第1話「いつもの部室にて」

放課後を告げるチャイムがなると同時に、


「あたしはちょっと用事があるから、先に行っといて!」


とハルヒは教室を飛び出していった。

あいつが変な事を思いつきませんようにと祈りつつ、

俺はSOS団が占拠している文芸部室へと向かった。


ドアをノックすると返事はなく、中へ入ると案の定、

部屋の片隅で読書をしている人物がいた。


「よう、まだ長門だけか?」


俺が声をかけると、宇宙人製のアンドロイドはこちらに視線を向け、

わずかに首を動かした。


「ハルヒのやつは少し遅れるらしいぞ」

「そう」


といつもの無機質な返事をすると再び読書に戻った。

今日読んでいる本は、題名からジャンルすら特定不能だ。

少なくとも俺とは一生関わることがないだろう。


俺は椅子に腰かけると、無造作に机の上に置かれたうちわを手にとった。

しかし、9月だってのにえらく暑い。太陽の体内時計はここ数年狂いっぱなしだな。

そんな俺とは対照的に目の前の長門はいつもと変わりない様子である。


「長門は暑くないのか?」


試しに聞いてみると、少し間をおいて、ギリギリ分かる程度で首を振った。

思い起こしてみれば、夏休みの猛暑の時でさえ、

長門は汗すら掻いていなかった様な気がする。

まぁでもその方が長門らしいといえば長門らしいだろう。


その後、大してすることもなく、俺はぼーっと窓の外を眺めていた。

それにしても、古泉はともかく、朝比奈さんが、こんなに遅れるとは珍しいな。

俺が長門に聞こうとした時、ドアが開いた。


「おや、まだお二人だけですか」


そこにあった笑顔は残念ながら俺の期待するものではなかった。


「ハルヒは遅れるらしい。朝比奈さんの事何か聞いてないか?」

「いえ、僕は何も」


古泉は俺の正面の机にカバンを置きながら答えた。


「長門は何か聞いてないか?」


長門はわずかに首を横に振った。


「そう、心配しなくてもいいでしょう」


古泉は、いつものニヤケスマイルで言うと、

これから俺とするであろうゲームを選び始めた。

まったく、根拠はあるのか。


古泉はその根拠、即ち長門の方へと視線を向けた。

確かに、何か緊急事態ならば長門が言ってくるか。


「スゴロクなんてどうです?」


古泉はやけに古っぽいボードを取りだしてきた。小学生以来だな。


「たまには、頭を使わずに楽しむのもいいでしょう」


まぁ、確かに。


「あなたからどうぞ」


俺の振ったサイコロの目は4。微妙だな。



それからしばらくして、俺たちが2回目のゲームに入ろうとすると、

部室のドアが勢いよく放たれた。


「ごっめーん。遅れちゃって」


団長殿のご到着だ。まったく、そのドアが壊れても俺は知らんぞ。


「大丈夫よ。まぁ、壊れても学校に頼めば直してくれるでしょ」


相変わらず、他人まかせだ。


「ていうか、あんたら懐かしいもんやってるのね」


ハルヒは、俺の横からスゴロクを覗いてきた。


「単純ですが、改めてやってみると面白いですよ。涼宮さんもどうですか?」

「悪いけど、遠慮しとくわ。あたしも小さい頃はよくやったけど」


そう言って、ハルヒはパソコンが常備された団長机に向かう。


「そうねぇ、今度あたしがオリジナルのスゴロクを作ってもいいわ。

発売すれば、瞬く間に大ヒット間違いなしよ」


やれやれ。


「楽しみにしておきましょう」


古泉、あいつに現実を教えてやれ、現実を。


「まぁ、いいじゃないですか。彼女だって、心の底では分かっていますよ」


その心の底とやらは、見通せないほど深いんだろうな。

それと、顔が近い。いちいち近づいて囁くな。


「そういえばお前、朝比奈さんの事なんか聞いてないか?」

「みくるちゃんなら、さっき2年の教室で鶴屋さんと何か話してたわよ」


なるほど、どうやら我が心の安らぐ瞬間はまだ来ないようだ。


「それより、キョン。季節が変わったのよ。

我がSOS団としても何か新しい事を始めなくちゃいけないと思うのよ!」


いけないなんてことあるかよ。それに、お前はいつもやってるじゃないか。


「うるさいわね。あんたももっと、SOS団の団員としての自覚をもちなさい」


そんな自覚はお前1人で十分だ。


「なぁ、ハルヒ。もうすぐ、学校行事が始まるんだ。

この9月ぐらい大人しくしといてもいいだろう?」


「何言ってるの。SOS団にオフ・シーズンなんてないわ。

年中無休よ。不思議な事はいつ転がってくるか分からないんだから」


言うだけムダのようだ。


「うーん、でも何かこういいことが思いつかないのよね。みんな、なんかない?」

思いつかんのなら、思いつかんでいい。


「紅葉の深まった山を散策するのはどうですか?運動にもなりますし、ここからそう遠くない場所にオススメのスポットがあるのですが」


古泉、余計なことを言うな。


「いいわね。秋の山って凄く神秘的な感じがするし、

もしかしたら、山男や天狗に逢えるかも」


やめてくれ。お前が願うとほんとにそうなるんだから。

古泉の笑顔にもやや困惑の色がとって見える。だから、言わんこっちゃない。


「ねぇ、有希は何かない?」


ハルヒの問いかけに、長門は若干の間を置いて読んでる本を見せた。

長門らしい答えだ。 


「読書かぁ。それもいいけど、もっとみんなでできることがいいのよね」

「昼寝大会なんてどうだ?この時期の寝やすさといったら、春と並んで…」

「却下。キョン、もっとましな意見は出せないの?」


なんだ、この扱いの差は。少しは考慮してくれたっていいだろ。

これなら、面倒な事は起こらないと想ったんだが。


「うーん」


ハルヒが団長席でうなっていると、


「遅れて、すいませーん」


ようやく、俺の安堵の瞬間が訪れた。


「鶴屋さんと話してたら、長くなっちゃって」


SOS団の愛すべきマスコットにして俺の精神安定剤、朝比奈さんのご到着である。


「遅かったわね、みくるちゃん。今日はもう時間がないから服の着替えはいいわよ」

「ホント、すいません。すぐに、お茶を入れますね」


そう言って朝比奈さんは、俺の横の椅子に鞄を置いた。すると、何か紙が落ちた。


「ん?」


俺は、それを拾うと


「朝比奈さん、何か落ちましたよ」


なんて書いてあるんだろ。


「あわわ、すいません」


俺が書いてある文字を把握する前に、朝比奈さんは紙をひったくってしまった。

と、思ったのだが紙をとったのはハルヒだった。


「何これ、みくるちゃん?」

「いえ、あの…」


朝比奈さんは、かなり動揺しているように見える。


「ゴルフのキャディーさん募集中。学生でも大歓迎。短時間で高収入…」


バイト?確かに、朝比奈さんがどこからお金を手に入れているのか

気にはなっていた。てっきり、未来から仕送りがあるのかと思っていたが。

まさか、バイトを?


「みくるちゃん、あなたバイトなんかするの?」

「いえ、違うんです。あの…」


朝比奈さんの話を要約すると、2年生はいろんな職業の中から1つを選んで、

実際にその職場に行って、いろいろと調べたり、体験したりして

レポートにまとめなくちゃいけないらしい。


「あたしはどこでもよかったんですけど、鶴屋さんが勧めてくれたんです。

何でもそのゴルフ場、鶴屋さんの親戚の方が経営してるらしくて」


なるほど、わざわざアポを取る手間も省けるし、

鶴屋さんの知り合いなら安心して行けるな。


ただ、俺の横のヤツがとびっきりの笑顔を浮かべているのが気になるんだがな。


「みくるちゃん。そんな面白そうな事を独り占めするつもり?」


案の定だ…。


「あたしも行くわよ、そのゴルフ場。一回、行ってみたかったのよね。

みんなも、行きたいでしょ?」


長門は相変わらずの無言。古泉は、微笑をうかべるだけだった。まったく。


「おいハルヒ、大勢で押しかけたら迷惑になるぞ。

それに、2年生になれば、どうせやるんだからその時に行けばいいだろ」


「みくるちゃん1人で行かせたらどうなるか不安だわ。団長が団員の心配をするのは当たり前の事よ!

それに、来年にはもうなくなってるかもしれないわ」


お前が行ったら余計不安になる。それと、さらりと適当に失礼な事を言うな!


「とりあえず、鶴屋さんに聞いてみた方がいいのではないでしょうか?

ここで議論しても話が進みませんよ」


古泉が仲裁に入ってきた。っておい、何、前向きに検討してんだよ。


「朝比奈さん。すみませんが、鶴屋さんに連絡をとってもらえませんか?」


完全に怯えて震えていた朝比奈さんは、小さくうなずくと携帯を取りだした。


「あっ鶴屋さん。あの、日曜のゴルフ場の件なんですけど。

はい。涼宮さん達も行きたいって言ってて…」


「とりあえず、今はこうするしかありません。

涼宮さんの関心が例のゴルフ場に向いている以上、他の案を出しても無駄でしょう。彼女のストレスが溜まったらどうなるか分かりますよね?」


古泉はそう囁くと、いつものニヤケスマイルに戻った。


あの灰色の空間の事は思い出したくもない。


「本当ですか。じゃあ、お願いします」


朝比奈さんは、携帯から身を離すと


「いいみたいです。むしろ、大歓迎だって」


現実って甘いな…。ハルヒは、当然と言うような顔をしている。


「あっ、みくるちゃん。あたし、鶴屋さんにちょっと話があるから変わって」


一体、これ以上何を要求するというんだろうか。1分ほどして、


「いやー、無理言って悪いわね。じゃあ、また!」


どうやら、会話が済んだようだ。


「やっぱり鶴屋さん、話が分かる人ね」


そう言って、ハルヒは朝比奈さんに携帯を返すと、

団長机の前に立ってこう宣言した。


「いい。今度の日曜。第1回SOS団ゴルフ大会を開催するわ!」

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