第147話:外堀 ~管轄なんて超えられない~

「は?」

 なんとなくネタにしただけの俳優が事件と絡むとは思いもしなかった。

「芸能人専門ってことですか?」

「なんか俺の時と似てるっすねぇ」

 諏訪が苦い顔をして呟く。


「違いますよ。客層のメインが芸能人なのは確かですがね。とはいえ、ここ最近覚醒剤で逮捕されてる芸能人は大体この元締めの客だそうですが」

「……やから俺に?」

「上はそう思ってますね」

 三嶋がそう思っていない、というわけではないだろう。彼が仕事を振ってくるということはそういうことだ。


「ま、可能ならやります。いかなる手段を使っても」

 春日は手をヒラヒラさせて頷いた。随分軽い「いかなる手段」があったものだ。

「いかなる手段を使っても構いませんよ。仕事をしてくれるのなら」

 頷く三嶋も三嶋である。


「そんで、なんで元締めを普通に逮捕せーへんのです?」

「どうせ俺と同じっすよ」

 諏訪が横から口を挟む。

「いくら調べても元締めが誰かわからない。違うんすか?」

「誰かはわかりますよ。捕まえられないだけで」

 三嶋は首をすくめた。

「なんでそんな事件ばっかり振ってくるんすかね? 俺たち、県警に舐められてるんじゃないっすか?」

 

 憤怒する諏訪を手で制したのは章だ。

「逆だよ、逆」

「え?」

「芸能人御用達の薬の元締め、そんな奴の居場所なんて東京に決まってるだろ? 東京都の管轄は警視庁だ、県警じゃない。つまりこれは、情報課のためにもぎ取ってきた案件だということだ」


「も、もぎ取るって……、県の管轄なんか超えられるわけないでしょう!?」

 多賀が目を剥いて叫ぶ。警視庁を含む、全国の都道府県警は、県境を超えれば別の組織だ。見た目は同じ、使う法律も同じでも、中身はまるで違う。

「警視庁や県警の上の組織、警察庁の人間なら可能だ。ほら、一人いるだろ」

「千羽さん……」

 多賀には心当たりがあった。情報課を作った人間の一人、せんである。普段は三嶋の上司で、多賀たちと関わりはほとんどないが、三嶋以上の曲者らしいと多賀は聞いている。


「彼女が、僕らの為に?」

「そういうことです。県警はなんとしても情報課で成果を上げたいんですよ。警視庁の案件で結果を出せば、警視庁に恩も売れますしマウントも取れますから」

「怖い世界ですね」

 多賀が諏訪に耳打ちする。諏訪はそっと頷いた。


「それでも、やっぱり警視庁があっさり事件を渡すのはおかしいですよ。いくら千羽さんが警察庁の人と言っても、警視庁にだって警察庁の人はいるじゃないですか。彼女の一存で事件をもぎ取るなんて不自然です」

「いいところに気付いたな」

 何故か章が得意満面の笑みを浮かべる。


「理由はいくつかある。なあ、三嶋」

「ここで私に振るんですか……」

 三嶋はため息をつきながらも律儀に説明を始める。ここで章を甘やかすから章が図に乗るのだ、と裕は思う。だが言ったところでどうせ直らないだろう。


「まず、警視庁は事件の解決を絶望視してるってことですね」

「そうなんですか?」

 相手はあくまでも単独犯の麻薬ディーラーである。時間をかけて狙っていれば、チャンスはいくらでもあるだろう、と第三者である多賀は思ってしまう。


「春日くんも言ってますけど、最近、警視庁は結構高い頻度で有名人の覚醒剤をつるし上げています。外堀は埋め終わりました。元締めの情報はある程度集まってます。でもダメなんですよ。最後の最後で捕まえられない」

 その理由がみっちり書かれているであろう捜査ファイルを、三嶋はぽんぽんと叩いた。その分厚さに諏訪は心の中で舌を出す。正直、文章を読むのは苦手だ。


「家宅捜索したらいいじゃん」

「既にしてます。ですが、何一つ証拠が出なかったんです」

 現在の証拠は、すでに逮捕された関係者の証言のみだ。それだけだと、令状は取れても、起訴して有罪に持っていくことは難しい。物的証拠がないからである。


「だから俺たちに投げたってことっすか?」

「他に手柄を取られるくらいなら、管轄を超えてでも身内情報課に事件を投げますよ。それが警察庁です」

「他って何すか?」

「東京地検特捜部……?」

 法学部を出た多賀が呟いた。三嶋は多賀の言葉にしっかりと頷いて返す。

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