第71話:幹部 ~丁寧に勝るものはない~
「幹部会?」
「うん、部長になった幹部は月に一度の定例幹部会に参加することになってるねん」
時刻は昼時、うどんの乗ったトレーを抱えた辻が三嶋の前の席に座って話しかけてきた。食堂は重要な情報交換の場である。幼い頃、食事中に私語禁止で育った三嶋にはどうも落ち着かない(食事中に私語のうるさい情報課のおかげである程度は慣れたが)。
「幹部会かぁ」
いかにも情報が集まりそうな場である。今までの苦労が、ようやく実を結んできた。三嶋の心にじわりと感動が広がる。ついでに口の中でうどんの出汁の柔らかい味も広がる。
「毎月二日の午後三時から、東館一階の会議室。初回やけど博実にも喋ってもらうことになってるからな。頼むで」
来月の二日となると一週間もない。随分ギリギリの報告である。
「僕が何か喋るの? 一体何を?」
「博実のお兄さんとの話を一通り話してもらうことになると思うから、ある程度頭の中でまとめといてな。別に堅苦しい場ではないけど、初回はきっと緊張するやろから」
辻は微笑む。辻がこうしてある程度の情報を前もってリークしてくれることは三嶋にとってありがたいことである。そうでなければ、その幹部会とやらで、兄の話を即興ででっち上げなければならない。
「わかった、ありがとう。明日兄に会いに行くんだけど、きっといい報告ができると思うよ」
「頼むで。富士さん、きっと次の幹部会で博実の話が聞けることをすごく楽しみにしてはるやろから」
かなりの額の賄賂を三嶋に持たせた以上、教団側はきっと三嶋の働きに期待しているだろう。家族と接触するのは三嶋の精神を削るわけだが、それでも三嶋は教団の期待以上の働きを見せ、富士を騙しきる自信がある。
三嶋の分も食器を片付け、食堂を後にしようとしている辻の言葉に、三嶋は隙のない笑顔で頷く。明日、久しぶりに兄に会うという憂鬱に、三嶋に期待を寄せる教団上層部からのプレッシャーが加わって、三嶋の胃袋を締め付ける。
数年ぶりに見る兄はどんな顔になっているのだろう。楽しみでもあるが不安に押しつぶされそうになって、三嶋はそれを打ち消すかのように午後の仕事に取り掛かる。情報課の課長としての仕事ほどではないが、教育部の仕事は三嶋が思っている以上に多い。
嫌なことを忘れるためにあくせく働く三嶋の仕事ぶりは、徐々に幹部に認められつつあった。
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