第37話:対話 ~白々しさも悪くない~

 会場の隅から離れた伊勢兄弟は、何事もなかったかのように歓談の輪に溶け込んでいた。

「一応、本職側の仕事でパーティーに来たわけだから、それは果たさないとねぇ」

「まあ、単に挨拶して駄弁だべるだけって言ってしまえばそれまでだけど」

「あとパーティーってどのくらい?」

「一時間半くらいじゃない?」


「じゃあ、その間に廣田にアポ取らなきゃな」

 嫌いな人間相手には名前を一切呼ばない章が、珍しく廣田の名前を呼んだことに裕は驚いた。しかしだからといって章に突っ込む程でもなかったが、どういう風の吹き回しだろうか。

「アポ?」

「やっぱりパーティー中じゃ逃げられるだろ。場所を変えて追い詰めないと」

「アポ取った時点で逃げられなきゃいいけど」


「言い方さえ考えれば大丈夫だと思うけどなぁ」

「どこに誘いだすんですか?」

 前回はファミレスだった。

 多賀としては、やはりカフェのように洒落た場所での攻防を期待したい。


「考え中だけど、居酒屋にするつもり」

「……なんで居酒屋?」

 裕もやはり、気の利いた場所を期待していたのだろう。

 しかし章はそういう風情をまったく解しようとはしてくれない。

「怪しまれない場所だし、気負わなくていいじゃないか。個室のある居酒屋にすれば、内容だってほとんど気にせず話せる 」


「そんな場所に、タキシード着た龍平が来るかっていう話だよな」

「何だよ、僕らだって着てるじゃないか」

「俺らは誘う側だろ」

「僕が何とかするから、そこは考えずにいこう。……あ、廣田久しぶり!」


 まるで会場内で初めて廣田を見かけ、声をかけたかのように装って、章は廣田の元へ駆けよる。廣田は意外そうな顔で振り返った。

「どうしたんだ章。久しぶりだなぁ」

「いや、熱田重工のパーティーに廣田が来てるってのが意外でさ」

「ああ、俺の叔父さんが熱田重工のお偉いさんだから。親戚なんだ」

「へえ、それは初めて聞いた。まさかここで出会うなんて思ってもみなかったよ。な、パーティーももうすぐ終わっちゃうし、あとで飲み直しに行かないか?」

 直球である。しかし仲が多少悪くとも気心は知れている関係だ。しかも章が一方的に廣田を嫌っているだけの関係である。

 廣田は特に疑問らしい疑問もなく章の提案を受け入れた。


「飲みに行くの? どこ?」

「駅前にそこそこいい居酒屋がある。そこでどう?」

「……いいんじゃない? 行くよ」


 裕は若干不安がっていたが章の見立ては正しく、廣田はすんなりと居酒屋行きに賛成した。その反応があまりに素直で、多賀には被疑者であるはずの彼が罠にでもかかったかのように見えた。


 廣田からすると、久しぶりに旧友に話しかけられて嬉しかったのは確からしい。

「学生気分を思い出すのも悪くないね」

 普段のスタイリッシュな姿とは対象的に、廣田は可愛らしくはにかんだ。

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