第72話:外食 ~有能ならば時間がない~

「聞いたで。お兄さんに会いに行ったんやろ?」

 三嶋が兄と会いに行った帰りに、教団の玄関でばったり薫と出会った。傘を閉じて共用の傘立てに立てながら、三嶋は微笑む。

「そうそう、よく知ってるね」

「そのスーツ見たらわかるわ」

 スーツという格好は、着るべき服装の決まっている信者にはありえない格好だ。つまり、外部の人間と会ったということに他ならない。


「博実って、お兄さんと顔は似てるん?」

「兄弟の仲では割と似てる方だと思うよ」

 眼鏡と髪形さえ合わせれば瓜二つとなる伊勢兄弟ほどではないが、三嶋兄弟も似ている。並べば第三者が見ても兄弟とわかる程度には。ちなみに、親子も結構顔は似ている。遺伝子というものが三嶋には恨めしい。


「いやー、お兄さんの顔、見てみたいなぁ」

「僕の父のホームページに載ってるよ」

「教団からは見られへんやん」

 薫は口をとがらせる。


 三嶋がホームページを知っているのは、兄と会う直前に教団から持たされているスマートフォンで店のWi-Fiを使い父親のホームページを見たからだ。一瞬失言したか、と三嶋は思ったが、薫は気づいていないらしい。

「うん。薫くん、こないだは教団から便宜を図ってくれてありがとう。兄も尽力してくれるって言ってたよ」


 会いに行ったというのは本当だ。実際にはただ兄と食事をしただけで、何も話を進めてなどいない。

「よかった。苦労した甲斐があったわ。またあったら言ってな」

「助かるよ」

 三嶋は深々と頭を下げた。


「大変やったやろ」

 三嶋は小さいながら何度も頷く。実際に三嶋がやった内容は大したことないが、とにかく気が向かない仕事なので精神が削れることこの上ない。


「そうや、経理室でお茶でもどう? 俺も結構仕事詰まってて息抜きしたいし」

 薫は三嶋を経理室に連れて行った。デスクの中央に大きなパソコンがあり、その周囲を取り囲むように様々な書類が積み重なっている。プリンターは常に何かを印刷中だ。茶をすると言いつつも、結局薫は経理室で熱心にパソコンに向かっていた。


「仕事、本当に多いんだね」

 茶を飲みながらくつろぐ三嶋に対して、薫はせわしなく立ったり座ったりパソコンの画面を睨んだり。三嶋に罪悪感を覚えさせるほどの勤勉っぷりである。

「実際、幹部は足りてないからな。一部、何もせん幹部もおるし」

 後半部分は小声である。経理室には二人以外誰もいないのだが、気が引けるということなのだろう。何もしない幹部というのはもちろん亮成だ。


「今日、車で博実を送り迎えしてたんも亮成やろ? 運転するだけやったら、一般の出家信者でええのに」

「さあ、なんでも自分から運転したいって言いだしたそうだけど」

「どうせ外食したいだけやで」

 基本的に外出することのない信者にとって、ただの外食も大きな楽しみの一つだ。薬理部で不遇な扱いの亮成もストレス発散に外食したいのだろう。


「外食って……亮成は牛丼屋にばっかり行ってるんでしょ?」

 帰り道、毎度毎度飽きないのか、と三嶋に付き添いでやってきた一般信者に笑いながら尋ねられていた。飽きないと亮成は即答である。毎食牛丼でも生きていけるらしい。それもそれでどうかと思うが。

「あんまりいいところで食事されると俺らも腹立つやん? 小林さんがいいところ行くなって亮成に言うたらしい」


 薫は苦笑だ。忙しい幹部であればあるほど、教団の外に出る機会が減る。当然、外食にも縁がない。亮成の外食は、暇の証というわけだ。

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