第173話:代謝 ~副作用は侮れない~
「さすがに鬱状態じゃ仕事にならんから、なんかいっぱい薬を足してたけど、結局副作用はあるしなぁ」
彼女は何やら薬の名前を述べて春日に説明していたが、春日には最後までピンとこなかった。彼女の腕を医者としてもマッドサイエンティストとしても信じていた春日は、全てを彼女に任せるという名の丸投げをしていた。
「やから、普通の捜査には使えんよ。違法やし、何より薬の濃度計算が難しすぎる。代謝時間の計算も難しいしな」
その重荷を、彼女はたった一人で背負ってみせた。春日はこの上ない感謝を彼女に捧げている。途中から、彼女の知的好奇心の実験台にさせられているような気もしたが、それは考えないことにしていた。
「なるほど、代謝時間ですか。今、彼が急に煙草を吸い始めた理由が分かりました」
「さすが三嶋さんですね、そういうことです」
「……どういうこと?」
そういうことが何なのかわからない裕が、笑い合っている二人に割り込む。
「現地でお酒を飲んだら、拮抗薬の代謝時間が狂うでしょ。だからと言ってお酒を飲まずにいたら、それはそれで目立ちます。だから煙草を吸うことで誤魔化した。違いますか?」
彼女には絶対に酒を飲むなと言われていた。かなり前に辞めていた煙草をもう一度吸う羽目になるとは思わなかったが、苦肉の策である。
「でも、わざわざなんで手間をかけて拮抗薬なんか用意したんですか?」
澤田は春日の職業を知り、彼を手に入れようと覚醒剤漬けにしようとしていた。だから拮抗薬を用意して正解だったのだが、それはあくまで結果論だ。偶然の産物である。
「章さんが怖いこと言うんやもん……」
怖いこと、というのは、最初にぶつかった時の発言のことだろう。
『失敗した時のことをちゃんと考えろ』
だから春日は考えた。澤田の懐に入りながら、澤田を刺せる方法を。
「さすがに、元から覚醒剤を盛られる可能性も考えとったのもあるけどな」
そして同時に、春日は職業がバレている可能性についても思い当たっていた。
「
彼女をとっかえひっかえしなければ、しかも同時に複数同時並行で付き合わなければ、職業がバレる恐れはなかったのでは、と三嶋は苦言を呈したかった。
「でも逆に、それは俺も知ってることや。向こうが俺のことを調べてるなら、俺かてSOxのことを調べてから仕事しとるもん。当然、如月アヤナが元いたグループのことも知っとるで。そして、俺は元カノのことを全員覚えてるしな」
胸を張る春日を、情報課の風紀委員であるところの三嶋と、ストイックな私生活を送る諏訪が冷めた目で見ている。
「で、ついでに如月アヤナに手も出したと」
「!? どこからその話聞いたんですか!?」
春日は顔をぎょっとさせる。三嶋は大きくため息をついた。
「春日くんの上司として、事件の顛末の報告は受けますからね。如月アヤナの自供は全部聞いてますよ」
「いや、手を出したわけちゃいますよ。寝てませんし」
三嶋が何を話したわけでもないのに、春日は大慌てで顔の前で手を振った。
手を出していないの基準が高すぎると思った多賀は、自分自身が間違っているのだろうかと不安になった。間違っていない。
「酒も煙草も合法的にできない年齢なんか、そんなん赤ちゃんですやん? 若すぎるんですよね。もうちょっと年上だったら考えたんですけど」
一緒に食事をした時、あんなに背伸びをしたがっていたアヤナの求めるものは酒だった。自分にせよ、成熟した女性にせよ、酒は日常の食事とともにあるものであり、背伸びした先が酒だなんてあるはずもない。その点がやはり子供っぽさを感じてしまうところだった。
がっかりした、というのが正直なところだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます