第140話:出国 ~目標だけはブレさせない~
「章さん」
諏訪の息が荒い。
「逃げられました」
「どういうこと?」
章の声が固くなる。そのせいでさらに緊張が高まる。
「水無瀬怜次郎が、日本から出国したらしいっす」
「手配してなかったのか?」
「しました。南雲も監視してました。水無瀬との接触はなかったはずっす。なのに、なぜか出国してるんすよ……」
背中にどっと汗が出る。追い詰めたら、水無瀬は必ず動く。姿を見せる。姿が見えれば捕まえるチャンスができる。そう思っていたのに、一歩先を行かれた。海外に逃げられたら、日本の警察ではもはや手出しはできない。
「行方不明ではなく出国しただと? どういうことだ」
さすがは章、察しが早い。
「章さん、また三嶋さんの部下をこき使って奴の出国記録を調べさせたでしょ。結果が出たんすよ。出国になっています。ほんの二日前に」
「なるほどな」
章は満足そうに目をつぶって首を縦に振った。
「行き先は中国の香港らしいっすよ。そういうことになっているんだそうです。千羽さんがそう言ってました」
水無瀬怜次郎は日本を出国した。不知火貴金属商会の多くの従業員が逮捕された上、オーナーもいなくなったとなると、カジノが復活する可能性は低いというのが千羽の予測である。
「え、千羽さんに言われたの?」
「はい。水無瀬怜次郎の出国のことも、カジノ復活のことも、章さんが三嶋さんの部下を使ったことも、全部っす」
「…………」
章は口を半開きにして凍りついている。三嶋にバレただけならぼやかれるだけで済むが、千羽はそう簡単にはいかない。
「章さん、また三嶋さんの部下を使いましたね?」
「……うん」
「三嶋さん、怒るっすよ」
「いないからいいんだよ」
「帰ってきた後でどうなっても知らないっすよ」
「いいんだよ。面白くもないのに、いつでもどこでもニコニコしてる変わり者は、半ギレくらいでちょうどいい」
章は目を細めて鼻で笑う。
「まあ、三嶋がいないうちは千羽さんも大人しいだろうし、しばらくは平気だな」
「だといいんすけどねぇ。この事件が解決するのと、三嶋さんが返ってくるの、どちらが先なんっすかね」
「さあ、三嶋はもう帰ってこないかもしれないよ。殺されてるかもしれない」
章はさらりと残酷なことを言う。
「やめて下さいよ……」
「それは冗談にせよ、少なくとも、千羽さんの言う通りカジノは潰れたと見て間違いない。というか、不知火貴金属商会が潰れた時点で、事件解決したと思っていい。三嶋が帰ってくるのと、諏訪の事件と、どちらが早く解決するかと思ってたけど、諏訪の方が早かったな。良かったな、勝てて」
「そりゃ、事件が解決したのなら嬉しいですけど」
それでいいのだろうか、と諏訪は思う。本当に事件は解決したのか。
「だって、水無瀬が出国した絡繰もわかりませんし、なぜ急に不知火貴金属商会が潰れたのかもわかりません。わからないことだらけじゃないっすか」
それを残して事件解決というのにはあまりにも無理がある。
「それはカジノの人間にしかわからないことだろ。そもそも、この事件は『カジノが機能しなくなればいい』、これが目的だっただろ。未来あるアスリートがカジノにハマったのが問題だったんだから。僕だって、ここまで追い詰められたからってカジノを潰したり水無瀬を出国させるという手段を取る理由はわからないけど、それでいいんだよ」
それが捜査というものだ。捜査は事件を解決するために行うものであって、わからないことを調べるために行うものではない。
「三嶋さん、帰ってきますよね」
章にいろいろ言いたい気持ちはあるが、それをぐっとこらえて諏訪は呟いた。
「僕としては、三嶋に怒られるのもやだし、帰ってこなくていいけどな」
今はこのように殊勝な態度を取っていても、いざ三嶋に雷を落とされたらしゅんとなるんだろうな、と諏訪は章を横目で見ながら考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます