第13話

「アッハハハハハ! いいね、ファンタジー最高だね!」

「何を壊れておるか、お主よ!」


 今俺とディアナは何故か地球にいて、何故かその中の日本にいて、何故か街にいて、そして何故か周りに人が一人もいない。僕だけがいない街ならぬ僕以外いない街だわ。いや、まあ何故かディアナが俺から離れて俺の隣にいるんだけど。なんで? 俺何もしてないけど。


「つーかなんで俺日本にいるわけ!? なんで東京? スカイツリー見えてんじゃん。というか今俺の隣に非実在青少年がいるんですけど! 都条例で規制されるんですけど!」

「主よ、壊れるのは状況を確認し終えた後にしてくれんかの? あと、うるさい」


 道路のど真ん中で叫ぶ俺にディアナが呆れたように言ってくる。

 そりゃ俺だってこんな壊れたように叫びたくなかったけどさ。流石に王城の図書室からいきなりこんな現代の東京に場所が移ったら叫びたくもなるわ。ていうかうるさいってディアナさん酷くない?

 はっきり言って人がいない東京はぞっとする。周りを全部無機質なコンクリートで囲まれて、それらが太陽の光を遮って影を作る。不気味な光景だ。正直帰りたいけど、帰る方法わかんないし。

 俺とディアナはとりあえず目の前に向かって歩き出した。その場にとどまってたところでどうにもならないと思ったからだ。別に迷子になったわけじゃないし。まあある意味迷子みたいなもんだけどさ。


「にしても、主の世界は恐ろしい程に計算され尽くした建物が並んでいて、逆に怖いくらいじゃのう」

「そうか? 俺達にはこれが普通だ。地震なんかで倒れられたらたまったもんじゃないからな。作った人たちはすげーと思うけど。俺からしたら、お前の世界の方が新鮮で面白い。住みたいとは思わないけどな。パソコンもスマホもネットもゲームも漫画もないし」

「注文が多いわ」


 そんな会話をしながら歩くこと数分。相変わらず東京のデケー道路の真ん中を堂々と歩いていると、前方に人影が見えた。

 髪長いし、顔はよく見えないけど……全体的なシルエットからして、女の人か?


「おいディアナ、人がいるぞ」


 まあ、近づいてみたらわかるか。

 横にいるディアナに話しかけると、ディアナは難しい顔をして立ち止まっていた。顎に手を当てて真剣に考える幼女の図の完成だ。俺、ロリコンじゃないよ?


「……いや、待て主よ。あ奴から人間という感じがせん。いや、違う……そうじゃな……あまりにもて、逆に人間という感じがしなくなっておるんじゃ」

「……どーいうことだ? 俺にもわかるように説明よろしく」

「わらわにもわからん、が……不用意に近付いてよい存在ではないということは確かじゃ。主よ、気を付けるのじゃ」

「気を付けるって言ったって、どうやって気を付けるんだよ」


 俺とディアナが前方にいる人間についての対処を話合う。といっても建設的な意見は出てないけど。ただ気を付けろって言われたってなぁ……。俺はもう一度人影を見ようと目を向け――って、いない……?


「困りますね、わたしに近付いて頂けないのは」


 ――後ろッ!?

 突然後ろからそんな女の人の声が聞こえて、俺とディアナは一斉に振り返った。

 そこにいたのは、長い艶のある黒髪に大きな黒の瞳、センリとイリアの調度中間くらいの背丈の黒い衣服を纏った少女だった。いや、少女と女性の中間くらいの年齢に見える。女の人の外見で年齢を判断するのは難しいんだよなぁ……うちの妹だって高一だけど、化粧とか服とかでずいぶん大人っぽく見える時があるし。今は関係ない話か。

 女の人が……いや、少女にしておこう。少女がいつの間に後ろに回ったのか、何が困るのか、此処は何なのか、いろいろ聞きたいことはあるけど、最初に聞くことは一つだけ。


「――お前はなんだ?」


 俺の問いに、少女は少し笑って口を開いた。見た人を安心させるような、蕩けるような笑みだった。


「わたしは


 俺の耳が腐ってなければ、少女は確かにそう言った。


『そこで彼女は僕にこう言ったのさ、わたしはイヴだってね☆』

『お主、また壊れておるぞ。借金執事みたいになってしまっておるぞ』


 俺は何故かまだ繋がっていた脳内のパイプでディアナに話しかける。混乱してたんだ、許してくれ。

 俺はまじまじと少女の顔を見た。瞳は大きいし髪はつやつやだし唇は小さくて可愛いし、アダムが妻にしたがるのもわかる。っていうか、イヴってそのイヴなの? 実はイブって書いたりするんじゃないの? フリーのホラーゲームみたいな名前しやがって、みたいな。

 まあ、わからないことは本人に聞くに限る。今までだってそうしてきたんだし、これからだってそうしていく予定なんだからな。


「イヴって……あのイヴ? 聖書とか創世記とかに出てくる?」

「聖書や創世記が何かはわかりませんが、わたしはイヴですよ。アダムから生まれたイヴ。ヤハウェに作られたイヴです」


 マジかよ。脳内お花畑少女とかじゃないんなら、マジでイヴなのか? こんな良くわからん状況だから、なんか信じちゃいそうなんだけど。


『ヤハウェって誰じゃ、主よ』

『聖書の神様だ。キリスト教っていう宗教の唯一神。ていうかお前神様なのに知らねーの? 神様仲間じゃねーの?』

『なんじゃ神様仲間って。そんな仲間おらんわ』

『え……お前、まさかぼっちなんじゃ……?』

『お主に言われとうないわ!』

『俺はぼっちじゃねーし! 友達いっぱいだし!』


 脳内でそんな会話をする。聞かれていたら相当失礼だが、まあ聞こえてないだろうから問題無い。脳内の会話が聞こえてるとか、それなんてホラー。俺のプライベート空間が……! すでに侵されてましたね、はい。隣の幼女に。


「全部聞こえてますよ。丸聞こえです。なかなかに愉快で失礼な人達ですね」

「おいどーするよ、全部聞こえてるみたいだぞ。俺達の努力無意味じゃねーか」

「失礼じゃな。むしろわらわ達の会話を盗み聞きするあ奴が失礼じゃ」

「……それは確かに言われてみればその通りだわ。俺たち悪く無くね?」


 動揺を隠すようにディアナと軽口を叩き合う。何かしらの魔法を使って心でも覗いたのだろうか。だとしても、百歩譲って俺の心を覗けたとしてもディアナの心は普通は無理なんじゃね? 俺と違って純粋な神様だし。いや神様だからって心が覗けないとか、そういうことはないのかもしれないけどさ。


「別に魔法なんて使ってません。此処にいると聞こえてくるんです」

「えぇ……なにそれ怖い。プライバシーの侵害だわ」

「聞こえてくるんだから仕方ないじゃないですか。不可抗力です」

「どう思います? ディアナさん」

「力の制御が甘い。子どもの時代からやり直した方がよい」

「だって、どんまい」

「貴方たちずいぶん開き直りましたね!?」


 いや、だって本音隠して建前で喋ったって無駄だってわかっちゃったし。気を使う必要なくない?

 それとも何? やっぱり俺たちの心覗くために何かしてるの?


「別に何もしてませんよ。此処は貴方の知っている言葉で表すなら、ファンタジー小説等でよくある深層心理。貴方の心の中の世界ですよ。だから貴方と貴方の中にいるそこの可愛いお嬢ちゃんの考えが聞こえるんです」


 相変わらずふわふわと笑ったままのイヴ。俺の考えが読み取られるのに、向こうの考えがわからないとかずるくない?


「だからこの景色もわたしの姿も貴方の心を反映させたものなのです。わたしの姿は貴方が思い描くイヴなのです」


 俺が思い描くイヴ……? ああ! どっかで見たことあると思ったら、俺の好きな漫画に出てくるイヴか! あのエロ可愛いやつ! あの人の漫画というか、絵が好きなんだよ! いやぁ、三次元と二次元じゃここまで印象が違うんだな。


「そうですね。縦と横の世界に高さが加わるわけですから。それに人間の思考として二次元のキャラに合えるなんて、ただの妄想ですからね」


 二次元と三次元の違いを身をもって体験した。まあ俺は別に二次元萌えとかそんなんじゃないから別にいいけど。ちゃんと三次元の女の子のこと好きになれますから。二次元に恋しちゃったりしませんから。

 でも長門は俺の嫁。異論は認めない。

 眼鏡を作り忘れた後のあの反応は俺の中で今でも鮮明に焼き付いている。かわいい。


「で、何故イヴはこのような場におるのじゃ? 主の言う聖書とやらでは既に死んでいるはずじゃが」


 ディアナが真面目な顔で言う。それは俺も知りたいことだ。何たって俺の心の中とか言うわけのわからん所に飛ばされたんだ。動画サイトで動画見終わった後、自動で『移動します』ってなって変な動画に飛ばされるより質が悪い。


「どのように説明してほしいですか? 普通に説明するか、貴方の知識を使って説明するか。ちなみに貴方の知識を使うと貴女の好きな漫画みたいになりますが」

「漫画でお願いします」



 ディアナではなく俺に言ってきたから、そう即答する。せっかく二次元のキャラが目の前にいるんだから、こういう時に何かやってもらわなきゃ損だろ。でも俺コスプレイヤーさんは二次元のキャラだって思わないから、別に何かしてほしいとか思わないけどね。いや可愛いとは思うけど。

 隣のディアナも何も言わなかったからそれでいいんだろう。俺のオタク部分に対して寛容な奴である。

 イヴは目を閉じると集中するように息を吐いた。そして目を開けると、纏う空気が変わっていた。擦れた大人のような、少し暗い雰囲気をまとっている。


「……とある……聖人ぶった奴がですねー……わたしに封印をかけやがったんです……」


 なんか漫画の主人公の台詞っぽくなってる。端々の口調は敬語のままだけど。


「十一の人に抑えられ、そいつに封印されたわたしは……この封印が解けるまで肉体を持つことが出来なくなったんですよ……」


 自分で説明しながら当時のことを思い出してきたのか、顔がどんどん不機嫌そうに歪んできた。

 不機嫌になるのはいいけど、俺たちには当たらないでね。


「この本に封印されていかほどの時が流れたか……」

「……主よ、とある聖人ぶった奴とは誰じゃ?」


 ディアナが小声で聞いてきたから俺も小声で返す。


「たぶんイエス・キリストだろ。イヴに立ち向かうなんてイエスくらいしかいないって」

「何故じゃ?」

「イヴってのは人間が背負う罪の源っつーか、原因っつーか、そんな感じの奴なんだよ。そんでイエスはその人間の罪を全て許す存在として生まれたんだ。これだけ言ったらわかるだろ?」

「許すということはつまり、全ての人間の罪を無くすということじゃろう。じゃから人間の罪の原因であるイヴを倒す、ということじゃな」

「理屈上はな。実際はどうだったのかは知らんが。聖書と話違うし。ていうか俺別にキリスト教徒じゃないし」


 今のだって漫画の知識だし。


「聖人ぶった奴……そのイエスは、ヤハウェに言われてわたしを消しに来たんですよ」


 やはり俺達の会話が聞かれていたのか、イヴが当然のように話に入ってきた。


「どういうことだ?」

「……そうですね。それではわたしがエデンにいた頃から今までのことをお話しましょう」


 機嫌が治ったのか、笑顔に戻ったイヴはその手に一つの果実を持っていた。

 丸くて、赤くて、瑞々しい。俺だって何回だって食べたことがある。シャリシャリとした食感と、自然な甘みが好きなそれ。

 赤い、紅い、血のような色の林檎が、イヴの手の上にあった。

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