第80話:協力 ~勘違いは取り返せない~
それから数日間、教育部のトップとしての活動に加え、兄と連絡を取って会いに行き、それを教団に報告する活動と非常に忙しくしていた三嶋は、辻と一言も言葉を交わしていなかった。
だがそれでも問題はない。捜査官と協力者は、その関係性を知られないためにも、無闇に連絡を取り合うのは控えるからである。しばらく経ってからまた連絡すればいい。
詰まりに詰まっていた仕事がようやく片付き、三嶋は数少ない楽しみの一つである夕食を食べながら幸せさを噛みしめていた。
一般の信者が作っている以上、食堂の食事は大して美味くない。だが、財産を所持できないという教義の元では、食事を作ってもらえるだけ充分ありがたいので文句を言ったことはないし、これでも幹部としての厳しい生活を癒してくれるものだ。
「……でもこのカレー、やっぱりちょっと薄いんだよな」
ぼそりと小声で言ったのは関である。
「しょうがないさ、経費削減なんだから」
三嶋も返す言葉は小声だ。
「そんなところ削る必要ある?」
「削っているという態度を見せるのが大事なんだよ」
「薫に言ったら、もうちょっとカレーのグレード上がらないかな」
「薫くんも忙しいらしいよ。先週からずっと東京支部に行ってるんだって」
東京支部の会計に問題が出て、直々に薫が出向いているということらしい。ここで三嶋が動けたら、きっと情報を警察に流せるだろうに。東京に行ける立場の薫に少し嫉妬する三嶋である。
「こんなところケチらなくてもお金はありそうなものだけど」
経理の小田切薫と仲のいい関は、教団の金銭事情にも通じている。
「例の計画ってそんなに大変なのかな」
関はさらに小声だ。三嶋は首を傾げる。
「でも弥恵さん、例の計画のこと知らないんだろ」
「らしいね」
「弥恵さん、きっと驚くだろうなぁ。自分が頑張って節約してきた金が自分のために使われるんだと知ったら」
関は弥恵が羨ましそうだ。三嶋は関に同調しておくが、三嶋が弥恵の立場だったらあらかじめ知らされていたほうが確実に嬉しい。
「計画、うまくいってほしいね」
そう本心をごまかして三嶋が最後の一口を食したとき、携帯が鳴った。辻からのメッセージだった。見れば、富士が何やら三嶋を呼んでいるという。何の心当たりもなかった三嶋ではあるが、一抹の不安を抱えながら食器を片付け、階段を降りる。
「博実、富士さんのところに行くんやんね?」
階段を駆け下りていた三嶋に声をかけてきたのは辻である。
「私も一緒に行く」
「え、どうして?」
「何かあった時に助けに入るから」
辻の助けに安堵する一方で、三嶋の不安が増す。何か、とはなんだ?
「辻です。入ります」
辻は相変わらず返事なしに扉を開ける。
富士は、お香がぷんと匂う部屋の奥で、やはりあぐらをかいていた。
「お呼びになりましたでしょうか」
三嶋はうやうやしく膝をついて頭を下げた。
「……博実、ちょっと立て」
富士は低い声で命令する。三嶋は不思議に思いながらも立ち上がった。富士がおもむろに立って三嶋の周りをぐるりと回る。そもそもこの部屋で立ち上がるということすら落ち着かないし、何より舐め回すように全身を見られ、三嶋は居心地が悪い。
「あの、僕に何か……」
恐る恐る富士に尋ねた瞬間である。
「てめぇどこの人間だ?」
そういうが早いか、富士は三嶋の頬を唐突に殴った。なんの予想もしていなかった三嶋は床に打ち倒された。激しい痛みと混乱で、三嶋は起き上がる気力を失っていた。
何だ、いったい何が起こっているんだ?
視線だけを上に向けて三嶋はぞっとした。今まで全く見せたことのない勝ち誇ったような表情で、辻が三嶋を見下ろしていた。彼女はもはや信頼おける協力者のつじまちゃんではない。三年前、二人の公安からのスパイをつるし上げた魔女、辻真理絵であった。
何かあった時に助けに入る、それは三嶋を助けるのではなく、富士を助けるのだということに三嶋はやっと気がついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます