第15話

 何故か話の流れ的に、俺はアダムを倒さなければいけなくなったらしい。

 俺自身はいえすとかおーけーとかはいとかいえすまいろーどとか一言も言ってないのだが、いかんせん文字通り俺と一心同体のディアナさんが頷いてしまったのだから仕方ない。

 俺がこの世界で苦労することなく生活出来てるのも半分くらいがディアナさんのおかげだったりするので、恩人的な神様にはあまり逆らえなかったりするかもしれない。見えないところでいろいろよくしてもらっているのである。

 義務は放棄しても義理は守らなきゃいけないんだよ?


「誰に言ってるんですか」

「……気にしたら負けだ」

「何に負け!?」

「大人の事情ってやつさ」

「わたし貴方よりも年上なんですが」

「年齢の問題じゃないんだよ」


 最初の「お前誰だ?」みたいな空気が嘘のように和やかになった東京ビル郡の道路のど真ん中で、未だに俺達三人は会話を続けたりしていた。

 正直イヴは胡散臭いというか不明瞭な点がたくさんあるので、そのままアダム討伐に行くのには気が引ける。もっといろんな話を聞いてイヴの人柄とかを把握してからにしたかった。ってかそもそも、ぶっちゃけこの空間からの出方とか知らないんだけど。出れないです。

 まあきっとあれだ。その辺のことは邪神の力的な何かでどうにかなるだろうから、気にしちゃいけないことなんだよ。こう、素敵な邪神ぱぅわーでな。

 そんなことを考えながらディアナと和気あいあいと喋っているイヴにいくつか質問する。

 質問するときは手を挙げてから。小学校の時先生に教わったでしょ? この話前もしたな。


「イヴさん質問っす」


 ディアナと喋っていたイヴは何事かと俺の方を向いてきた。


「はい、何でしょう?」

「最初に封印された時に『十一人の人間に抑えられた』って言ってたけど、キリストの十二使徒って文字通り十二人いるはずなんだけど残りの一人は?」


 イヴは「ああ、そのことですか」と説明を始めた。


「説明すっかり忘れてました。あの場にいなかった十二人目は貴方もご存知イスカリオテのユダです」

「イエス裏切ってどっか行ったのか? まさか銀貨三十枚でイエスを売り飛ばすわけあるまいし」


 今更聖書なんて信用しない。イヴの話聞いてたら全然違うし。ていうか銀貨三十枚ってどれくらいの価値だったんだろうね。結構安かったらしいけど。

 俺の質問にイヴはふるふると首を横に振った。


「いえ、ユダはイエスに命じられてアダムを追って行ったんですよ。だからわたしが封印された時にいなかったんです」


 そう言うイヴはどこかほっとしたような感じがした。

 というかイヴを封印するのにイエス含めた十二人掛かりでやったのに、アダム追うのがユダ一人でいいのかよ。どう考えても力不足だろ。それとも一人だけとんでもなく強かったのか?


「ユダは強いですよ。一人で残りの使徒十一人相手に出来るくらいには。あの場にユダがいたらわたしは封印どころではなく消されていましたよ」


 強い……のか? 基準の強さがわからんからよくわからん。一人に十一人掛かりで相手にする連中と一対十一で互角って言われてもなぁ……。

 あれ? でもよく考えたらそれってイヴと同じくらいの強さなんじゃね?


「なあ、イヴってどんくらい強いの?」

「普通の人間相手なら一騎当万くらいには。というか、普通の人間ならいくらかかってこようが負けることはありません」


 ツエー――――!!

 思わず片言になっちゃうくらい驚いたよ! 普通の人間が何人かかってこようがって、強すぎでしょ! なにそれ、チートじゃん! いや、でも、ユダはそれと同じかそれ以上ってことだろ? やばすぎでしょ。


「質問はそれだけですか?」


 俺が驚いて固まってしまったからか、イヴが自分から聞いてきた。

 いや、まだ聞きたいことはあるけど、ちょっと固まってただけだから。


「なら次の質問は?」


 俺はイヴの強さをとりあえず脇に寄せて質問を続けた。


「ユダってその後どうなったの?」

「知りません、というかわかりません。理由はアダムの時と同じです」

「じゃあ次。魔法使い集団とドンパチやってたって言ってたけど、イヴとかアダムとかイエス達は魔法が使えたのか?」

「ええ、使えましたよ。というよりもわたし達が最初に魔法を使ったのであって、他の人間の魔法はわたし達の魔法の模倣、しかもかなり簡略化した模倣です。魔族の魔法はだいぶわたし達の使っていた魔法に近いですけど」


 そう言って一回息を吸うと、イヴは魔法の説明をしてくれた。


「そもそも魔法というのは神ヤハウェから与えられた神の権能です。ですから最初はわたしとアダムだけが使えました。そして本来ならわたしたち二人に加えて、ヤハウェから直接権能を与えられたイエスと十二使徒、それとヤハウェを神と崇め信仰していた人間だけが使えました」


 ですから貴方の使う力は魔法とかとは違うものです、とイヴは言ってきた。まあ、俺ヤハウェとか信じてないしっていうか俺自身が神様だし、そうなんだろ。ていうか魔法的な何かとか使ったことないしな。エネルギー弾的な何かなら使ったことあるけど。


「ですから神の存在を認めない無神論者には腐っても使えないものでした。しかし魔族の方は知りませんが、人間の中にわたし達の使う魔法を理論化し、パターン化し、計算式化した天才がいました。それはやはり威力の落ちるものでしたが、無神論者の人間が魔法を使えるようになった革新的な技術でした」

「けど俺のいた日本じゃ魔法なんか誰も使ってなかったぞ?」


 イヴははあ、と若干呆れた感じに溜息を吐いた。あれ? 俺何か変なこと言った?


「誰でも魔法が使えるわけないじゃないですか。魔法を理論化したところで才能がなければ使えません。この世界で学ばなかったのですか?」

「いや、それでも使える人がいても……。日本だけじゃないけどさ、七十億って人がいたんだぞ?」

「――世界は願いによって構築されます」


 突然イヴがそんなことを言い出した。それは確かディアナが言っていたことのはず。

 ちら、とディアナを見るとディアナもぽかーんとした神様にはあるまじきアホ面を曝していた。


「まだわたしが封印される前の話です。世界の人々は願いました――楽園エデンに行きたい、と。そしてそれに応えた存在がいました」


 願いに応えた存在……って、まさかディアナか?

 俺は今度は思い切りディアナに振り向いた。ディアナのアホ面はいつの間にか真剣な顔に変わっていた。


「そして出来た世界に、人々は移動しました。その世界には、魔法が使える人だけが移動出来ました」

「じゃあ、この世界の人間は元は地球のキリスト教信者ってことか……?」


 イヴはまたもや首を横に振った。


「そうではありません。この世界ができる前、地球には魔法王国が多数ありました。全ての物事を魔法で行うような王国です。その王国が神の怒りに触れ全て流され、残った人たちが願ったのがこの世界でした。なので、キリストとかは関係ありません。そもそも、キリストたちはこの世界ができた後に生まれた人間なので」


 うわ、魔法王国とかやばそう。完全にRPGの世界じゃん。浮遊大陸とかあったりしたのかな。海底神殿とか作っちゃったりさ。

 まあ、でも、なんとなく魔法が使えない人がいないのは理解できたわ。


「ふむ……わらわ自身もよう覚えておらんようなことをよう知っておるの」

「追放されたとはいえ、神の眷属ですから。人間ですが人間と一緒にしないでほしいです」


 イヴはそれから付け足すような言葉を続けた。


「ああ、あとはその後に行われた魔女狩りで地球の魔法使いはほぼ絶えました。探せばどこかにいるかもしれませんが、保証はしません」


 話終えて満足したのか、「次の質問はありますか?」と聞いてくるイヴ。

 さっきの話しぶりからして、イヴは望んでこの世界に来たわけではないだろう。ていうか、なんでいるんだろ。いつぐらいに来たんだ?


「お前って何時くらいにこの世界に来たの?」


 イヴは質問を聞いた後、考えるように顎に手を当てた。


「……正確なところはわかりませんが、たぶん四百年前くらいかと。当時この世界に召喚された勇者がたまたまこの本を持っていたので一緒に飛ばされたんです」


 なんで勇者がこんな開かない欠陥だらけの本を持っていたのかは不明だが、興味ないからいい。スルーでいこう。

 はい、じゃあ次の質問。


「これ一番聞きたかった。なんでイヴは本の中にいるのに本の外の出来事をある程度把握してるわけ?」

「……わらわもそれは気になっておった」


 俺とディアナ二人に聞かれてイヴは真面目な顔になって答えた。

 だってこんなところにいたら普通外のこととかわかんないじゃん。俺だって今外がどうなってるとかわかんないし。


「……わたしは肉体を持てないだけです。やろうと思えば精神というか、意思を本の外に飛ばすことが出来ます。……まあ、その魔法の構成に数百年の月日を要しましたが。それで本の周りで情報を集めていたのですが、やはりそれにも限界がありまして」


 そこでイヴは俺に視線を向けてきた。


「わたしは新たな魔法を作りました」

「新たな……?」

「わたしの意思と力を対象に移す魔法です。まあ不完全なんですけどね」


 真面目な顔から一転、どうだ凄いだろうと言いたげな様子のイヴ。確かに凄いと思うけど、でもそれイヴに憑かれた奴ってどうなんのさ。憑かれるっていうと幽霊みたいだな。


「そこなんですよ。当初の予定ではわたしの意思を表出出来るようになるはずだったんですよ。ああ、勿論その生物の人格も残ったままでですよ?」


 イヴはそこでまた表情を一辺させ、今度は悔しがるような顔になった。今思ったがイヴは結構ころころと表情が変わるのかもしれない。

 俺の元のイメージなんて関係ないはず。


「上手く出来なかったんだろ? だから不完全」


 イヴは頷く。


「わたしに一番近い素体を探して、拒絶反応が起こらないように生まれる前の段階でわたしの意思と力を植え付けたんですけど……どこかに不備があったらしくて」

「それで?」

「力はいい感じに移ったんですけど、意思の方が中途半端になってしまいまして……素体を通して外は見れるし音も聞けるんですけど、意思が表出出来なくて」


 はあ、と溜息を吐いたイヴ。

 まあ魔法に失敗してほとんど力だけ奪われた状態だからな。溜息も吐きたくなるのもわかるわ。


「力だけ取られた、というわけじゃな」

「そうなんですよ……まったく、わたしとしたことがどこで間違えたのか」


 なんか、やっちまったぜ! みたいな感じで気落ちするイヴ。困っているはずなのに困っているように見えない。

 てか考えたらイヴが選んだ素体って単純に考えてイヴと同じくらいの力を持ってるってことだよな。イヴの力持ってるんだから。

 ……ん? そいつ危なくね? 文字通り一人軍隊だぞ。そいつが今どんな状況にいるかは知らんがこれは少しヤバイんじゃ? 何があるかわからんし、何かがきっかけで暴れ出したりしたらそれこそ国が滅ぶレベルだし。


「イヴが選んだ素体の名前って何? なんかいろいろ危なそうだからさ、名前だけでも教えてくれるとありがたいんだけど」

「何が危なそうなのかはよくわかりませんが、そうですね……名前を教えるというのももっともでしょう」

「ん……? 何がもっともなんだ?」


 俺の疑問の声にイヴはにこりと笑うと右手を振った。それと同時にイヴの背後に大きなモニターのようなものが現れ、様々な音が流れ込んできた。

 そのモニターに映っていたのは俺のよく知る王城の廊下と赤い髪の美人な魔王。


「これなに? なんかお城と俺の知り合いが映ってるんだけど」

「わたしの素体が見て聞いていることを映し出しています」

『まったく、ユウリ様はどこに行ったんでしょうね?』

『さあな。大方どこかで遊んでいるのだろう』


 遊んでねーよ! なんか変な奴に捕まってんだよ!

 そんなイリアとセンリの会話が聞こえてくるが、映像にはセンリが映っていない。

 それって、つまり、


「お前の……素体って……?」

「貴方もご存知、『センリ・フルール』ですよ」

「マジかよ」


 あいつの魔力の多さとかっていうのはイヴの力があったからなのか? 

 でもセンリってそこまで強くないぞ? いや、確かに既にその辺の魔導師が束になってかかっても負けないくらいには魔族用の魔法に最近慣れつつあるけどさ。国を一人で滅ぼせるかって言われたらそんなことはないでしょ。


「まだわたしの力の扱いに慣れていないだけです。今までが今まででしたから」

「あやつが半人半魔なのにはお主は関係しとるのか?」


 ディアナの真面目な質問。まあ、半人半魔が有り得ないって言ってたのディアナだしな。


「センリは魔族の子です。ですが、まだあの子がお腹の中にいる時にわたしの意思と力を植え付けた時に、あの子の遺伝子情報の半分くらいがわたしのものに書き換えられてしまいまして」

「じゃあなんでセンリは孤児院にいたんだ?」

「センリを産んだ後、親の魔族が亡くなりました。捨て子のように打ち捨てられていたセンリを人間の兵士が拾って孤児院に届けたんです」


 へ―……そんなことがあったのか。ていうか、センリの両親ってもう亡くなってるのか。それは、なんというか、何とも言えないな。

 とにかく、まあ、これで俺が聞きたいことは全部聞いたわけだ。次は此処から出ることを考える番だな。


「この空間からは貴方か若しくはディアナさんが出たいと思ったら出られますよ」


 そんな簡単なことでいいのかよ。

 早速俺はこの俺達以外に人がいない気味の悪い東京的異空間から出ようと試みるが、すんでのところでイヴに声をかけられる。


「一つ頼み事があるんですが」

「お前の頼みならさっき聞いた。アディオス!」

「そうはいきませんよ!」


 イヴの頼みを聞く前にさっさと退散しようとしたのだが、イヴが右手を突き出して握っていて何故か身体が動かない。どーいうことだ! なんだよこれ!

 目を隣に向けるとディアナは普通に動いてた。マジ差別乙。


「すいまっせーん。解放してくださーい」

「嫌です」


 即答かよっ。

 たぶんイヴが俺を縛ってるこれ、解けないわけじゃないんだろうけどなぁ。俺が此処で逃げ出したらあいつセンリに何するかわからんし。


「大丈夫、何もしませんよ。貴方がわたしの頼みを聞いてくれたら」

「それって脅しって言うんじゃないんでしょーか」

「交渉ですよ、ユウリさん」


 そう言ってふんわりと笑うイヴ。それがどこか王妃サマみたいな感じがして背筋に悪寒が走った。

 どうやら俺は口だけでなく、王妃サマという人間が根本から苦手らしい。俺も知らなかった新事実だ。


「頼み事と言っても簡単なことです。外に戻った時にこの本の貴方が無理矢理開いたページに祈りの言葉を書き込んでほしいだけです」

「書き込むとどうなるのじゃ?」

「センリがその祈りの言葉を紡ぐとわたしの意思が表出するようになります。それがわたしが考えた不完全な魔法の最大限の修正です」

「じゃと。これぐらいなら受けてやってもよいのではないか、主よ?」


 イヴとディアナに見つめられて素直に頷いてしまう。

 ……しまった! 美少女二人の様子に思わず頷いちまった! 非リア充の毒男は女っけが無くて耐性が無いから弱いんだ、美少女に見つめられるのに!

 ……あれ? おかしいな。目から汗が流れてきたぞ?

 ディアナが俺を哀れむように見上げてくる。


「哀れじゃな、お主よ」

「うるせー!」


 チクショウ! リア充爆発しろ!

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