第12話

「何かイベントが起きる気がするのはきっと俺の気のせいだ」


 図書室に入る時に何故か背筋に悪寒が走ったので、気を紛らわす為にそう言って図書室に入った。司書さんに変な人を見る目で見られたが、俺はマゾじゃないから普通に傷付いた。

 イベントなんて言うのはそうそう簡単に起きるものじゃない。この間王子サマに絡まれるってイベントと、イリアからの重大告白っていうイベントがあったんだから、もう流石にイベントなんて起きないだろう。

 俺は、一人で王城の図書室に来ていた。

 図書室は入って直ぐ右側にカウンターがあって、左側の広い空間に本棚が詰め込んである。二階とかもあったりするがスペースは一介に比べて狭い。二階の奥には閲覧禁止の本や閲覧不可の本、持ち出し不可の本がしまってあるスペースがある。

 閲覧禁止とかは警備が結構厳重だけど、閲覧不可っていうのは魔法的な仕掛けのせいで普通の人は読めませんよーって言うだけの本なので、めちゃめちゃユルユルの警備だ。読めるなら読んでみろよおら! みたいな感じである。

 《アダムとイヴの林檎の木》なんて題名の本も実は閲覧不可にあった本だったりする。

 とりあえず俺は司書さんに軽ーく挨拶して二階の閲覧不可の本棚に行く。警備の人にこれまた軽ーく挨拶して、アダムとイヴの林檎の木を取り出した。

 それを警備さんに見せて、


「これ持って行っていいっすかねー?」


 と聞いたら


「いいんじゃないっすかねー」


 と軽ーく言われた。

 さすがユルさに定評のある(俺の中で)警備さんに。ノリがまるで友達の物を借りる時のノリだ。まあ、内心では読めないからどうでもいいとか思ってそうな顔ではあるけど。普通の人からしたらその通りだ。俺だってこの間は読めなかったし。リベンジである。


「あざーす」


 とお礼を言ってその本を持ってカウンター周りにある読書用の席に座った。持ち出し不可だったからさすがにカウンターは通り抜けられなかったのだ。

 閲覧不可なのに持ち出し不可。もはや読ませる気がないとしか思えない。

 まあ持ち出せないでもさして問題はないからそれはいい。とりあえず俺は本に手を掛けて開こうとする。

 ……が、まるで全てのページが接着剤で張り付けられたみたいに開かない。もちっと力を入れる。

 ……開かない。

 今度は結構強めに力を入れる。


「ふんぬらば!」


 ……開かない。

 限界まで力を入れてみた。


「んぬぬぬぬぬいいいいい!」


 本はぴらりとも開こうとはしてくれなかった。無駄に俺の腕に乳酸を溜めたそいつは沈黙している。

 こう、本ってさ、少し力を入れたら開くじゃん? 普通。ピクリとも動く気配がないって、何なのこの本。ホントに本なの? 本に見せかけたただのオブジェとかじゃないよね?


「……そんなに中身が見られたくないってか? とんだ恥ずかしがり屋だな」

『お主の台詞の方が恥ずかしいわ』

『うるせー!』


 どう考えても魔法で閉じられてますね、本当にありがとうございます。

 だれだよこれ魔法で閉じたやつ。そんなに見られたくないものでも書いてあるわけ? 中学生の時に作った自作の夢小説とかでも書いてあんの? ……うわぁ、それは見られたくないわ。

 まあ、やっぱり魔法で雁字搦めに閉じられた本をを素手で開けるなんて出来ませんよね。


『当たり前じゃろうが』

『可能性に賭けたんだよ』


 しかし今の俺には全くの無意味なのですよ。この反則チート邪神スペックを利用すれば俺に出来ないことなど無いに等しいのです。いや、実際どこまで何ができるかなんて知らないけど。

 俺はひそかに邪神の力を右手に集めた。わかる人にはわかる魔術と科学が交差する世界で銀髪シスターさんや学園都市第三位を始めとするフラグを立てまくるフラグメーカーの高校生の力を行使しようとイメージを固めていく。


「お前がそんな考えしか出来ないってんなら、いいぜ! まずはお前の恥ずかしがり屋をぶち殺す!」


 司書さんに聞こえたら恥ずかしいから、そう小声で言いながら俺は異能の力なら超能力から魔術まで何でも消し去るアレを発動させた右手を本に当てた。


『お主には逆に羞恥心を身につけてほしいがの……』

『俺だって羞恥心くらいある。だから小声で言ったんだろ』

『そういうことではないわ!』


 本は何かパリ、という乾いた音を起てると、それまでガチガチに全ページこれでもかってくらい固まっていたページが、ふわふわと少し浮いた感じになった。

 表紙に手を掛けると簡単に開いた。そのままページをパラパラめくる。相当地味だったがどうやら成功したらしい。

 流石邪神様の力やでぇ……。拝んどこ。


『自分で自分を拝むのか……』


 俺はとりあえず表紙を開いて直ぐの目次を見た。


1:神様と人間

17:アダム

44:イヴ

93:蛇

  :

  :

  :



 という感じだった。普通に普通の本っぽい。どう頭を捻って考えてもこれが魔術書の類だと思う人はいないだろう。夢小説の類でもないし。密かに期待してたんだけどな、他人の恥ずかしい過去とか。

 とりあえず最初のページを開いてみると、予想よりも小さい字で文が紡がれていた。しかもケータイ小説ばりの横書きだから日本人な俺にとっては読み難くて堪らない。小説とか、小さい文字がズラーって並ぶ本は、やっぱり縦書きの方が読みやすいと思う、俺は。

 まあ、でもこの本別に漢字とかで書かれてるわけじゃないし、縦書きで書かれてたらそれはそれでめちゃくちゃ読みにくいだろうけどさ。

 ……なんで文字読めんの? みたいな質問は却下だ。察しろよ。大人の事情ってやつだ。


『主はまだ子供じゃろうが』

『…… 大人の事情ってやつだ』

『何故そこで言い張る!?』


 そんなディアナを無視してページを読む。そこには神様が人間を作ったことが書かれていた。なんか人間って土人形みたいだな。鼻から命吹き込まれたらしいし。なんで神様鼻をチョイスしたし。

 それからアダムのことが書いてあった。神様はアダムを作って楽園エデンを耕させていたらしい。でも人間一人じゃいけねーなって思った神様がいろんな生き物組み合わせて生き物作って、アダムにいろいろ名前を付けさせたとか。

 それでもアダムが気に入らなかったから、アダムが寝ている間に肋骨を抜き取ってイヴを作った。アダムはイヴを見て喜んで妻にした。お前、それ自分の肋骨が擬人化した姿なんだけど、それでいいの?

 楽園には命の木の実と善悪を知る木の実があるらしく、神様は二人に善悪を知る木の実は絶対に食べてはいけないと言っていた。食べたら死ぬと言われていたアダムとイヴは、善悪の木の実に手を出さなかった。食べたら死ぬってそれただの毒リンゴじゃん。

 けどある時一匹の蛇がイヴにこう言った。


「善悪の木の実を食べても死にません。神は貴女達が自分と同じようになることを恐れているのです」


 そしてイヴは蛇に言われるがままに善悪の木の実を食べ、アダムにも食べるように言って二人は善悪を知る人となった。

 善悪の木の実を食べると二人は自分達が裸だということに気付き、途端に恥ずかしくなっていちぢくの葉で腰を隠した。

 ある時神様がエデンに訪れると、アダムとイヴは身を隠した。神様はどうして隠れるのか聞くとアダムは


「私が裸であることが恥ずかしいのです」


 と言ったから、神様は二人が善悪を知る木の実を食べたことを知った。それで神様は怒って皮で作った服を二人に与えてエデンから追放し、蛇の足を奪い腹で這わすようにした。


『……』

『……? どうした主よ?』

『いや、俺もそんな詳しくはないんだけど、これって俺がいた世界の聖書の内容とほぼ同じなんだよね』

『ふむ……そうか』

『お前ホントに何も知らねーの?』


 俺は本をぺらぺらとめくりながらディアナに聞いた。この世界を作ったって言ってたから何か知っててもおかしくないだろ。まあ、こんなんだけど一応神様なわけだし。こんなんだけど。


『お主、そろそろわらわも怒るぞ?』

『敬われたいんだったら俺に敬われるようなことをするんだな! お前、今のところツッコミとボケしかしてないからな!』

『……わらわの力は願いによって生まれる』


 あ、露骨に話変えやがった。


『うん……? どういうことだ?』

『願いと言うのはそれだけで大きな力となる。その願いの力が寄り集まり、一つの大きな何かを形作る。そしてわらわは、その大きな何かになった願いの力を操る力を持っている』

『へえ……ってことは、その願いの力が集まれば集まるほどお前の力は大きくなっていくのか』

『そういうことじゃ。じゃが、自由には使えんがな。その寄り集まった願いを叶えるためにしか力は行使できぬ』

『便利な力なのか不自由な力なのかわからんな、それじゃ』

『五月蝿い! ……とまあとにかくわらわは願いの力によってこの世界を作ったわけじゃが、いかんせんわらわの下に届くのは願いだけであって、わらわはその願いが誰からのものなのかは判別できぬ』

『つまり、この世界は誰が望んで作られたのかは神様でも知らないってか?』

『そうじゃ。……まぁ、世界が作られるほどの大きな願いじゃ。何千何万といった存在の願いが込められておるのじゃろう』


 世界ってのは神様が戯れで作るもんじゃねーんだな。ゲームとか漫画とかだったら結構簡単に作っちゃってたりするイメージだけど。とあるRPGのラスボスなんか戦乙女とキャッキャウフフするためだけに一つの世界を作ってたのに。


『それにわらわはその後力を使い果たしたから長い眠りについとった。そして気付いたらあの世界の裏側に追い込まれておったのじゃ』

『……お前ホントに世界作っただけだな。何もしてねーじゃん。神様としての威厳全くねーじゃん!』

『何を! わらわはいつの時代も中立の立場で世界を見守っておったわ!』

『それって結局何もしてなくね!?』

『主に言われとうないわ!』


 脳内でギャーギャーとモブキャラの如き論争を繰り返しながらページをぺらぺらめくると、最後のページにまた魔術が掛けられていた。雑誌の袋とじみたいになってる。

 雑誌の袋とじだったらいつも喜々としてなるべく傷付けないように開けてたんだが……あの、妄想を掻き立てられる感じが好きだったな。日本に帰ったら袋とじのある雑誌を買おう。今までビビッて手を出してこなかった感じの雑誌を。せ、成人向けとか、そういうんじゃねーから!


『お主は誰に言い訳をしておるんじゃ……?』

『一応だよ、一応』


 俺はまたひそかに右手を異能力ならなんでも無効にするアレにして、袋とじに触れてみた。そして直後に後悔。

 俺、なんかイベントが起こりそうとか自分で言ってたのに――

 そして俺はいきなり光り輝き出した本のページを最後に、意識を失った。

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