第36話:全貌 ~ハッタリだけじゃ通らない~
「僕個人としては、証拠は本人に出させようと思う」
髪を若干気にしながら、章は小声で言う。
予想以上に傷ついているらしい彼を見て、多賀は自らの失言を猛省した。
「本人って……龍平?」
「そう、例の次男本人」
「無理だろ、そんなの……」
裕は困ったように多賀をちらりと見た。
「考えてもみろ、俺達が動いてるってことは、向こうにバレてるんだぞ。
警戒されて、証拠隠滅でもされたらどうする」
しかし、章は表情を変えない。
「いや、向こうは僕らに近づきたくてしょうがないはずだ」
「……どうしてですか?」
裕に代わって、多賀が訊ねた。
「向こうは、僕らが奴らのスマホを持っていたって事しか知らないはずだろ。
スったと気づいているかどうかはわからないけど。
僕らがどこまで掴んでるか、絶対に探りを入れてくる。一応、僕らが落としたスマホを拾っただけという可能性だって、向こうは捨てられないはずだからな」
善意で伊勢兄弟がスマートフォンを拾ったとすれば、下手に動くと墓穴を掘ることになるくらい、廣田と山尾は分かっているだろうというのが章の見立てである。
「僕らが近づいたら奴は必ず話に乗ってくる。そこで証拠を何とか出させればいい。あわよくば自首に持ち込めれば楽でいいんだけどなぁ」
「そりゃあ、自首が一番ありがたいよ。俺達が集める情報ってのは、証拠にはなりにくいからな。けど、龍平はそんな簡単に自首しないだろ」
そんなに正義感溢れる多賀みたいな人間が、社長のくせに横領などしない。
横領していたら、の話ではあるが。
「……どうしたら自首してくれるかな?」
さっきまで自信たっぷりだった章が照れて笑う。
「考えてなかったんかい!」
「いや、考えてないことはないよ。ちゃんと案はある」
睨みつける裕を、章は穏やかに諭した。
「どんな案ですか?」
「自首するのが最善だと思わせたらいいわけだろ?
じゃあ、逮捕するって脅せばいい」
もちろん、逮捕に足るような証拠はまるでないから、はったりを使いながら脅すという方向になる。
「龍平は口下手じゃないよ。はったりだけでなんとかなる?」
「ならなくたっていいんだ」
章の答えがピンとこない裕は、黙って章の顔を見上げる。
「奴の前でこの事件の全貌を明らかにする。第三者である僕らに事件を握られて自首しない奴は馬鹿だ。……お前さっき、奴はアホじゃないって言ったばかりだろ?」
裕は眼鏡の下で目を丸くして、口をしばらくぽかんと開けていた。その口が言葉を発するまでに、兄弟の間に沈黙が流れる。
「……え、事件の全貌知ってるの?」
「まだ完全じゃないんだけどね。奴の前で、反応を見ながら実情を探る。
それで十分だと僕は思うけどなぁ」
章はちらりと廣田に目をやり、悪戯っぽく笑った。
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