私の話
私が誰なのかとか、どういう生まれだとか、なんで親がいないんだろうとか、そんなことは小さい時に考え尽したことだ。今更他人にどうこう言われたって、当時の私の気持ちが報われるわけではないし、今の状況とか、考えとか、思いだとか、そう言ったものが変わるわけでもない。
ただ、少しだけ哀愁を感じて、でもそれを糧にまた前に進んでいくだけだ。
前に。もっともっと前に。私一人だけ置いて行かれないように。
今、私の周りにいる人たちの歩みはとても速いから。気を抜いたら、いつの間にか私だけ置いて行かれる。そうなったら、私はまた独りぼっちだ。
独りぼっちは、嫌だ。寂しい。誰かと一緒にいたい。それが、誰かに作られた関係だったからって、そんなのは関係ない。
私は、今一緒にいる人たちが好きだから。だから、その人たちと一緒にいるために、頑張るのだ。
私の記憶は、小さい孤児院の一室にいるところから始まる。この王都のどこにでもある、少しだけ経営の苦しい孤児院だ。王都にある孤児院はみんな経営が苦しいから、ここは他に比べたら少しはましだったと思う。
孤児たちはみんな仲が良かった。当たり前だ。仲が良くなくちゃ、生きていけないんだから。そんな私たちを、先生たちはよく見守って、時には叱ったりした。そして私たちは、すくすくと育ったように思う。
教会にパンを貰いに行ったり、内職で作ったものを売ったり、時には道端に落ちてる小銭を拾ったり。
大変な毎日だったけど、でもみんな笑っていた。
私は、そんな孤児院が大好きだった。自分の生まれとか、親のこととか、気にならなかったと言えば、それは嘘になるけど。でも、孤児院でみんなと暮らしていると、そんなことは些末な問題のように思えた。
だからあの日。ユウリ様と初めて会って、私のことが少しだけ分かったあの日。
私は取り乱していたけど、でも、すごくショックを受けていたわけじゃなくて。
ただ、どうやって受け取ればいいのかわからなかっただけで。
お城に仕官し始めてからは、私は独りぼっちだった。
魔法がうまく使えない。見た目がちんちくりん。
落ちこぼれと言われて、誰も相手にしてくれない。お城は、エリート志向の貴族の人ばっかりで、平民上がりの私はあからさまに見下されたり、避けられたりしていた。
平民の兵士の方は普通に接してくれるけど、それだけだ。友達になったりとか、助けてくれたりとか、そういうことはない。そもそも、彼らには私が貴族の人たちから見下されているだとか、避けられているだとか、そう言ったことが理解できていなかったから、それはある意味仕方ないことなのかもしれないけど。
だからだんだん人との接し方が下手になってきて、それで、あの日。ユウリ様とお話しした日は、取り乱してしまったのだ。
でも、そういう私も含めて全部受け入れてくれているユウリ様に、私は感謝している。まあ、あの方は気にしていないだけかもしれないけど。
あの方は、基本適当だ。勇者という立場にありながら、勇者らしい行いは一切しない。お城の平民の兵士の方と一緒に訓練したり。時には遊んだりしていることも私は知っている。
普通は、勇者なんていうものは気位が高いというか、貴族と同じような扱いを受けるものだから、平民の人たちとは一緒にいない。実際、もう一人の勇者の方は、貴族の方と一緒に行動している。
ご飯だって食堂で食べるし、全然勇者らしくない。何故か神様とも懇意にしてらっしゃるし。
なんなんだろう。どんな方なんだろう。怖くないかな。私人見知りだけど大丈夫かな。
最初はそんな風に考えていたけど、今となってはそんな考えは間違っていたとわかる。
ユウリ様に関しては、怖いとか、人見知りとか、そんなことを考えるだけ無駄だった。まあでも、そうでもないと人見知りの私がこんな短期間で親しくなれるはずがない。
今日だって、そうだ。朝一緒に食堂でご飯を食べていると、隣で食べていたユウリ様が突然言い出した。
「なあセンリ、俺街に出たことないんだけどさ、ちょっと案内してくれる? 大丈夫大丈夫。許可は取ってるから」
許可は取ってるからとか、絶対に嘘だと思ったけど、口には出さなかった。ユウリ様にそんなこと言ったってなぁなぁに済ませられるだけだし。この短期間でユウリ様との付き合い方というのが少しはわかってきたのだ。
「街って、この王都のことですか?」
「そうそう。センリってここの出身なんだろ? だからお願いできないかなーって」
「まぁ、いいですけど。訓練とかは大丈夫なんですか?」
「……な、なんとかなるでしょ、うん」
「声震えてますけど」
「センリ、お前遠慮なくなってきたな!」
そんなやり取りがあって、私とユウリ様は街に出かけることになった。
一応イリアさんには声をかけておいた。ユウリ様と出かけてきますと。
「デートか?」
「ち、違います!」
デートとか、そういうんじゃないですから!
もう、イリアさんがそんなこと言う人だなんて思わなかった。
王都は、この国で一番栄えている街だ。この世界にはこの国よりももっと大きな国もあって、その国の都市の方が優れてるって話だけど、私がそんなところ行ったことがないから、この街が私にとって一番栄えている街だ。
それに、私の故郷でもある。
「へー、街ってこんな風になってるのか」
お城から出てきて、ユウリ様はずっとそんなことを言っていた。
踏み固められた土の上から石畳が所狭しと並べられて舗装されている大通りと、土の地面がむき出しになっている路地。石造りの背の高い建物が並んでいる王城前通りを抜けると、そこは平民の人たちが住む下町になっている。
広場には年端もいかない子どもたちが走り回っていたり、屋台でいろいろな野菜や果物、ジュースなんかを売ったりしている。
「なんかお祭りみたいだな」
「街はいつもこんな感じですよ」
「へー、すっげーな」
物珍しそうにきょろきょろ辺りを見渡すユウリ様は、完全にお上りさんだった。
時々屋台に近づいて、その店主に「これってなんていう食べ物なの?」とか、これってどうやって作ってるの?」とか、いろいろ質問したりしている。
ユウリ様はお城で支給されている服を着ているから、質問された店主は最初は偉い人が来たと思って恐縮してるのだけど、ユウリ様の態度がすごいフランクなのを知ると、態度がどんどん柔らかくなっていくのが見て取れる。
「兄ちゃん何それ剣?」
「すっげー!」
「見して見して!」
そんな風に屋台を回っていると、いつの間にか走り回っていた子どもがユウリ様の周りに集まっていた。
「お前ら、これに興味あんの?」
そう言ってユウリ様が手に持ったのは、何があるからわかんないから、荒事にはとりあえずすぐに対処できるようにと背負っていた剣だ。
ユウリ様の剣で、レーヴァテインというらしい。勇者らしくない真っ黒の剣だ。今は鞘に納まってるから色はわからないけど。
「うん! だって兵隊さんは見せてくれないし!」
「そーそー! けちなんだよ!」
「見せてくれるだけでいいって言ってんのに!」
街を警邏する兵士の人には、有事の時以外は抜刀してはいけない、という決まりがあるから、見せてと言われてはいどうぞというわけにはいかない。
「ユウリ様。むやみに抜刀するのは禁止ですよ」
「え、そうなの? ……らしいぞ、お前ら」
ユウリ様は兵士ではないけど、それでもむやみやたらに剣を見せるのはよした方がいいだろう。
「えー! けちー!」
「ずるい!」
「見せるくらいいいじゃん!」
「ルールだから仕方ないだろ! 代わりと言っちゃあなんだが、この俺がお前たちの遊び相手になってやろう!」
そう言って子どもたちに交じるユウリ様。
「まじ!? やったー!」
「兄ちゃん、俺たちに付いて来れるかな!?」
「俺たちすげーんだぞ!」
「何言ってんだ。俺の方がすげーに決まってんだろ。年上舐めんな!」
私も、小さいころ孤児院であんな風に遊んでもらったな。
孤児院を卒業した人たちが時々遊びに来て、子どもたちの相手をする。私たちは、その人たちが来るのをいつも心待ちにしていたっけ。
「おい、センリ!」
「……? なんですか」
突然ユウリ様に呼ばれる。
ユウリ様は、子どもたちに囲まれながら私に手招きをしていた。
「お前も一緒に遊ぼうぜ!」
「あそぼうぜー!」
「あそぼうぜー!」
「あっそぼっうぜー!」
そう言われて、私は思わずくすりと笑った。
街を見に来たんですよね、とか、次に行きましょうよ、とか、いろいろ言葉は浮かんできたけど。
私が口にした言葉は――
「――何して遊ぶんですか?」
頑張らなければ置いていかれてしまう。
今、私の周りにいる人たちの歩みはとても速いから。気を抜いたら、いつの間にか私だけ置いて行かれる。そうなったら、私はまた独りぼっちだ。
独りぼっちは、嫌だ。寂しい。誰かと一緒にいたい。それが、誰かに作られた関係だったからって、そんなのは関係ない。
私は、今一緒にいる人たちが好きだから。だから、その人たちと一緒にいるために、頑張るのだ。
――でも、たまにはこうやって、一息つくのもいいかもしれない。
頑張りすぎたら、息切れしてしまうから。
ね? ユウリ様。
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