第39話:復縁 ~酒は入りすぎてない~

「なんでそう思うんだ?」

 廣田がゆっくりと口を開く。

「簡単だよ。お前がナオにスマホを渡していたからだ」

「スマホ?」

「ナオが、供述中にお前のスマホを持っていたという情報が入ってね」

「どこで仕入れた情報だよ章。第一、タレ込ませるメリットなんか、俺にないだろ」

 

「メリットはないよ」

 情報源についての質問を無視し、あっけらかんと章は答えた。

「そうするしかなかったんだろ。タレ込むって決めたのは、廣田じゃないからな」

「誰が決めたっていうんだよ」

「株式会社インフィニティだ」

「い、インフィニティですか?」

 思わず会話に割り込んでしまった多賀は、慌てて自分の口を手で押さえた。


「だよね、この子の反応が正しいよね」

 廣田は多賀をさして苦笑し、ビールをぐっとあおった。

「知らないかもしれないけど、インフィニティって、こんど俺たちの企業を買収する企業なんだよね。そんな企業がタレコミなんかさせるはずないだろ」

「知ってるよ。さっき聞いた。聞いて確信したのさ」

「どういうことだよ」


「ナオの浮気相手は、インフィニティの担当者だったんだろ?」

「いや、俺は知らないんだけど。ていうか、何の担当者だったんだよ」

担当者じゃないかな」

 廣田は口を開けて黙った。


「いや、ちょっと待てよ。俺とナオは別れたんだぞ?」

「別れてないだろ。ま、一度別れたけど、実際は再度くっついたという方が正しい」

「な、何を根拠に……?」

 廣田の顔色が初めて変わった。章がニヤリと笑ったような気がした。


「ナオってさ、30歳手前な上にあの性格だぞ。いくら自分に非があるとは言え、婚約破棄になって大人しいわけねぇだろ」

 裕の目がぱっと輝き、口元に手を当てて笑いをこらえ始めた。

「ナオちゃんて、プライド高いもんねぇ。友達が結婚していく中で自分は婚約破棄だなんて、絶対に嫌がるタイプだろうし」


 廣田は渋い顔で料理を口に運ぶ。そして小さくため息をついた。

「わかった、ナオと俺がまだ別れていないことは認める。確かに俺は、一度婚約破棄して実はこっそり復縁したよ。そんで、お前らは俺に何が言いたいんだ?」


「お前がやった犯罪を自首しろって言いたい」

 章は肉じゃがをつまむ。箸先からじゃがいもが滑って章の手に落ち、章は慌ててグラスで手を冷やす。その呑気さに裕は呆れ、廣田はいら立ちを見せた。

「え、犯罪? インサイダー取引してないって言ったのは章じゃないか。どこが犯罪なんだよ。笑えない冗談はやめてくれないか」

 廣田に罪を認める気はないらしい。追い詰めているとはとてもいえない以上、しょうがないことである。もっと厳しい追い討ちが必要だ。


「確かに、お前はやってもいないインサイダー取引を、裏で繋がっていたナオにタレコミさせた。それ自体は犯罪じゃない。けど、粉飾決算は犯罪だぞ」

 あまりに直接的すぎやしないかと、多賀の心臓が鳴る。

「酒入りすぎてない? 章、弱いもんなぁ。おい裕、止めてやれよ。秘書の君もだ」

 しかし、廣田は、顔色を変えるどころか、章を心の底から心配し始めた。

 そのあまりに自然な表情に、多賀は強い不安に襲われていた。

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