第5話 社なき主
「決行するのは夕方とする」
そう言い切った稲荷のきつねはお行儀悪く屋台の団子をくわえながら歩いていた。
伯爵がいつものように仕事が終わったあとの夕方。昨日とは違い、本日は道中ではなく屋敷に帰ってきたあとの伯爵を狙うという稲荷のきつねは、まだ明るい町中をふらふら歩いていた。
ただ酔狂に街を歩いているように見えて一回も同じ場所を通っていない。
人の様子を見ていると彼はいうが、ヴィランに向かってさえ笑いかける様子からヴィランの正体を知っているみたいだった。
「あのさ、聞いてもよい?」
「なに?」
「稲荷のきつねが無闇に人を祟るような人に見えなくて、伯爵は何をしたの?」
何かを言いかけた稲荷のきつねの言葉を遮るようにヴィランが現れた。いつものように言葉ならざる音を発して、飛びかかってきた。
「僕らの本分を侵すこと」
稲荷のきつねは臨戦態勢をとりながら、それだけ短く答えると青白い炎を熾した。稲荷のきつねも、エクスたちと共に並んでヴィランとたたかうことにも手馴れてきた様子だ。
「あの子は感謝をしないだけでなくて、僕らのことを否定した。社を取り壊したんだ、それに」
「それに?」
「僕の役目だからね」
そうして、消えていくことが
声は出さずに唇を動かしてこの物語の本当の結末を教えてくれた。伯爵が神様にお願い事をして、感謝を忘れて、稲荷のきつねに祟られる。そしてその稲荷のきつねの物語は終わる。
永遠と続けられるこの物語には幸福な結末がない。
もちろん狙われている伯爵からしたら祟りがこない結末の方がもちろん都合がいいに違いない。
「ほら、ついたよ?」
夕暮れに染められる街の一際大きい屋敷前で、囁いた。夜の闇よりも夕暮れの方が辺りは見えにくい。
故に、この時間は人ならずモノと出逢う可能性が高い。見えるものが見えないときに、見えないものはあらわれる。
「いらっしゃいませ、逢魔が時、僕らの時間帯へようこそ」
夕暮れのせいか、見えるが見えない。目の前にいるにも関わらず揺らぐ存在感で、稲荷のきつねは悪戯がみつかった子どものような顔で笑った。
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