第4話 願い事
経年劣化のせいだろう、所々に穴がある板張りの縁側から神社にくる人を柔らかい表情で豊穣の神様であるウカノミタマは迎えていた。柔和な笑みを浮かべたところで肝心の参拝客には見えないが、そういう役割を演じることはしなければいけないことはわかっていた。
今はもうそれを隣でいつも見ていた眷属神の稲荷のきつねはいない。彼の最期のストーリーを演じるために、昔私が犯した過ちの清算をしに出てしまった。
叶えてはいけない願い事のキッカケを作ってしまった。なぜ清算しにいくのは私でなく稲荷のきつねなのか。
わからない。ただひとつわかることは、
「またいなくなってしまうのか?」
わらわはまた置いていかれる。神様は人にとって見えないものだから、眷属として働く身近な神とは特別に永くともに存在し、何代もの人間を見守ることになる。
なんのために、どうして神様なんてやっているのだろうか。たった一神の眷属さえ守れずに。
不意に参拝客の中から聞こえた言葉に意識が向いた。
「恋人が欲しいの」
一人の制服姿の少女の願いは細やかながらも、神に頼むものか考えるべきと差し戻しをしたくなった。
一体、いつから、いつからここはお願い事を聞く便利屋にされてしまったのか。
私にはわからない、稲荷のきつねに聞いたらあの子はなんて応えてくれるだろう…
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「願い事?」
「今朝出掛ける前にもウカノミタマという神様が奉られている神社にはお願い事をしに来る人を見かけたから」
「僕らはお願いには基本的に反応はしないんだけど、ちょっと機会を作るだけなら、ね」
手慣れた様子でわいて出たヴィランを倒した稲荷のきつねは急に前方を歩く制服姿の少女の背中を押した。体勢を戻そうとよろけたその先の曲がり角で、詰襟の男性とぶつかり、恥ずかしげに俯きながら会話をしている。
「切欠は簡単、それをどうするかは人の子次第、僕らはそれを見て、感謝を受けとるだけ」
「あ」
「どうしたエクス?」
「いやなんでもない」
僕がここに加わり旅を始める切っ掛けになったはレイナが倒木の下敷きになってしまっていたからだということを思い出した。
例えばあの場所でレイナが倒木に挟まれていなければ、ヴィランに襲われなければ、僕は旅に参加することは無かったはずだ。仮にもう少し遠いところでレイナが倒れていたとしたら、薪集めの最中に気がつくことは無かった。
そんか些細な、それでも僕の運命を大きく変えた出来事が脳裏によぎった。
「思い当たることがあるなら、何に対してでもいいけど、感謝を忘れないようにね」
まるで僕の葛藤を見透かしたように頬笑む稲荷のきつねは、童子の見た目に合わず大人びた眼差しをしていた。
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