第14話:恋人 ~婚約破棄など許されない~

「へぇ、ナオがタレコミねぇ」

 一通り話を聞いた章は、優雅に椅子に座りながら呟くように言った。

 ナオというのは、章と廣田の元カノの名前らしい。


「なんか章さん、意外そうですね」

「まあね。風の噂でずっとラブラブだって聞いてたから、てっきり結婚するものだと思ってた。歳も歳だし」

 章や廣田と同級生ということは、三十歳前後ということになる。確かに、結婚を考えてもいい年頃だと言えるだろう。


「俺も結婚するだろうなって思ってたよ。婚約してなかったっけ? あの二人」

「してたような気もするね」

 首を捻りながらゆたかはスマートフォンを操作する。裕自身は廣田やナオと学年は違うものの、章を通じてSNSで交流はあるらしい。

 全く、仲がいいのか悪いのか。それだけ複雑な人間関係ということでもある。


「あー、今フェイスブック見たけど、龍平とナオちゃん、四ヶ月前に別れたみたいだね。婚約破棄かな」

「……別れたなんて、フェイスブックに書くんすか?」

 諏訪は首をかしげるように、裕のスマートフォンを覗き込んだ。スポーツに青春を全て捧げた諏訪は、どうにも色恋ごとには疎い。


「もちろん、新しい道を進む、みたいに濁してあるさ。でも、その後から合コンらしき飲み会の書き込みがある。束縛が強いナオちゃんの元じゃ合コンなんか絶対にいけない。絶対に別れてる」


 フェイスブックをやらない三嶋にはよくわからないが、多賀を含め社会の流行に明るい者たちが納得しているのを見ると、廣田とナオが別れているのには間違いなさそうだ。

「振られた腹いせにタレコミしたのかなぁ」

「三嶋、証拠がないって言ったのがナオなの?」

 章の問いに、三嶋は手帳をぱらりとめくって頷く。


「ええと、証拠はないけど金回りが急に良くなってる、多分インサイダーとかそういうのだと思う、というのがタレコミの趣旨だったはずです」

「このナオさんって人、金融詳しいんすか?」

 フェイスブックの写真に載っているナオを指差して諏訪がく。


「いや、ナオは教育学部出身だ。金融は詳しくないはず」

「なら、章さんと裕さんなら、証拠の一つや二つ、簡単に見つけられるんじゃないんすか? 経済とか得意そうっすし」


 伊勢兄弟は目を丸くして顔の前で手を振った。その動作がシンクロしているあたりさすが兄弟である。

「いや、僕らは理系だから得意ではないな」

「うん、工学部だしね。ナオちゃんとポテンシャルは変わらない」


 久しぶりにナオの顔を見た章は、少し懐かしそうでもある。

「振られた時はナオのこと恨んだけど、こんな巡り合いがあるなんてなぁ」

「どうやって証拠見つけようかなぁ」

 頭を抱えつつもどこか高揚している雰囲気の伊勢兄弟とは逆に、ため息をついたのは三嶋だ。


「お二方、忘れてませんか? タレコミがガセなんて、往々にしてあることですよ」

 伊勢兄弟の表情がさっと消える。


「それに今回の場合、章くんたちのコネじゃ足りないかも」

 三嶋は普段の愛想笑いを崩さずに言った。

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