第4話:警察 ~彼は警察官じゃない~

 多賀は額に手を当て、今までの流れを頭の中で反芻する。


 多賀の財布の中には免許証があったから、男が多賀の名を知るのは自然だ。

 しかし職場を知るのはどう考えても不自然である。

 とはいえ、別に多賀は秘密結社に就職したわけではないから、全くありえないことではない。多賀の知らない方法が何かあってもおかしくはなかった。


 はったりか? 本気か?


 もし本当なら、男の年齢からして他部署とはいえ多賀の上司であるのは確実である。今までの乱雑な物言いは確実に職場で問題視されるだろう。

 もし、本当ならば。しかし不安には思わなかった。

 男は多賀と目が合うのを待ってから、ゆっくりと話し始めた。


「君、僕と同じところに勤めてるんじゃない?

 仕事中に君の名前を見たことがあるんだよね。多賀雅臣、歳も同じで出身地も同じ。さすがに本人だろ、よくある名前でもないのに、同姓同名同年齢同郷だなんてさ」

 多賀は口元を引き結ぶ。やはり職場は特定されていたし、同じだった。そう男は言っている。


 けれども、

「そんなはずありません」

 多賀は断言してみせた。


「どうして?」

「あなた、警察ではないと言いましたよね?」

 無意識に、多賀は男をあなたと呼びなおしていた。

「言ったね」

 男は飄々と答える。多賀の反撃など全く意に介していない。強い神経をお持ちの人間らしい。

「嘘じゃありませんね?」

「嘘じゃないよ」

 語るに落ちた。多賀は心の中で笑う。


「僕は警官なんです。同じ職場なら、あなたは警察官のはずです」

 多賀は勝ち誇っていた。

 さっき、男は自分を警察官でないと言っていた。矛盾が生じている。


「それは、半分正しいけど半分間違ってる」

 男は困ったように眉の端を下げて微笑んだ。多賀は勝ち誇った顔を凍りつかせる。

「はい?」


「僕の職場は確かに警察だよ。けど、。ごめんね、ややこしくて」

「たとえそんな人がいたとしても、僕の個人情報をそんなに知っているはずが……」

「あるんだよ。疑う気持ちもわかるけど。なんなら、一緒に行く? 僕が県警庁舎で働いてるの見たら、証明できるでしょ」


 電車が停車しかけている。男は扉の外を指差してみせた。駅名表示を見るまでもなく、県警庁舎の最寄駅だ。

 多賀は曖昧に頷き、男について降りた。男は多賀の存在などいないかのように一人さっさと歩きはじめた。確かに道筋は多賀の通勤ルートと同じだ。


 いぶかしんではいたものの、どこか生真面目なところのある多賀は、なんだかんだで男の後を律儀についていった。

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