Mission5:白の慟哭

1. 大物覚醒剤ブローカー

第146話:不在 ~テレビは雲の上じゃない~

 情報課にいない時、例えば春日かすがが生活安全部で仕事をしている時にしまが電話をかけてくることはまずない。必ずメッセージを入れてくる。

 だから携帯に残っていた不在着信の通知を見た時、嫌な予感がした。仕事だ。


「三嶋さん、どうしたんですか?」

 電話をかけなおした春日の声は重い。

「春日くんが標準語で喋ってると何だか違和感がありますね」

 そりゃそうだ。自由でいられる情報課と違い、ここは生活安全部だ。関西弁は完全に封印している。春日の出身地を知らない同僚さえいるほどだ。


「用事がないなら切りますよ」

 返事の代わりに、三嶋のいつもの笑いが聞こえてきた。

「今電話を切ったくらいで、私から逃げられると思ってるんですか?」

 春日は言葉に詰まった。今逃げたところで、仕事からは逃げられないし、別の誰かに回るわけでもないし、放置している間に状況が悪化するおそれもある。そしてその尻ぬぐいをするのは自分だ。三嶋は春日自身が電話など切れないことを知ってて言っている。


 全く、食えない男だ。


 定時になったら行くと連絡して春日は電話を切った。

「かわいい女の子が来るんやったら大歓迎やけどなぁ」

 しかし、潔癖な三嶋がそのような事件を春日に回してくるわけがない。

 

「三嶋さーん、春日でーす」

 しかし、三嶋からの返事はない。

「三嶋なら、昼から見てないけど」

 章が三嶋の空席を指さして答えた。


「なんや、呼び出しといて、おらんのかいな」

 春日はぼやきながらドア横のソファに座る。

「三嶋さんも適当やなぁ。これで仕事も一緒に無くなってくれたら最高なんやけど」


「私のことがそんなに嫌いですか?」

 気付けば、ソファに寝転ぶ春日の顔を、三嶋が見下ろしている。三嶋が部屋に入って来たことに、春日は全く気づかなかった。ぞっとして起き上がると、三嶋は黙って春日の向かいに座った。

「い、いつから……」

「すみませんねぇ、私にも仕事があるもので、少し遅れてしまいました」

 三嶋は春日の質問には答えずに、笑顔のままで頭を下げた。


「章さん、もしかしてわざと……?」

「まさか、三嶋が入って来たのはたった今だぞ」


「私は、春日くんをいじめるために仕事を振ってるわけではありませんよ」

 春日よりはるかに小柄な三嶋だが、その存在感は春日をすさまじい勢いで威圧する。

「……そんなん、分かってますやん」

 ただ、情報課に回されるような仕事は、平穏な日常が失われるような仕事なわけだ。身体が反射的に拒絶してしまうのである。


「でも、情報課の仕事をしなければ、情報課の存在価値はありませんから」

「わかってますよ。情報課は遊び場やないってことくらい」

「いや、どう見ても遊び場だろ」

 章が余計な口を挟む。

「話をややこしくしないで下さい!」

 三島に叱られ章は首をすくめて作業に戻ったが、顔はにやついたままである。反省の色などない。


「で、三嶋さん、俺は何したらええんですか? 可愛い女の子はいます?」

「覚せい剤の元締めを逮捕する、というのがお仕事です。可愛い女の子は、私の関知するところではありませんが」

「覚醒剤ねぇ。なんか最近、めっちゃ流行ってません? 昨日も俳優のあずまはやが捕まりましたやん?」


 元々、警察が逮捕する薬物の七割以上が覚醒剤だ。流行りも廃りもないのだが、確かに最近のニュースではやたら芸能人の薬物使用、とくに覚醒剤が取りざたされるような気がしていた。

 

「はい、その東隼人に薬を売った売人の元締めです」

 三嶋の声があまりにも朗らかだったものだから、春日の理解が一瞬遅れた。

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