第167話:無茶 ~酒は飲んでも飲まれない~

 ほろ酔いにすらならない量を飲ませたはずだが、アヤナがやけに酔っているような気がする。雰囲気に酔っているのだろう。若いな、と春日は思いながらタクシーを呼んで二軒目に向かわせた。


 本番はここからだ。元からうまく二軒目に誘導して酒を飲ませ、澤田の情報をアヤナに喋らせる予定だった。年齢確認なんてされず、アラサーの自分と年若い女性が二人きりで飲んでいても怪しまれないような店をあらかじめ選んである。当然、店もレストランと同時に予約してあった。


「アヤナね」

 タクシーの中で、春日の隣から甘く聞こえる吐息の中に急に澄んだ声がして、春日はそちらの方を見る。

「英輔ともっと一緒にいたいなぁ」

「いつでも一緒にいるよ」

 春日はアヤナの頭を撫でる。普段ならとても吐けないセリフだが、今は仕事の為に彼女という彼女を全員振った状況だ。有言実行できると言えばできる。


「違うよぅ」

「違うの?」

「仕事でも一緒にいられないかなぁって」

「仕事ってどういうこと?」

 タクシー料金を払うべく、春日がクレジットカードを差し出していたところに、アヤナが唐突に話を振ってきた。思わず春日は素で疑問を返す。まさか、このタイミングで仕事の話が出てくるとは思わなかった。


「あたし、もっともっと英輔と一緒にいたい」

 二軒目に入り、最初の酒を頼んですぐに如月アヤナはそう言った。

「……仕事でも?」

「だって、英輔がデビューしてくれたら、絶対楽しいよ」

 そういえば以前、そんな話があったなぁと春日は思い返す。パーティーのことだ。冗談だろうと思っていたが、本気だったのか。


「寂しいの?」

 二人は乾杯でグラスを鳴らす。からかうように春日がそう言うと、恥ずかしそうにアヤナは頷いた。

「前は隼人はやとがいたけど、今はいないもん」

 彼女の言う隼人とは、東隼人のことだ。その名が急に出てきたのは、春日と東が彼女の頭の中で結びついているからに違いない。つまり、春日は東の代わりだ。


 なぜ、彼女はやたら春日を気に入っているのだろうと以前から不思議ではあった。その謎が、今解けた気がする。彼女は、自分を仲間に引き込むことで澤田から大きな恩恵を受けている。恐らくその恩恵とは覚醒剤ミントだろう。だからうまくもない媚を春日に売って、必死に自分を売り込もうとしているのだ。


 そしてなぜ彼女は春日を引き入れることで恩恵を受けられるのか。

 それは澤田が自分を狙っているからだ、と春日はようやく気が付いた。東の代わりとして澤田は春日を狙っている。


 もしや、これは短期決戦で片を付けられる要素が揃っているのではないか。自分だけは酒を薄くするようにこっそり頼んだカクテルに口をつけ、彼女と雑談を進めながら、春日は頭を回転させる。


 澤田の情報を探るまでもなかった。なんなら、パーティーが終わってから、ハイペースでせっせと覚醒剤ミントを購入する必要だってなかったわけだ。彼らが春日を狙っていたのは恐らく最初からである。もっと早くからそれに気づいていれば、こんなことにはならなかっただろうに。


 もっと早くから気付いていれば、あのパーティーで無茶をして、彼女に薬を打たれるようなことも起こらなかっただろうに。と何度したかわからない後悔を春日は酒で流し込んだ。

 後悔先に立たず。今の春日に変えられるのは、過去ではなく未来である。

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