第13話
目を開けたら太陽の光がうっすらと暗闇を照らしていた。光がぼんやりと眼の中を射す。どんどんと身体が沈み光が遠くなっていく。何故だか穏やかな気持ちで一杯だった。このまま遠いところへどこまでも……
急に水面に引き上げられて脳が酸素の欠乏に気付き、必死に息を吸おうとする。
蟻は季緒を片手で抱えて岸まで泳いだ。
咽る季緒を岸に上げ自らも湖から上がって寝転ぶ。
「このバカ!!死ぬ気かよ!!水の精霊でもなんでも召喚しろよ!!」
蟻に捕まって無理矢理湖に放り出されそのまま沈んだ季緒だった。
「い、意識が遠く、なって、何も考えられ、なかった」
「死にそうになったら勝手に召喚獣が救けてくれねーのかよ!!」
「オ、オレが、召喚の意志がないとダメだし、い、意識がないと、召喚できないって…」
マダラの姿が浮かんだが火の精霊は水と相性がすこぶる悪いらしい。
「ハァーーー!!意味ねー!!召喚士!!弱ぇーー!!」
梔子の言葉が浮かんできた。
召喚士が絶滅に辿った原因はガーディアンに恵まれなかったからです。
コイツが熟睡している時に襲ったらすぐ死ぬじゃねーか!!弱ぇーー!!王子様だって四六時中ガキと一緒にいられるわけじゃないだろうによ!!弱すぎる…
季緒の呼吸が落ち着いたのを見計らって
「アシッドの館に戻るか」
と声をかけたら季緒が力なく頷いた。
濡れた服を絞りながら下山する。
今山を下りたら次もトビト山に近づける保証はないが、二人は疲れていた。
何度か空間移動術を発動させようとしたがウンともスンとも言わなかった。
足を引き摺りながらやっとのことで山を下りた。
無言で蟻は季緒の手を掴む。瞬時に二人の姿が消えた。
3階の部屋だ。黙々と二人は着替え始めた。
「寒い」
季緒の呟きに蟻も「寒ぃな」と呟いた。季緒は蟻が買ってきた残りの服を着ている。
「よし、温まりにいくか!!」
何故か蟻は嬉しそうだった。
「やっぱり身体を芯から温めるのはコレだよなー!!」
蟻は豪快にジョッキを傾けていた。その隣で季緒は暖かいスープを飲んでいる。
鬼眼の店では何人かの客がピンクの絨毯を踏みしめて酒を楽しんでいた。
「あれ?あんた」
女主人が季緒に気付いて声をかけてきた。
「アスタロト大公を召喚した大術師様じゃないか。大公は一緒じゃないのかい?あの綺麗な王子様もいないねぇ。残念だねぇ」
女主人の声に客が全員季緒に注目した。
蟻は女主人を手で追いやった。
3杯目のジョッキに手を伸ばし蟻は豪快に飲んでいる。
「エデンに行く方法を探さないとな。ラファエルが俺等を運んでいけばいいのによケチだな天使は」
いつの間にかラファエルも居なくなっていた。季緒と蟻の果てしない追いかけっこに飽きたのだった。
恨めしそうに蟻は季緒を睨んだ。
「お前がちゃんとサマエルを呼べばいいのによぉ。役に立たねーなぁ。もしかしたら女王を救って今頃城で王子と宴会してたかもしれないのによぉ」
蟻の言葉に季緒は泣き出した。
鬱陶しそうに蟻は季緒の椅子を蹴る。
「泣く暇あったらエデンに行く方法考えろよクソガキ」
季緒はテーブルに突っ伏して泣き続ける。
王子様ってこんな甘ったれの世話もしてるのかよ。偉いぜ。
泣き続ける子供を無視して蟻は酒の追加を頼んだ。
エデンに行く方法。トビト山の湖は下手したらクソガキが死にそうだから最終手段だぜ。エデンに精霊や幻獣が入り込める可能性は低い。天使の園だしなー。どうすっかなー。
あの桔梗院のジジイに訊いてみるか。
「反省してる」
涙声の季緒が起き上がった。
「オレ、泳げるようになる」
「無駄だ。お前が泳げるようになるのを待つよりエデンに行く方法を見つけるほうが早いぜ」
季緒が目を真っ赤にしているので、お前は絶対泳げないとは言わなかった。
泳ぎもセンスだよな。コイツ全くセンス無ぇ。
この店の客共に「誰かエデンへの途を知りませんか?」って聞きたい位だぜ全く。
そうか、梔子卿は知ってるかもな。
「ちょっくら行ってくるわ」と蟻は消えた。
一人残された季緒は静かにスープを飲み干した。女主人がパンを持ってきてくれた。
「あんな乱暴者と一緒にいるのかい。悪い事は言わないから止めときな。あいつは性悪だよ」
「知ってる」
とパンにかぶり付く。
咀嚼していると鋭い視線を感じた。
「あ!!」
大きく開いた季緒の口からパンの欠片がこぼれ落ちていく。
真っ赤な髪に赤い吊り眼、上半身裸の細マッチョな男が立っていた。男は季緒の目の前に座って葡萄酒を注文する。
「天使がお酒飲んでもいいのか?」
サマエルは頷く。
女主人はサマエルの前に酒を置いて「双子?」と目を眇める。
「僕を召んだな?」
「う、うん。結構前なんだけどな…」
真っ直ぐに見つめられる無表情な眼力に季緒は怖気づいた。
「名は?」
「季緒」
言ってしまってから自分の過ちに気付いた。馬鹿正直に名前を教えてしまった。
キオ。とサマエルは微笑んだ。ように見えた。若干口角が上がったのだった。つられて季緒も笑顔になった。
その頃。
蟻は梔子にボコボコにされていた。
「貴方の契約は季緒の守護ですよねぇ。女王を探すのは季緒の役目です。貴方の役目は何ですか?何故季緒を一人置いてきたのですか」
「悪かったってば!!もう戻るっつーの!!痛てー!!」
「ここに王太子殿下がいなかったことに感謝しなさい。いらっしゃったら刺されてましたよ」
「戻る戻る!!」
蟻がフラフラになって酒屋へ戻ると妙な緊張感が店内を支配していた。
客達は季緒のテーブルを気にしている。季緒と談笑しているのは…
どわーーー!!エデンへの途があっちから近づいてきてくれたぜ!!
しかもあの仏頂面の天使笑ってねーか?笑顔とはかけ離れた顔してるけど口元が綻んでるぜ。
「やっと来たのかよー待ってたぜーサマエルさんよ」
乱暴に椅子に腰かけた蟻の言葉に店内がどよめいた。パワーズだ、という声があちこちで上がる。
「で?エデンに連れってくれるのか?」
季緒の動きが止まった。
クソガキ、目的を忘れて楽しくお喋りしてたな…
蟻の額に青筋が浮かんだ。
「なぁ、お前人間の女をエデンに連れて行っただろ?その女返してくれよ探してんだ」
無表情に葡萄酒を呑むサマエルは蟻の質問に答える気はないらしい。
「おい!!」
「女の人をエデンに連れて行った?」
サマエルが頷く。
「その人を允に連れて帰らないといけないんだ。どうすればいい?」
「エデンの園へ入った人間は二度と出られない」
抑揚のない声が答える。
「エデンの園ぉぉぉぉ!!」
店の隅から素っ頓狂な声が響いた。その声の主は季緒達のテーブルに近づいてきた。
「さっきから聞いてれば、能天使サマエルやらエデンやら、しかも幻と言われるエデンの園!!貴方たちは一体何者ですか?」
ローブ姿が多い術師の中では目立つ、甲冑に身を包んだ男はサマエルの隣に腰掛けた。
お前が何者だ!と言う冷たい目で見られ男は自己紹介をする。
「私は勇者です」
「……」
「……」
「何でエデンの園に入ったら出られないんだ?」
蟻は甲冑男を視界に入れないようにサマエルを質す。季緒も首を傾げる。
「人間が入り込めば溶けて消滅する」
「えぇぇぇーー!!ダメだよそんなの!!」
「あのー、私勇者ですけど」
「マズイな、いくら力がある術師でも所詮は生身の人間だからな。溶けるか…」
「どの位で溶けちゃうの?」
「3日」
「いくらも猶予はねーな。取り敢えずエデンに行くぞ」
「おう!!」
「あのー、勇者がここにいますよ」
「連れてって今すぐ」
大きな瞳で見つめられながら両手を握られ、サマエルは頷き立ち上がる。と同時に輝く12枚の羽が出現し店内に驚愕と感嘆の声が漏れる。
「無視しないで下さいよ!!皆さん!!」
「ウルセー」
蟻は男に自縄自縛をかけて黙らせた。
サマエルの腕に季緒がしがみ付き、蟻が季緒の服を掴む。
眩い光に包まれて季緒達の姿が消えた。
客達は呆然としていたが、いち早く女主人が我に返り「代金が」と叫ぶ。ひとしきり叫んでから「この男邪魔だから解呪してやってよ」と客に頼んだ。
物凄い突風に季緒が固く目を閉じている。頬を打つ風は強く痛みを感じたが、サマエルが自らの胸に季緒を抱き寄せたので風を感じなくなった。恐る恐る目を開けると、足元にだだっ広い平原が広がっていた。
遮るものは何もない。木や建物もないので風の音が大きい。突風にもサマエルはバランスを崩すことなく優雅に宙に浮かんでいる。その隣で蟻も浮かびながらキョロキョロ見回している。
「ここがエデン?俺は楽園って聞いてたぞ。殺風景じゃねーか」
「楽園とは初めて聞く」
「ここ天界だろ?」
「天界の入り口だ。天界は広い」
「お前、天界だと会話が成り立つんだな」
さむーいと身体を震わせる季緒をサマエルは包むように抱き締めた。
「エデンの園はどこにあるんだ?」
腕の中から見上げる季緒に微笑んで「こっちだ」とサマエルは北に向かう。その後ろを文句を言いながら蟻が追う。
行く手に正方形の建物が見えてきた。建物の上空でサマエルが止まる。上から見たらただの四角い箱だった。
「園だ」
「これが?!これがエデンの園?もっとこう森とか花が咲き乱れてキラキラした楽園っぽいんじゃねーのか?!こんなのただの箱だろ!!」
「園だ」
「オレらも入ったら溶けちゃうのかな…」
「すぐ退出すれば問題ない」
「すぐって?」
「キオの言葉でなら1日」
「1日か。このくらいの箱ならすぐ女王を見つけられるぜ余裕余裕」
平原に降ろしてもらい、サマエルが見守る中蟻は勢いよく扉を開けた。
「どわーーーー!!!」
扉の向こうは荒れ狂う大海原だった。高い波を二人は被り再びびしょ濡れとなる。乱暴に蟻が扉を閉めた。
「また濡れたぜ!!何で開けたら海なんだよ!!おい!!」
物凄い剣幕でサマエルに詰め寄る。サマエルはそんな時でも無表情だった。
「ここには色々な路が繋がっている。今のはオケアノス洋だ。黄金の林檎の樹の地や霧の世界に通づる」
試しに季緒が扉を開けると草原に一本だけ大きな樹が在った。たわわに実が成っており爽やかな芳香が漂ってくる。
「ここは何処?」
振り向いて問う季緒の濡れた衣類をサマエルは絞ってやった。
「知恵の実の樹だ」
「へー。いい匂いするなー美味しそうだな。チエノミノってどういう意味?」
「この実を食べると進化が促されてやがて無になる」
「ム?」
「存在が無くなる。食べてはいけない」
食べられないとわかると素直に扉を閉める。
ここじゃ着替えられねーと文句を言いながら蟻は渇乾気上の術をかけたが何も起こらなかった。季緒はマダラを召喚したが姿を現さなかった。。
「んん?どうしちゃったんだ?」
「天界は天使の世界。精霊や幻獣はやって来ない。人間が遣う魔術も発動しない」
「なーんだ」
「なにぃぃぃぃ!!!こんな場所一刻も早くおサラバしてやる」
蟻は何かに憑りつかれたように何度も扉を開け閉めした。その度に扉の向こうの景色が変わる。4本の川が流れる大地だったり白銀に輝く山があったり、数多の種の動物が戯れていたり、神の戦車メルカバーが鎮座していたりと様々な景色が現れるが、ミューレイジアムロイヤルファムエトの姿は一向に現れない。
「天使は皆ここに住んでるのか?」
「エデンには住んでいない。天界のもっと上天だ。天界は階層がいくつもあって天使には其々使命がある。僕は悪魔と戦う使命があるからよくこの先で戦っている」
「へー、サマエル強そうだもんね」
「パワーズは強い」
狂ったように扉を開け閉めする蟻を眺めながら季緒は呑気にサマエルと楽しくお喋りしている。
「ミューレイジアムロイヤルファムエトはどうしてサマエルの所に連れてこられたの?」
「……人間の女性か?」
「そうそう。連れて帰らないとオレが」
「そうか。トビト山の湖に降りる前に園へ入った。エデンの園は強く望む者に拓かれる。キオが望むなら扉が拓けるだろう」
「ホント?!蟻があんなにやってるのに?」
アイツ普段の行いが悪いからと季緒は目を輝かせて笑う。サマエルは赤い瞳を細めて微笑んでいる、ように見えた。
「ウリエルが人間の女性を連れてきた。人間界の災いと言っていたのでエデンの園へ入れた」
季緒は話しているサマエルの口元を凝視している。
「牙が生えてる。触ってみてもいい?」
頷くのを確認して口から見え隠れする鋭い牙に手を触れた。
「女王はどこにもいねーじゃねーか!!もしかしてもう溶けてんのか?術が遣えないんじゃあ女王は立つ瀬がないわな」
乱暴に扉を閉めて振り返った蟻は予想外の光景に目を瞠る。
小刻みに震えて倒れている季緒をサマエルが興味深そうに眺めていた。
「おぉい!!どうした!!」
季緒を抱え起こすと喉が痙攣し呼吸がままならない瀕死の状態だった。
「お前か!!」
サマエルを睨むと天使は頷いた。
「キオが僕の牙に触れて倒れてしまった」
「牙ぁ?!……お前は確か、死と毒の天使と呼ばれていたな。その牙から毒か…ヤベーぞクソガキに死なれちゃ困るんだよ!!」
「死ぬのか?人間は脆いな」
「どーにかしろよ!おい!!」
食ってかかりそうな蟻の迫力にもサマエルは無表情に頷くだけだった。
上空に羽音が聞こえた。
「あれー?どうしたのー?さっき会ったのにサマエルに呼ばれちゃったよー」
鷹揚とした口調でラファエルが降り立った。すぐに異変に気付く。
「キオーーー!!もしかしてサマエルの牙に触っちゃった?」
サマエルが頷くのを確認してラファエルは季緒に癒しを与える。神々しい光に季緒は包まれた。その光に誘われてか、上空に天使が集まってきた。
「赤き龍よ。なぜ人間がエデンにいるのだ」
「人間だ」
「人間だ」
「人間は天使と一緒でなければエデンに入れない。赤き龍が連れてきたのだな」
「可哀想に。赤き龍の毒に侵されている」
天使達は降りずに上空から事の次第を見守っていた。
「サマエルが普段相手にしている悪魔と全然違うんだからね!!人間は脆いんだよ!!ちょっとしたことが死に繋がるんだから」
「そうか」
恐る恐る手をのばし冷たい頬に触れる。季緒を包む光が輝度を増すと共に、頬が暖かくなっていく。
季緒に呼吸が戻り、蟻は大きく胸を下した。ラファエルはサマエルを叱っている。
「ミューレイジアムロイヤルファムエトは見つかりそう?」
「全くだ」
「3日目には溶けちゃうから後1日は猶予があるね。キオを下界に連れて戻ってほしい。今日はもう動けないよ。ここは人間が在ていい場所じゃないから天界に在ても回復しないよ。僕とサマエルで下界まで送っていくよ。明日また迎えにいくからさ」
「キオは僕が」
サマエルが季緒を横抱きにして跳び上がる。ラファエルも、さぁと両手を蟻に差し出したが、蟻は「飛べます」と丁重に断った。
上空ではサマエルの腕の中で眠る季緒を天使たちが見つめていた。
「異なるオーラだ。人間には珍しい」
「キオは召喚士だ」
「ほう。まだ生き残っていたのか災いの種が」
「キオは災いではない。救いだ」
サマエルの珍しい強い口調に天使たちは顔を見合わせ笑った。
「赤き龍よ。執着は己を滅ぼす元となる。最も何事にも無関心な赤き龍には啓示かもしれんがな」
笑い声を残し天使達は消えた。
最前線で悪魔と戦い逆らう者達を駆逐しあらゆる障害を放逐する使命を帯びたパワーズは物事に執着を覚えない。あるのは神への権威と摂理を維持し継続的に機能させていくという使命のみ。
サマエルは腕の中で眠る季緒にそっと力を入れて抱き締めた。
瞼が重い。目を開けようとしてもまるで泥沼にはまってしまったかのように瞼が沈んでいる感覚がある。瞼の裏に赤いモノが姿を掠める。赤い赤い、真紅の…
ゆっくりと季緒は目を開けた。赤いモノが徐々に形になっていく。
「…サマエル」
覗き込んでいた無表情な顔に安堵が浮かんだ。サマエルはゆっくりと季緒の暖かい頬を撫でる。気怠げに季緒がベッドから起き上がる。アシッドの館だった。
「エデンの園は?」
「キオが僕の牙に触って倒れた。悪かった」
「あ!指先が痺れたんだった!!びっくりしたー」
あれって毒だったの?と面白そうに笑う季緒の頭をサマエルは優しく抱き締めた。
「おいおい。いちゃついてんじゃねーよ」
蟻が乱暴にドアを開け入ってきた。腕に食料品を抱えている。ふとした疑問が浮かんできた。
「そういえば、旅の資金オレ持ってないけど蟻は持ってるのか?」
「梔子卿はデキル男だぜ」
テーブルに広げられた食料に目をやりつつ、サマエルの赤い眼を見つめた。
「1回毒に慣れたら2回目は耐性がついて大丈夫になるって思うんだよね!!触っていい?」
止めるサマエルを無視して季緒は手を伸ばす。
蟻は買ってきた酒を飲みながらため息を吐いた。
「このガキ馬鹿過ぎて頭痛くなってきたぜ」
ベッドの上には再び痙攣して倒れている季緒がいた。
真夜中に季緒は蟻に説教されていた。
結局サマエルがラファエルを再び呼んだのだった。蟻の回復呪文も全く歯が立たないサマエルの毒だった。突然ただならぬ霊気に溢れた部屋の前にはアシッドが詰め掛けていた。こんな人数がどこに隠れていたんだと言えるアシッド達にラファエルは愛想良く手を振りながらトビト山に戻り、サマエルは無表情のまま消えた。
「お前は俺の足を引っ張りにきたのか?お前の役目は何ですかぁー?」
「…ミューレイジアムロイヤルファムエトを琉韻の元へ連れて帰る…」
「お前のせいでその機会を2度も無駄にしたのだ。2度だぞ!!損害にしていくらになると思ってるんだ」
「そ、そんがい?」
「兎に角、もうサマエルの牙に触わるな。いいな」
わかったとうなだれる季緒を「さっさと寝ろ」とベッドに突き飛ばした。
自分もベッドに腰掛けて、蟻は季緒に聞こえるように舌打ちをした。
思っていた以上にドス黒い桔梗院について考えた。
桔梗院は天塔圏の女王を抹殺しようとした。天塔圏も手中に入れるつもりか?
指示を出しているのは恐らく頭領。我が師、棕櫚。ハッキリ言って桔梗院よりも天塔圏の奴等の方が術の技量は上だ。桔梗院の頭領よりも天塔圏の女王の方が格は高い。手に入らないなら破壊するのみ。我が師は昔と変わらず我儘だ。反吐が出るぜ。
俺が思うに、頭領より梔子卿の方が技量は高いよな。梔子卿も桔梗院だ。あの笑顔の裏がどれだけ真っ黒か。想像したくねー。
考えすぎていつの間にか寝入っていた。
翌朝。
季緒と蟻はトビト山に向かった。今回はあっさりと山道へ辿り着く。湖へ向かって草いきれを抜けていたら上空に羽音が聞こえてきた。
「おはよー。早いねー」
金色の巻き毛が朝日に輝いているラファエルが降りてきた。湖に着いたらサマエルも佇んで待っていた。相変わらず上半身の裸体を惜しげもなく披露している。
サマエルが季緒を後ろから抱き締め、ラファエルが蟻の手を取りエデンへと飛び立つ。園は今日も四角だった。
「今日こそっつーか今日しかねーけど女王を見つけるぜ!!」
「おう!!」
季緒もガッツポーズをする。
「うらぁぁぁあああ!!」
勢いよく扉を開けるとまた大海原で2人はびしょ濡れになった。
出鼻を挫かれ蟻は扉を蹴りまくる。アハハハと大声でラファエルは笑っていた。
「チッ!!また濡れたぜ」
キオと呼ばれ振り向くとサマエルは頷いていた。季緒も頷き扉に手をかける。
ゆっくりと開けた扉の向こうは真っ暗な闇だった。闇に眼が慣れると大きな岩の姿が浮かび上がってくる。
「どこだろう」
「アビス…深淵だ」
「久々に見たなー。ここは禁忌の地。ミューレイジアムロイヤルファムエトがいるとしたらここしか考えられないね」
ラファエルの言葉に蟻は拳を握りしめた。
アビス。噂は聞いたことがある。地の果てや地獄の入口や悪魔の巣窟とも言われている。
「僕たちはアビスには足を踏み入れられない。2人で力を合わせてミューレイジアムロイヤルファムエトを連れ出してごらんよ」
「わかった」
「長居をするな。1日が限界だ」
「うん。あれ?帰ると時はどうすればいいの?」
「園の扉は同じ場所で開くはずだ。開けた者が強く祈るのだ」
「わかったよ。行ってくるね」
後ろで扉が閉まる重厚な音がした。しばらく見ていたが扉が消える気配もなかったので季緒はホッとした。行くぞと促されて恐る恐る歩き出す。
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