第5話

眩しい。眩しい。眩しい。眩しい。

「眩しいぞ!!」

大きな声と共に起き上がり目を細めて見渡すと、森だった。

自分以外は誰もいない。眩しかったのは直射日光を浴びていたせいだ。地面を覆う草の上に寝転がっていたことになる。

何故ここに居るのか記憶を辿ろうとしても後頭部が痛むだけで思い出せない。

見覚えのあるものを見つける。

「アサダナナクサか」

立ち上がると左足首に痛みが走った。二、三歩前に進む。歩けないほどではない。

それよりも酷いのは後頭部の痛みである。まるで誰かに殴られた後のようだ。

「こんにちは。ケット・シーです」

「ケット・シーです。こんにちは」

茂みから黒猫が二匹姿を現わした。触り心地のよさそうな毛並みに金色の瞳、二匹は全く同じ顔をしていた。

「猫が喋っているな」

あまり驚かなかったのは、ここ数年で想像を超えるものをいくつも目にしたからだろう。

区別をつけようと見比べている男に二匹は賛辞を呈する。

「人間のくせに美しい。宝玉のような瞳だ」

「宝玉のような瞳だ。肌の白さに目が潰れそうだ。もっと近くでみたい」

黒猫達は後脚で立ちあがった。予想外の動きに男の口がポッカリと開く。

「抱いてくれ」

「抱っこしてくれ」

二匹は揃ってねだるように前脚を伸ばす。後脚をプルプル震わせる愛らしい姿に心臓を鷲掴みにされ、男は両腕に黒猫を抱いた。

太陽を長時間浴びていたのだろう、黒い毛皮は暖かくマフマフして心地よい。

「可愛いな」

思わず男は毛皮に頬ずりをする。黒猫達も心地よさそうに目を細めつつ喉を鳴らす。

「何やら馥郁漂うな。蜜のような」

「ケット・シーの主食は薔薇なのだ」

「薔薇なのだ。沢山食べる」

ふぅん、と男は猫の頭に鼻を寄せる。

「汝の名は」

「名は」

「琉韻と言う。そうだ!オレと一緒にいた小さい子供を見なかったか。ここまで一緒に来たんだ」

二匹は顔を見合せて考えた。

「いなかった。シルフィードが請願したから倒れていたルインを助けた。頭から血が出ていて死んでいるかと思ったのだ」

「死んでいるかと思った。ルインは二日間目を覚まさなかった。頭の血止まって良かった。今度はシルフィードに請願しようとしたらシルフィード消えた。風の精霊は気紛れ。だからルインに助けて貰うのだ」

救ってくれた猫達に琉韻は感謝を述べ、ねだられるまま小さい口に軽くキスをして戯れる。

何故倒れていたのか、どこで再びシルフィードと会ったのか全く記憶がなかった。

「願いをきくのは一向に構わないが…どこに行ったんだ季緒…」

自分が“どこに行ったんだ”状態な事に全く気付かない琉韻だった。

二匹は腕の中から飛び降りて、着いてこいと先導する。

痛む右足と眩暈をこらえて進むと森が途切れ崖となった。下には魏杏国が広がっており、その先には三つの大きな山がある。

「あの大きな山はバロックと呼ばれている。活火山で中身はフェニックスだ。そのフェニックスが盗まれてしまったのだ」

「盗まれてしまった。フェニックスを見つけ出してほしいのだ」

遥かかなたに3つの山が聳え立つ。中央の山が一番高く、両脇の山は背比べのような高さだ。

琉韻は片手を挙げた。

「質問だが、フェニックスとは何だ?幻獣か?」

ケット・シーは説明を始める。

フェニックスは霊鳥であり、涙は傷を癒し、血を飲んだものを不老不死にする。常に世界に一匹しかおらず、永い寿命を経て死と再生を繰り返す。死期を悟ると乳香樹の枝を集めその上に横たわって身体を燃やす。この時バロックが火を噴き火山となる。燃えた身体は液状になり、凝固するとそこからフェニックスが復活する。

「凝固した状態のフェニックスが盗まれたのだ。取り戻して欲しい」

太陽にキラキラと輝く金色の瞳達に哀願されて琉韻の心はトキメいた。すごく可愛い。

「フェニックスが消えると火山ではなくなるのだろう。困難が生じるのか」

「生じる!ケット・シー王国の太陽はフェニックスなのだ」

「フェニックスが居なくなると太陽もいなくなり我々は凍えて死んでしまうのだ」

「すると今は」

「ずっと夜なのだ!」

二匹の声が綺麗に揃ったが、声も同じなので音量が大きくなっただけだった。

琉韻はしゃがんで小さい黒猫達と視線を合わせた。足が痛かった。頭痛も酷い。

「オレは術師じゃないから空間移動などできない。時間がかかるだろうがそれでもいいか」

「頼んだ。ルイン」

「ルイン、頼んだ」

金色のつぶらな瞳がウルウル揺れるのをみて、琉韻は柔らかい体を両手で抱き締めてウットリする。必ずと誓い二匹と別れた。


森を抜けると神殿が立ち並ぶ通りに入り込む。道の両端にはこれでもかとしつこい位神殿が続き、中から唱歌も聞こえてくる。祈りの時間なのか琉韻以外歩いている姿はなかった。

携帯品は剣帯と剣だけで、荷物もいつの間にか失くしていたらしい。

経典を失くしたって言ったら季緒が怒るな…

どうやってご機嫌をとろうかと考えていると後ろから肩を掴まれた。

「王子様!!」

方向を無理矢理変えさせられ、足首の痛みと頭痛に耐えていると

「どうしたんだ王子様?!怪我か?」

蟻がかけた全身への回復呪文のお陰で痛みが消え去った。

苦い顔をして琉韻は考えた。

目の前のニヤけた顔の男は元桔梗院。腐っても術師。季緒がどうなっているか心配だが、召喚できるし魔術も遣えるのでそれほど心配はないだろう。寧ろ自分の方が、魔術が全く遣えない分、この国では分が悪い。

「オレと契約しないか?お前を雇いたい。報酬金は」

え~っと、と内ポケットを探る手を、顔を輝かせた蟻が握りしめる。

「契約完了。報酬は王子様の身体で手を打とう」

平手が頬を打つ。渾身の力で打たれた蟻は軽くふらついた。

「ひどいわ!金がない王子様の為に譲歩してやったのに~」

酷い酷いと泣き真似をする蟻を置いて歩きだす。一時の気の迷いを心の底から後悔した。

待てよと、蟻が追いかけてきた。

「で?雇用の内容は?いくらくれんの?」

「10000極。フェニックスを見つけてバロックへ戻すまでだ」

前を向いたままの琉韻がぶっきらぼうに述べる内容に蟻は口笛を吹く。かなりの高額だ。後腐れをなくするため思い切ったのだ。どんなに高額でも貞操には代えられない。

「オレが雇い主な以上、無駄な接触は一切禁ずるからな」

前金で5000極渡す。手元には100極しか残らない。残りの金額はラニーニャの森から地下通路で速効戻って、蟻に渡して……

右手を挙げて立ち止まった琉韻に蟻は何?と腕を組んでくる。その腕を思いっきり払う。

「触るなと言ったろう。確か、元桔梗院と言っていたな?何故ラニーニャから出られるのだ?刺青はないのか」

姉妹の顔が頭をよぎる。この変態と何が違うというのだろうか。

「よく知ってんね。俺にもあるぜ。アイツ等容赦ねーもん。でもな、物事には裏道があるんだよ。正統派の王子様にはわかんねーだろうけどさ」

「見せてみろ」

蟻の胸倉を掴み、服をたくしあげる。確かに、心臓の位置に広がる蜘蛛の巣がある。

「いやん、王子様ったら積極的ぃ~。俺ってムードも重視するタイプだから、甘ぁく蕩けるまで可愛がってやるぜ」

鳩尾に鉄拳がキマり、崩れ落ちながらえずく変態は無視して琉韻は歩きはじめた。

裏道、すなわち抜け道か、と考えながら歩く。それが解れば姉妹たちもラニーニャから出られる。しかし、あの姉妹は楽しそうに笑うし、明るく暮らしている。自分は一面しか触れていないのも事実だ。心の底ではどう感じているのか。

「なぁ王子。先ずは山に行ってみようぜ。本当に盗まれてんのか確認確認」

嫌がる王子の手を取り、蟻は空間移動を発動させた。

バロック山の麓に現れた二人は火口を目指して山を登り始める。大きな岩が突出しているので非常に歩きづらい。草木が生えていないのは時折吹く熱風のせいだろうか。殺風景で面白味のない風景を黙々と歩き続けた。

早くケット・シー達に太陽を戻してやって、季緒を見つけて、天塔圏を探して、彼女に会わなければ。考えると自然に足が速くなる。

「待った待った!早いぜ。ペース配分を考えねーとすぐバテちまう。王子様山登ったことねーだろ」

ない。と素直に頷く。允には小高い丘はあるが大きな山はない。

くぅ~っ!プライド高そうな顔して、こういうトコロが可愛いんだよな、この王子様は。

蟻はいくつかの注意点を琉韻に告げた。

「この山は霊鳥のすみかになっているせいで魔術の効きが悪い。無茶なことして大怪我してもすぐに回復はしないぜ。綺麗な身体に傷だけはつけないでくれよ。俺泣いちゃうから。ま、その傷を弄って楽しむのも一興」

「そういう無駄口をたたくのを止めろ。気持ち悪い」

白い目で見られても蟻のお喋りは止まらなかった。

「なぁなぁ、王子様っていくつなの~?22ぐらい?王族ってガキの頃から婚約者がいるんだろう?王子様はもう結婚してる?まだ婚約中?」

髪を引っ張られて怒った琉韻が振り向くと、蟻は両手を胸の前で上げ首を左右に振っている。笑い声と共に髪を引っ張っていた妖精が二人の頭の上を飛び回る。

「ピクシーだ。こいつ等のいたずらなら可愛いもんだろ?でも今は俺達の邪魔をするな」

蟻に追い払われて二枚羽根をもつ小さな妖精は山の頂上へ飛んで行ってしまった。

「この国は幻獣が多いな。誰かが召喚しているのか」

「住み着いてるってのが正しい。他の国に居た奴等がここに集まってきた。この国は魔力が到る所で発生してるから住みやすいんだろうよ。他の国じゃあ、幻獣見たことねーって奴もいるらしいけど…って!おい!出た!!」

蹄の音がすぐ傍で聴こえた。黄金の鬣を持った白馬が出現した。ペガサスとよく似た体躯をしているが大きく違うのは、翼ではなく額に大きな角を持つ。

ユニコーンは琉韻に近寄り鼻を寄せる。角に触れてみると、それは熱を持ちじんわりと暖かかった。ユニコーンは大人しく触られるがままになっている。

「スゲェ。初めて見たぜユニコーン。警戒心が強くて人前に姿を現さないのに…それに」

それに。

汚れた者は触れない=純潔じゃないと無理=王子様は童貞。

至高の方程式に気づいた蟻のやる気はMAXを超えた。琉韻が3倍眩しく輝いて見える。

落ち着け、落ち着け俺。時間はタップリあるんだからな。こんなんだったら空間移動なんて遣わずに地味に歩いてくればよかったぜ。

白馬と戯れる白皙の美少年は麗しさも3倍だった。

「何で出てきたんだ?この変態に捕まってしまうから早く戻った方がいいぞ」

ユニコーンの首を撫でながら失礼なことを言う琉韻を

「俺は捕まえるどころか触れねーの。王子様がさ、誘惑に負けない清く正しい強い心を持ってるからじゃねーの。そういうのに敏感なんだぜユニコーンは」

別な意味で褒めたのだが、そうなのか?と王子は目元を赤く染めた。

「当然だな。次王たるもの常に正義と共に歩まなくては」

照れ隠しなのか尊大な物言いをする姿も可愛らしい。襲いかかりたい衝動を必死に抑え、蟻は大きく深呼吸した。焦らしプレイこそ楽しみの極地。我慢してこそ楽しさが大爆発するというもの。

「じゃ、行こうか。ユニコーンが勝手に着いてくるならそうさせておけばいいさ」

さりげなく腰に手をまわしたが、危うく剣で切られそうだった。



通称・神殿通り。

その名の通り神殿が連なる小さな通りである。数ある神殿の中でも最も大きく豪奢な扉の前で二人は立ち往生する。

「もう疲れました。明日にしませんか」

「どうしたんですか?この扉を開けると目的地ですよ。しっかりしなさい。貴方の大事な王太子殿下を取り戻すんでしょう!」

「そうなんですけど。琉韻は強いから大丈夫かなって思ってきました」

だるそうな口調の季緒はその場に座り込んでしまった。まるで駄々をこねる子供だ。

「公の悪影響ですね。怠惰を司る魔人の本領発揮ですか。こんな所で発揮して頂きたくなかったなぁ」

お菓子が食べたいなぁと季緒はボヤく。立ち上がらない季緒の首根っこを掴んで引きずりながら扉を開け中に入る。

正面に大きな祭壇があり、桔梗院の紋章である太陽をモチーフとしたタペストリーが飾ってあった。梔子はアルグレスに教えられたとおり祭壇を上りタペストリーを捲ると空洞になっていた。一人入るのがやっとな空間に季緒を嵌めこみ自分も無理矢理入り込む。足の間に季緒を挟み、呪文の詠唱を始める。

「闇より暗き無光なる深淵。我の声に応えよ。虚空を曲げし揺らぎある扉を今開かん。光弾よ、光の槍剣となりて封印されし扉を貫け。光槍光剣爆破」

何も起こらない。

「光集光槍爆破」

何も起こらない。

この呪文で開く時と開かない時があるんですよ。天塔圏の封印は気紛れなので。そんな時は最後にこの呪文を唱えて下さい。

意地悪そうに笑うアルグレスの顔が浮かぶ。

「帰りましょう梔子様。何も起こらないじゃないですか。戻ってアル卿のお菓子を頂きましょうよ」

「それはできません。アルグレスの助力は十分に頂きましたので、彼にこれ以上関わると桔梗院での立場を困らせる事になります」

意を決して梔子は呪文を口にする。

「お願いお願い。開けドア」

言った瞬間身体の力が脱けた。

平らだった足元が急に地下へ続く階段へ変わる。

「あ、うわぁぁぁぁぁ」

座り込んでいた季緒が勢いよく階段を転がっていった。歩かせる手間が省けたと思いつつ、慎重に階段を降りていく。ここから先は天塔圏の領域。何が起きても不思議ではない。転がる季緒には後で回復呪文をかけるとして、自分には攻撃緩衝の術をかける。

それ程までに美しい王子殿下でしたら、攫われて贄にされるかもしれません。と言うアルグレスからこの隠し扉の地下室を教えられた。

2階分下ったら季緒がうつ伏せで倒れていた。回復呪文をかけて立たせる。重そうな扉があったが片手で簡単に開いた。

3畳ほどの部屋は炎球が5つ浮かんでいるため暗くはなかった。部屋の奥に小さな祭壇があり酒や小動物の死骸で飾られている。祭壇の前には生贄台が準備されており血で呪文が描かれていた。その隣に椅子に両手両足を縛られて頭を垂れる男の姿があった。黒くて長い絹髪が炎を映して艶めいている。二人はその姿に見覚えがあった。

「琉韻!琉韻!琉韻!!」

「お労しい、王太子殿下!!お気をしっかり!!」

男が目を開けると潤んだ紫色が現れた。蒼白な頬に痛々しげな痣が残っている。殴られたのだろう唇の端にも血が滲んでいた。肘かけに縛られた左手首には深く切られた跡がパックリと開き薄赤い筋肉組織をのぞかせていた。

椅子に駆け寄った季緒は見えない力で弾かれて、生贄台に近寄れなかった。

「琉韻!琉韻大丈夫か」

「あ、…大丈…」

散々痛めつけられたのだろう喉が嗄れていて話すのが辛そうだった。

「随分と強力な結界が」

「そうよ。大事な贄よ」

黒いローブを被った術師が椅子の隣に出現する。手には黄金に輝く杖を持っていた。儀式の司祭らしい。

「お前だな!琉韻を誘拐したのは」

「誘拐?馬鹿な事を、落ちてたから拾っただけよ。理不尽な言いがかりはよして頂戴」

「拾った?琉韻は物じゃないんだぞ!お前なんかよりも数倍イイ奴で数百倍綺麗なんだからな!」

「こんな男よりもあたしの方が綺麗にきまってるじゃないの!あんた目が腐ってるわ!!」

「全然綺麗じゃない!顔見なくても分かる!琉韻の方が綺麗だ!!」

頭から湯気でも吹きそうな季緒を宥めて落ち着かせる。

「その方は私達にとって大切な人物です。返して頂きたい」

頭に血が上っている術師は大声で怒鳴る。

「そんなに返してほしい?あたしの方が綺麗って認めたら考えてあげるわ!!」

「ええ。貴女は美しい」

微笑み返す梔子に肩透かしをくらったかのようで術師は大人しくなった。杖を顎先に当てて考えている。

「あんたは正直だから。条件をあげるわ。バロックに居る不死鳥を捕獲してきたら返してあげる。どんな状態でも構わないから不死鳥である事。早く捕まえないとこの男はこのままの状態だから衰弱死しちゃうかもね」

「わかりました。彼には絶対に手を出さないで下さい」

「いいわ。早く行ってらっしゃい」

「そんな事しないで今すぐ助けましょうよ」

急かす季緒に首を振る。

「王太子殿下は強力な結界の中、心臓に楔を打ち込まれています。彼の意志で逃げようとしたり、誰かに助けられたりすると楔が心臓を貫くでしょう。これは高度な魔術でかけた者にしか解呪できません」

「…酷い」

大きな瞳に涙が浮かんできた。

梔子が手を取り階段を上ろうとすると季緒が呟く。

「上るの面倒臭い」



火口は熱風が漂っており額にうっすら汗が滲んでくる。穴を覗いてみるが熱波が吹きつけるため目を開けていられなかった。

乾き過ぎた目を両手で琉韻が押えていると、こっちこっちと呼ばれた。

蟻から渡された二枚の木の葉はマシマシという。緑色をしているが向こうが透けて見えるのでこれで目を防護しながら火口へ入ることにした。

片手を使い目頭で葉を押さえながら穴を慎重に降りていく。真っ赤な岩の上を進むと足の裏が次第に熱くなっていく。中に入ると背中まで汗で濡れていた。見まわしてみるが木の枝でできた山が隅に残っており食欲をそそる香りを漂わせているだけだった。

フェニックスが再生を迎える際に使用するベッドとなっていたのだろう。

「マジでフェニックスはいないみてーだな。普段なら火口から炎の海がみえるのに。干からびてやがる」

火の海でフェニックスは泳いでいるんだと蟻が教えてくれた。死期を悟ったフェニックスは火の海を飲み干す。そして乳香樹の上で身体を燃やし再生させるらしい。フェニックスが再生すると同時に火の海も蘇る。

琉韻は手掛かりはないかと地面に目を凝らす。マシマシ越しに見ているが熱さが目に滲みてきて苦痛だった。全身の毛穴という毛穴が開いて止めどなく汗が滴り落ちる。

蟻は術の効きが悪い中、逆行時間術をかける。暫く頑張っていたが、舌打ちをしながら器用に足で魔法円を書きはじめた。二重円に五芒星、アングロサクソンルーン文字を組み合わせ完成させる。万が一に備えて、琉韻は木枝の山上に避難するよう蟻が注意する。

「悠遠を司りし偉大なる女神よ。我の叩きを聞き給え。しばし時流の渦に我を呑み込まれし、汝の力を我に与えん。いざ流れよ!時流逆行発動!!」

魔法円から火口口に向かって噴き出した水が逆流を始めた。水柱の中の蟻は蜃気楼のように曖昧に見える。

時間が具現化し琉韻には水の様に見えていた。この感じ方は人それぞれである。砂に見える者もいれば、金が舞うという者もいるだろう。

蟻は時の流れに目を凝らした。うっすらと人影が視えてくる。

燃え盛る火の海、フェニックス、木の枝、術師。塊。

蟻は左に一回転して、空中で十字を切った。すると水柱が消え、魔法円も消え失せる。

近寄って来た琉韻に蟻は複雑な表情を返す。

「凄いものが視えた。驚くぞ」

「何だ?」

「犯人は召喚士だ。王子の連れの、小っちぇえガキ」

「……………」

王子は二、三度宝石のような瞳を瞬かせ蟻の言葉を脳内で反芻しているようだ。

「まさか、見間違いだろう」

「いや。あのガキだ。王子を探して泣いてたガキだ」

「季緒が?何故だ」

「もう一人術師がいたぜ」

もしかしたら季緒はその術師に何かされていたのでは?!

「髪が長くて、背が王子より若干低いな。顔はナカナカだったが、そうだなぁ、お友達でいましょうタイプ。優しいけど物足りないっつー」

一人、心当たりがあった。

「梔子殿か…」

「桔梗院の梔子卿の事か?そういえばあんな顔してたような…何十年も前だから顔忘れてるな~。ああ、梔子卿は允にお使いにいったんだもんな」

「よく知っているな。情報の源はどこだ?」

「それは王子様にも言えねー」

一夜を共にするなら教えてあげる、という蟻の腕の関節を外してやった。

季緒と梔子が盗んだ。何かに使用するつもりならば、その前にフェニックスを取り戻さなくては、ケット・シーは闇に包まれたままだ。あのつぶらな瞳には逆らえない。

関節を元に戻し、腕を回して調子を戻している蟻に、盗まれた日時を尋ねる。

「ついさっきだ。登って来る俺達と鉢合わせしなかったから他のルートを来たんだろう」

空間移動は遣えないからうまくいけば間に合うぞ、と琉韻に伝えたかったが彼はもう火口へ走っていた。

「王子様はせっかちだな~」

後に続いて蟻も火山内部から脱出する。琉韻が使ったマシマシを受け取って捨てたフリをした。

下りるルートをどう獲るか。そこが大問題だ。腕を組んで二人は考えた。

考えながら王子を盗み見する。汗で濡れた衣類が身体の線を強調しており思わぬ目の保養だった。細い細いと思っていたが意外と筋肉がついている。もしも気軽に魔術が遣える状況ならば、胸と腰を覆うレザーアーマーを即座に消去させただろう。琉韻から薫ってくる、痺れるような甘さに気を取られていたら、ふと名案が浮かんだ。

そうだ!ユニコーンに聞こう。

少し下った窪地で白馬は膝を折って休んでいた。蟻が呼んでも立とうともしない。琉韻が呼ぶと軽々と地を駆けてくる。人間の気配に敏感なユニコーンが進みたくなさそうな方向を二人は下る事にした。進みながら蟻はおかしいなと何回も呟いている。

「ユニコーンの怯え方を見たか?尋常じゃなかったぜ」

「脚が震えて鬣が逆立っていたな。季緒が召喚士だからか」

「大物を呼んだ可能性はある。召喚士ならこの山でも呼べる。それでユニコーンが怯えた、ってなら納得だ。そうなるとフェニックスを取り戻すのは難しくなるぞ」

「力ずくで奪うわけではない。季緒の理由も確認してからだ」

二人は一定の距離を保って走り続けた。

「!!いた」

王子の背中越しに大小二つの姿が見えた。幻獣の姿はないし気配もない。

「季緒!!」

振り向いた二人は複雑怪奇な顔をしている。まるでこの世の者じゃないものを見た様子だ。

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