第3話
允王国。
芭荻国から帰るなり塞ぎこんでしまった王太子を国王は心配をしたが、理由は依然わからないままだった。睡蓮に尋ねてみても争いもなく始終友好的でした。という返事しか返ってこなかった。
それぞれがいつもの日常に戻り始めたのに一人だけ現実から取り残されていた。
呪いとも言える告白に未だに縛られている。
5日ぶりに東塔の自室から出てきた琉韻に黙って睡蓮は着き従った。
主従は聖祈塔祈りの間へ入る。祭壇の奥で掃除をしていた季緒と梔子が出てきた。白い布で頭と口元を覆って雑巾を持っている。梔子まで同じ格好で手には帚を持っていた。
「季緒はわかりますが、桔梗院様まで掃除をなさるのですか?」
桔梗院次期頭領に掃除をさせるとは、と睡蓮の表情が語っている。
「聖祈塔にお世話になっている居候の身ですのでお役に立ちたいと思いまして」
布を取り去り梔子は季緒に顔を向けた。
「祝福を与えて差し上げなさい」
睡蓮を伴って梔子は祈りの間から出て行った。
芭荻国ぶりにみた琉韻の顔は眼下が黒く窪み頬は削げ落ちていた。肩幅が狭くなり身体が一回り小さくなったように見えたが、それでも琉韻は美しかった。
季緒が前に立つと琉韻は膝を折る。背中に流した黒髪が絹のように流れる。
「祈りなさい」
紫の瞳に翳りが見えたのは帰路の馬車の中だった。瞼に隠された瞳も自らが輝けない月のようだった。
閉じた瞼から涙が溢れ落ちる。
捧げられた祈りが何なのか、季緒には解った。
紗春王女との出逢いを幸せそうに話していた。
もう二度と琉韻のあんな顔は見れないだろう。
目を開けた琉韻に季緒は精一杯笑んだ。それでも泣きそうになってうまく笑えなかった。
キラキラと輝く瞳に翳りは無かった。信念が宿る美しい瞳だった。
「…彼女を愛してる」
「…会いたいんだろう?一緒に行く」
「当然だ」
笑顔を見せた琉韻につられて笑った季緒の双眸から涙が零れおちた。
「どこに行くつもりだ?!観光にでも行くのか」
両手背中に大荷物を抱えた季緒を琉韻は叱咤した。対する琉韻は腰に携帯している馴染みの剣と背中に背負った麻袋に僅かな私物を入れただけである。
「だって、着替えと寝具と地図と呪文書と、時間がある時に勉強もしたいし」
「必要最低限って言っただろう!!」
結局大荷物を半分ずつ持つことになり、二人は前人未到の地下通路へ向かった。
奥庭から入れる地下通路に入ると真っ暗だった。壁に取り付けられたランタンはあるが当然の如く火が入っていなかった。別な通路を考える琉韻に蝋燭が差し出される。
「荷物が多くて役立つなぁ」
得意顔の季緒を先頭に、事前にシュミレーションした道順で進む。もともと非常脱出用の通路なので、煩雑な通路にはなっていない。いくつかの分岐点を正確に進めばいいのだ。雅羅南城から出ただろう地点から先は真っ直ぐな一本道しかなかった。
そろそろ夜が明けるのでは?と二人が愚痴りだしそうな頃、地上へ上がる階段を見つける。
錆ついて重くなっている扉を押し上げると強烈な光で目が潰れそうになる。蝋燭の明かりしか見ていない目に直射日光は攻撃的だ。
「朝だな。ここは…森だ」
這い出した琉韻は季緒を引っ張り上げた。距離から考えると国境付近に続く森。この奥が季緒の住まいだったはずだ。
「違うよ。こんな植物見たことない」
9年間の自給自足森生活経験者の意見を尊重するとして、琉韻は頭を捻る。
一晩歩き続けた位で国境を超えるほど允は小さくはない。世界第二の広大さを誇る国だ。
矯めつ眇めつ地面にうつ伏せになっていた季緒はある事に気づく。
「これって、アサダナナクサって言ってアサグハチクサの仲間なんだけど、あの森には生えてないんだ。南方じゃないと生えないって母さんが言ってた」
「南方?允から南とすると須恩国だが。城から向かうと馬で4日はかかるぞ」
考え込む二人はとりあえず人が居る所を目指す。
「暑いな」
「うん」
歩きだして間もなく額から汗が滴ってくる。気温も允とは違うようだ。外套を脱ぐ琉韻を見て季緒も全身を覆っているフードを脱いだ。
「それは聖祈塔の装束だな?」
「…目立つって文句言うつもりだろ。オレ服はこれしか持ってない」
怒鳴ろうとしていたら出鼻をくじかれた。
「着替えも持ってきたんだろ?それに着替えろ」
答えない季緒に嫌な予感がした。眉間に指先を当て予感が外れている事を願う。
「だからぁ、服はこれしか持ってないっていったろ」
森が急に途切れ見渡す限りの砂漠になった。これからの道のりを考え先に疲れ切った二人は木陰に戻り休憩する。
「眠くないか?町についたら宿を取ろう」
「大丈夫。一晩中祈ってる日もある。琉韻こそ大丈夫か」
「聖騎士の体力を見縊るなよ」
允に戻ってきた日から眠れないでいただろう琉韻は、とても大丈夫そうには見えなかった。
「やっぱりちょっと寝てもいいか?これからもっと熱くなりそうだから涼しいのは今だけだ。町が見つかるとも限らないから休んでおこうよ」
左手を腰に当て、砂漠に目を向け何かを考えてから
「そうだな。あっちで寝たら身体が乾燥しそうだな」
自分に気を遣ってくれた季緒の申し出を享受し、身を隠せる岩場の陰を見つけた。
「あっ、イイこと思い付いた」
左手にマダラを召喚する。マダラは左腕を上り季緒の頭上に辿り着いた。
「オレらに何かあったらすぐ教えてね」
「宜しくな、マダラ」
返事でもするようにボハっと小さな炎を吐きだした。
それぞれ季緒の荷物を枕にして二人は深い眠りに就いた。身体は随分疲れていたようだ。
軽快な音楽と物が焼ける香ばしい香りが漂ってきて季緒は眼を開けた。
日はすっかり落ち真っ暗だったが、マダラの周りは明るい。炎を頼りに音と香りの正体を探そうとするが、近くない。砂漠から聞こえてくる。琉韻を起こし砂漠へと歩く。
「これは、蜃気楼か?」
昼間は何もなかった砂漠の中央に町が出現していた。規模は小さいが宿屋に食堂、武器防具屋、呪文所、花柳所。特に目立つのは宿屋が多い所だろう。蜃気楼では香りまでは生まないだろうと琉韻は刮目する。
「行ってみようよ!!ここがどこか聞けるし!!」
「そうだな。宿で休むに越したことはない。場所によってはルートを変える必要もある」
昼間に比べて若干過ごしやすい気温ではあるが、暑いことには変わりない。嫌がる季緒に強引にフードを着せる。
「マダラはどうした?」
「背中にくっついてるよ」
初めての砂漠体験に感動したのは最初の3歩だけである。
「全然前に進まないよぉ。もう嫌だ」
愚痴を言い出す季緒の手を引き無言で琉韻は進んだ。体重をかけず踏み出し重心は後ろへ。足が沈む前に次の足を出し交互に進む。騎士団で学んだ事だが、体験するのは勝手が違う。知識は知識でしかないものだな。
改めて自分は知識だけ多くて体験が乏しい事を反省する。
世界中を旅に出るのもいいかもしれんな。……生きて帰れたら。
幸いな事に町は石畳で歩きやすかった。赤、ピンク、黄色の怪しげな照明と道行く人々はやけに男女の対が多い。しかも女の服装は例外なく胸と腰を僅かな布で覆うばかりである。二の腕やウエスト、フトモモは惜しげもなく露出されていた。
すれ違う男女から二人に無遠慮な視線が投げつけられている。この暑い中頭から足もとまでフードを被っている不審者とやつれていながらも壮絶な美を見せつける青年のコンビは何事かと好奇心を誘う。特に青年の稀有な紫色の瞳は注目の的だった。
宿屋には二種類あるようで、電飾を入口に張り巡らされた宿屋とそうでない宿屋がある。琉韻は無難に電飾のない入口をくぐる。
「一晩泊まりたい」
「はい。360極」
王子は素直に金額どおりの金を払う。3階建ての最上階の部屋の鍵を受け取り、音を立てる階段を上る。
部屋に入るや否や、暑いっと季緒はフードと装束を脱ぎ捨てた。琉韻は部屋中を確認に歩く。大きなベッドが一つと物書きをする小さな机と椅子が1脚。衣装棚の中には男女の服が1着ずつ掛けてある。着替えた服が大き過ぎて滑稽な姿になった季緒は仕方なく女性用に着替えた。華奢な身体と大きな目、肩まである髪のお陰でまず男性には見えない。着替えを調達するまでだと宥めたが、口を膨らませる姿は少女そのものに見えた。机の置いてある壁に大きな窓が一つ。窓を開けると香ばしい空気が入り込んで空腹を刺激する。大量の荷物にも関わらず、二人は食物を持っていなかった。季緒の大荷物の中に辛うじて水はあったが腹にたまるものは何もなかった。
「腹減った」
涙目で訴える季緒を招き、眼下の緊急脱出路を指示する。バラバラになったときの合流地点は昼寝をした岩陰に決めた。
「ここから落ちたら痛いよな……」
「下を見なければ大丈夫だ。そこの排水管に飛びついて降りればいいだけだろう簡単だ」
「飛びつくって、琉韻には簡単だろうけどさぁ」
下を覗き込みながら文句を言う季緒をそのままにして、隣の部屋を点検する。湯浴みができる桶と蛇口。鏡に映った未生り顔を見て琉韻は、これは酷いとひとりごちた。
聖祈塔の装束を袋に詰め込んで二人は階下に降りる。
宿屋の主人に換金できる場所を教えてもらい、ついでに国名を訊ねる。
「はい。ダーニャです」
初めて聞く国名に考え込む琉韻達の後を宿屋から一人の男が尾行する。
市場に出回らないレア・アイテムだ!と感激する主人が思わぬ高値を付けたので、装束に感謝をしながら手放し、手元が潤った二人は繁盛している食堂に入った。
ほぼ満席で騒がしかった店内は入口に琉韻の姿を認めて音を無くす。男も女も、穴が開くほど王子の研姿を凝視していた。季緒の手を引いて空いていた厨房に近い奥の小さなテーブルに座る。ほどなく店内は陽気さを取り戻したが、常に何人かは二人のテーブルを振り返ってよこしまな視線を送っている。注文を取りにきた給仕が琉韻に見惚れたため、何度も注文を繰り返す羽目になる。
「こんなにジロジロ見られて気にならないのか?」
改めて王子の美貌に感服する。翳りがでた頬が禁欲的な雰囲気を醸し出し青年に熟練の艶を与えていた。
「慣れている」
一言でこの話は終わった。琉韻にしてみれば今更、な話である。見られて減るもんじゃないとあっさりとした答えに季緒は脱帽した。
テーブル一杯に肉料理が並べられ、最後にラベンダー色の飲み物が運ばれた。
「これは注文していないが?」
給仕は頬を赤く染める。
「貴方の瞳の色と同じなので、私からのサービスです」
俯く給仕の手を取り、琉韻は甲にそっとくちづける。
「ありがとう」
少しだけ微笑まれて給仕はその場にへたり込んでしまった。
自分たちの周りのテーブルから次々に食器を落とす音が聞こえて、季緒はある日の梔子と同じ心配をするのであった。
給仕を立たせようとするが足腰に力が入らないらしく、琉韻が立ち上がると同時に奥から女主人がでてきて給仕を引きずり戻って行った。
座りなおした琉韻は小声で唱えられる食前の祈りを聞き終えて、食事へ手を伸ばす。ウマイと二人は夢中で食べた。肉をパイに挟んで甘く煮付けたものや、角切りの肉が入った饅頭、肉と鮮やかな色の野菜スープ、肉を細長く伸ばし棒状に揚げたもの。
「マダラは食べないのか?」
「うん。食事は気を取りこむんだって。植物とか水とか時々人の気も」
「肉ばっかりじゃ喉が詰まらないか?どうだい?」
横から馴れ馴れしく男が話しかけてきた。手には酒瓶を持っている。軽薄そうな男の顔に警戒を抱いた琉韻はきっぱりと断った。
「結構。禁酒中だ」
美人の冷たい反応に、子供の方をほだそうとした男は、子供も大きく頷いているので次の手に移る。隣の椅子を引き寄せて二人の真ん中に陣取った。
「お前さん達、旅してるんだろう。ここがどこか聞いてたもんな」
食事の手を止め、琉韻は男を観察する。
「宿から尾けてきたのか」
押さえた声から怒りが感じられる。しかも美人の手が腰元の剣の柄を握ったのを見て男は大袈裟に弁解する。
「違う違う。俺が出ようとした時あんたらも出てきたんだよ。ここに入ったらあんた等が居て声掛けただけだ」
陽に焼けてバサバサの暗緑色の髪と日焼けした肌はこの国特有の姿だろう。傭兵でもしていたのか恵まれた体躯をしている。すれ違った大半の男女もこの男と同じ肌の色をしていた。琥珀色の目は目尻が下がっていてにやけた印象を与える。
この男の軽薄さはここからくるんだな。琉韻は同じ琥珀色の誇り高き女騎士を思い浮かべた。
「ダーニャってどこの国のダーニャ?」
子供が話に喰いついてきて男は調子を取り戻す。
「ここは陀或国の国境付近。幻の歓楽地ダーニャだ。お前さん達どっから来たんだ?須恩か?魏杏か?ん?」
「まさか…」
呆然とする二人にかまわず男は勝手に話し続ける。
「ダーニャでは男も女も子供でさえも金で求められる。疲れた旅人が一晩の恋人と癒しを求めて辿り着くのがこの国なのさ。ここの女は気のイイ美人だらけだぜ。でもあんた以上の美人は俺でさえお目にかかったことがない。紫の瞳なんて初めてみたぜ。幻ってのはこの国が夜しか姿を現さないからだ。昼間は術師の結界で見えなくなってるのさ」
「術師がいるの?」
「ああ。何てったって隣は術師の国だからな。落ちこぼれた術師がこの国に居ても不思議じゃないだろ」
「お前は先ほどから国と呼んでいるな。ここは陀或国領ではないのか」
「ダーニャは一つの国だ。陀或国内にあるが完全に独立している。治外法権ってやつだな。ダーニャは陀或に献金してるから陀或も黙ってるんだろうよ」
「国が人間の売買をみとめているんだな」
「そりゃあ言葉が過ぎるぜ。夢を売ってるんだよ。一夜の夢だ。あんたが相手なら極上の夢がみられそうだ」
熱っぽく語る男の手が琉韻の黒髪に伸びた。
「うわぁッ熱っ!!」
腕に炎を浴びせられて男が椅子から飛び上がった。慌てふためく男は辺りを見回している。
季緒は急いでマダラを背中に押しこんだ。よくやったと囁くのを忘れずに。
ラベンダー色の液体は微かに甘く喉越しも爽快だった。一気に飲みえた二人は男が腕を擦って騒いでいる間に店を出る。店内でサービスしてくれた給仕を見つけた琉韻が笑顔を添えて「ごちそうさま」と言うと再び給仕は崩れ落ちた。
宿屋に戻る前に季緒用の服を購入し、会話は自然と地下通路の話になった。
「1日で横断できるほど須恩国は小さくはない。徒歩なら40日はかかるだろう」
「国を一個飛び越えちゃったって事だよね?」
あの塔とこの部屋を結びつけました。少女の声が頭に蘇った。
「オレ、思うんだけど、允は昔魔術師だらけだったんだろ?琉韻の先祖が術師と一緒に地下通路をつくったとしたら、空間移動術がかけられてたと思う。非常事態なら遠くに逃げられた方がいいもんな」
「ああ。オレもそう思っていた」
目的地である魏杏国はすぐ隣に迫った。大幅に時間の短縮ができた。
「だったら…」
二人は同時に口に出し、気まずさに笑い合った。
だったら最初から梔子に空間移動術をつかってもらい魏杏国を目指すのが捷径だった。
これも今更である。
いくつか細い道を抜けて電飾で飾られた入口だらけの宿屋がひしめく通りに着いた。
人通りが全くない。軒並みの宿屋は全ての部屋に明かりが点いている為、中に入って道を尋ねようとした時分、大声で呼ばれている事に気づく。
「おーい、待ってくれよ」
追いかけてくる男との距離を開けようと二人は足早に歩きはじめた。
「待てって」
目の前に現れた男の軽薄な顔に琉韻は眉根を寄せる。腕に負ったはずの火傷がない。
「二人とも早いな。どうするんだ?宿に戻るのか?」
「術師か」
「そ。ここにはゴロゴロいるぜ。俺のような元桔梗院。ここは桔梗院の底って呼ばれてんだぜ。規律から解放された元桔梗院達が見境なく遊び狂える国だ。自爆するヤツもいるが」
「こんな男に名乗られては桔梗院の名が泣くな」
「桔梗院が賢者の集まりっつーのは偏見だ。功徳もあれば堕落もある。それが人間だろ」
「自らの怠惰を律することができるのが人間だ」
「ふ~ん。やっぱり一国の王子様は理想だけで現場を解ってないねぇ~」
「っ」
「甘い甘い甘い、甘すぎるぜ。あんたの肌も随分甘いんだろうな」
男の視線が粘りつくように上から下まで琉韻を値踏みする。呪文に縛られた二人は微動だにできなかった。男は会話の端々に不動自縛の呪文を混ぜていた。
「世界の至宝と謳われる允国の琉韻王子。噂に違わず、美しい。すぐわかったぜ、黒い髪に紫の瞳。宿屋の金額をそのまま払うなんて世間知らずって宣伝してるもんだぜ。ここらの相場は120極だ」
ぼったくられた事に大きなショックを受けながらも、何とか身体を動かそうとする。
男は琉韻の腰に手を回し首筋を舐める。味を確かめるようにねっとりと舌を這わせて男は満足そうに笑った。おぞましさに琉韻はうっかり失神しそうになった。
「琉韻に触るな――!!バカ―――!!」
「このチビは王子様の小姓?それとも稚児?」
バカバカバカバカと連呼する季緒に愉快そうな顔を向けた男は、それでも琉韻の腰から右手を離さない。
「オレの弟で友だ。軽侮は許さん」
気丈に言い放つ琉韻の横顔も美しいと男は思った。男と琉韻はほぼ同じ身長のためすぐ隣に琉韻の顔がある。空いている左手で琉韻の頬から首筋、胸、腹と撫でていく。
「行け―――!!マダラ!!」
謎の言葉を発した子供に目を向けると、小さい頭に燃えている何かが乗っていた。
「!?!サラマンダー?!」
気づいた時には全身を炎に包まれていた。視界が紅蓮の炎に奪われる。
自らに氷化の呪文を唱えるがすぐに溶け身体は燃え続ける。回復呪文が追い付かないほど炎の勢いは止まらない。眼球が溶け出て前が見えなくなり、両腕も焼け落ちた。
男は瞬間移動術でその場から逃げ去った。後には皮膚と髪が燃えた匂いだけが残る。
とばっちりを食って左半分を軽く火傷した琉韻に謝罪し、季緒はマダラを褒める。満足したのかマダラは季緒の頭の上から消えた。
「ありがとう季緒。しかし解呪はどうするんだ?」
「あ……」
二人は動けないまましばらく考えた。考えても名案が浮かばず時間だけが過ぎる。
「姉、見てよ。イイ男が動かないよ」
「あらあら。放置プレイかしら?」
宿屋の窓から女二人が面白そうに見下ろしていた。「ちょっと行ってみる?」と言いながら外に出てきた。女達はこの国の正装ともいうのか僅かな面積の布しか纏っていなかった。つまり季緒と同じ服装である。
「あんた達お仕置きでもされてるの?イイ男だからって調子にのっちゃダメよぉ」
「女の怨みは恐ろしいのよ~身をもって体感できて良かったじゃないの」
「違う。生命の危機にさらされていた」
貞操の危機も…
「頼む。術が遣えるなら解呪してはくれないか?」
火傷していても極上男の哀願に女達は即座に懐柔し、ついでに火傷も治してやった。「感謝する」と指先にくちづけられた女達は琉韻に熱を上げた。遠慮する二人を無理矢理宿屋に招き入れる。
「イイじゃない少しぐらい。名乗らない訊かないがこの国のルール。生命の危機とやらに余計な詮索しないわぁ」
入口をくぐる際、琉韻は訊ねた。
「この装飾は何の意味があるのだ?飾られていない宿屋もあったが」
女達は顔を見合せて噴き出す。
「やだぁ。あんた達ホントに初心者なのね~。遊びに来るならもっと勉強してきなさいよ」
「電飾があるのが琴屋、ないのが宿屋よ」
琴屋?と聞き返す琉韻の目に、ギラギラと目を輝かせた女達の姿が映る。
「買った相手を連れ込んでコトをするから琴屋に決まってるでしょ――!!」
一斉に襲いかかる女達の姿に季緒は食物連鎖の頂点を見た気がした。
女達を引き離した琉韻の服はあちこちが破けて無残だった。頬や胸、肩に口紅の跡がベッタリついている。
「いや~ん。冷たい冷たい。でもそこがイ・イ・オ・ト・コ」
「あたしぃ、この子もカワイイと思うわぁ」
流し眼攻撃に合った季緒は光の速さで琉韻の背中に隠れた。震える小鹿のような姿に女達は楽しそうに笑った。それはそれは豪快に。
もぅ襲わないわ(ハート)と誓った姉の案内で、2階の自室にてお茶をごちそうになる。
「あたし達はここの経営者なの。ゆっくりしてってねぇ」
「この国は皆理由ありだから通り名で呼ぶの。私は姉。この子は妹。見ての通り双子」
オレンジの髪、薄茶の瞳、通った鼻筋と薄い唇、小柄な体系までそっくりだった。声も同じなので同時に喋られると区別がつかない。
「理由ありとは?」
「ここはねぇ、石を投げれば術者にあたるのよねぇ~」
そうそう!と姉妹ははしゃぐ。
「それは、桔梗院だった者にか?」
「あら?知ってるの?この国は桔梗院の落ちこぼれの集まりよ。大体あんな修行に耐えられる方がおかしいのよね!!水中で70分も息止められないっつーの!!」
「あたしなんて両手の指折られて、それで1000文字写経しろっていうのぉ!馬っ鹿じゃないのあのジジィども!!」
「あれやった?鰐の群れの上で不眠不休の浮遊術!」
「やった!5日間やらされたわよぉ!うっかり寝たら落ちちゃってぇ、右足噛み切られちゃったぁ」
堰を切ったように壮絶な昔話を始めた姉妹に口を挟む隙すら見えなかったので、お茶を飲んで二人は帰ろうとすると
「兄!弟!待ちなさいよ」
腕を掴まれソファに戻された。いつの間にか呼び名が兄と弟に決まったらしい。
「どこ行くつもりよ。朝になったからもうこの国からでられないわよ。この国は夜しか姿を現さないの。夜が明けると術師が幻覚幻夢をかけちゃって見えなくなるのよね」
「違うわよぉ、地中に潜るのよ」
「そうだったかしら?とにかく夜にならなきゃ出られないわよ」
「まるで囚われの身だな。この国を出ようと思わないのか?」
「慣れれば快適よぉ。ここの住人はお互いや旅人を詮索しない。それって優しいと思わない?皆が皆胸を張って生きていけるわけじゃないわ。癒せない傷を見ないフリしてくれるのがここなのよ」
「何故傷を癒せない?」
姉の瞳が優しく光った。笑顔は少しだけ哀しそうだった。
「兄、あんたは若いわ。そして幸せなのね」
考え込んでしまった琉韻を心配そうに季緒が覗きこむ。一瞬だけ静まり返ってしまった部屋は女主人たちのおしゃべりで活気を取り戻す。
「あんた達宿は取ったの?ここに泊っていきなさいよ。お金はい・い・の。身体で返しても・ら・う・か・ら」
「それイイ!!のった!!いや~ん楽しみぃ~」
遠慮します。と怖気づく二人に妹が決定打を下す。
「また呪文かけられたらぁ、誰が解呪するの?」
琉韻と妹はピンクに照らされた大通りを歩いている。あの男にばれているので宿を女達の所へ移すため荷物を取りに行く途中だった。
照明がなければまっすぐ歩けないほど琴屋の外は暗かった。見上げても真っ暗な空しか見えない。
「不思議?ここの空はぁ一日中夜なのよ。夜は本物の夜空。月と星が出てる。昼は魔術の夜。真っ暗」
黒で思い出すのは忌々しい集団と美しい姿。胸が痛む。この痛みも傷に変わるのだろうか。甘美な苦悩が胸を締め付ける。それでも自分の決意を変えるつもりはない。
「ここには天塔圏の者達はいないのか?」
最後まで話さない内に妹に口を塞がれた。身長差が有る為、妹は力の限り垂直跳びを繰り出した。
「それは心無い集団、悪の遣い。この国では禁句よ。二度と口にしちゃぁダメ」
声が出せないため頷く琉韻に微笑み、妹は掌にくちづけ「いやん。間接キッス」とはしゃいでいる。鬼気迫る先ほどの表情が嘘のようだった。
「そうだわ、気をつけた方がいい奴がいるのよ。蟻って奴なんだけど、こいつは旅人を誘拐して他の国に売り渡してるらしいのよ。何人かの集団で、仕切ってるのが蟻って男。何とかしたいけど魔力が強くて誰も敵わないのよねぇ。蟻は綺麗な子なら男も女も関係ないから、兄気をつけるのよ。会えばすぐわかるわ。ニヤニヤしてる気持ち悪い奴だから」
十分に心当たりがあった琉韻は彼の再起不能を願う。
ただの付添よ。という妹は一つも荷物を持たなかったので琉韻は復路に倍の時間をかけて琴屋に辿り着いた。気温のせいもあり服が身体に張り付いてあまりいい気分ではない。
「兄と弟、湯浴みなさいよ。特に兄。汗凄いわよ」
昼間は客も従業員も寝ているので貸し切りよ。と大浴場に案内される。一枚岩を掘りぬいて作った浴槽は10人が一度に入れるくらい大きさがあった。束の間の命の洗濯を終えた二人は上機嫌で脱衣場に上がる。
「服が無い」
脱いだ衣類がいつの間にか大きなタオルに変わっていた。二人分。
剣は検帯ごと置いた場所にある。衣類だけがなくなっていた。
仕方なく琉韻は腰に巻いた。真似をする季緒に
「これを隠した方がいい」
胸の印を指さす。
姉妹の部屋に入り文句を言おうとすると
「洗濯してあげてるんだからぁ、もう少し待ってなさいよぉ」
先手を打たれて二人は大人しくソファに座った。姉妹も向かい側に座り満足そうに二人を眺める。
「いいわぁ~弟の巻き方。女の子みたいなカワイイ顔に合ってる。上級テクね」
「風が吹いてきて飛ばされないかしらね~。濡れた髪がイイわ~」
「いい加減に」
「いいじゃない!眼福よ!!これで我慢してあげてるんだから!それともその身体で満足させてくれるっていうの?!」
思う存分ご覧くださいと二人は頭を下げた。
湯冷めした季緒がクシャミをするまで眼福は続けられた。
仕方ないわね。と姉が服を持ってくる。
「兄の服は破れてたから、代わりにあげるわ。似合うと思うの」
渡された服は身体にフィットする黒いつなぎだった。季緒は購入した服を装着する。これも姉妹によって隠されていた。
「兄と弟の服に魔術への耐性を付け加えておいたから旅の役に立つわよ。昼間は店が閉まってるけど、ここの防具屋で弟もレザーアーマーぐらい買っておきなさいよ」
突然示された好意に二人は素直に感謝を述べた。
「じゃ、夜更かしはぁお肌に悪いから。もぅ寝ましょ」
夜更かし?昼では?と訂正しようとしたが、3倍反撃されそうなので琉韻は黙っていた。
妹に案内されて、隣の部屋で休む。お休みのキスは?とせがむので、二人は妹の両脇から頬にキスをする。姉には内緒にしてね。と妹は踊りながら出て行った。
湯浴みをして疲れが取れたと思っていたのに、短時間でまた疲れが溜まったので二人は無言で眠りに就く。
姉が値切ってくれたおかげで格安で季緒のレザーアーマーを手に入れられた。他の店で護身用の短剣にスティレットも購入する。季緒が使いやすいようにと突き刺すタイプを選んだ。二人は出発の支度を整える。
「ホントに心配よぉ~。解呪もできないのに術師が多い地を旅するなんてぇ~」
「勝算はあるの?術師は強かよ。声に出されたものだけが呪文じゃないのよ」
問題は二人とも解呪ができない事にあった。回復呪文を僅かに遣えるだけの季緒は解呪を遣えるほど呪術に精通していない。解呪はかけられた呪文の理論を知っていなければ発動できない。
「兄と弟!もう二晩だけここに泊まりなさい!私達が手取り足取り腰取り魔法理論を教えてあげるから!つきっきりの大サービスよ!」
「ん?今何て」
聞き返そうとした琉韻の声は妹に遮られる。
「そうよぉ。このまま送り出して死なれたらぁ、私達の寝覚めが悪いものねぇ」
昼間、といっても赤い照明が照らされている大通りを琉韻は3階の窓から見下ろしている。
夜の喧噪が夢のように静まり返った町に人の気配はない。
魔法に向かないと姉妹に匙を投げられ、手持無沙汰になってしまったので従業員と二人で食事の支度をしていた。今も季緒は鬼と化した姉妹から不休で手ほどきを受けている。
「こんな事も理解できないの!もっとよく考えなさい!」
「怒り過ぎよ姉。よく聞いて弟。子供だからって甘えるんじゃないわよ」
「魔術がそんな生半可な気持ちでできると思ってんのかぁぁぁああ!!」
「弟!!あんたならできるわ!!」
激励と罵声が飛び交う扉を開ける。泣きながら魔法書を読んでいる季緒と、その両脇に目を吊り上げた姉妹が立っている。
「お姉様方、お食事が整いました」
琉韻の後ろから顔を出した従業員の幼い声が、綱渡りをしているような空気を和やかに搔き雑ぜる。
「はい。一旦中断。食事にしましょ」
涙を止めようとする季緒の肩を抱きながら琉韻は、先を歩く姉妹の後を追う。
姉妹にも流石に疲労の色が見え、5人で囲む食卓は溌剌としたものではなかった。しかし姉妹のお喋りは止まらない。
「飲みこみは悪いけど筋がいいわよ弟。このままだったら明日には解呪と楯ぐらいいけそうね」
「でもぉ、攻撃系は全くダメなのねぇ。心配。防御だけだと勝負の決着つかないわよ」
「いいじゃない。その分兄が強そうだし。ね?」
同意を求められ、琉韻とついでに季緒も頷く。
「攻撃面では…心配ないな」
幻獣がいるからな。もしかして季緒の脆弱さはそこから来ているのか?
「琉韻強いもんな」
真っ赤な眼で微笑む姿がいじらしく胸が痛んだ。自分に魔術のセンスがないばっかりに小さい身体に負担をかけてしまっている。小さな頭を抱きよせて自分の頭をくっつける。
「強いよ、季緒も」
流れる黒髪が頬に触れ、くすぐったいと笑う顔につられて琉韻も笑顔になる。
「ちょっ!待ちなさいよ!!そのままストップ!!」
「誰が離れていいって言ったのよ!」
二人は不自然な体制のまま姉妹の眼福を提供する羽目になった。
「満足満足。お腹も心も満たされたわぁ。戻るわよ弟」
姉妹と季緒は部屋へ戻り、琉韻と従業員は宿中の掃除を始めた。掃除も終ると従業員は眠るため自室に戻る。琉韻も昨夜休んだ部屋に戻る。隣からは止めどなく姉妹の張り上げた声が聞こえてきている。
ベッドの上に世界地図を広げて考えた。目的地はすぐ目の前。確証はなかったが必ず魏杏国に彼女がいると予感があった。芭荻国から戻ってずっと考えていた。允と彼女。
天塔圏は世界の毒だ。口にすれば身体を蝕み、放っておくと世界中が汚れる。
允と彼女。問われた時即座に選んだのは允だったが、本当にそうかと問われれば答えられなかっただろう。自分は王子の責務として条件反射のように答えただけであった。
ただもう一度彼女に会いたかった。会えば、全てに答えが与えられる気がした。
お兄様と声をかけられて目を覚ました。
「もうすぐ夜になります。買い物に行きましょう」
従業員と買い物に外へ出る。隣では若干掠れ気味な姉妹の声が聞こえてくる。自分だけ寝てしまい琉韻は反省した。
大通りの店は開店準備を始めていた。酒を一樽と食材を買い求める。
「一人でこんな大きな樽を持つのか?」
「いいえ。お姉さまが男手があるから樽で買い求めろと仰いました。普段は3本です」
琉韻は軽々と両手で持っているが、季緒よりも小さい子供には無理な重さだ。
「年はいくつ…そう言えば名、通り名も聞いてないな。これも詮索に入るから禁止か?」
覗き込む紫瞳の輝きに従業員は頬を染める。
「平気です。24個と呼ばれています。年は10歳です」
24個は名前としても呼び辛いではないか、と考えていると後ろから声を掛けられた。
「お手伝いしましょうか?王子様」
振り向きもせず琉韻は歩き続ける。
「おいおいおい。無視ってのは行儀が悪いんじゃないのかい」
素早く二人の前に回り込んだ男の顔を確認した24個が「蟻だ」と顔を顰める。
「お兄様、蟻と知り合いですか?」
「知らんな。人違いだろう」
「それはないだろ~。人に死にそうな怪我負わせておきながら」
言いながらも蟻の身体に負傷の跡はなく、健康な男そのものだった。
「大変だったんだぜ。仲間に一晩中回復呪文かけてもらって、エライ借りができちまった」
あいつ等に借りなんて作りたくなかったのにな~と呟く蟻が行く手を塞ぐので前に進めない。痺れを切らした琉韻が不機嫌な声を出す。
「何の用だ。用がなかったら消えろ。あっても消えろ」
「あんた、やっぱり綺麗だな」
「それはどうも」
粘りつく視線に最上級の笑顔を返す。
棒立ちになった蟻を避け、琉韻は歩き出した。王子は笑顔も武器になることを知っていた。
蟻の追跡を警戒した24個と呪文所なる館へ入る。ここにはマスタークラスの術師が呪文で商売していた。24個が空間移動を注文する。受付で4000極支払うと奥から黒いフードを被った老人が登場してきた。老人の口から長い詠唱が始められると落下する体感に襲われ目を閉じた琉韻が再び目を開けたら琴屋の調理場だった。
「今の術師は術が雑です。上級の術師ならば浮遊感すらありません」
確かに。梔子殿と一緒の時は違和感がなかったな。それに詠唱すらなかった。
流石次期頭領と遠く離れた地で感心改める。
「先ほどの支払いはこちらに回してもらいたい」
「いいえ。お兄様に何かあったら使うようにと言付かってます。お姉さま達は金持ちなのでご遠慮なく」
姉妹に頭が上らぬ思いだった。何かと面倒を見てもらっている。
仲良く食事を作っていたら、満身創痍の季緒が走ってきた。
「終わったぁ―――!!覚えたよぉ――!!」
飛びついてきた小さな身体を抱き抱えてグルグル回る。
「エライぞ季緒!よくやった!!」
「もっと褒めてあげてよ兄。ホント一日でよくやったわ弟。桔梗院でもやってけるわよ」
「あらぁダメよぉ。桔梗院なんかに行っちゃったら潰されるわよ。僻まれて。あそこは聖人君子でもない見栄と矜持のカタマリの頭おかしい連中の集まりよ」
姉妹は調理場の入口に寄りかかり酒の入ったグラスを傾けている。
「ありがとう本当に。心から感謝する」
慇懃に折られた身体を真似て季緒も深く頭を下げる。
「そんなことしないで。あたし達が好きでやってるんだから。それに頑張ったのは弟よ」
ねぇ?と姉妹は顔を合わせて笑う。
「どうするの?今ならラニーニャから出られるけど」
寝てない季緒に確認したら行くという返答だったので、二人は出発する事にした。
大荷物を背負った琉韻を見て
「そんなに荷物が必要なの?最低限だけ持って残りは置いて行きなさいよぉ」
「そうよね。帰りに寄ればいいじゃない。砂漠を歩くなら荷物は邪魔よ」
姉妹の勧めで荷物をほとんど置いていくことにした。
「やっぱり心配だわぁ。ホントは着いていきたいけど……ここから出られないし」
「出られない?」
姉は上着をめくって胸をさらけ出す。左胸、心臓の位置に蜘蛛の巣のような刺青があった。
「桔梗院を抜け出した者は、どうしてもバレちゃうのよね。そしてこの国に捕えられる。一歩でも国を出ようとするとこの蜘蛛の巣が心臓を締め付けて死んじゃうの。呪いよ」
晴れ晴れしい笑顔は諦念を示していた。
「…すまなかった。何も知らずに、無神経な物言いをしてしまった…」
琉韻は動揺を隠せずに哀しく目を伏せた。
「いいのよ。普段忘れてるし。でもお客さんが旅立つ度に胸が痛むわ。文字通りね」
「もぉ!湿っぽい別れは幸運を引き寄せないのよ!弟も泣かないの!」
頭を撫でられた拍子に潤んでいた季緒の目から涙が零れた。
「あたし達ここでお別れするわ」
「戻ってきた時寄るの忘れないのよ。いいわね」
琴屋の入口で姉妹と別れた。曲がり角で振り向いたら大きく手を振っている姉妹が見えた。
足もとが石畳から砂漠へと変わる。
「本物の夜だな」
「月が綺麗だね」
あの姉妹は月を目にすることはあっても、二度と太陽を見る事はかなわないのかと二人は静かに夜空を見上げ続けた。
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