第10話
祈りを捧げた後、二人は季緒の自室へ戻る。
梔子の部屋へお菓子を置いてきてしまったと季緒は肩を落とす。
「今度持ってきてやる。祈るついでにな」
「ホント?!絶対だよ!!」
喜々としてドアを開けると、小さな机の上にお菓子とお茶が二人分置いてあった。
「できる男は違うな」
「そうだね。梔子様ありがとうございます」
二人は隣の部屋に揃って頭を下げた。
騒ぎが嘘のように静かな夜空をバルコニーから眺め琉韻は目を閉じた。
お菓子を食べ終えた季緒もバルコニーに出てくる。目を瞑り難しい顔をしている琉韻に声をかける。
「何してるんだ?」
「……レイを呼んでいるのに反応がない。逢いに来るって言っていたのに」
「呼ぶのが遅いから怒ってるんじゃないか?琉韻は毎晩夜空に願うって言ったぞ」
「……」
暗い顔をして琉韻は部屋の中へ戻る。季緒は星空に両手を伸ばし落ちてきた星について考えた。星と思ったのは光の塊だった。物凄い勢いで落下してきて聖祈塔にぶつかる手前で軌道を変えた。中から出てきたのは星より眩しい光の男。光の神ルー。
神様も空から落ちるのか。
考えてもわからなかったので季緒は室内へ戻るため振り向いたら琉韻とミューレイジアムロイヤルファムエトが抱き合いキスをしていた。
咄嗟に両目を手で隠し指の隙間から2人を盗み見る。開け放してある扉から甘い香りが漂ってきた。
季緒に気付いたミューレイジアムロイヤルファムエトが「身体が冷えるわ」と中へ促した。
「ご、ごめん…」
何故か謝りながら自室へ入ると、「季緒の部屋だろう」と琉韻が笑う。
部屋には椅子が一脚しかなかったので季緒と琉韻はベッドに腰掛けた。
「時間がないの。でも琉韻の顔が見たかったから来ちゃった。すぐ帰るわ」
「何かあったのか?」
「何かあったのはこの国の方じゃない?神が降りたわね」
神が降りるというフレーズに心当たりがあった。
最上階にある神の座。開かずの扉。禁断の扉。神秘の扉。神が降りる部屋。
「もしかしてルーは神の座に降りるつもりだったんじゃないのかな」
「かみのざ?」
季緒は神が降りると伝えられている部屋だと説明した。
「その部屋に降りるはずが、降りられず墜落したというのか?そもそも神が降りるってどういう意味だ」
それは…と口ごもる季緒に「言葉通りよ」とミューレイジアムロイヤルファムエトが口を開く。
「この塔がある場所は大昔は契約の証と呼ばれていたの。允が誕生するにあたって荒地を緑豊かな土地に変えた神がいた。それを称える人間がいた。人間が神に近づこうとしてそこに魔術が生まれた。允が始まりの国と言われているのはこの史実があるからよ。だから神が降りる場所があっても不思議ではないわ。神の降臨を願い敬う儀式があるんじゃない?恐らく允国王が習慣として降臨を願っているのだわ」
「父上が…。そのような儀式は聞いたことがないぞ」
「国王しか許されない神技なら仕方ないわ。琉韻が国王になったらわかるはずよ」
「そうか。ならば明日父上に問うてみよう」
「え―――――――――――――!!!!!」
大袈裟に季緒が驚いている。
憮然とした顔で琉韻は季緒を睨む。
「だって、琉韻と国王って超絶仲が悪いんじゃないのか?!国王は全く姿を現さなくて幻って言われてるくらいだし…」
「幻ぃ?!バカなことを。確かにあまり人前に出てはこないが…実在しているぞ!!」
はぁぁぁぁ…と季緒が魂が抜けたような声を出す。
「それに父上と仲が悪いわけではない。むしろ逆だ。オレは母上にそっくりらしいからな」
へぇぇぇぇ…と季緒が間の抜けた声を出す。
「ニンフは皆美しいもの。宝玉よりも輝く瞳は誰をも虜にするわ」
うっとりと琉韻を見つめるミューレイジアムロイヤルファムエトの頬が赤く染まっている。
「仲良いのか。なんだー良かった。心配してたんだ」
安堵した季緒の額を「バーカ」といいながら軽く小突く。
「そろそろお暇するわ」というミューレイジアムロイヤルファムエトと別れのキスを交わし、琉韻はミューレイジアムロイヤルファムエトが消えた星空を見上げる。
未練がましい琉韻は放っておいて、季緒は寝る支度を始めた。朝の祈りの時間は早いのだ。
豪奢な細工の扉に手をかけ、ゆっくりと前へ進む。雅羅南城の最上階にある国王の私室へ琉韻は足を進めた。
踝まで沈む絨毯を踏みしめながら両壁に飾られた絵画を眺めながら歩く。
琉韻の足が止まった。
1枚の肖像画だった。
金色の髪を結いあげ、小さなティアラを飾る紫色の瞳。純白のドレスが儚さを彩っている美しい肖像画だった。少女の様な微笑みについ微笑んでしまう。
「母上…」
胸に切なさを覚え肖像画から目を逸らし先へ進んだ。
その先も、ずっと先の廊下も肖像画で飾られていた。
王妃一人の絵が多かったが、赤ん坊の琉韻を抱いた絵、幸せそうな親子が描かれた物、幸福な夫婦の一瞬を描いた物、数多くの家族の絵が飾られている。
国王の私室を訪れる者は滅多にいない。琉韻ですら片手で数えられる位しか記憶にない。物心ついた頃から国王は最上階の私室へ引きこもっていることが多かった。
勿論国務はしているはずだが、国をあげての式典や儀式には滅多に姿を現さなかった。
父上と最後に会ったのは聖騎士の入団挨拶の時か…
忌々しい記憶も蘇り背中に鈍痛が走った気がした。
結局琉韻を刺そうとした男の正体も割れず、当時の大神官は幻獣に食われてしまったので真相は明らかではない。調査隊が地味に活動しているはずだが吉報は入ってこない。
「梔子様とも出会え、季緒も召喚士として目覚めたな。何がどう転ぶかわからんな」
王の私室の前に飾られている肖像画は聖騎士姿の琉韻だった。
「いつの間に…」
胸が熱くなる。
意気揚々と扉を開け「父上!!」と国王の姿を探す。
「流韻か!!」
奥の扉から全身を黒い衣服に包んだ長身の男が姿を現した。
男の見た目はどう見ての30代前半で爽やかな雰囲気を纏っている。黒い髪と鼻の形が琉韻とそっくりだった。
第31代允王国国王、允暎韻。
「元気だったかー!!」と思いっきり抱き締められ頬に額に頭にキスの嵐をお見舞いされる。
「お前は益々るぅに似てきたな!!美人に育ってなによりだ!!」
父親の腕から逃れようと身を捩る琉韻に構わず暎韻はむやみやたらとキスをする。
「ち、父上、落ち着いて下さい」
「なんでー。3年振りの再会なんだぞ。琉韻は嬉しくないのか?嬉しくないのかー?」
ウゼー…
暑苦しい父親の愛情に気を詰まる。
父親のことは国王として尊敬もしているし、未だに妻を愛し独身を貫く姿も尊敬しているが、如何せんこの噎せ返る様な愛情表現は迷惑だった。
王妃を愛する同様、王子も愛し過ぎている。
やっとのことで父親の腕から解放された琉韻は乱れた髪を整えた。
「本当にるぅに似ている。美しい紫の瞳だ」
「母上の本当の名前はアルバザードクワィエンクロイツ」
暎韻が両手を口に当てて驚く。
「知っちゃった?知っちゃたんだ。魏杏国に行ったと聞いた時からそんな予感はしていたんだ。るぅはナイアデスのお姫様だったんだよ。僕と愛し合って琉韻が生まれたんだ」
「オレも、愛する人を見つけました」
「えぇ!!おめでとう!!愛する人がいるという事は生きる力となる。良かったな琉韻。それで?どんな子?年は?もしかして妖精?どこの国?」
「天塔圏の女王です」
「……」
暎韻は無言で目を瞠る。
「流石というか我が子ながらスケールが大きい…。そうか、天塔圏のあの、ミューレイ…」
「ミューレイジアムロイヤルファムエト」
「そうそう。名前が長いんだよね。るぅも長くて全然覚えられなかった。もしかして天塔圏の女王は人間じゃないのか?」
「人間だと本人が言ってました。長く生きているそうですが」
「えー!!いくつなの?」
「550歳とか」
「なにぃぃ!!僕より年上!!嫌だなー何て呼べばいいんだ」
「…オレとミューレイジアムロイヤルファムエトの婚姻を許して下さるのですか?」
「愛しているんだろう?琉韻が選んだ人なら反対はしないさ。天塔圏の女王ってのが他の者達に引っかかると思うが、それも何とかなるだろう」
僕は国王だしと笑う父親の姿に、琉韻は改めて尊敬のまなざしを向ける。
「梔子様が名案を出してくださいまして」と琉韻は紗春の説明をした。
「梔子様も我が国の一員となって允はますます発展するだろう」
「父上、昨夜の騒ぎをご存じですか?」
「星が落ちてきたそうだな」
「神の座へ」
とたんに優しかった父親の顔から厳格な王の顔へと変貌する。
「お前にはまだ知らなくて良い事がある。弁えなさい」
「神の座は本当に神を降ろすための部屋なのですか?国王が神を降ろし何をしているのでしょうか?」
「昨夜は流れ星が落ちてきた。それだけだ」
「神官や聖騎士も何人も光明神の姿を見ています」
「ならば尋ねてみるがいい。何が落ちてきたかを」
聖騎士は王の手足、神官は王の理。昔から語られている常套句が頭を駆け巡る。
琉韻は踵を返し扉を叩き開けた。
「またいつでもおいで」
父親の声を振り切るように乱暴に扉を閉める。
聖祈塔では何人かの神官が眩暈を訴えて臥せっていた。
季緒は彼等の世話をしながら何の音も聞こえてこない迎賓の間を気にしてソワソワしている。今日の聖祈塔は部外者の出入り禁止と閉ざされてしまったので祈りに訪れる者もいない。
世話を他の者に任せ、季緒は迎賓の間へ向かった。
扉に耳をつけ澄ませていると、梔子に声をかけられた。
「全然起きる気配がないですよ」
「そうですか。打ち所が悪かったんでしょうかね」
果たして神の身に打ち所があるのか疑問であるが、梔子も耳を近づけて中の様子を伺った。
ガチャガチャと兜の音が聞こえてきた。
季緒と梔子が目を合わせて扉から少し離れる。
扉が開くと、空間が一層明るく感じられた。黄金の鎧兜を纏った身は重さを感じさせず軽やかに近づいてくる。
ルーは季緒を見据えて
「これは珍しい。召喚士か」
と重低音のイイ声を発する。うっとりと聞き惚れている間にルーはどこかへ行ってしまった。
「神の座へ向かいましょう」
階段を上っていると上階が眩しくなっていた。
「待って!待って!!待って」
ルーが神の座の部屋の前で動きを止める。季緒と梔子の方に顔を向けたが兜で表情が全く見えない。
「神の座へ入ってどうするんだ?」
「次は私だ」
耳を擽る重低音に浸っていたらルーは神の座へ消えてしまった。
扉を開けようとしたが全く動かない。叩いても何の反応もない。
季緒と梔子は顔を合わせる。
「どういう意味でしょうか?」
「はて?」
「今日琉韻が国王に聞いてみるって言ってたから琉韻がここに来たら聞いてみます」
「今日は無理でしょうね。聖祈塔への出入りは禁止されましたのでいくら王太子殿下でもお越しになれないでしょう。季緒も今日は外出できませんからね」
「それってルーと関係ありますよね」
「大有だと思います」
季緒は梔子をじっと見つめる。
「ダメですよ。自分で遣えるようになりなさい」
自室に戻ろうとする梔子に、ちょっとだけ~といつまでも季緒が絡んでいた。
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