第150話:皆無 ~アイドルなんて目指せない~

 芸能人御用達であり客のほぼ全員が社会的成功者という、高級な密売組織ではありながらも、入り口のチェックが厳しいわけではない。これがカジノの時とは違う点である。警察の捜査官はいくらでも紛れ込ませられるはずだ。


 しかし現実には、その組織に潜入した捜査官は誰一人いない。


 理由は簡単だった。見ていて笑いそうになった。並の捜査では証拠が押さえられない、だから情報課に回ってきた。ただそれだけだった。


 第一の問題は、事件の最重要関係者が完全にSOxのメンバーに限られていることである。これは流石の春日でもどうしようもない。いかに春日の美貌が優れていようと、春日は若い女性アイドルグループに入ることはできない。


 第二の問題は、澤田はSOxしかプロデュースしていないということだ。彼が設立した事務所に所属するのはSOxのメンバーのみである。つまり、事務所に所属しようとするのも春日には不可能ということになる。


 情報課のメンバーに求められているのは、通常では入れない場所や組織に、自らのコネを使って潜入し、証拠を押さえることである。

「……こんなところに行かなあかんのか?」

 本気で春日を潜入させようとしているのなら、あまりにも無謀すぎる。


 一方で、全国の警察官、およそ三十万人弱の中で、このグループに最も近づけるのが自分だという自覚もある。その三十万人の最適解が、アイドルグループに求められている人材と年齢も性別もまるで異なる自分だとは、なんと嘆かわしい事態か。


 分厚いファイルを全て読み終わり、頭の中で大量の情報を整理しきってなお、春日には方策が全く思い当たらなかった。時間ばかりが過ぎていく状況に春日は焦っていた。

 せっかく、彼女全員をあっさり振ることに成功したというのに。得られた時間的アドバンテージは悩んでいるうちに消えた。


 情報が足りない。

 いや、諏訪の事件に比べたら圧倒的に情報量は多い。自分でも、アイドルグループSOxの動向や、プロデューサーとしての澤田、そして裏社会に通じる男としての澤田のことは調べられるだけ調べている。

 しかし事件の解決に繋がるような情報は皆無だ。


「……これは東京行かなあかんなぁ」

 足りない情報は、関係者本人から直接聞き出すべきである。そして最も確実な情報源となるのは、逮捕された東だ。兄とは恐らく交友関係のある東だが、売れ始めたのが春日の引退後であるため、春日本人と会ったことはない。果たして、心を開いてくれるだろうか。


「まあ大丈夫やろ」

 人当たりの良さなら大抵の人間には負けない。アポなしで東に会いに行っても、恐らく拒否はされまい。

 春日の自信は人一倍だった。そうでなければ、幼いころからずっと芸能界の端にでも立てるわけがない。自分への自信は大前提、そこに実力と運とその他諸々が必要となる世界である。


 当然、その自信は顔や若さ、スタイルに由来するだけのものではない。女性を何人も落としてきたその話術、そして雰囲気の作り方に由来する。

 誰にも言ってはいないが、もし警察官をクビになるようなことがあったら、ホストか結婚詐欺師になろう、と呑気に考えているほどだ。そして恐らく自分だったら可能である。と思う。

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