やさしい刑事 第5話 「人形の涙」(1)
通報を受けて駈けつけた殺人現場は凄惨の一語に尽きるものだった。
真新しいワンルーム・マンションの部屋の一角は血だらけで、周囲の壁には血が飛び散っていた。
「こりゃぁ、ひで~やっ!」中に入るなり平野刑事は言った
「あぁ、まるでハリウッド映画を見てるみたいだな~」ヤマさんもそうつぶやいた。
「こんだけメッタ突きにされてるって事は、怨恨絡みか何かですかねぇ?」
血に染まって倒れたまま死んでいるガイシャ(被害者)のマンジュウ(遺体)を検分しながら平野刑事が言った。
「有り得るなぁ…おいっ、ちょっとヤッパ(凶器)を見せてくれ」ヤマさんは鑑識捜査官に言った。
鑑識捜査官はビニール袋に入れた刃渡り15Cmほどのぺティナイフを持って来た。
「握ったエンコ(指)の後が残ってるなぁ~…モン(指紋)は割れそうだな」
「はぁ…これから署に持って帰って調べます」
「うん、頼む」そう言ってヤマさんは、再びガイシャに目をやった。
ガイシャは25才になる中堅企業の社員。首や背中を刃物で滅多突きにされて殺されていた。
無断欠勤が続いて電話も通じないのを不審に思った上司が、マンションを管理する警備会社に連絡して死体が発見された。
開かれたままのノートパソコンは血で汚れ、日本で有数のドールメーカーY社のホームページが開かれたままになっていた。
「これ、なんだかゾッ!としますねぇ~」
奥のベッドの横に立っている、血の付いた等身大の少女ドールを見ながら平野刑事が言った。
「おそらく、ガイシャはドールマニアだったんだろう…最近はそんな趣味の若者も多いらしいからな」
「いやぁ、自分は嫌ですね~…こんなのが部屋に置いてあったら気味が悪くて寝られませんよ」
「そうだな…俺もお前さんが人形抱っこして寝てるなんて、想像しただけでも気味が悪い」
「またぁ~…そんなにイビらないで下さいよ。ヤマさん」
「それにしても、奥のベッドまで血が飛び散っている割には部屋の中が荒らされてないな~」
「ガイシャは、ほとんど抵抗しなかった…って事ですかね~?」
「パソコンを見ている最中に、背後から何者かに刺されたのは間違いないだろうな」
「じゃぁ、やっぱりホシ(犯人)はガイシャと親しい人物だったとみて間違いはなさそうですね」
「あぁ、マンションはオートロックだし、ガイシャ自身がホシを招き入れたとみていいだろう…ただな」
「ただ…何ですか?ヤマさん」
「パソコンの前で殺されたはずなのに、何で離れた奥のベッドにまで血痕が着いているのかが分からん」
「そうですね。ガイシャが這っていった形跡はないし、もしかしてホシがそこで着替えでもしたとか?…逃走するために」
「おぉっ!さすがに平野刑事だな…確かに血の着いた服のままだと逃走する時に人に怪しまれるからな」
「からかわないで下さいよ~…ヤマさん。でも当ってるでしょ」
「そうだな…ホシは、前もって着替えを用意してから犯行に及んだ。ガイシャを殺害した後ベッドで着替えをして、血の着いた服をカバンか何かに入れて悠々と現場から立ち去った…そんな計画的犯行だったなら何で現場にヤッパが残ってるんだ?」
~続く~
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