やさしい刑事 第4話 「母地蔵」(3)
警察署に帰ったヤマさんは、さっそく平野刑事に声を掛けた。
「おぃ、平野刑事。二、三人警官を呼んできてシャベルを用意させろ。お前さんもついて来い」
そう言うとシャベルを手にした警官を集め、全員でパトカーに乗ってさっきの空き地に取って返した。
(あの犬が寝ていたのは、確かこの辺りだったよなぁ~)主任刑事は場所を確認した。
「ヤマさ~ん。何するんですか~?…シャベルなんか担いできて」平野刑事が怪訝な顔をして尋ねてきた。
「花さかじいさんをやるんだよ。宝物がザックザック出てくるかも知れんぞ~」ヤマさんはいたずらっぽく笑った。
「はぁ~?…いくら何でも、こんな所に宝物が埋まってる訳ないでしょう」
「いいからブツブツ言ってないで、この辺りを掘ってみろ」
平野刑事と警官たちは、ヤマさんが指差した辺りをシャベルで掘り返した。
出て来たのは、生後間も無い赤ん坊の遺体だった。
行き付けの雀荘から出て来た男に、平野刑事は逮捕状を突きつけた。
それを見るなり、男は懐からナイフを取り出してチラつかせながら、あわてて逃げ出そうとした。
「この野郎っ!こんな所でマッポ(警官)なんぞに捕まってたまるか~」男は逃げながらわめいた。
平野刑事と警官は、怯まずに逃げる男に跳び掛かった。男はナイフを振り回して激しく抵抗した。
「やれっ!平野刑事。ホシの腕の一本や二本へし折ったって構わん!」いつもは温厚なヤマさんが激高していた。
女を食いものにして哀れにも死なせた挙句、産まれたばかりの幼い命を奪った男を許せなかったのだ。
男は身体中傷だらけになるまで抵抗したが、とうとう、平野刑事にナイフを取り上げられて押さえ込まれた。
「くっそ~っ!こんな所で地獄のイヌに捕まるとはな~」捕まった男は、悔しまぎれに捨てぜりふを吐いた。
「お前の本当の地獄はこれからだ!覚悟しておけっ!」とヤマさんは男を一喝した。
ガチャリッ!と男の手に手錠がはめられた。
男を逮捕して留置所に入れてからデカ部屋に帰って来たヤマさんは、平野刑事に言った。
「なぁ…平野刑事。お前さんとこの実家って、工務店だったよな~」
「まぁ、田舎の工務店ですけどね…それがどうかしましたか?」
「あぁ、犬小屋を一つ作って欲しいんだが」
「えぇっ!?ヤマさん…とうとう一人暮らしが寂しくなって、犬でも飼うんですか?」
「馬鹿言えっ!イヌが犬を飼ってどうすんだよ」
「あれぇ、それ自虐ネタですか~?…でもまぁ、これでも高校の頃オヤジんとこでバイトしてましたから任せて下さい」
「うん、頼むわ。材料費は俺が払うから…でも工賃は払わんぞ」
「いいですよ~…いつもお世話になってる事ですし」
それから数日後、ヤマさんは平野刑事と二人で、出来上がった犬小屋を車に積んであの空き地に向かった。
空き地の地蔵尊の前では、いつものお婆さんがむき出しになっているお地蔵さんの世話をしていた。
「やぁ、お婆さん。お地蔵さんの祠を作って来たよ…犬小屋だけどな」ヤマさんは、お婆さんに言った。
「なぁに…お地蔵さんが雨露しのげりゃ、犬小屋でも何でもいいよ。それに犬は母性が強いって言うからお似合いだわさ」
そうして、ヤマさんと平野刑事はお婆さんと一緒にお地蔵さんを掃き清めて、犬小屋の中に安置した。
それが刑事にできる せめてもの『やさしさ』だった。
一仕事終えたヤマさんは、額の汗を拭いながら神妙な顔で平野刑事に言った。
「なぁ…たった10カ月しかお腹の中にいなかったのに、どうして子供は一生オフクロとへその緒が切れねぇんだろうな~」
「どうしたんですか?ヤマさん…急にシンミリして」
「いや、何でもないよ。何でも…」
あの時、男に殺されて埋められた赤ん坊にお乳を与えていた犬は、空襲でわが子とはぐれて焼け死に、地蔵になった母親なのか?
それとも、男に赤ん坊を連れ去られて、病院で今わの際までわが子を思い続けながら死んだシュウちゃんの化身だったのか?
さすがのヤマさんにも、そこまでは分からなかった。
思えば、わが子を思う母親の愛情は、どこまで深いものなのだろうか。
ヤマさんは日が落ちて行く西の空を見上げたながらポツリとつぶやいた。
「雪と子供は今どこに」と…
ヤマさんの妻と子供の行方が分からなくなってから、長い年月が流れていた。
やさしい刑事 第四話 「母地蔵」 (完)
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