第103話:帰郷 ~故郷は自分を離さない~
「カジノは広告を打てないから、口コミを使って客を集めるしかない。だから客層が偏るんだろ。別にアスリート専門ってことはないはずだ」
「あるいは、スポーツにずっと打ち込める人って、ギャンブルに嵌りやすい性格でもあるんやろなぁ」
「じゃあ俺が潜入する必要ないじゃないっすか!」
諏訪の正論を、皆は揃いも揃って無視をする。ここで反応すると、この事件の担当が自分に回ってきかねない。一度情報課に回ってきた案件は、二度とよそに回らない。回ってきたものは誰かが消化するしかないし、できればそれは自分以外がいい。
「客にアスリートが大勢いるのは事実なので、馴染めるだろうっていうのが上の判断です」
三嶋が諏訪に引導を渡す。諏訪は憮然とした表情だ。そりゃそうだろうな、と周囲は同情する。同情するが何もしてやらない。
「嘘でしょ」
「上としても、有名な日本人アスリートが闇カジノで大量に破産すると大騒ぎになります。現役選手が影響を受けるのも困る。だから秘密裏に闇カジノを闇に葬ってこい、というわけです」
「どうやって捜査すればいいんすか……?」
「それを今から考えましょう」
「……本当に全然情報が無いんすね」
「だから、そう言ってるでしょ」
三嶋は諏訪の嘆きをするりと避けた。
「諏訪くん、できます?」
「とりあえず、探っていくとしたら、俺周辺の
今はスキーのシーズンが始まって間もない頃だ。大会直前ということもないだろうし、友人と会うのにもちょうどいいタイミングでもある。
「交通課との調整をして、一週間くらい実家に戻ります。情報が入手できるかは保証しないっすけど、やってみます」
「あ、その頃には私はもう潜入に入ってるので、いないと思います」
三嶋は手をヒラヒラと振る。彼が宗教法人「大地の光」に潜入するのは数日後だ。潜入捜査となるとおそらく長くなるだろうし、連絡も取れまい。
「あ、そうなんすか」
「ということで、今回の事件の報告は私ではなく、上の人間に直接お願いします」
「え……」
「だって、私がいないんだからしょうがないでしょ」
諏訪はハッとした。自分より上の警察官は情報課にはいない。伊勢兄弟は警察官ではないし、多賀は言わずもがな、春日は同期だが歳は一つ下だ。
「……あの人に直接報告するんすか?」
「ダメですか? いい人じゃないですか」
「いや、ちょっと怖いっす」
三嶋は首をひねる。
「優しい人だと思いますけどね」
「千羽さん、いつもニコニコしてるけど裏がありそうなんで苦手っす」
「諏訪って千羽さんが怖いんだ。三嶋も怖がられてるんじゃないの?」
すかさず章から茶々が入る。
「ほら、千羽さんと三嶋って似てない?」
「似てる」
「ええ、だいぶ違うやろ」
「僕は会ったことがないのでなんとも……」
各々意見は異なるが、三嶋の認識は、
「私、さすがにあそこまで腹黒くはありませんよ」
「嘘をつくな」
周囲に全否定された。三嶋はわずかに傷ついたような表情を見せたが、すぐにいつもの隙のない笑顔に戻った。
「まずは、カジノに入り込むところっすかね。とりあえず、俺の伝手を探ってみるっす」
伝手による捜査を名目に、友人に会いたい。諏訪は目を閉じて景色を思い浮かべた。久しぶりに行ってもいいかもしれないな、この季節に白く色づく場所、そして自分のアイデンティティの故郷、長野県に。
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