妹の話

 煌くスポットライト。湧き上がる歓声。つんざく音。

 モンホラ。モンスター・ホライズン。いわゆる、夏フェス。

 私は、そこにいた。観客としてではなく、演者として。

 私の目的は一つだ。今どこにいるかわからないバカ兄貴と、その親友のバカを探すこと。そのためにここに来た。

 バンドのみんなはそのことをわかってくれてる。だから、安心して音を任せられる。

 ここはキャパシティ五千の、一番小さいステージだ。でも、構わない。どこでだって一緒だ。私の歌を、声を、響かせるだけだ。

 どこまでも響かせて、世界中に届けて、あの二人を見つける。それだけだ。

 前の演者が終わる。ステージから撤収して、次は、いよいよ私たちの番だ。


『さあ次は今大注目のバンド! HEROESの登場だぁー!』


 さあ、行こう。

 バカ二人を探すために。

 私の声を、届けるために。






「おーい、まい! これ、このバンドのライブ行こ! 再来週の日曜日!」


 そう言って私の近くに来たのは、同じクラスで親友の絵梨えりだった。制服のタイを緩めに留めていて、第一ボタンを空けている。その見えそうな首元に綺麗な黒髪がさらっと流れて、華奢な首や鎖骨を隠す。はつらつとした顔に、口元のほくろが印象的で、少しだけ色っぽく感じる。

 そんな絵梨の手には、音楽雑誌が握られていた。


「ごめん、私用事あるからパス」


 絵梨にそう告げて、私は机の横に引っ掛けていた鞄を手に取る。


「えー……用事って?」


 露骨に残念がる絵梨。長い付き合いだ、これが演技だってわかるからいいけど、付き合いの短い子だとだまされるから厄介だ。周りのクラスの男子が残念がる絵梨を見て、私にあからさまな視線を送ってくる。


「ちょっと出かけなきゃいけないの。あのバカも探さなきゃいけないし」

「バカって、お兄さんのこと?」

「そ。どこ行ったんだか知らないけど、見つけ出して説教しなきゃ」

「そっかぁ……わかった。お兄さん、見つかるといいね」


 絵梨はそう言って自分の席に鞄を取りに行った。

 絵梨はあれで人の機微に敏いから、なんだかんだ私を元気づけてくれようと誘ってきたのだろう。

 今、私の兄は行方不明だ。

 ある日突然帰って来なくなった。何の連絡もなしに。

 この辺りは治安もそこまでいいってわけでもないし、もしかしたら何か犯罪に巻き込まれたのかもしれない。お父さんとお母さんはそう考えて警察に相談した。

 今も警察は兄を探してくれている。ついでに言えば、隣の家の幼なじみで、兄の親友の光君も行方不明になっている。だから、正確に言えば警察が探しているのは私の兄と光君の二人だ。

 私の両親や光君の両親は二人のことを心配しているみたいだけど、私はあんまり心配していない。そりゃちっとも心配してないわけでもないけど。

 暴走族のアジトに行って、立った二人で暴走族を潰してしまうような二人だ。例え何か犯罪に巻き込まれていようと、たぶんケロッとしているだろう。

 でも、二人がケロッとしているのと、私が二人を探さないというのは、また別の話だ。

 二人が見つからないと親の気が済まない。あのままではいずれ参ってしまいそうな、そんな落ち込みを時々見せたりする。

 だから私は二人を探すのだ。探して見つけて、それでたっぷり怒ってやるのだ。

 心配させるんじゃない、勝手にどっかいなくなるんじゃないって。


「うん。ありがとね絵梨」

「いーのいーの。あーでも、HEROESのライブは行きたかったなー」


 ビクゥ!

 今の私の体の動きを擬音で表現したら、たぶんそんな感じだ。

 さっきのお誘い、何のライブか聞いてなかったけど、まさかHEROESのライブ……?


「ひ、HEROESって、あの……?」

「あれ、舞知ってるの? 最近メジャーデビューしてさ、話題沸騰のV系バンド! っていうか、もうV系っていうより覆面だよねってくらい顔隠れてたりするんだけどね」

「そ、そうなんだ……あはは」


 渇いた笑いが漏れる。

 心臓がバクバクいっている。


「ボーカルがねー、マリっていうんだけど、すっごくかっこいいんだよねー。おんなじ女性なのにあんなにかっこいいとか、憧れちゃうなー。歌もすっごく上手だし。あ、そう言えば今夜のミュージックステージに出るらしいよ、HEROES。テレビ初出演だって!」

「じ、時間があったら見てみるね……」

「見たら感想聞かせて! 舞も絶対好きになるから!」


 そう言って雑誌をひらひらさせる絵梨。

 そんな絵梨に別れの挨拶を済ませ、私は冷汗を流しながら教室を後にした。

 絵梨がHEROESのこと知ってるだなんて知らなかった!

 どうしよう! いや、どうしようもないのはわかってるし、何が問題なんだって言ったらそれはそれでわかんないけど、でもどうしよう!

 だって、HEROESのボーカルのマリって、それ私のことだし――!






 HEROESっていうのは、最近メジャーデビューしたV系バンドのバンド名だ。V系っていうか、絵梨も言ってたけどもうほとんど顔を隠す勢いでメイクしたりなんなりしているから、覆面系バンドって言ってもいいかもしれない。

 ギターのメンゴに、ベースのパウチ、それにドラムのレトルトと、ボーカルのマリの四人で組んでいる。

 私は、兄が行方不明になる前からこのバンドで活動していた。別に兄とかには隠してなかったから、兄は私がこのボーカルのマリだってことは知っている。家でも練習してたし。私が練習してるのにあの二人はお構いなく騒ぐから、時々うるさい! なんて怒鳴ったりしてたけど。

 メジャーデビューする前までは、ここまで顔を隠してたわけじゃない。V系はV系だったから化粧はしてたけど、そんな誰が誰だかわからなくなるようなところまではしてなかった。

 だから、この覆面レベルの化粧は、メジャーデビューしてからだ。マネージャーさんからの指示で、こうなった。

 曰く、メジャーデビューしたら有名人になるのは必須だから、今まで通りに高校生活を送りたかったら顔を隠せ、とのこと。それに覆面バンドとか、話題性高そうだしな、とも言ってたけど。

 私たちHEROESは全員高校生だ。といっても、みんながみんな同じ学年ではないけど。なんなら私が最年少なんだけどね。


「今日のお仕事緊張するなー」

「マリでも緊張することあるんだねー」

「メンゴ、あんた、私のことなんだと思ってるわけ?」

「べっつにー? ただ、マリの兄ちゃんあんなんだし、兄妹だから似たようなもんかなーって」

「あんなバカ兄貴と比べないでくれる? アレは例外よ、例外。緊張って感情をお母さんの中に忘れて生まれてきたに決まってるわ」

「兄ちゃんいなくなる前はお兄ちゃんお兄ちゃん言ってたのに、いなくなったらバカバカ言っちゃって、そのよくわからんツンデレはどうにかなんないかなー」

「ツンデレって何よツンデレって! ……それより、わかってるんでしょうね?」

「はいはい。今日の収録はお兄ちゃんの話はしないんでしょ?」

「そうよ。その話は、モンホラまでとっておくの」

「で、誰も止められない状況で大々的に発表して、お兄ちゃんを探してもらうと」

「ええ。もしかしたら顔バレしちゃうかもしれないし、最悪、マネージャーとか事務所とかカンカンになっちゃって契約切られたりとかするかもしれないけど――」

「まーまー。私たちよりも、行方不明のお兄ちゃんたちの方が大事だって」

「……ありがと」


 ミュージックステージの本番前に、そんな会話をする。

 バンドメンバーには、感謝してもしきれない。

 バカ兄貴たちを探すためにモンホラを利用する。せっかく出れることになった憧れの夏フェスで、そんなことをさせてしまう。

 とても心苦しかった。でも、私が兄貴たちを探せるような手段なんて、あんまり思いつかなかったから。

 みんな、快く頷いてくれた。もしかしたら解散になるかも、なんて話も「事務所に所属してなきゃバンド出来ないなんてことはないし、何も問題ないでしょ」なんて言って笑って許してくれた。

 私は、そんなみんなが大好きだ。

 だから、見つからなかったら承知しないんだからね、バカ兄貴たち。






 煌くスポットライト。湧き上がる歓声。つんざく音。

 モンホラ。モンスター・ホライズン。夏フェス。

 とうとう、この日がやってきた。

 私の目的は一つだ。今どこにいるかわからないバカ兄貴と、その親友のバカを探すこと。私はそのためにここに来た。

 バンドのみんなはそのことをわかってくれてる。だから、安心して音を任せられる。

 ここはキャパシティ五千の、一番小さいステージだ。でも、構わない。どこでだって一緒だ。私の歌を、声を、響かせるだけだ。

 どこまでも響かせて、世界中に届けて、あの二人を見つける。それだけだ。

 前の演者が終わる。ステージから撤収して、次は、いよいよ私たちの番だ。


『さあ次は今大注目のバンド! HEROESの登場だぁー!』


 さあ、行こう。

 バカ二人を探すために。

 私の声を、届けるために。

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