第2話 稲荷のきつね

青白く見えるほど高温のきつね火を操ってヴィランを撃退していた子どもは、轟音を立てながら通過していった馬車を呆然とみやってから地団駄を踏んだ。

何に使うつもりだったかは知らないが、先ほどまで握っていた縄は馬車に踏まれて見事に千切れてしまっている。



「今日こそ祟るつもりだったのに!なんなんだあの黒いやつらは!」


「祟るって」


「祟らなきゃいけないんだ!あの伯爵を」



細いその目を更に細めて彼は言葉を続けた。



「それが僕の役割だから」



ヴィランに妨害されているストーリー、それはこれまでの世界で覚えのある現象だった。この世界のストーリーを変えようとするカオステラーはこの世界の主人公もしくは主人公に近い場所に現れる。


それならきっとこの子どもの周りに本来ならないストーリーが起きている可能性が高い。シェインから目配せを貰って、彼に聞いた。



「何か近頃変わったことはある?」


「何もかも変わったさ」



レイナの問いかけに対して、先ほどまでの子どもらしい幼い様子から突如変化して、大人びた様子で彼は変わった形状のズボンについた埃を払った。



「着いてきなよ」



彼はこれまで長々と続いていた田んぼの真ん中にある道ではなく、山に向かって歩きだした。迷子癖のあるお嬢の勘についていくよりも、ストーリーに関わりがありそうなこの彼についていくのがいい、そう判断して目立つ赤い服の少年のあとについていった。


山登りがはじまり、嬉々として登っていくタオとシェインとは裏腹にレイナは息も絶え絶えだ。

どこかで似たような光景を目にしたような気がする。意地と根性でなんとかしようとしていることに気がついた少年は、所々で休憩を挟みながらのぼってくれた。



「ねえっ!い、つまで…はぁ…登るの?」


「あと少しだよ」



途中わいてでたヴィランを退治しながらも、進み続けると、突如として一気に視界が開けて、煌々と灯りが灯る街が見下ろせる場所に出た。


木で作られた小さな家々から漏れでる灯りがぼんやりと街を宵闇に浮かび出していた。街中にある家々とは不釣り合いなランプの街頭が道のある場所を示す。



「綺麗だね」


「人の子が変化して行くのは嬉しくもあり、悲しくもある」



彼が腕を組んでその明かりを見下ろす目はどこまでも優しい。



「でもね、変化を許してはいけないところもあるんだ。だから、僕はあの家に住む伯爵を祟らなきゃいけない」


「それが君のストーリーなの?」



彼が指差した先には他の家とは異なる大きな洋風のお屋敷があった。灯りの数も多く、文字通り街の中でも目立って輝いている。



「そうだよ。僕は稲荷のきつね、あそこにあった稲荷の眷属だったんだ」


「今はどうしてるの?」


「ウカノミタマさまを祀ってる神社に仮住まいさせてもらってる」



金色の瞳を真っ直ぐにこちらに向けて彼は頼んできた。



「お願いがある、あの黒いやつらを押さえて欲しい。もう祟りを実現させないと時間がないんだ」


「そう頼まれちゃあ断れないな」


「僕たちの目的はあの怪物、ヴィランの大元を倒してストーリーを元に戻すことなんだ」


「……そう、ありがとう」



運命の書の通りになるんだね、そうお礼を言った彼はどこか悲しそうだった。

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