第77話:目的 ~はやる気持ちが止まらない~

「先月の幹部会から今日の幹部会までの間に、僕は兄と四度会ったわけですが、あと一ヶ月もしたら兄の紹介してくれた人物に会うことになると思います。滋賀県出身の現衆議院議員ですね。やはり滋賀県議員選には彼のバックアップがあれば強いと言われました」


 もちろんそんな約束はないのだが、最悪の場合は兄に頭を下げてその議員を紹介してもらうことも考えていた。もちろん、他の理由をつけて。

 兄弟としての相性は悪くとも、ビジネスの相手としては有能な兄だ。対価を呈示すれば必ず食いついてくる。コネを使う情報課の人間として、それを厭うつもりはない。


「そんな人間がいるのか」

 富士が感嘆する。それぐらい調べておけよと三嶋は思ったが笑顔の上塗りで隠す。

「やっぱり、その人の助けは重要なの?」

「今のままでは、ある地域からの得票率は高くても、県全体で見ると厳しいという展開になりかねません。それだと選挙には不利です」


「いや、狭い地域でもいいから支持率が高い方がいいわ」

 弥恵が首を振る。富士も彼女の意見に異論はなさそうだ。また三嶋の頭の中に疑問符が飛び交う。ここで一歩踏み込めば、教団の目的を自然に聞き出せる。チャンスだ。


「僕に教団の最終目標を教えてくださいませんか? 教団の目指す先は選挙だけではなさそうですし、僕がそれを理解していない状況で兄に会っても、回り道するだけでロスが大きすぎます」

 富士と弥恵が顔を見合わせる。富士が小さく頷き、弥恵がこちらを見た。目の合った三嶋は思わず身構える。


「富士さんのお考えでは、最終的に国を持ちたいということなの」

「く、国ですか」

 予想外の弥恵の答えに、三嶋は素で返事をしてしまった。

「それはどういう……」


「そのままの意味よ。教団は日本から独立し、一つの国として自治を行うの。場所は問わないわ。いくら小さな国家でもいい。それには、住民からの支持が必要でしょう?」

 要するに新しい国を作りたいと、そういうことか。

 身内だけで国を作るならまだしも、一般住人も巻き込んで国を作るとなると、住人たちを相当煽り立てなければならない。それこそ、カルト的人気が必要だ。

 だから、広い地域の低い支持率よりも、狭い地域の高い支持率を優先した、と。富士が新興宗教の教祖として政界を目指すのも頷ける。


「なるほど。……その点について、兄に伝えておきます」

 その願望を叶えるには、三嶋の兄や父の助けだけでは明らかに足りないが、真実を言って不利な立場になりたくもないので控えておく。第一、知事になったからといって、国として独立できるわけではない。


 三嶋の頭に鈍痛がする。独立したいという願望を持つのはまだいい、それを実行に移そうとする人間がどこにいる? 頭が悪いのか?


 いや、頭はいいのか。この突飛な夢を叶えるために、政治の世界に真正面から飛び込んでも相手にされないだろう。それならば、教団を用いて力を蓄えてから政治面に切り込んで行くほうがまだ可能性があると考えるのは確かにわかる。


「さすがに兄も、いや父も、独立というケースは初めてなので、時間がかかるかもしれません」

 総理大臣になりたいと言われる方がまだよかった。難易度はともかく、ルートがまだ確立している。前人未到の山をルート開拓しながら登ることの難しさは三嶋ですら想像がつかない。

「時間がかかるのはわかってる。だから急いでるんだ」

 県議会選まで二年という期間を準備しているにしては教団がやけに急いでるのはそれか。


「独立を目指すということは、首長であることが重要なわけでしょう。町長や市長でもいいのですか?」

「今は県知事を目指しているというだけであって、場合によってはそれでもいい」

「なるほど、ありがたいお言葉に感謝いたします」

 三嶋は深々と富士に頭を下げる。


「だが、それは今の教団の力では足りないということか?」

「いえ、そういうわけではないのですが……」

「薬理部が攪乱剤の開発に成功すればもう少し教団の力も強くなると思うのだが。小林、研究は進んでいるのだろう?」

「もちろんです。あと少しと言えるでしょう」

 小林が鷹揚に頷く。撹乱剤、という不穏な響きに、三嶋の耳がピクリと動いた。


「攪乱剤……?」

「博実は知らんのね。意識の流れをゆっくりにする薬よ。薬理部は、ずっと前から攪乱剤の開発研究をしてるんよ」

 混乱する三嶋に辻がそっと耳打ちをする。


「研究を攪乱剤一本に絞ってる割には、ほかに変な副産物もいっぱいできとるけど」

 辻が苦笑する。

「わずか数年で実用に足る薬物を開発している時点で優秀だよ我々は」

 小林がわざとらしくため息をついて返事した。


「なんでそんな、攪乱剤だなんてものを……」

「意識の流れが弱くなるということは死に近くなるということだ。死を疑似体験することで、修行の役に立つ」


 小林が滔々と並べる言葉で、薬理部が設立された理由が今分かった。理解に苦しむ研究内容だが、化学兵器などを作っていないだけマシと言えよう。富士の最終目的からすると、テロを起こしたりする意味もないのでその点では安心だ。


「それ、人間に使って大丈夫なんですか?」

「実験動物もいるし、試す相手は教団にたくさんいるから」

 前言撤回。これはヤバい。とんでもなく危険な組織だ。今この場で立ち上がって情報を持ち帰り、すぐにでも教団を摘発しにかかりたい。気持ちのはやる三嶋の尻が椅子からわずかに浮く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る