第76話:思索 ~協力者を選ぶ余地はない~

 例によって睡眠時間を削りながら、三嶋は二段ベッドの上で考え込んでいた。下からは亮成の小さないびきが聞こえてくる。

 薫の話からすると、教団は三年前のスパイ事件から大きく構想を変えている。沢口伊織の話によると、教団が目指している先は政治で、そのために金を集めているということだった。


 伊織の頃はまだ、教団が政治に興味を持っているということしかわかっていなかった。だが、それから三年たち、三嶋が教団に加入したことで富士の夢が現実のものとなりつつあり、さらに三嶋が幹部会に参加したことで教団の真の目的が見え隠れしつつある。


 富士は滋賀県の知事になりたいのだという。日本を牛耳る地域の東京都ならまだしも、この地元の知事を目指してどうしようというのか。病院を経営し、信者を過労死させるほど働かせて巻き上げた金を使う先が知事とは、三嶋の理解が追い付かない。新興宗教の教祖であるせいで、知事になれる可能性が下がるような気さえする。


 しかも今はそれだけではない。富士の野望は知事になりたいというものに加え、Y計画もある。これは富士が弥恵に惚れこんで始まった計画だから、当然伊織の報告には存在しない。


 また、三嶋が気になっているのは薬理部の存在意義だ。薬理部では研究開発を行なっていると亮成は言う。研究開発にはとにかく金がかかるはずだ。何を研究しているのか、亮成は教えてくれなかった。Y計画のためかと思ったが、富士は大学に寄付をしていると言っているから薬理部はY計画に関与していなさそうだ。第一、Y計画が始まる前から薬理部は存在している。


 他は衛生部、経理部、施設部など、教団の運営に必要な部門なのに、なぜ富士が金のかかる薬理部を設立したのか。三嶋にはそれが謎だった。幹部になってから、ある程度情報は集まっている。が、それだけでは物足りない。できれば、その辺りの情報も警察に流しておきたい。


 とはいえ、それは簡単なことではない。宗教法人「大地の光」にここまで情報を流す隙がないとは思いもしなかった。このままでは、情報を集めるどころか、この教団を抜け出せるかどうかも怪しい。情報を流す隙を自分で作るにはどうするべきか考えて、三嶋は一つの結論に達した。


「協力者、だな」


 幹部の中で、一人協力者を作り、二人掛かりで警察に情報を流す。教団に山のようにいる幹部と信者の監視下で、孤独に情報を外部に流出させるのは非常に難しい。が、協力者が一人いるだけで環境は格段に良くなるだろう。元々、協力者を作る予定は無かったので知識も経験も全くないが、ここまで面倒な環境になるとは予想もしていなかったのでしょうがない。やってみるしかあるまい。


 では、相手を誰にするか。最も重要なのは「協力してくれそうな人間であること」だが、富士の信者相手に誰が協力してくれそうかを考えてもどんぐりの背比べである。

 一般信者を協力者にするのもいいが、ただの幹部よりも、出家してここに住む信者の方がよほど富士に対しての妄信が深い。こっちの方が攻め落とすのは難しそうだ。


 となると幹部か。コミュ障の亮成は、万一勘付かれた時に誤魔化せるほど演技力があるとは思えないし頼りない。小林は三嶋とほとんど接点がなく、薬理部で小林の配下についている薬剤師や看護師の方も接点はない上に小林と富士の両方に妄信しているとみえて非常に面倒くさい。弥恵は性格を考えて無理そうだ(細かいところによく気がついて厳しい彼女に、用事もないのに関わりたくはないというのが本音だが)。


 残るは、関潤一か辻真理絵か小田切薫か。皆、口説けば協力者になってくれそうな人物である。三嶋の父と兄に対するハッタリが通用しなくなるまで、あと二ヶ月といったところか。手早く情報を集めるためにも、欲を言えば情報の集まりやすい教団内の権力者を協力者にしたい。その意味でも、その三人は適任だ。


 勝負は来月の幹部会だな。

 三嶋は頭から毛布をかぶって寝た。

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