉めだした。
「喧嘩してる」
「目ェ合わせるなよ。とばっちり食らうのは御免だぜ」
言われて季緒は伏目で奥のテーブルを覗く。
甲冑姿の男と露出の激しい鎧姿の女が口論している。途切れ途切れ聞こえてくる内容には「偽物」や「勇者」「侵略」「褒美」などの台詞が混ざっていた。
「勇者って聞いたことある」
「前にこの店に居たな。空気を読めないバカ勇者」
女主人が酒と食べ物を運んできた。
「勇者って巷で流行ってんのかよ?」
「あぁ、勇者かい。迷惑な話だ。今じゃ右も左も勇者ばっかりさ」
隣国の風門国の姫君が何者かに誘拐され風門国王が姫を探すべく勇者を求めている。無事に姫を連れ戻した者には望む褒美を取らせるとのお達しである。
「姫さんが何者に連れ出されたのか誰も分かっていないから、魏杏国で術師の同行を募る勇者が大勢いるんだよ。まさか桔梗院が同行するわけはないし、おおっぴらに天塔圏に接触するわけにもいかないからね。鬼眼に勇者が集まってくるんだよ」
「商売繁盛でいいじゃねーか」
「よくないよ。全然注文しないんだよアイツら。酔っぱらったら有利な交渉ができないだろう。ケチだね勇者様は」
ふーん。と話題に飽きたかの様に蟻は酒を食らう。女主人も厨房に戻っていった。
「勇者ってどうやったらなれるんだ?」
「お前が勇者だって言えば勇者じゃねーのか。そもそも自称勇者ってヤツはうさんくせーヤツばかりだけどよ」
「職業なのか?」
「一瞬の栄光だ。時期が過ぎれば元勇者って言われるだけだぜ」
「その一瞬の為に日々の努力と鍛錬を欠かさないのだ。勇者は永久に勇者だからね」
いつの間にか二人の前に甲冑姿の男が座っていた。
「あの時の空気読めないバカだ」
「蟻が固めた人だ」
「蟻?!貴方悪名高き蟻ですか!!」
蟻が目配せをしてきたので、季緒は黙ってパンを食べた。
「ちょっとちょっと、この勇者を無視しないで下さいよー。前回は急に術をかけられて不覚を取りましたが今回はそうはいきませんよ」
季緒はスープを注文し蟻も2杯目の酒を注文する。女主人は憐みの目を残していった。
「貴方たちを探していたんですよ」
男はテーブルに身を乗り出して話しかけてきた。
「私とパーティーを組んで下さいませんか」
「断る」
一刀両断な蟻の声は迫力をもって店内に響いた。が、男は負けなかった。
「貴方たちエデンの園へ行かれたんでしょう?能天使も召喚できる高度な技量の術師様とお見受けいたしました。どうかお願いです。一緒に風門国へ行きましょう!!」
季緒に向かって頭を下げる。
「オ、オレ??」
「そうです。そちらの蟻さんも相当な術師でいらっしゃる。お二人が一緒なら百人力です。誰よりも早く姫君を救出できるでしょう」
蟻はニヤニヤと笑っている。
「このガキが高度な術師だと本気で思ってんのか。悪いことは言わねーお前止めた方がいいぜ。見る目ない全然ない」
腹が立つが当たっているので季緒は蟻の椅子を蹴るのを止めた。
「でも、能天使を召喚されたんじゃ…」
「偶然だよ偶然。偶然が重なった偶然」
酒が不味くなったと蟻は席を立ち代金を払って外に出た。季緒も食べかけのパンを手に店を出る。
「他で酒が飲めないってのが辛いなー。今夜は允に行くか」
「行こうよ!見つけたって琉韻に報告したい」
「待って下さいよ!!話はまだ終わってませんよ」
男が追いかけてきた。蟻は季緒の手首を掴み空間移動をする。
何も起こらない。
目を見合わせる2人にフフフフと不気味な笑い声が聞こえてきた。
「前回と同じ過ちはおこしませんよ私」
「コラ!!どーゆーことだよ説明しろ」
「貴方たちが飛んでいかないように、さっき何人かの術師にループを張っていただきました。ここから移動しようとしたらここへ戻るループです」
「術を遣わなきゃいいんだろ。面倒だが歩いて帰るぞ」
歩き出す蟻と季緒の前に回り男は両手を広げて道を塞ぐ。
「この先へ進むなら私の屍を越えていきなさい」
右手にバスタードソードを翳す。
「お前腕っぷしは?…聞くまでもないか」
「蟻は?」
「俺が得意なのはベッドの上での戦だけだ。勇者と自称するなら腕っぷしがたつだろうしなー。面倒くせーなー」
蟻は両肩を竦めた。「飲み直そうぜ」と季緒に声をかけ踵を返し店の中に戻る。
琉韻に会いたかったのにと季緒が文句を言うと、オレだって王子様に会いてーよと蟻も嘆いた。
当然の様に男も同席する。
「私の腕と貴方たちの術があれば無敵です。姫君を助けに行きましょう!!」
「俺らは仕事中なの。具合悪くて倒れてる奴がいるからそいつの回復待ちでここから離れられねーの。違約金払ってくれるなら同行してもいいぜ」
「いかほど?」
蟻が男に耳打ちをする。男の表情がみるみる青くなっていった。
「国家予算に匹敵する恐ろしい金額じゃないですか!!どなたですか依頼主は!!」
次期国王経由の依頼だもんな。梔子卿も金貯め込んでそうな顔してるし。
「とにかく他当たりな。じゃーな」
ヒラヒラと手を振る蟻を恨めしそうに睨み男は店を出て行った。
「案外根性ねーな。俺だったらもっと粘るぜ」
「蟻はしつこい」
「褒め言葉と受け取っておこう」
「褒めてない」
「允に戻るのは女王が目を覚ましてからにしようぜ。まだ時間に余裕はある。変に王子様を喜ばせて悲しませるのもヤダしな」
「う、うん」
季緒が自分の顔をじっと見つめているので「何だよ」と言ったら慌てて目を逸らした。
「俺に惚れても無駄だぜ。俺はガキは趣味じゃねー」
「蟻は琉韻が好きなのか?」
「美しいモノは何でも好きなの。お子様にはわかんねーか」
「じゃあミューレイジアムロイヤルファムエトも好きなのか?」
「女王は…美しい女だと思うぜ。でも王子様が1番だなこの世で最も美しい宝石だ」
「そうだよねー。琉韻は綺麗だよねー。初めて会った時驚いたなー」
「お前と王子様の初対面はどこなんだ?」
何故か2人は和気藹々と琉韻について語り合い夜を過ごすのだった。
「オラ、もっと飲めよ」
「ありがとう。この酒甘くて美味しい」
「だろうだろう。女を口説くときはコレが1番だぜ。口当たりがいいからイチコロだぜ」
「身体がフワフワする~。今ならオレも飛べそう」
グラスを置いて天井を見上げて目を閉じる。目の前が真っ暗になるとアルコールが全身に回っているのを意識して眩暈に襲われた。
「うぇぇぇ」
ピンクの絨毯に蹲った季緒を無視して蟻は酒の追加を注文した。
「アンタ、そんなに飲んでいいのかい?金はあるのかい?」
「国家予算に匹敵する金額があるからな。心配ねーよ」
酒を飲みながら蟻は考えた。
あのエセ勇者、風門国の姫が誘拐されたって言ってたな。仲間が近々大きなヤマがあるって張り切ってたのはこれだったのか。ま、今の俺には関係ねーけど。精々頑張ってくれ。
絨毯の上で寝てしまった季緒を背負い蟻は店を出た。アシッドの館の部屋を思い浮かべ目を閉じる。目を開けるとベッドと本棚が目の前にあった。
ほんっと、あのエセ勇者根性ねーな。
季緒をベッドに放り投げて自分もベッドに寝転ぶ。いつの間にか寝ていた。
眩しい光に目を覚ました。
痛む頭を抱えて蟻は起き上がる。向かいのベッドでは季緒が投げられた姿のまま熟睡していた。
3日目か…昨日一昨日は濃厚だったから5日間ぐらい居る気分だぜ。天界にも行っちまったな。腹減ったなー。
脇腹を掻きながら1階へ降りていく。相変わらず人気のない館だ。テーブルの上に『食事は戸棚に準備してあります』とのメモがあった。素っ気ない食事を済ませ3階へ戻ると季緒はまだ寝ていた。椅子を窓辺に持っていき外の景色を眺める。
女王が無事だと分かったら天塔圏はどう出るだろうか。桔梗院はどうすんだ?
天塔圏が消えたら桔梗院の勢力も勢いをなくすだろうな。
允国王は息子と天塔圏の女王の婚姻を許可するのか?
王子様最強説に他のヤツが気付いたら、王子様危険だな。
急に陽が翳った。目の前にサマエルが浮かんでいた。今日も無表情である。
「驚かすなよ。女王の様子は?」
「まだだ」
それだけ言うとすぐに消えた。
「今日何すっかなー。することねーな」
蟻は頭を掻いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます