第16話
あれから無事俺とディアナさんは本の外に戻って参りました。外に出る直前にイヴが、
「『偽預言者を警戒しなさい。彼等は羊の皮を纏って貴方方の所に来るがその内側は貪欲な狼である』ですよ。近くにいる預言者と名乗る人物に気をつけて下さい。アダムは未来を見通す力がありますから」
って言ってた。マタイによる福音書だったっけ? 俺が廚二病こじらせてた時の知識がこんなところで活躍してしまうとは……。まあ気をつけるようにしよう。
俺は本に吸い込まれた時と同じ態勢で座っている。周りをキョロキョロ見回しても特に変化が無いどころか、時間が経っている様子さえ感じられない。
結構長い間話してた感じがしたんだけどな。本の中と外じゃ流れる時間が違うのか?
……流れる時間が違うとか直ぐに思い浮かぶ俺は、また廚二病が再発してきてる気がしてならないんだが。こんなんで大丈夫か?
『大丈夫だ。問題無い』
『黙れイーノック』
なんでそのネタできたんだよ。わざわざ口調まで変えて。疲れるじゃねーか。
『そんなことより、ほれ、主よ。さっさとそのページに祈りの言葉とやらを書き込むのじゃ』
『あー……そうだな』
俺はテーブルの上で開いたままの本を見る。今開いているページは俺が幻想殺しで無理矢理開いたページで『祈りの言葉を捧げよ、さすれば道は拓かれん』とか言う廚二病患者が大好きそうな言葉が書いてあって、それ以外は真っさらだった。
せっかくの袋綴じがこれってさ、なんかがっかりだよな。わくわくするものもドキドキするものもないとか。期待外れ感半端ない。
まあでも、書くものは書きますか。俺は邪神の力で普通のボールペンを作り出した。
『羽ペンではないんじゃな』
羽ペンとかそんな使い難いもん誰が出すか。現実を見なさい。インク壺がないと書けない。紙に引っかかる。羽ペンは使いにくい。
ディアナが頭の中でぬぅと唸った気がしたが気にしない。俺は早速書こうと黒インクのボールペンのペン先をノックして出す。
そこで俺はハタと気付く。祈りの言葉をなんて書けばいいのか聞いてねぇ……!
『どうすればいいと思う?』
『もう一度本の中に入ればよいのではないか?』
『入り方わからん。さっきのあれはページ開いた瞬間に引きずり込まれただけだ』
『なら主が知っておる祈りの言葉を書けばよいのではないか?』
『そうだな……てかこれって封印解けてないの? イマジンブレイカーでいろいろと吹っ飛ばしたのに』
『神の代行体がかけた封印はそう簡単には解けんということじゃろ』
『そんなもんか?』
『そんなもんじゃ』
そこで会話を切って俺は祈りの言葉を考える。考える、と言っても俺には一つしか思い浮かばない。
やっぱアレしかねーよな。
俺はページの空いてる部分にさらさらっと言葉を書いた。
『やはり主はそれを書くのか』
『仕方ない。他に思い浮かばないんだから』
それからペンを消して本を閉じる。
この本センリの所に持って行った方がいいよな。祈りの言葉とか一発じゃ覚えらんないだろうし、センリの近くにイヴを持ってった方がいいだろ。まあ遠いからどうなるかなんてことは知らないけど。今までだって離れてたけど、イヴはセンリの中から見れてたわけだし。でも、一応持って行こう。
そう思って立ち上がる。
……でも、これって持ち出し禁止の本なんだよな。どうやって持ち出そうか。
とりあえず警備がユルユルとはいえ流石に本の管理くらいはしてるだろう。その中の本が無くなったら問題だよな。持ち出し禁止だし。
どういう管理してんだろ。帳簿とかと本のタイトル見合わせるとか、そんな感じだろうか。現代日本みたいにバーコードで管理してるわけでもあるまいし。
そう考えれば、どうせ元々中身が見れない本だったんだ。外見だけ同じの開けないダミーでも作っておけばなんとかなるだろ。
俺は『アダムとイヴの林檎の木』の装丁や大きさ等をガン見しながら本を複製する。出来上がったのは見た目そっくり中スカスカの偽物。
出来上がったそれを見て一人で勝手に満足してから、本を元々あった棚に持って行く。
本棚の前で、俺の中で緩さに定評のある警備員さんに挨拶をする。
「どーもお疲れ様でーす」
「お疲れっすー」
そんな感じのユルい挨拶をして本棚に本(偽)を返した。というか差し込んだ。大きさぴったりだな。
『ユルいのう、お主もあの男も』
『それでこっちは楽してんだ。感謝だろ、感謝』
それからまた警備員さんの横を通って、さっきいた席に戻る。
さあ、とりあえずどうしようか。以外とデカイこの本を懐なんかに入れてたら怪し過ぎるし、でもしまうところなんてないし、どうしよう。
こう、本自体を見えなくするか、俺ごと何か見えなくすればいいんじゃないかな。
『主よ、あの……透明マント、とやらを使えばよいのではないか?』
『額に稲妻型の傷がある眼鏡の少年が父親からのプレゼントという名目でクリスマスに渡されたあの便利過ぎるマントか』
『やけに詳しく言ったがまさにそれじゃ』
うーん……まあ、そうだな。他にいい案も思い付かないし、それでいいだろ。
細かい装飾とかは覚えてないからいいや。機能だけあれば十分だし。
俺はマントというよりはデカイ布と表現した方がいい透明マントを作り出した。
これって何度も思ったけど反則だよな。だって相手から見えないんだぜ? 男のロマン『女湯覗き』が出来る夢のアイテムだぜ? ハリー達よくこんな素敵アイテム持ってたのに覗きとかしなかったな。それとも外国には覗きとかそういう文化がないのか? いや、覗きって文化なのか?
まあ俺も覗きなんてしないけど。こんな世界で覗きなんてしたら殺されるわ、リアルに。魔法が雨あられのように飛んでくるに決まってる。
俺は本棚の影に行って素敵アイテム透明マントを被る。俺の方からは透けて周りが見えるけど、たぶん今の俺は誰にも見えてない。
『レッツゴー!』
『なんじゃそのテンションは』
『こんな素敵アイテム装備してんだぜ? テンションも上がるってもんだろーよ!』
『主の思考はよくわからん』
『俺はお前の思考がよくわからんがな!』
下が絨毯だから大丈夫だと思うが、保険として足音を起てないように慎重に進んで行く。
息を詰めてゆっくりゆっくり歩いていく。絨毯が足形に沈むから、そこもマントで覆い隠していく。
カウンターの前を通り、司書さんの目をやり過ごし、静かにドアを開け、さっと外に出てドアを閉めた。
……ふう。中々のスリルだったぜ、透明マント。
『お主からまったく緊張感が伝わって来んのじゃが』
『……気にするな。大人の事情ってやつで省かせてもらったんだ』
『また大人の事情!?』
『大人の事情ってのは便利なもんだぜ……』
そんな感じに哀愁を漂わせようと頑張りながら廊下を歩いて行く。センリの現在地がわからんが、イヴが見せたあの映像が本物なら王城の廊下をイリアと一緒にほっつき歩いているのだろう。
そうだとすると闇雲に歩き回っても遭遇するチャンスは赤と青の伝説のポケモンくらい低いと言っていい。あいつらルビー・サファイアで一体ずつしか出ないくせに移動範囲が広いんだぜ? そらをとぶなんか使ったら瞬く間にどっか行くんだぜ? 俺が捕まえるのにどれだけ苦労したか……!
『お主よ、どうでもよいことに意識が流れておるぞ』
そうだった。今はポケモンの話をしてる場合じゃない。いや、まあ別にそんなに急いでるわけでもないんだけどね。
とりあえずセンリの居場所を聞こうと思って近くを通りかかったメイドさんに声をかけた。
「すいません、ちょっといいですか?」
するとメイドさんはキョロキョロと辺りを見回す動作をする。なんだ? 俺ここにいるんだけど。不思議に思ってもう一度声をかけた。
「すいません、ちょっといいですか?」
すると何故かメイドさんの顔がみるみる青ざめていく。そして恐怖に震える声で叫んだ。
「ゆ、ゆ、幽霊だあぁぁぁ――――!?」
そのままメイドさんは走り去ってしまった。
……え? 幽霊なんてどこに――
『主よ……透明マント被ったままじゃ』
あ、忘れてた。
その後透明マントを消して普通に他のメイドさんにセンリの居場所を聞いて絶賛行進中。センリは自分に与えられた部屋にイリアと一緒に行ったらしい。エレナはなんか自室に戻ったとかなんとか。
俺はセンリの部屋の前まで来て立ち止まる。それから二回軽くノックする。
人の部屋に入る時はまずノック。これ基本ね。俺の妹とかノックしても俺の返事待たずに入ってくるけどね。ほんとやめてほしいわ。俺が人に言えないことしてる最中とかだったらどうするんだよ。
少しすると中から「入っていいですよー」というくぐもったセンリの声が聞こえたので、ノブを回して部屋に入る。
「数時間ぶり。元気にしてた?」
俺にとってはあの
センリの部屋は俺の部屋より狭いが、基本的には変わらない。ベッドと本棚、机と鏡と箪笥があるだけだ。まあ出発するまでの仮住まいなんだから十分なんだろう。まあでも、かわいらしい小物が置いてあったり、ベッドのシーツとかが少し女の子らしいものだったりと、女の人の部屋なんだなーってのがわかるくらいには俺の部屋とは違いがある。
そんな部屋のベッドにセンリは座っていて、イリアはどこからか持って来ただろう椅子に座っていた。
俺の挨拶に怪訝な表情をしたセンリだったが、なんか納得した顔でスルーされた。
……え? なに? 俺ってセンリの中でそういう意味わかんないキャラクターになってんの? 嘘でしょ? 真に遺憾であります!
とまあそんなことを思いながらも口に出したら絶対ややこしいことになるのが目に見えているから、あえて口には出さずに心の中に留めておく。べつに悔しいだとか思ってない。
『主が否定した時はたいていの場合そう思っておるぞ』
『思ってないって言ってんだろ!』
思ってないんです!
あ、ちなみにイリアは無表情だった。
「元気にしていましたが……ユウリ様、どこ行ってたんですか? 何も言わずにどこかに行くから探し回っちゃったじゃないですか」
センリが半眼で睨んできながらそう言った。なんか、私怒ってますよ? 的な雰囲気を出されても元が中学生くらいの少女にしか見えないからぜんっぜん怖くない。むしろ少し可愛い。いや、俺がMなわけじゃなくて。
こう、年上だと思えないから、やっぱり年下の女の子が怒ってますよアピールしてるようにしか見えなくてかわいく見えるだけなんだよな。
「ちょっと図書室に。ほら、センリ。お前にこれ持って来た。全部目通して終わりにある祈りの言葉を覚えといて。いややっぱ、最後だけ目通してくれればいいや」
そう言って図書室から拝借した本をセンリに渡した。センリはキョトンとした顔をしながらその本を受けとって中身をパラパラと見始めた。
中身はたぶんセンリたちも知ってることだらけだろうし、最後の祈りの言葉の部分だけ覚えてくれてたらそれでいいや。
俺はそれからイリアに向き直った。イリアはセンリにじっと視線を向けていたが(正確にはセンリにあげた本)、俺がイリアの方を向くと視線を合わせてくれた。
「それで、俺を探してたんだ。なんか俺に用があったんだろ?」
イリアは頷くと口を開いた。
「王妃がユウリをお呼びだ。元々は王が呼び出していたそうだが王妃の所に行くことになった。事情は知らんが、たぶん王妃が口を出したんだろう」
「……イキタクナイデス」
冷や汗たらり。
王妃サマの所に自分から行くとか、厄介ごとを自ら背負いに行ってるようなもんだろ。例え他の奴がそう思ってなくても俺にとってはそうだ。神様とか魔王なんかよりもよっぽど恐ろしい。だって何考えてるかわかんないんだもん。何考えてるかわかんなくても、それが俺と関わりなければ何も思わないけど、だいたいあの人のやつって俺にダイレクトで迷惑かかるんだもん。
「行け。もし行かなかったら王妃が『ユウリ様が来なかったら……? うふふふふふ……』と言っていたぞ。流石の私もあれは怖かった」
その時のことを思い出したのかイリアは少し顔を歪めてぶるりと身震いした。
つーか王妃サマこわ! え? なに、うふふふふふって!? そのうふふふふふに隠された意味ってなんですか!?
「速やかに対処致します」
ビシッとイリアに敬礼してから部屋を出ようとノブに手をかける。かけたところでセンリに言っておきたいこととイリアに聞いておきたいことの両方を思い出したので、ノブから手を離して振り返った。
「センリ、終わりにある祈りの言葉はピンチになった時に唱えてみて。たぶんスゲー人が助けてくれるはずだから」
パラパラとページをめくっていたセンリにそう言っておいた。イヴは助けるとは言ってないが、自分の素体は殺されたくないだろうから否応なしに助けなきゃいけなくなるはずだ。それに、別にそんな無慈悲な奴っぽくもなかったし。
「は、はい。わかりました」
パッと顔を上げて頷くセンリ。素直でいいですね。
『お主は捻くれておるからな』
『お前もな』
『わらわはまっすぐじゃぞ』
『胸のところが?』
『殺すぞ』
『すいませんっしたー!』
それからイリアに質問する。ちょっと疑問に思ってたこと聞きたいんだよね。イリアは、さっさと餌食になってこい、とでも言いたげな顔をしていたが華麗にスルー。俺は主人公体質じゃないからそんな顔とかに一々反応してられない。
「なあ、イリアってなんで俺が邪神だって知ってたんだ?」
「話してなかったか?」
「話してない」
イリアは「すまなかったな」と言うと話してくれた。
「わたしの所に優秀な預言者がいてな。そいつが今回の勇者の召喚で勇者が二人召喚される、その内の一人は邪神である、と言ったのだ。そして実際に二人召喚され、状況からしてお前が邪神だと踏んだのだ」
預言者、ねえ……。イヴに言われたばかりだからしょうがないと言えばしょうがないけど、でもやっぱり気になる。そいつ偽預言者かな。
でも、まあ……アダムの容姿なんて知らないし気をつけようもないかな。一応聞いておくか。
「なあ、その預言者の名前は? それと種族も」
「名前はアイゼン。種族は魔族だ。どうしてそんなことを?」
俺の質問を疑問に思ったのかイリアが聞いてくる。
「気まぐれだ気まぐれ。深い意味はないよ」
俺はそう言ってドアの方に向き直った。まあ、魔族ならアダムじゃないだろ。あいつイヴと同じなら人間のはずだし。
ドアを開いて廊下に出る。
『なあ……王妃サマに何言われると思う?』
『さあの? 行ってみればわかることじゃ』
はあ、と溜息を吐きながら王妃の部屋に向かって歩く。何を考えてるかわからない人間は苦手だ。
俺は若干憂鬱な気分になりながら廊下を歩いて行った。
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