第149話:半端 ~すぐに追えたら苦労しない~
通常、覚醒剤の元締めで暴力団が関与しないなどということは有り得ない。
今回も、暴力団が絡んでいると言えば絡んでいる。しかし、今回は一般の覚醒剤事件とは少し事情が違っていた。
そのキーワードが「芸能人御用達」だ。情報課のソファに寝そべってファイルを眺める春日は、ようやく事件の全体像を掴みつつあった。
「芸能人御用達」といっても、芸能人専門ということではない。言うなれば、金持ち専門の高級薬屋というのが近い。
一般の流通にはない魅力が、そのルートにはあった。売り文句は「純度百パーセントの
暴力団はあくまでケツモチ、覚醒剤の販売には直接関与してはいない。いや、ほとんど関与していない。暴力団側も、ケツモチをして金さえ得られれば積極的に関わってこようとはしない。つまり、暴力団側から密売ルートを追うのは不可能だ。実際、別件で吊るし上げた組員は、全く密売組織の情報を知らなかった。
そもそも、暴力団側の経路で密売ルートが追えれば、情報課に回ってくる案件にはならないのである。
とはいえ、今までに逮捕された芸能人たちの口から、密売組織の実態はある程度明らかになっている。昨日捕まった東も、捜査官が組織名を尋ねるとあっさりそのブローカーに関与していたことを認めた。
黒幕の名前は
「変わった名前のグループやなぁ」
「靴下?」
「それはスペルが違います」
「下ネタ?」
「絶対言うと思いましたよ章くん」
「違うのか。じゃあ硫黄酸化物?」
「硫黄……? なんすか、それ」
「嘘だろ諏訪、本当に理系かよお前」
情報課の面々は好き好きに口を挟んでくる。変なグループ名は地下アイドルにはよく見かけるが、それにしては妙にインパクトに欠ける。しかしその中途半端さがいいのだろうか、アイドルグループ自体は地下アイドルの中ではそこそこの人気だった。最近はテレビ出演も増えてきている。
このグループのメンバー全員が覚醒剤のブローカーとして捕まるとなれば世間は大騒ぎだ。そして春日は大手柄となる。
プロデューサーの澤田本人の人脈が芸能界に偏っているため、薬の顧客には芸能関係者が多いものの、一応は様々な分野に顧客がいるらしい。
「……なんでアイドルのプロデューサーが覚醒剤の売人なんやろ?」
春日はファイルから上げて三嶋に尋ねる。
「さぁ……」
三嶋は首をひねる。自分に尋ねてどうするという本心が三嶋の笑顔から読み取れたので、春日は首をすくめて目線をファイルに戻した。
澤田が覚醒剤密売人として動き始めたのは今から三年ほど前、グループが売れはじめてしばらくしてからだ。覚醒剤の質の高さは東京の覚醒剤中毒者に大いに受け、一気にその界隈では有名人になったとファイルには書かれている。
なぜここまで情報を掴んでおきながら、警察は密売人を逮捕できないのだろう。
寝転びながらファイルに目を通す春日は考える。三嶋から春日に渡されたファイルは、今まで警察が調べ上げた情報がびっしり詰まっている。事件の全容が全くの不明だった諏訪のカジノ事件よりは、はるかに分厚いファイルだ。
そのファイルの分厚さは、今まで調べてきた、春日の知らない捜査員の努力の結晶を示すものでもあり、一方で事件の難易度をそのまま表しているものでもあった。
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