第40話:昔話 ~横領なんてしていない~
「まあ、僕だって酒弱いけどさ、廣田よりはマシだわ」
廣田の目尻がピクリと動く。
廣田は酒あしらいが上手そうな男に見えたから多賀は驚いた。しかも、図星のようだからもっと驚いた。
「酔ってることにして片付けたいんだろうけど、僕からしたら、今までの廣田の四年間の凄まじい生活の方が、酔っ払いの動向に見えるね」
廣田は、ふんと小さく鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「昔話も混ぜた、独り言をしようと思うんだけど、どう?」
「いらん」
眉間にしわを寄せた廣田が短く吐き捨てる。
しかし、章はその顔を見て嬉しそうに微笑んだ。
「してあげる。なあ、多賀、聞きたいよな?」
「え? ええ、まあ」
章はよほど廣田が嫌いなのか。あるいは実はサディスティックな性格なのか。前者だろう。そう思いたい。
「六年前、うちの会社を粉飾決算でクビになった男がいてね」
章は廣田に構わず話し始める。
「色々あって、表向きにはクビじゃないんだけど。そいつ、クビになって一年後の、今から五年前にアライヴに入社してるんだって?」
「……誰?」
廣田は少し身を乗り出して尋ねてきた。
「山尾……なんだったかな、コウジだったかな」
「ああ、
「そのコウジって名前、どっから出てきたんだ」
章の脇腹を肘でつつく裕は恥ずかしそうである。
「とにかく、山尾って男、そいつがお前に粉飾決算を持ちかけたんだと思ってる」
「持ちかけてないよ。俺はやってない」
「ま、お前が何言っても、僕は続けるけど……」
続けるんかい、と廣田が苛立ちまぎれの様子ながらも呟く。
なんだ、仲良しじゃないか。
「粉飾が始まった四年前は、まだアライヴができてすぐだったろ。当時は中小とはいえ、廣田のおじさんトコが裏についてるわけだから、会計に強い山尾の再就職先として不自然な企業でもない。で、そこからアライヴの粉飾が始まったんだ」
「下方粉飾してたのは、浮いた分を横領するため?」
裕の質問に章が頷く。
「横領? 俺の口座全部調べてくれてもいいけど、横領なんてしてない」
廣田は伊勢兄弟の会話に噛み付いた。
「それは知ってる」
しかし、章は穏やかに答えた。
「既に、お前の口座には怪しい振り込み入金出金その他諸々なんてなかったって調べてある。でも、頭のいいお前はそんな短絡的な横領はしないだろ。
たとえ廣田がアホだったとしても、山尾が裏にいた状態でそんなやり方はしない」
「…………」
「けど、その横領生活は長く続かなかったわけだ」
「三年も続いてたら、相当長い気もするんだがなぁ」
ぼそりと裕が多賀に耳打ちする。
「インフィニティから買収の打診が入った。今から一年前だね」
「……確かに、最初にインフィニティからの接触があったのは一年前だけど」
「買収されるとなると、売却額を上げなけりゃならないだろ」
「まあ、そりゃそうだな」
廣田は、深く警戒しながらも相槌を打った。
「売却額を上げるために、お前は粉飾をやめて株価を上げる算段に出た」
「粉飾をしていたと仮定するなら、俺だったらそうするねぇ」
「しかし、インフィニティはそれじゃ困るわけだ。買収額が上がるからな」
パセリを箸でつまみあげ、一口で食べた章が一拍置いて言った。
「インフィニティが、アライヴの株価を下げる計画を立てたんだよ」
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